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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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仲直り計画

 

 

 

 

 

「ところで大変って、具体的にどう大変なの?」


 私は急いで前を歩いているロゼに声を掛ける。

 するとくるりと振り返ったロゼは焦った様子を隠す事無く話し始めた。


「それがね、さっき廊下で偶然鉢合わせちゃったみたいなんだけど…」


 どうやら凄く珍しいことらしいのだが、二人が偶然同じタイミングで廊下に出てしまって鉢合わせたとのこと。


 長男様のことだ、丁度良いから喧嘩吹っかけて計画を実行しようとでも思ったのだろう。

 私としてはこの件について事前にライさんとも話しておきたかったし、色々下準備を、と思っていたのだけど…

 溜め息を吐きたくなるが、目の前にはロゼが居るのでそれを飲み込む。


「いつもならオルゲル様が先に手を出すんだけど、今日はフレーテ様から手を出しちゃったみたいで収集がつかなくて!」


 と、ロゼは言った。

 …ん?


「長男様が手を出したんじゃないの?」


「そうなのよ!だから大変だって、トリーナを呼びに来たの!」


 普段の、長男様による八つ当たりであれば次男様が何も言わずに耐えて終わるらしいのだが、今回は次男様が手を出してしまったから長引いているんだとか。

 …と、いうことは、長男様が仕掛けた計画ってわけではない?


 困った事になる前に急ごう。

 私はロゼを追い越すように走り出した。


 お屋敷二階の廊下で見たものは、次男様に馬乗りになっている長男様の後ろ姿だった。


 次男様に手を出された事によって暴走状態なのだろう、思い切り強く握られた拳が振り下ろされる直前だった。

 ストップ!と言いかけたのだが、そんなんじゃ間に合いそうに無かったので、急いで走り、まず右手で長男様が振り上げている腕を握る。

 空いた左腕は彼の首に回した。

 あまりにも止まらないようだったら頚動脈を圧迫してしばしお休みいただくしかないだろう。


 その状態になってからふと思う。

 ストップとか言ったところでストップは英語だし通じなかったなぁ、なんて。


「落ち着いてください長男様。大丈夫ですか、フレー…次男様?」


 二人に声を掛けると、暫く沈黙が続いた。

 私が抑えているものの、長男様の腕や身体から力が抜ける事はない。

 やっぱり一旦絞めるか…


「どけ!」


 長男様は大声でそう言って、思い切り立ち上がった。

 私を振り払うように。

 力負けしてしまった私は弾き飛ばされるように長男様から離れた。

 着地に失敗し、軽く尻餅をついてしまう。

 いたた、と俯きながら尻をさすっていると、


「トリーナ!」


 という次男様の声がした。

 その声に顔を上げたら、長男様と目が合った。

 そして彼が何をしようとしているのか見てみれば、私の方に向けて拳を振り上げているではないか。

 …え?話違うよね?

 何故私を殴ろうとしているのか!


