VSどこかの貴族
「行っちゃダメだよトリーナ!」
大きな物音が聞こえたので、急いで部屋から出ようとしたら案の定次男様に止められた。
「でもフレーテお兄様、あの時の男が来ているんだったら、目的は私なんじゃ…」
背後から両手でしっかりと私を掴んでいる次男様の顔を見て言う。
しかし次男様は首を横に振るだけで解放してくれなかった。
「大丈夫だトリーナ。もう少し待ってみよう。」
「私のせいで旦那様達に迷惑が…んぐっ!」
力ずくで次男様の両手を外そうと考えた時、私は次男様に抱き締められた。
…抱き締められたと言うか動きを封じられたと言ったほうがいいだろうか。
「まったく、父様がこの程度で迷惑だなんて思うわけないだろうトリーナ。可愛いなぁ。」
次男様はそう言うと、私の背中を一度撫でてそのまま私を抱き上げた。
ソファへと逆戻りのようだ。
「フレーテお兄様、」
「ほら、耳を澄ましてごらん?今頃父様があの男を怒鳴っているはずだ。」
私をソファに座らせ、自分も同じように座り耳に手を翳す次男様。
言われた通りに耳を澄ますと、本当に薄っすらとだが怒鳴り声が聞こえた。
何故だか知らないが、旦那様が物凄くキレているご様子だ…
「考えてもみなよトリーナ。自分の儲けの為にトリーナを人質にしようとしたり妙な奴等を雇ってあの伯爵を襲撃したりするような男だよ?他に余罪が無いわけがない。」
見たことも無いような顔でクスりと笑う次男様。
今までふわふわした印象しかなかったが、今の彼は別人にも見えそうなほど妖しげな顔をしている。
まるで何かを企む悪人のような…
「余罪…」
私がそうぽつりと零すと、次男様は変わらず妖しげに微笑みながら私を見る。
「彼の誤算はこのトーン子爵家に居る執事が元情報屋だった、ってことかなぁ。」
え、ライさんって元々情報屋だったの?
そんな事を考えながらきょとんとしていると、次男様が笑う。
さっきの妖しい笑みではなく、いつものふわふわした笑顔に戻っている。
「それと、父様をただの『穏やかな子爵』だと思ってたのも誤算だろうね。」
「…どういうことですか?」
穏やかな子爵ではないのだろうか?
私の目から見えればとても穏やかな子爵だと思うのだが。
「父様は昔、筋金入りの喧嘩人だったんだ。」
喧嘩人といえば日本で言うところのヤンキー…要するに元ヤンってことですね!
「本当ですか!?」
全然想像出来ないんですけど!と次男様に迫ると、彼はあはは、と大きく笑い出した。
「見えないだろ?でも本当らしいんだ。母様が言っていたよ。」
笑いが収まらないのだろう、クスクスと笑い続けながら言う次男様。
「あんなに穏やかそうなのに…」
元ヤンは大体匂いで解るのだが、旦那様は解らなかったな。
上手く隠していたんだろう…。
「だから何も心配しなくて良いんだよ。あの男程度に何かされる父様じゃないし、ライおじさんだって色々掴んだって楽しそうに言っていたから。」
楽しそうにって…人の悪事を暴いて楽しそうに笑うってどうなのライさん…。あの人も案外怖い人なのかな…?
