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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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不良の血

 

 

 

 

 

 今日一日の仕事を終えて、現在夕飯中。

 シュトフを迎えに来ると行っていたAがまだ戻って来ていないのでシュトフも一緒に夕飯を食べている。


「A達遅いね」


 そうシュトフに声を掛けると、彼女は不安げに俯いてしまった。

 心配してるね。これは心配しているね。

 ちなみにBも一緒に行っているので、ロゼもちょっと心配そうだった。

 そしてそれを興味深そうに見ているのはリリとルーシュだ。同僚の恋が面白くて仕方無いらしい。もちろん私も面白いが。

 上手くいっているようで何よりよね。

 私の向かい側の席には青い騎士さんも居るのだが、彼は我関せずといった面持ちで黙々と夕飯を食べている。


「……ねぇトリーナ、そういえばオッドさんのこと「えー」って呼んでるけど、それってどういう意味?」


「あ、それ私も気になっていたのよ。イーヴンの事は「びー」って言うわよね?」


 ……痛いところをつかれてしまった。


「深い意味はないよ。知り合った当初は名前知らなかったからね。響きでね。適当に」


 ローマ字なんて説明したところでわかってもらえないだろう。


「キキョウ様もおかしな呼ばれ方をしていましたね……」


 不意に顔を上げた青い騎士さんと目が合った。

 今まで我関せずだったくせに急に掘り下げてこなくてもいいじゃないか。


「ハトリ? って呼ばれてる?」


 と、シュトフが首を傾げる。


「トリーナの『トリ』にどこからか生えてきた『ハ』がくっ付いただけよ」


 際どい言い訳だったし、皆納得していないようだったが、私はしっかりと言い切った。

 さすがに前世の苗字ですとは言えない。


「キキョウ様、あの伯爵のことは……」


「伯爵様のことは伯爵様と呼んでいます」


 ……さすがに前世の苗字で呼んでますとは言えない。


 そんな会話をしていると、食堂の外から複数の足音が聞こえてきた。

 きっとA達がシュトフを迎えに来たのだろう。

 食堂の入り口を見ていると、一番に入ってきたのは赤い騎士さんだった。

 確か門番をしていたとのことだったから、A達を連れてきてくれたのか……なんて思っていたのだが、一瞬にして思考が停止した。

 赤い騎士さんに続いて入ってきたのは思った通りA達だったのだが、その姿が見事にズタボロだったから。

 呆気にとられて立ち尽くしていると、ロゼの声がする。


「どうしたの!?」


 と。

 Bの元に走り寄って、Bを抱きしめている。

 別のところへ目をやると、シュトフがAの元に駆け寄ってオロオロしている。

 そして私の状況は、というと、赤松に胸倉を掴まれていた。

 ちょっと足浮いてるんだけど。

 すぐ近くからは青い騎士さんの怒声が聞こえてきた。

 リリとルーシュの悲鳴も聞こえてきた。


「葉鳥、誰も来てへんか? 何もされてへんか?」


 声色には、心配の色が一応見え隠れしていた。

 何だ、これはお前の斬新なボケなのか? ツッコミ待ちなのか?


