次男様の胸中
滑り込んだ先には、怪訝そうな顔をして私を迎え入れる次男様の姿があった。
「こんにちは、フレーテお兄様。…どうかしました?」
いつもは機嫌良く迎えてくれるし、部屋に入るなり飛びついてくるというのに、今日は妙な表情で佇んでいるだけだった。
私が首を傾げながら問い掛けると、次男様の表情が怪訝そうなものから不機嫌そうなものに変わった。
「ねぇトリーナ…、トリーナは最近兄さんの部屋にも行ってるの?」
なんだろう、ヤキモチでもやいているのだろうか?
「先日掃除の時に入りましたけど?」
素直に答えると、不機嫌そうな顔のまま首を傾げる次男様。
「ライおじさんが帰ってきたんだから、兄さんの部屋の掃除はライおじさんがやってくれるはずだよね?」
ほう、長男様の部屋の掃除はライさんの仕事だったのか。
おそらく使用人達が入れないから執事さんが代わりに掃除してたんだろう。
凶暴だからなぁ、長男様。
「前回会った時に言われたんですよ、この階の掃除をする時は声を掛けろ、って。」
雇い主の命令には逆らえませんからね、なんておどけて見せるが、次男様はあまり納得していない様子。
うーん、と低く呻り、そのまま私の方へと近付いてくる。
次男様の行動が読めなかったのでそのまま立ちっ放しで居たら、次男様は私の目の前で立ち止まる。
そしてそのまま、両手で私の頬を包んだ。
「トリーナ、兄さんに何もされなかった?叩かれなかった?大丈夫?」
悲壮感漂う顔でそう言われる。
毎度の事だけど、次男様は長男様の話をする時、いつもとても怯えている。
それを見ると相当な八つ当たりにあっていたんだろうと思うのだが、次男様は本当に仲直りしたいと思っているだろうかと不安になる。
いや、もちろん次男様本人が昔のような関係に戻りたいと言っていたのを聞いてはいるのだけど。
「大丈夫ですよ。」
本当に大丈夫だったので素直に頷くと、次男様はもう一度低く呻る。
それから私の頬を包んでいた両手で今度は私の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
何がしたいんだこの人は。
「嫌だったら嫌だって言って良いんだよ。」
と、次男様はぽつりと呟く。
嫌だというのは長男様のことなのか、それとも次男様の今の行動のことなのか。
まぁどちらも特に嫌ではないので嫌だなんて言う機会はないのだけど。
「兄さんに会いたくなければ…ライおじさんにでも言えば良いんだし、トリーナが無理して兄さんに会うことなんてないんだ。」
あぁ、長男様のことだったか。
「別に会いたくないと思った事も無理して会ってるなんてこともありませんよ?」
むしろ君達の仲直り計画を立てているので会わなければならないくらいだし。
「…と、…いいのに。」
次男様は極々小さな声で何か言った。
聞き取れなかったので、聞き返すと、
「…会いたくないと思えば良いのに!」
そう少し強めに言われた。
会いたくないと思えば良い…?
