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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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疑心暗鬼

 

 

 

 

 

 赤い騎士さんは何故あんなことを言ったのだろう。


 青い騎士さんの行動はきっとただの嫉妬なのだろう。

 今冷静に考えれば分かる。意味深な行動だったからちょっと動揺してしまったけれど。

 問題は赤い騎士さんだ。

 絶望の涙って何だよ。どうすれば絶望するかなんて自分だってわかんないよ。

 あの時の赤い騎士さんは、正直怖かった。

 前から何考えてるか解らない人だったけど、昨日ほど解らなかった事はない。

 私の事散々苦手だとか言ってるくせに、なんであんな風に近付いてくるのかも解らない。


 なんて、色々と考えていたら見事に寝不足だった。

 私は深い溜め息を一つ零す。

 さて、準備をして食堂に行かなければ。


 ……二人の騎士さんと顔合わせたくないなぁ。


 しかし朝食を抜くと後が辛いことは分かり切っている。

 だから私は気合を入れて食堂へ向かった。


 食堂にはいつもの使用人達の他に、A達も居た。


「おはよー葉鳥ー。子爵さんが葉鳥と一緒に飯食ってもええって」


 と、Aは言う。朝から元気だな。


「おはよ。ここの朝食美味しいのよ」


 ふふ、と笑いながら言うと、Aはきょとんとする。


「葉鳥、寝不足? 妙に大人しいし目の下にクマあんねんけど」


 妙に大人しいは余計ではなかろうか。


「ちょっとね」


 そう返事をしていたところに赤い騎士さんが姿を現した。

 なんだかふらふらしながら食堂へ入ってきている。

 鳩尾の辺りを押さえながらふらふらしているので、Bが「腹でも壊したんスか?」と問い掛けている。


「いやいや……」


 Bの問い掛けに苦笑を漏らしつつ返事をする赤い騎士さん。

 ……あ、もしかしてあの押さえている部分、昨日の夜私が蹴ったところかな?


「腹壊したんとちゃうなら……あ、葉鳥に殴られたとか? あれ後遺症のように翌日じわじわくるし……」


 遠くを見ながら眉間に皺を寄せるB。

 遠い昔、私に右ストレートを食らった日のことを思い出しているのだろう。

 あの時は肩あたりを殴ったのだが、翌日腕が上がらなくなったと騒がれたし。


 しかし赤い騎士さんがBの言葉に返事をすることはなかった。

 その代わり、私を見ながら苦笑していたので、やはり私が蹴った部分が痛いのだろう。

 殴られたわけじゃなくて蹴られたんだ、とか言えばいいのに、昨夜の事は誰にも言わないつもりなのだろうか?

 いや、まぁ言い触らされたって困るのだが。


 そんなこんなで朝食後、A達は店に戻ると言うので玄関先まで見送った。


「ほな葉鳥も気ぃ付けるんやで」


 と、Aに念を押される。心配性なんだから。


「はいはい。じゃあまたね」


 大きく手を振って三人を送り出した後、くるりと振り返ると、そこには赤松が居た。

 私を探していたらしい。


「アイツ等帰ったんや」


「うん。今日は店開けないと、って」


「俺ここ来たついでに仕事していくわ。ってことで手伝え。厨房行くで」


 強制なんですね!

 まぁ急ぎの仕事はないので断る理由もないんだけれども。そう思いながら赤松の後ろについて行き、厨房に入ると、そこには朝食の片付けをしている調理師さんが居た。

 目が合ったので軽く挨拶をしておく。


 厨房では赤松の指示通りに動いて何品か料理を作らされた。何の仕事なのかは聞かなかったので解らない。

 寝不足の頭を精一杯回転させながら料理を作っていると、突然赤松が口を開く。


「葉鳥、絶対一人で行動したらあかんからな」


 とのこと。


「……うん、暫くお屋敷から出るのやめとく」


 どいつもこいつも心配性だなぁ、なんて笑おうとしたのだが、赤松の顔が思いのほか真剣だったので、私は素直に頷く。


「騎士団が動いたとは言えランクの低い騎士団やからな、根本から解決するとは思えへん」


 ぐつぐつと、何かを煮ているらしい鍋を突きながらも、眉間に深い皺を寄せている赤松。


「騎士団にもランクとかあるんだ。正直自警団とか騎士団とかよく解んないのよね」


「あんまり関わる事あらへんもんな」


 という赤松の言葉にこくこくと頷いてみせる。

 自警団は日本で言うお巡りさんみたいな感じで、騎士団は刑事さんと自衛隊を足した感じ、という印象はあるのだが、実際働いている自警団や騎士団を見る事は滅多にない。

 孤児院という守られた場所に居たし、今も騎士が居るお屋敷に居るし、彼等が動くような問題は中々起きないから。

 そもそも騎士団はどちらかと言うと貴族相手に動く人達で、私のような庶民相手に仕事をしていないらしいし。


「自警団はほぼ私設やからな、今回みたいな貴族同士の問題が起きたとしても、ある程度金積めばもみ消せるし。騎士団だってランクが低ければ同じような事が起きる可能性はあんねん」


