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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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公爵家からの誘い

 

 

 

 

 

「そうねぇ、トリーナにはこのデザインが似合うかしら。」


「…あの、クライスお嬢様?」


「こっちも捨てがたいのだけど…。色はピンクベージュなんてどうかしら。」


「おーいクライスお嬢様ー。」



 その日の私の仕事はお洗濯だった。

 洗濯物を干し終えて、次の講習の曲順でも考えようかなぁなんて考えていた時の事。

 私はお茶でも飲んで休憩しようと思い食堂に居た。

 するとそこに、幾つかの足音が聞こえてきた。

 使用人仲間か騎士さん達の誰かか、なんて思いながら特に気にする事無くお茶を啜っていると、トリーナ!と可愛らしい声が掛かった。

 その声の主は煌びやか令嬢で、足音が複数だったのは彼女の侍女らしき人が数人居たからだったようだ。

 近頃の煌びやか令嬢は、この寮棟内を我が物顔で歩き回るようになっていたりする。

 お屋敷内ではなくこの寮棟内を、だ。

 そして平然と食堂にやってきては私と同じテーブルでお茶を飲んだりしている。今ももちろん私の正面でお茶を飲んでいる。

 あの気高き煌びやか令嬢がそれで良いのかと問いたくなるのだが、本人が楽しそうなのでそれでも良いのかと…良いのか?


 そんな煌びやか令嬢だが、現在お茶を飲みながらテーブルの上にドレスのデザイン画を並べてうんうん呻っている。

 そして冒頭の会話に繋がるわけだが。


「トリーナはどれが好みなのかしら?」


 ふと問われた。


「いえ、まだ着たことのないドレスもありますしドレスは別に…」


「そんな事じゃいけないわよ!我が公爵家が開く夜会なんですのよ?うんと着飾らなくてはダメよ。あぁ、今度また講習も開くんですってね?それならついでにそのドレスも作っておけば良いじゃない。」