「どうして…?」
そんな言葉が口を衝いて出たが、これはどう考えても嫉妬だろう。
「だって、トリーナは僕のだから…」
やっぱり。
「トリーナは僕の妹だよ。僕だけの妹だ。」
私の頭をわしゃわしゃと撫でていた手が止まり、そのまま頭を掴んで引き寄せられた。
思いのほか力が強かったため、私は次男様の胸にごつんと頭をぶつける形になった。
デコが痛い。
「フレーテお兄様、」
「兄さんには、全部全部譲ってきたじゃないか…だから、だからトリーナだけは…」
そんな事を呟いた次男様は、私を一度ぎゅっと抱きしめて、そのまま抱き上げる。
どうやらソファに連れて行かれるようだ。
案の定ソファに連れてこられ、ストンと座らされる。
次男様も隣に腰を下ろし、そのままずるずると私の肩に凭れかかってきた。
さらに次男様の両手が私の腰に回る。
逃がさないように檻でも作られた気分だ。
暫くそのままの状態で黙り込んでいた次男様だったが、ぽつりぽつりと独白するように語り始めた。
「僕は…ずっと寂しかった。父様も母様も兄さんの勉強を見てあげてて、僕はそれを邪魔しないようにずっと静かに本を読んでた。」
長男様もそんな事を言ってた気がする。
自分が勉強してる間、弟は好きな本だけを読んでいた…とかなんとか。
「僕は手の掛からない子供だと言われてたよ。でも一度だけ我侭を言ったんだ。僕も兄さんみたいに勉強したい、って。」
次男様の話を邪魔しないように、小さく相槌を打つ。
「でも、ダメだって言われた。僕には必要ないんだって。…その時思ったんだ。僕は勉強がしたかったわけじゃなくて、兄さんと同じようにしてほしかったんだって。父様も母様も、僕の相手をしている時間より兄さんの勉強を見ている時間の方が長かったし、嫉妬してたんだ。」
長男様は確か、次男様だけがちやほやされて自分は勉強ばかりだったと言っていたっけ。
感じ方は人それぞれというか、無いもの強請りというか…。
「そのうち、少し大きくなってから、兄さんが子爵を継ぐんだって気付いてからは我侭なんて一つも言わなかった。父様も母様も全部兄さんに譲って大人しくしていたんだ。部屋中が本で埋まるくらいにね。」
先日片付けたばかりの本を指して笑う次男様。
「その頃だったかなぁ、僕が孤児院でトリーナとあの約束をしたのは。」
…あぁ、あの私が完全に忘れてた約束ね。
「妹になってくれるって言ってくれた時は本当に嬉しかった。妹が出来れば、一人で寂しく本を読む時間も減るし。…まぁ八つ当たりの盾になるとも思っていたけど…。」
次男様はごめんね、と小さく呟いたので、私は首を振って気にしていないと伝える。
「あの時から、トリーナは僕だけの妹だった。父様も母様も兄さんに譲っていいから、妹だけは僕のものだって、トリーナだけは兄さんに譲らないんだって思ってた。」
そう言って、私の腰に回していた手に力を込める次男様。
「だから、だからトリーナ、兄さんのところには行かないで…っ!」
悲痛な叫びだった。
「…何も心配することはありませんよ、フレーテお兄様。私はフレーテお兄様の妹です。長男様にとってはただの使用人でしかありません。」
っていうか長男様はきっと私の事なんて逃げるサンドバッグ程度にしか思ってないと思うんだけど。
そう思ったもののそんな事を言ってしまえば長男様に殴られかけていると言うようなものなので口を噤む。
「本当に?」
「本当です。」
と、微笑みかければ、次男様の顔から悲壮感が消えていった。
「…掃除以外で兄さんに会おうとしてるとこ見付けたら、この部屋に閉じ込めちゃうからね。」
…恐ろしい事言わないでください。
二人の仲直り作戦があるのだから、今後長男様に会わなければならない確率は0じゃないというのに。
この部屋に閉じ込められたら作戦遂行は難しいじゃないか。
おそらく次男様の冗談だと思うが…以前この部屋の鍵を閉められた事もあったしな…。
そうなると困るので極力会わないように…あぁ、ライさんが居たな。
ライさんには二人の仲直り計画の件を話しておかなければなるまい。
協力者に出来そうな存在を思いつき、内心ほくそ笑んでいると、次男様が不審者を見るような顔でこちらを見ていた。
…怖いので話題を変えよう。