「ってことは、あの男は…」
「まぁ、最低でも爵位を無くすくらいには追い詰めるんじゃないかな。大事なトリーナに怪我を負わせたんだから仕方無いよね!」
うわぁ…。それが私の率直な感想だった。
だって次男様、凄く楽しそうに笑っているから。
この人達は敵に回しちゃいけない、と私は頭に叩き込んだ。
次男様とそんな話をしていると、下の階から情けない声が聞こえてきた。
「やめてくれ!助けてくれ!謝るから!」
と。声の主はあの男で、なにやら懇願しているようだ。
「さっさとこの屋敷から出て行けと言っているんだ見苦しい!」
今度は旦那様の声だった。
確実にキレていらっしゃるご様子で。
それを聞いた私は、くるりと次男様を見た。
すると、次男様は私に優しく微笑みかけてくれる。
「これで一安心だね、トリーナ。」
次男様のその言葉に、私も微笑んだつもりなのだが、上手く笑えたかどうかは解らなかった。
その日から数日後、赤松がやってきた。
今は寮棟の食堂でお茶を飲んでいる。
私の正面に座って。
「なんやかんやで子爵にも迷惑かけてしもたな…。」
そう呟きながらお茶を啜る赤松。
もちろんあの男の話だ。
「あぁ…みたいだね。」
自分の目で見たわけではないのでそれ以外何も言えることは無い。
「お前は大丈夫やったん?あの男、この屋敷に来たんやろ?」
「あ?私は次男様の部屋に閉じ込められてたから大丈夫。」
素直にそう告げると、赤松はきょとんとしたまま暫く固まった。
「閉じ込め…?」
「そうそう、元々次男様の部屋に居たんだけどね。」
当時のことを掻い摘んで話すと、赤松はクスクスと笑い始めた。
「そこまでせんでも葉鳥なら大丈夫やろうけどな。」
とのこと。
大丈夫は大丈夫だけど、そう断言されると女子としてどうなのかと思うよね。
ムスっとしながらお茶を啜っていると、赤松が何かを考えるように呻った。
そしてそのまま口を開く。
「いや…大丈夫やないな。別の意味で大丈夫やない。暴れられたらどうしようもあれへんし。」
キッパリと断言された。
「失礼だなお前…。」
さっきは一瞬、女子としてどうなのかと思ったけど、コイツが私の事を女子として認識していない事を今思い出したわ。
「ま、この件は解決や。もう遠慮なく外出てもええで。」
そう言われて思い出したが、私は一人で外出禁止と言われていたんだった。
それが解除されたわけだから、何も考えずに外に出ることが出来る。
買出し当番だって回ってくるようになるだろう。
「良かった、息が詰まりそうだったのよね。」
このお屋敷が居心地悪いなんて事ではないのだけど、やはり外に出られないと言われれば出たくなるのが人間の心理というもので。
「A達も寂しそうやったしな、行ってやったらええんとちゃう?」
…あぁ、アイツ等のことは特に考えてなかった。
だけど、久々にあの席に座って和食が食べたいものね。
そう思った私は軽く頷いて見せた。
「あ、A達の店もだけど、私屋台街見てみたいんだよね。」
私がそう言うと、赤松はきょとんとこちらを見る。
「見たことあれへんやったっけ?」
「無いよ!場所も教えてもらってないから!」
力強く言ってみれば、あれ?と首を傾げる赤松。
連れて行った気になっていたとでも言うのか。
「ほな今度連れてったるわ。色々オモロい事になってんで。」
「楽しみにしてる。」
本当は飛び上がって喜びたいくらい嬉しかったのだが、そう一言言うだけで我慢した。
私は飛び上がるようなキャラではない。
「せやけどその前に公爵家主催の夜会やな。」
…一気に現実に引き戻された気分だわ。
「あぁそれね…行って帰ってくるまでに数日掛かるらしいね。」
はぁ、と一つ溜め息を零し、お茶を啜る。
「せやなぁ、普通の馬車やったら片道三日は掛かるで。」
片道三日なんて日本じゃ考えられないよね。
新幹線作れよ新幹線。
まぁ電車も無いから無理だろうけど…。
移動手段馬車って。馬車ってアンタ。
「っていうか普通の馬車って何?普通じゃない馬車があるの?」
優雅な手つきでお茶を飲んでいた赤松に問い掛ける。
「金持ち所有のええ馬車やったらもうちょい早く着く。」
「馬車にも良い馬車とかあったんだ。」
「あるで。馬の種類とか車輪の作りとか、まぁ色々ちゃうやつが。その馬車は揺れも少ないし。」
詳しく聞いてみると、馬はこの辺で見るものより少し大きい種類らしい。
足の速さも馬力も全く違うんだそうだ。