 そう、そうなのだ。

 今日煌びやか令嬢が私のもとに来たのは、公爵様からの手紙を届けるためだった。

 本来なら使用人さんあたりが来る予定だったのだが、手紙の内容を知った煌びやか令嬢が、トリーナに話したいこともあるから自分が手紙を届けると言い出したんだとか。

 そしてその手紙の内容は、公爵家が開くという夜会に、天使…もとい演奏者として出席して欲しいという依頼…もとい要請だった。

 私の肩書きは一応公爵家付きの楽師なのだから、断る理由など無い。

 出席はもちろん確定だ。

 それについては文句なんてないのだが、ドレスは別に作らなくても良いのではないだろうか。

 以前煌びやか令嬢に貰ったドレスがまだ一度も袖を通してない状態でクローゼットの中に眠っているわけだし。

 それを何度も彼女に伝えているのだが、彼女はどうしても新しいドレスを作りたいらしい。

 この辺は貴族と平民の価値観の違いなのだろうか。


「だからね、トリーナ。ほら、ピンクベージュの生地に金糸で刺繍を入れて…きっと似合うわ!」


 煌びやか令嬢があまりにも楽しそうだったので、じゃあそれで、と頷きかけた時、ルーシュがやってきた。

 ルーシュもお茶休憩をするところなのだろう。

 煌びやか令嬢の存在に気付くと、彼女に向けて微笑み、ごきげんようと挨拶をする。

 そんなルーシュに、いつものようにツンとした表情を見せた煌びやか令嬢だったが、口ではしっかりごきげんようと返していた。

 その直後、何かを思いついたように目を輝かせた煌びやか令嬢は、おずおずとルーシュにドレスのデザイン画を見せて言った。


「…貴女は、どのドレスがトリーナに似合うとお思いかしら?」


 と。

 それを見た私は、なんというか、娘の成長の瞬間を垣間見た気分になっていた。

 だって煌びやか令嬢が自分から誰かに雑談を持ちかける姿なんて滅多に見ないものだったから。

 話しかけられると思っていなかったらしいルーシュは、少し驚いたような顔を見せたものの、ドレスのデザイン画を覗き込む。


「そうですわね…トリーには…こちらがお似合いなのではなくて?」


 と、ルーシュが選んだのは、煌びやか令嬢も推していたドレスだった。

 案外趣味が合うのかもしれない。

 煌びやか令嬢も、貴女にも見る目があるようね、と喜んでいる。

 そんな時、ふとルーシュが口を開き、


「トリーには騎士服も着せてみたいと思っていますの。」


 というよく解らない事を言い出した。


「トリーナに騎士服ですって?何故トリーナに…騎士服…騎士服…」


 私の方をじーっと見ながら念仏を唱えるかのように騎士服と呟き続ける煌びやか令嬢。

 どうも脳内で私に騎士服を着せているらしい。

 そして、そのまま何も言わずにルーシュと握手を交わしていた。

 …二人は本当に趣味が合うのかもしれない。

 そして私はいずれ彼女達にコスプレを強要されるのかもしれない。

 そんないつか来るかもしれない状況を想像し、私は身震いした。


 ルーシュが仕事に戻っていった後、煌びやか令嬢は彼女の側に控えていた侍女と思われる人にこのドレスで決まりよ、とデザイン画を渡していた。

 そこで一息ついた煌びやか令嬢は、私が持っていた歌詞の束に気が付いた。


「次の講習ではどの詩を歌うの?」


「まだ考え中なんです。どれか聞きたいものはありますか?」


 そう言って歌詞の束を見せると、私の聞きたいものを演奏してくれるの?とうきうきした様子で歌詞を読み始めた。

 ドレスを作ってくれるというのだ、リクエストに応えるくらいお安い御用である。

 むしろその程度じゃ足りないだろうと思うのだが。あのドレス、私の給料何年分なんだろ。


「うーん、どれも良い詩ね。詩集にして欲しいくらいよ。」


 と、首を捻りながら言う煌びやか令嬢。

 その後も暫く歌詞を見ながらなんだかんだと会話に花を咲かせていた。


 そんな時、食堂の外から人の足音が聞こえてくる。

 今度は誰だ、と食堂のドアを眺めていると、やってきたのは赤松だった。なにやら箱を抱えている。

 赤松の出現に、暫し沈黙が走る食堂内。

 煌びやか令嬢が居るし敬語で喋らなきゃ、なんて思ったのも束の間で、赤松と私を交互に見る煌びやか令嬢の顔を見てすぐにあの『嘘』を思い出した。


 そうだ、煌びやか令嬢は私が赤松に恋してると思ってるんだ。

 その話は赤松にもしてあるし、アイツだってきっと忘れていないはず。

 だから、一旦何事も無かったかのように去ってくれることを願った。

 それなのにあの野郎は小さく、まあええわ、と呟いてこちらに歩いてきた。

 まあええわじゃねぇよ。絶対に気まずい空気になるだろうに、何故こっちに来るのか。


 キラキラとした瞳で私と赤松を交互に見ている煌びやか令嬢。

 やはり人の恋路が気になるお年頃なのだろうか。


「あー…こんにちは、伯爵様。」


 無言を貫くわけにもいかず、私は赤松に声を掛けた。

 そんな私の声に、ん、と短く返事をする赤松。

 そのまま抱えていた箱をテーブルの上に置く。

 私の隣に腰を下ろすのかと思ったら、それはせずに私を見下ろしている。


「…この前の襲撃事件の続報やねんけど。」


 と、赤松。

 その不穏な話を煌びやか令嬢の前でするつもりなのか。

 ちらりと煌びやか令嬢の様子を伺うと、いいから続けて!と相変わらずキラキラした瞳で語る。


「どうなったの…ですか?」


「証拠不十分やって。あの野郎逃げ延びやがった。」