「そうだフレーテお兄様、今度公爵家主催の夜会に出席することになったんです。」
私がそう言うと、やっと明るくなっていた次男様の顔がまたしても曇り始める。
「…公爵家主催の夜会?行くの?」
「えぇ、まぁ。私の今の肩書きは公爵家付きの楽師ですからね、呼ばれたら断るわけにもいかないので。」
何か問題があるのだろうか、と首を傾げると、次男様は小さな声でふーんと呟く。
「公爵家かぁ、ってことは王都に行くんだね…。」
と、どこか寂しそうに言う。
「王都に行くと言ってもちゃんと帰ってくるわけですし。」
なんだろう、この話して喜んでくれた人が居ないんだけど。
煌びやか令嬢は前々から王都に連れて行こうとしていたから嬉しそうだったけど、考えてみれば赤松だって変な顔をしていた気がするし。…いやアイツは無表情だったか。
「でもトリーナ、王都だよ?ここから遠いし、暫く会えなくなるじゃないか。」
…そういえばこの場所から王都までは三日ほど掛かるんじゃなかったっけ?という事を今思い出した。
という事は一週間前後ここから離れることになるのか。
「言われてみればそうですね。」
「寂しいなぁ…僕もこっそり付いて行きたい…」
「ちゃんとお土産買ってきますから待っていてください。」
そう言うしかなかった。
その時、ノックの音がした。
誰だろう?と次男様と顔を見合わせていると、
「フレーテ様、キキョウ様はこちらですか!?」
青い騎士さんの声がした。
どこか焦っている気がしないでもない。
「居るよー。」
と次男様が返すと、青い騎士さんは思い切り部屋のドアを開ける。
私の姿を確認した青い騎士さんはホッと胸を撫で下ろす。
しかし私の腰に次男様の腕が回っているのを見ると、全力で舌打ちをした。素敵なイケメンがただの凶悪顔になってるのでそれは止めた方が良いんじゃないだろうか青い騎士さんよ。
「離れろ…!…いや、今はそれどころじゃない、暫くキキョウ様をこの部屋に閉じ込めておいてください。」
「は?」
青い騎士さんの謎の言葉に声を漏らす私。
次男様も理解出来なかったのだろう、不思議そうな顔で青い騎士さんを見ている。
「先日、フレーテ様の誕生会の時キキョウ様を人質にしようとしていた男が来ています。」
赤松が取り逃がしたといっていたあの貴族か。
それが何故この屋敷に来ているのだろう?
「仕事の話があるだのと言っていましたが、この子爵家にはあの男との仕事上での接点はありません。キキョウ様の身に何かあっては困ります、だから…不本意ではありますがこのままこの部屋に居てください。離れて。離れて座れ。」
最後の一言は次男様に言っていた。確実に。
「じゃあ遠慮なく鍵を閉めておくよ。ファルケさんはしっかりその男を見張っててね。」
そんな次男様の言葉に、はっきりと嫌そうな顔をした青い騎士さんだったが、何も言わずに部屋から出て行った。
しかしあの男、しぶとく動いているんだな。
「まったく、ファルケさんは面白いなぁ。」
あの男について考えていると、次男様がクスクスと笑う声が耳に入る。
「面白い、ですか?」
私としては然程面白くないけど。
「面白いよ。僕はずっと前からファルケさんのこと見てるけど、本当に女嫌いだったからね。」
「…らしいですね。」
「それがあんなにトリーナに執着して。」
執着かぁ。執着なんて言葉で片付けられるものなのかどうか、とても謎なんだけど。
なんて考えながら首を捻っていると、次男様が私の顔を覗き込む。
「トリーナはファルケさんのこと好き?」
「え?えー…うーん…嫌いではないですけど。」
「じゃあまだ僕が高い壁になってても大丈夫だね。」
次男様はクスりと楽しそうに笑った。
「大丈夫ってどういうことですか…」
「トリーナがファルケさんのこと好きなら、壁になる必要はないし、ファルケさんはともかくトリーナの邪魔はしたくないからね。一応。…多分。」
とのこと。
多分ってどういうことだ多分って。
「あぁでもそうだなぁ妹の恋路と思えば邪魔したくないけど…そうだなぁ…」
と、わけの解らない事を言っている次男様の横顔を見ていた時、下の階から大きな物音が聞こえてきた。
もしかして、あの男が暴れ出したり…していたりして…?