「いや、うん、心配してくれてるのはなんとなく解りました。……けど、何も胸倉掴むことなくね?」


「……せやな」


 私の言葉で我に返ったのか、そう呟いて解放してくれた。

 色々聞きたいことは山積みなのだが、まずは手当てが先だろう。

 ということで、私はリリとルーシュを伴って食堂を出た。

 救急箱を取りに行くという名目だが、怯えているであろうリリとルーシュは部屋に帰すつもりで。

 案の定、部屋に戻って、と告げると二人は一緒に部屋へ戻っていった。

 あのヤンキー臭だ、お嬢様方には恐ろしかろう。


 救急箱を持って食堂に戻ると、三人を並べて座らせた。

 もちろん纏めて話を聞くために。

 赤い騎士さんを追い出す口実がないため、赤松に対して敬語を使わなくてはならないのが面倒だが、仕方ないだろう。

 そんな事を考えながら三人を見ると、何か言いたげで、話し出すきっかけを待っているように見える。


「で?」


 と一言言ってやれば、堰を切ったように喋りだした。

 興奮しているようで何を言っているのか半分以上わからなかったのだが、頑張って要約してみた。

 何やら屋台街に行ったら襲撃されたらしい。

 襲撃してきたのは、腕っ節自慢且つ素行のよろしくなさそうな男達だったそうだ。

 ソイツ等は私に絡んできた例の貴族が雇った可能性が高いらしい。

 そんな感じだった。

 私は消毒液を手にしたまま、一度頷く。

 ふと周囲を見ると、Aはシュトフに手当てしてもらってるし、Bはロゼに手当てしてもらっている。

 ……可哀想だから私が赤松の手当てしてあげようかね。


「昨日の夜中調べてみてんけどな、税収云々の件で難癖付けてきよるわりに、元々然程稼いどったわけやないねん」


 眉間に深い深い皺を寄せながら喋る赤松。

 額の傷に消毒液を含ませた布切れを当てると、その皺がさらに深くなる。


「そもそもあの貴族のせいで屋台街がある領地の元領主が潰されたって言うても過言やないっちゅーか……」


 なんでもアイツは詐欺紛いの話を持ち出して、潰された元領主から金を巻き上げていたという噂もあったらしい。

 その元領主が居なくなって、赤松の家にも何か仕掛けようと思ったのだが赤松が騙されなかったからとりあえず難癖付けようと思い至ったのではないか、とのこと。

 薄汚い人間だなぁ。


「口角切ってるから消毒するよ。一旦黙って」


 と、赤松の口角に消毒液を押し付ける。

 いだだだだ、と悶える赤松を見ながら、そういえば敬語忘れてたなぁなんてぼんやり考える。

 ふとAとBの傷を見て、もう一度赤松の傷を見ると、明らかに赤松の傷が多かった。

 額だったり頬だったり口だったり、服もボロボロになってるし、破れたところからは生傷がちらちら見えている。


「しかしまた見事にやられたもんだね。相手何人だったの?」


 AやBも見ながらだったので、敬語に拘ることはないだろう。赤い騎士さんもそんなに関心持ってなさそうだし。夕飯食ってるし。


「一対五やった。後からAとBが来て三対五か」


 と、赤松が答える。

 赤松一に対して素行の悪そうな輩五だと分が悪かったのだろう。


「一対五は卑怯やんなぁ。見つけた瞬間飛び掛ってやったわ」


 と、A。


「卑怯も何も金さえ払えば何でもするような奴等やからな、あの手の奴等は」


 と、Bが続く。Bは舌打ちを零していた。

 可愛い子に手当てをしてもらっている事で多少落ち着いているようだが、ヤンキーの香りがダダ漏れである。


「結果は?」


 そう問い掛けると、三人とも笑顔になる。


「もちろんボコボコにしたったっちゅーねん!」


 Aが答えた。力こぶを作ってからのドヤ顔も忘れずに。

 口角の消毒を終えようと赤松の顔を見ると、こいつもほんのりと笑っている。


「昔の血が騒いでもうてな」


「昔って……」


 いつまでも大昔の血引き摺ってんじゃねぇよ、前世だろ。と言いかけたが、寸でのところで飲み込んだ。危ない危ない。


「葉鳥も連れてったらこんな怪我せんでも勝てたんやろな!」


 Bが楽しそうに言う。


「……行かなくて良かった」


 もし行ってたとしたら、彼等と同じように暴れた気しかしない。


「ちょ、は、葉鳥、痛い、」


 考え事をしていたら赤松の傷口にぐりぐりと消毒液を含ませた布切れを押し付けていた。


「……でしょうね」


「お前、わざとやろ……」


 うん、わざとだね。


 粗方手当てを終えると、この騒動の結果を聞いた。

 喧嘩の結果ではなく、騒動の結果だ。

 自警団という、日本で言うところの警察に引き渡すつもりだったらしいのだが、騒ぎが大きくなったために騎士団が動いたらしい。

 騎士団は自警団よりも上の組織らしいので、犯人はすぐに解るだろうとのことだった。

 トカゲの尻尾切りのつもりで素行のよろしくなさそうな人を雇ったんだろうけど、それは失敗に終わりそうなんだとか。

 ざまあみろ。


「じゃあ、この件は解決……なんですか?」


「まだ解らへんから、お前暫く一人で外出たらあかんで。何されるか解ったもんじゃない」


 思わぬ外出禁止令に不服申し立てようかと思ったが、確かに何があるか解ったもんじゃないので確実に解決するまでは言う事を聞こうじゃないか。


 念のため、明るくなってから帰ると言うので、怪我人達を旦那様の元へ連れて行った。

 経緯を聞いた旦那様が否と言うはずもなく、全員お屋敷の客間に泊まっていくことになった。


 客間の準備や風呂を終えて、やっと休めると思っていた時のこと。

 自室付近で一人きりになったところ、背後から誰かに腕を掴まれた。


「キキョウ様……、キキョウ様は、大丈夫だったのですか?」


 という、どこか苦しげで吐息交じりの声がする。犯人は青い騎士さんだったようだ。

 大丈夫、とは何に対しての疑問なのだろうか? そう思った私は何も答えられずただただ青い騎士さんの顔を見上げることしか出来ない。

 しかし見上げたものの薄暗いので彼がどんな顔をしているのかまではよく見えない。


「キキョウ様は何故あんな男に優しくするのですか……?」


 ……はて? あんな男、とは誰のことだろうか? ……まさか、赤松か?