 賄賂か。賄賂なのか。


「怖い世界ね」


「ちなみに騎士団の最高ランクは宮廷騎士団。王族の側で働く騎士団や」


 宮廷騎士団か。良い響きだな。カッコ良さそう。


「さぞ素敵な集団なんだろうなぁ」


「Bはそこにおってんけどな」


「……アイツ凄い勢いで人生を棒に振ったんだな?」


 折角入れた宮廷騎士団なのに上司と揉めたからってやめてしまうとは。

 なんという空振り人生なんだ。ブンブン丸か。

 ……とはいえ、やめなければ私たちには会えなかったんだろうけど。


「それよりさ、私なんかよりシュトフの心配してあげてほしいんだよね」


「なんで?」


「私なら自分の事は自分で守れるし。昨日の件でA達の顔がバレてたとしたら、シュトフも危ないでしょ? だから」


 そう言っていると、赤松は私の言葉を遮るように大きな溜め息を吐く。


「さっき言った通り、あっちには元宮廷騎士団が付いてんねんから大丈夫やろ。……ところで葉鳥、お前どないした?」


 赤松は身長差を埋めるように屈み、私と視線を合わせる。

 どうしたって、どうかしたっけ?

 目をくるりと回しながら考えてみると、そういえば一つだけ思い当たる節がある。

 多分、クマがあるんだわ。Aにも言われたし。


「……いや、なんでもない」


「なんでもないわけないやろ。そないガッツリしたクマ初めて見たで」


 え、そんなに?

 自分でも鏡は見たはずだけど、そこまで言われるほど酷かっただろうか?


「なんでもないなんでもない」


 青い騎士さんに手を撫でられて動揺しました、なんて言いづらい。


「あれか? さっき騎士が腹押さえとったけど、あれとなんか関係あるんか?」


 腹を押さえていた騎士と言えば赤い騎士さんのことだろう。


「あー……それはまた別件というか……」


 いや、ほぼ同時刻に起きたことなので別件とは言い切れない気もするけど……やっぱり別件というか……?