 やはり下っ端騎士団では大したことは出来なかったらしい、と赤松。


「逃げ延びたという事は…」


「まだ暫く一人で出歩いたらあかんで。」


 まだ終りではないということか。

 そろそろ私も屋台街を見てみたいというのに。

 しかしそんな事をして赤松の家に迷惑を掛けることになったらいけないので、私は何も言わなかった。


「ところでその箱は?」


 話を逸らそうと、さっき赤松が持って来た箱に視線を移す。


「せや、これ作ってみてん。舐めてみ。」


 箱からどろりとした茶色い液体が入った瓶を取り出した赤松は、それを少しだけスプーンで掬ってこちらに差し出してきた。

 言われた通りにそれを舐めてみると、それは懐かしい味がした。


「これ、『焼肉のタレ』か…」


 こっちの言葉に直せなかったので、『焼肉のタレ』だけ日本語になってしまった。

 考えてみれば、この世界に肉料理はあれど焼肉は無い。


「ブレンドしてみてん。」


 と、赤松はドヤ顔で言う。

 煌びやか令嬢が興味深そうにこちらを見ていたので、彼女にも舐めさせてみた。


「これは何かしら?」


「お肉料理に合うソースなんです。」


 煌びやか令嬢の問い掛けに微笑みながら返す。彼女の口にも合ったらしく、美味しいという言葉が漏れる。


「これを、伯爵が作ったの?」


 と、私に向けて言う煌びやか令嬢。

 やはり彼女も赤松は怖いのだろうか。


「作ったそうですよ。」


 私は通訳か。


「…葉鳥、昔焼肉のタレ使ってパスタ作っとったよな?あれ材料何やったっけ?」


 煌びやか令嬢の言動を気にとめること無く首を傾げる赤松。

 焼肉のタレを使ったパスタとは、確か『中学三年生の頃』教えてやったレシピだったはずだ。


「用意するのは鶏肉とキノコ類と生クリーム…です。他は普段使ってる調味料だから用意する必要は無いはず。…いや待て、パスタは?」


「捏ねる。」


 あぁなるほどね!手作りパスタね!

 …伯爵って暇なんだろうか。

 それともそんなに食べたいのか…?

 赤松の言動にちょっと呆れていると、赤松は私の手元にあった手紙の存在に気が付いた。


「葉鳥、公爵家主催の夜会行くんや。」


 勝手に読みやがった。


「あぁ、はい。呼ばれたもので。」


 そう答えると、赤松はふーんと呟く。

 その後、夜会については何も言及してこなかった。


「ほな俺仕事に戻るわ。くれぐれも一人で行動せんように。ええな?」


「はーい。」


 相変わらずの弟扱いに苦笑しつつ、私はしっかりと返事をしておいた。


 赤松が去ったあと、暫し沈黙が落ちていた。

 正直煌びやか令嬢が何を言い出すのかとちょっと不安なのだが。

 そう思っていると、煌びやか令嬢が首を傾げながら口を開く。


「驚いたわ。」


 とのこと。何に驚いたのかと問えば、


「私、トリーナが一方的に伯爵の事を好きなんだと思っていたの。」


 そんな事を言われた。そうは見えなかったということだろうか。


「私の一方的な好意だと思いますけど…」


 そう口を挟むと、煌びやか令嬢は首を捻る。


「そうかしら?…あ、でもそうなると…あの騎士は…」


 …あぁ、そうだった、煌びやか令嬢は私と赤松と青い騎士さんの三人で三角関係が出来あがってると思ってるんだわ。


「え、あ、青い騎士さんは…」


「あの騎士は一方的にトリーナのことを追いかけているのかしら?」


 ふむふむ、と頷きながら何かぶつぶつと呟いている煌びやか令嬢。

 恐らく今彼女の頭の中では恋愛小説さながらの物語が広がっていることだろう。

 実際はそんな事無いはずだけど。

 ふふふ、と笑ったりするものだからちょっと怖い。煌びやか令嬢ちょっと怖いよ。


 それから暫くは雑談を交わしていたのだが、私の仕事の時間が来たため、煌びやか令嬢は帰っていった。

 相変わらず嵐のような人である。



 次の仕事は次男様とお話の時間。

 その前に公爵家主催の夜会に出席することになったという話を長男様に言っておかなければならないだろう。

 私の不在時に喧嘩されたらどうしようもないからな。


 お屋敷二階に辿り着くと、ライさんが居た。

 どうやら長男様のお部屋に入るらしい。


「ライさん私も入れてください。」


 と、言いながら、私は長男様の部屋へと滑り込んだ。

 突如何の前触れも無く出現した私に、目を丸くする長男様。


「何をしにきた!」


 なんて怒鳴られてしまう。今日はちょっと機嫌が悪いのだろうか。

 しかしそんなことお構いなしに話を進める。時間がないのだ。


「仲直り計画についてです。私が不在の日を教えておこうと思いまして。」


 万が一隣の次男様の部屋に聞こえてしまってはいけないので声を潜めて言う。

 すると、あぁ、とこちらの声に合わせてくれる長男様。相変わらず素直だこと。


「トリーナ、公爵家の夜会に行くのか…。」


「呼ばれてしまえば拒否は出来ませんからね。お土産買ってきますね。」


「…お、おう解った。…いや、じゃあその日は大人しくしておく。」


「はい。じゃあ私は仕事に戻りますね。」


 仲直りの日は近そうだ、そう思いながら、ひらひらと手を振って長男様の部屋から出た。

 そしてその足で隣の部屋に滑り込むのだった。





 

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