「ちょ、ちょっと長男様!落ち着…っ!?」


 体勢を立て直しつつ長男様に声を掛けようとしていたところ、それよりも早く次男様が動いた。


 ゴン、と鈍い音が響く。


「…いってぇな…てめぇフレーテ!!」


 次男様は、長男様に殴りかかったのだ。

 何が起きたのか解らなかった私は、しばし目を丸くしてそのままその光景を呆然と見ていた。

 …いや、見てる場合ではない。


「フ、いや、次男様!」


「トリーナは離れてて!」


 次男様に怒鳴られた。

 珍しいこともあるもんだ。


 私が考えた仲直り計画は『言いたいことを全て言い尽くしてから仲直りしよう』というものだった。

 だから殴り合ってばかりじゃダメなんだ。

 そもそも暴走状態の長男様は話なんて通じないんだから仲直りどころじゃない。

 どうにかして暴走状態だけでも止めなければ。


「次男様、落ち着いてください!やめて!」


 そう言っている側から、次男様は長男様の頬を殴る。

 すると次は長男様が次男様を殴る。

 どちらかを捻じ伏せて動きを止めるか、間に入って強引に止めるか、どちらにするかを考えていると、長男様が次男様の胸倉を掴んで壁に押し付けた。

 ああなってしまえば長男様が次男様を一方的に殴り続けるだけになってしまう気がして、私は咄嗟に間に入る事を選んだ。


 だけど、すぐに私の足は止まった。

 ふと見た長男様の目が、いつも通りの目だったから。

 もう、暴走状態じゃなかったのだ。


「…いつもいつも、好き放題しやがって…」


 ぽつりと聞こえてきた長男様の声。

 恐らく私が言った計画を思い出したんだろう。


「俺が…俺が必死で勉強している間、好きな本を好きなだけ読んで、さぞ楽しかっただろうな。」


 と、長男様。


「…本を読んでいたのは僕なりの勉強だった。兄さんと同じ勉強は必要ないと言われたから。」


 と、次男様。


「お前だけ…お前だけただちやほやされて…俺よりたった一年遅く生まれただけのくせに、」


「ちやほやなんてされてない!父様や母様が気にかけていたのはずっと兄さんだけだったじゃないか!」


「そんな事はない!」


 私が聞き取れた口論はここまでだった。

 その後は彼等二人の日頃の鬱憤を吐き出しあうように怒鳴りあい続けた。


 …一応計画通りに進んではいるようだな。


 口を出す事無くその様子を見ていると、騒ぎを聞きつけたライさんがやってきた。

 大声で二人に声を掛けようとしたので、私は急いでそれを止める。


「待ってくださいライさん!」


 二人の邪魔をしないように、こっそりと、しかししっかりとライさんに声を掛ける。


「トリーナお嬢様、これは一体!?」


 混乱しているようだ。


「今ね、仲直りの最中なんです。」


 シー、と人差し指を口元に添えて言う。


「仲直り…ですか?」


「そう。実は私、長男様と話していたんです。『次男様との仲直り計画』について。」


 えへへ、と笑いながら告げると、ライさんは目を瞠って暫く固まった。


「そ、そんなこと…」


「二人ともに仲直りする意思はあったようですし、出来ない事もないと思うんですよね。」


 私がそう言うと、ライさんは不安そうな顔で私を見ている。


「私が何とかしてみます。きっと大丈夫。二人を信じましょう。」


 ね?と微笑めば、ライさんも頷いてくれた。

 私も大丈夫だと思いたい。計画狂いっぱなしで若干不安ではあるけど。


「あぁそうだライさん、救急箱を用意しておいてもらえますか?二人ともさっきまで殴り合っていたので。」


「えぇ!?」


 ライさんにしてみれば殴り"合って"いたという状況が信じられないようだった。

 長男様が一方的に次男様を殴ることはあったが、次男様が長男様を殴るなんてことはありえなかったらしいから。


 それは大変だ!と言い捨てて、ライさんは救急箱を取りに行ってくれた。



「昔の優しい兄さんに戻ってよ!!」


 廊下中に次男様の声が響き渡った。

 悲痛な叫びのようだった。


「そんな事出来るわけ…出来るわけ無いだろう!」


 そんな長男様の声。


「出来ますよ。大丈夫大丈夫。ねぇ長男様。」


 ぽんぽん、と長男様の背中を叩く。


「トリーナ?」


 という次男様の声を聞きながら、私は長男様に微笑みかける。


「…お前、」


「満足しました?言いたいことは全て言えました?」


 小さな声で問い掛けると、ムスッとした表情ではあったが、こくりと頷いた長男様。