 と、私がしどろもどろになっていると、赤松の眉間の皺が増える。

 どうやら相当ご機嫌斜めのようだ。


「別件?」


 声も地を這うような声になりつつある。

 これ以上心配させると何するか解ったもんじゃない。急いで話を終わらせよう。


「なんでもないから! 仕事しろ仕事! 私自分の仕事もあるんだからさっさとやるよ!」


 そう捲くし立てて、赤松に背を向けた。

 調理を再開するふりをして。


「大丈夫なんか? お前……、まぁええわ」


 ……大丈夫よ、こうやって心配してくれる人が居るんだから。


 その日の午後、私はロゼに呼ばれて食堂へと向かっていた。

 ちなみに赤松は午前中のうちに帰っていった。

 食堂へ入ると、どこか嬉しそうなロゼと、見知らぬダンディな方が居る。年齢は旦那様と同じくらいだろうか。

 私は何事だろう? と首を傾げながらロゼに近付く。


「トリー、紹介するわ。執事のカトライアさんよ。このお屋敷の執事さんが帰ってきたのよ!」


「初めましてトリーナお嬢様。執事のカトライア・アントスと申します。訳あって暫しお休みしておりましたが、今日から復帰することになりました」


 柔らかい笑顔で自己紹介をしていただきました。


「は、初めまして、えっと、トリーナと申します」


 トリーナお嬢様、という単語にどぎまぎしてしまって、そんな簡素な自己紹介しか出来なかった自分を呪いたい。もっと言う事あっただろ。


「カトライアさんは皆の事をお嬢様って呼んでくれるのよ」


 と、ロゼが微笑む。


「女性は皆お姫様ですからね」


 執事さんはぱちん、とウインクを一つ。素晴らしい。素敵。さすが執事。執事が何してる人なのか、あんまりピンと来ていないけども。

 カトライアさんは、きっちりと後ろに撫で付けられた白髪交じりの茶髪に、緑色の瞳。紺色のかっちりしたスーツがよくお似合いだった。


「それではお嬢様方、わたしは仕事に戻りますね。またお会いしましょう」


 彼はそう言って、颯爽と食堂から去って行った。

 初めて見た執事さんは、細身ですらりと背の高い、温和そうなおじ様だった。


「正直カトライアさんが帰ってきてくれて助かるわ。オルゲル様はあの方の言う事なら聞いてくださるから……」


 ロゼが心底ホッとしたような顔で言う。

 オルゲル様といえば長男様か。あの暴れん坊、執事さんの言う事なら聞くのか。

 長男様と執事さんが対峙している場面……ちょっと見てみたいな。よし、今度こっそり見に行ってみよう。


「そうなんだ。あ、私次男様とお話っていう謎の仕事の時間だわ。行ってくるね!」


 ロゼに手を振り、お屋敷へと急いだ。


 いつものように部屋の前に立ち、ノックをする。

 いつものように次男様の返事があり、私が声を掛ける。

 いつものようにドアを開ければ、きっと次男様が飛び付いてくる。

 全ていつも通りでは、面白くない。

 そう思った私は、部屋に入るなり次男様にタックルしてやった。


「いらっしゃい僕のトぐぇっ!」


 思いっ切り胴体に抱き付いた形になったので、次男様の口からはアヒルの鳴き声のような妙な声が出た。


「いつも突撃されるので、今日は仕返ししてみました」


「ふ、不意打ちは卑怯だトリーナ……」


 腰元に抱き着いたまま笑うと、次男様はちょっとしょんぼりした様子でそう言った。

 いつも遊ばれてばかりなのでたまにはいいだろう。


「さてさてフレーテお兄様、今日は本の片付けをしましょうか」


「あ、う、うん……」


 面倒臭そうな次男様をよそに、私はまた雪崩を起こされたら大変ですからね、と、せっせと片付けを進める。

 もちろんちらほらと会話をしながら。


「そういえばトリーナ、伯爵達が襲撃されたそうだね?」


「え? あぁ、はい」


 襲撃の件、もう知っているのか。

 誰に聞いたのだろう?


「トリーナも危ないんだよね……?」


 どこか不安そうな顔でそう問われる。

 まぁ、危ないといえば危ないが、私は暫くこのお屋敷の中から出るつもりはないので大丈夫な気もしている。油断をするつもりはないけれど。


「まぁ気を付けろとは言われてます」


「『私なんかはいいから』なんて言っちゃダメだよ?『自分は自分で守る』なんて言わないで、ちゃんと守ってもらうんだよ?」


 それは、今朝私が赤松と喋っていた内容では?

 何故そんなとこまで知っているんだろう? この世界にも盗聴器があるのか?


「……次男様、それ、誰から聞いたんですか?」


 本を片付ける手を止め、にこりと笑って次男様に問い掛ける。


「ん? やだな、トリーナ。次男様なんて呼ばずにフレーテって呼んでよ」


「誰に聞いたか教えてくれたら」


 赤い騎士さんのように怖い人を見たばかりなのだから、不穏な空気は勘弁してほしい。次男様は、味方になっていてほしい。

 だから、隠さずに教えてほしい。そう思うのは私の我侭なのだろうか。


「酷いよトリーナ……それは、それを教えたら、トリーナが警戒して素の姿を知れなくなる……」


 ……今も充分素の姿なんだけど?

 しかしストーカー紛いの事が出来なくなるから話せないとは……若干ヤバい奴感が出てきてしまったのだが。


「ほら次男様、誰に聞いたか……」


 ……待てよ? 今朝の赤松との会話を聞けた人物が一人居るではないか。

 アイツとその話をしていたのは、確か厨房だった。

 厨房に入った時、確か私は調理師さんに挨拶をしたはずだ。

 あの人が影からこっそり聞いていたとしたら……。

 

「トリーナごめん……怒ったかな?」


「……いえ。そうだ、誕生会が始まる前、マドレーヌやシュークリームの数が合わなかったんですけど、つまみ食いしませんでした?」


 そう言って首を傾げると、次男様の目があからさまに泳いだ。

 お? 解りやすいな、この人。

 でも覚えてるんだよ私。誕生会が終わったあと私の手の手当てをしながらマドレーヌを『先に食べててよかった』って言ったの。

 もしかしたらだけど、あれって誕生会前に調理師さんがこっそり持って行ってたものなんじゃないのかな?


「さ、さぁ、知らないけど……」


 この狼狽えっぷりはビンゴかもしれない。

 まぁ、盗聴器じゃないならいいか。まだ健全でしょ。うん。多分。


「まぁいいや。よしフレーテお兄様、片付け再開しましょうか。そっち、雪崩起こしそうですよ!」


「……トリーナ?」


 スパイが調理師さんだと解れば、次男様はきっと怖くない。……多分!




 

サブタイトルに小一時間悩んだ。

やっと最後の従業員である執事さんが戻って来ました。

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