そして車内は揺れも少ないし広いしと快適なんだとか。
「でもそんな馬車この辺には無いでしょ…」
「アホか。主催は公爵家やで?逆に公爵家がそこら辺にあるような馬車使うわけないやろ。」
アホは言い過ぎだと思う。
「公爵様が良い馬車使ってるったって…」
「公爵令嬢向けに来たついでにお前も乗せられるやろな。あの令嬢、お前の事気に入っとるっちゅー話やん。」
…なるほど。
「じゃあ私はその良い馬車とやらに乗れるのか。何?その良い馬車だったら一日で王都に、」
「アホか。せいぜい二日に縮むくらいや。」
…アホは言い過ぎだと思う。
良い馬車と言われればそのくらいの期待したって良いじゃないか。
「車があればなぁ。せめて電車。」
私がぽつりと零すと、赤松はクツクツと笑った。
「それは俺も考えた事あるわ。せやけどこの世界はガソリンもあれへんし電気も無いと来た。両方とももう何年も前に諦めたわ。」
私から視線を逸らし、どこか遠くを見ながらそう言う赤松。
そういえばコイツはずっと前から日本のこと思い出してたんだっけ。
「移動手段は全然進んでないよなぁ、この世界。」
車もないし電車も無いし飛行機なんて持っての外。
この世界は事移動に関しては不便な事ばかりである。自転車なら頑張れば作れるかもしれないが、道が舗装されていないのでガタガタしている。
そんなところを自転車で走ればケツに多大なるダメージを負うだけである。
「せやけどコンロみたいに簡単に火が付いたり蛇口捻ればお湯が出たりするしな、案外便利なとこもあるやろ。」
言われてみればその通りだった。
日本のようなガスなんて無いのに、コンロのような物があったりお湯は沸かさずとも蛇口から出てきたりする。
しかし、実は何故そんな事が出来るのか解明出来ていないらしい。
この世界にはそういう物が多々あるのだが、それは全て「魔法の名残」というとても便利な言葉一つで片付けられたりしている。
名残ということは昔魔法があったのかって話になるんだけど、それを見た者が居るわけでもないので誰にも解らないらしい。
そういう話を聞くと、ここは地球じゃないんだなって認識させられてしまうんだけど。
「…話戻すけどさ、アンタは例の夜会、招待されてないの?伯爵なんでしょ?」
実は少し不安だったりするのだ。
夜会に参加するのは決定事項だし仕方無いんだけど、煌びやか令嬢以外に知り合いが居ないのだから不安にもなる。
「あー…招待された。」
不本意ながら、みたいな顔して言う赤松。
「嫌なの?行かないの?」
「嫌…嫌っちゅーわけではないな。せやけど、今まで招待されたこともないのに急に招待されたからな。変やなぁと。」
とのこと。
急に招待されたのは…煌びやか令嬢が裏で何かしたんだろうか?
「行くの?」
「…王都で開かれる会は苦手やねん。」
行きたくないらしい。顔に行きたくないと書いてある。
「行こうよ。」
「はぁ?」
お誘いしたら物凄い不思議そうな顔で首を傾げられた。
「だって寂しいじゃん、誰も知らないとこにほぼ一人で行くなんて。アンタも巻き込まれなさいよ!」
私がそう言えば、赤松は首を傾げたままこちらを凝視している。
「…葉鳥が寂しいんやったら考えたってもええで。」
「…寂しいってのは言葉の綾よ。アンタも巻き込まれろってのが本心だ。」
ごほん、と咳払いをしながら言った。
寂しいとか口走ってしまったのか私は。
軽い自己嫌悪に陥っていると、赤松は立ち上がって私の頭をぽんぽんと叩く。
「ほな、俺もう行くわ。またな、寂しがり屋の葉鳥梗子ちゃん。」
「てめぇ調子乗ってんじゃねえぞ!」
ガタンと立ち上がり、赤松目掛けて振りかざした拳は空を切る。
見事に避けられてしまった。赤松のくせに生意気な。
背後に回って別の角度から殴りかかろうとしていたその時、食堂にロゼが駆け込んできた。
「トリーナ助けて!オルゲル様とフレーテ様が大変なの!」
その二人が大変ということは、仲直り計画が動き出したのだろう。
前もって教えてくれるとかそういう気遣いは無いんだな長男様よ。
「解ったすぐ行く!じゃあね赤松。背後には気をつけて。」
ふふん、と笑いながら言えば、
「何や背後から奇襲するつもりかいな。」
と笑われた。
さすがにそんな気は無いけど。…いやちょっとあるけど。
さてと、兄弟喧嘩を止めに行きましょうかね。
名前すら認識されないうちに駆逐された貴族。
トリーナさんの知らない所で一件落着です。