「何?トリーナ…?」


 状況を把握していない次男様はきょとんとしながら私を見る。


「あのね、次男様、長男様は次男様と仲直りがしたいそうなんです。昔の優しいお兄さんに戻る意思があるんですって。」


 私がそう言うと、


「待てトリーナ、」


 と長男様に呟かれる。

 しかしそんな長男様には構わない。


「次男様は、長男様に言いたいことは全て言えましたか?」


「言いたいこと…?」


 どこか不安そうな表情で私に問い掛ける次男様。


「まぁ、言えてなかったのなら、今後じっくりとお話すれば問題ありませんよね。」


 そう言って、私は二人の手を取る。

 そして、それを重ねさせる。


「ゆっくり、少しずつ、またお話していけば良い。自分達だけで話す勇気が無いのなら、間に私が入ります。」


 それではダメでしょうか?と二人に問い掛けると、彼等はほぼ同時に笑い出した。


「お前の顔を見ていたら、全てどうでも良い気がしてきた。」


 と、長男様。

 私の顔を見ていたら…って、それは褒められているのだろうか…

 いや褒められては無さそうだな。


「えっと、と、トリーナ…」


 困惑している次男様。


「長男様はきっとすぐに昔のような優しいお兄さんに戻ってくれると思います!」


 次男様に向けてそう言いながら、長男様の様子を伺うと、彼は赤面していた。

 うおぉこっちが恥ずかしくなるわ。


「お前が勝手に…、まぁ良い。全く、手の掛かる弟と妹だ。」


 プイ、と顔を背けながら、長男様はそう言った。

 …妹?


「に、兄さん、兄さんには妹なんて居ないだろう?」


 次男様はおずおずと長男様に言う。


「は?元々コイツはこの家の養女になる予定だったんだろう?それにお前は妹だと言っているらしいし。お前の妹は俺の妹でもあるだろう。」


 まぁ、尤もな意見ではあるのだが。


「ダメだよ兄さん…トリーナは僕の妹だ。」


「はぁ?だからお前の妹は俺の妹だと言っているんだ。」


 …至極尤もな意見なのだけど、次男様はそれが気に入らない様子だ。

 まぁ父親も母親も長男様に譲ったのだから妹だけは自分のものだって、言ってたしね。


 っていうかそもそも養女になる話は随分と昔に流れた話なので実質どっちの妹でもねぇんだけど。


「兄さんは僕から何でも取り上げてしまう…!」


「人聞きの悪い事を言うな!」


「え、ちょ、二人とも落ち着いてください、仲直りするんでしょ!」


 何か口論が始まってしまったんだけど。

 若干呆れる私を他所に、二人は段々ヒートアップしていく。


「兄さんはトリーナのことなんてただの使用人としか思ってないんだろう!?」


「妹だと思ってる!」


 嘘ぉ!


「兄さんがそう思ってたって、トリーナはそうは思ってないよ!」


「なんだと!?」


 私の事をギロりと睨みつける長男様。

 何故私が睨まれなければならないのか。


「トリーナはね、僕をフレーテお兄様と呼んでくれるんだ!ね、トリーナ!」


「嘘を言え。さっきから次男様と呼ばれているではないか!」


「トリーナは恥かしがり屋さんだからだよ。僕と二人の時は呼んでくれる!ね、トリーナ!」


 急に振るの止めてもらえますかね!?


「え、あ、その、」


 私をじっと見る次男様の目力が物凄かったので、私は根負けして頷いてしまった。

 すると長男様は、


「…なるほど。じゃあお前も俺の事を兄さんと呼べば良い。良いな?出来るだろう?」


「え、あのー…」


「出来ないって言って良いんだよトリーナ!」


「黙れフレーテ!」


 二人がそんな残念な言い争いを続けていたら、救急箱を取りに行っていたライさんが戻って来た。


「お二人とも…!」


 なんて言いながら。

 助かった!と思いつつライさんの方を見ると、感動したように涙目になりながら口を手で覆っている。


「えと、ライさん、仲直り計画は成功だと思いますか?」


 ライさんにだけ聞こえるように問うと、ライさんはこくこくと全力で頷いてくれた。


「おいトリーナ!聞いているのか?兄さんと呼べ。兄さんだ。オルゲル兄さんでも構わない。」


「ダメだよトリーナ!トリーナは僕のトリーナなんだから!」


 どっちでも良いわもう!

 二人の仲直りになんて手を貸すんじゃなかった!!





 

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