 とはいえ今日、私は赤松に対して傷口をぐりぐりした記憶しかない。傷口ぐりぐりのどこが優しいのだろう……?

 なんならこの前青い騎士さんにしてあげた看病の方が数段優しくしたつもりなのだけど。などと考えていると、手首を掴まれていた手がふと離された。そして、今度は手を優しく撫でられる。

 なにやってるんだろう、とぼんやりと手元を見ていると、今度は彼の大きな両手が私の左手をきゅっと握り込んできた。

 え、本当になにやってるんだろう!? と、内心焦りだしたところで、これまた背後からクツクツという笑い声が聞こえてきた。


「……イービス」


 不服そうな表情の青い騎士さんがそう零す。

 笑い声の主は赤い騎士さんだった。


「ファルケも鈍いなあ、トリーナちゃん真っ赤だろ?」


 真っ赤? 真っ赤ってなんだ?

 え、待って私の顔!? そ、え!?

 取り急ぎ適当に言い逃れるために何か言い訳をしなければ、と思ったのだが、焦りすぎたせいで思いっ切り咽てしまった。


「邪魔だ、イービス」


「考えてもみろよ、アイツ等と話してる時のトリーナちゃんは赤くなったりしないだろ?」


 そりゃそうだ、赤松達は別に意味深な感じで手なんか触って来たりしないからな。

 ……いや別に、手を触られたくらいで赤くなったわけでもないけどな!

 二人はまだ何か話しているようだったが、私は急いで部屋に逃げ込んだ。


 あぁ危なかった。

 そのままベッドに潜り込んで寝てしまおうと思ったのだが、咽て咳き込みすぎたせいで喉がひりひりしている。

 出来れば水が飲みたい。

 しかし水を飲むとなると食堂まで行かなければならない。部屋の外に出ても大丈夫だろうか? 今は誰とも顔を合わせたくないのだが。

 とはいえ喉のひりひりを我慢出来るのかと言えば、出来ない。

 意を決した私は、そーっとドアへと近付いてみる。耳を澄ましてみたが、誰の声も聞こえなかった。

 ということは、二人とも部屋に戻ったのだろう。

 そっと、音を立てないように抜き足差し足で廊下に出ると、案の定人影は無い。

 ほっとした私は足音が立たないように且つ小走り気味で食堂へと向かった。


 誰にも遭遇せず真っ暗な食堂へ辿り着くと、真っ暗なまま、コップに注いだ水を飲み干して大きく息を吐く。

 ……さっきの青い騎士さんのアレは、おそらく嫉妬からくるものなのだろう。

 青い騎士さんには好きだと言われたし、嫉妬する心理は解るんだ。

 でも、何故だか気持ちに応えることが出来ない。気持ちに応えるのが、怖い。

 何が怖いのかと問われれば、具体的に答えることは出来ないけれど、漠然とした恐怖が心の片隅にあるのだ。

 ……過去に、というか前世で女と思えないって言われたこととか別の女に男取られたこととかを引き摺っているのかもしれない。

 いや、吹っ切れたつもりではいるのだけれど。


 部屋に戻ろうと踵を返すと、ドアのところに人影が見える。

 驚いて、思わず悲鳴を上げそうになったが、もう皆寝ている頃だろうから必死で我慢した。

 目を凝らしてそれを見てみると、どうやら赤い騎士さんらしい。


「トリーナちゃん、本当はファルケのこと好きだろう?」


 そう言いながらじりじりと近付いてくる。

 クツクツという笑い声がどことなく薄気味悪いので、近付かれた分だけ離れていると、いつの間にか壁際に追い詰められ、そのまま壁に押し付けられていた。

 これはマズい。


「赤い騎士さんには関係ありませんし」


「どうだろう? もし俺が君を好きだとしたら、ファルケは俺のライバルだ。無関係ではないね?」


 知らんがな。

 すり抜けて逃げ出そうとしたのだが、物凄い力で手を握られたため、動けなくなってしまう。

 恐らく確信犯だと思うが、赤い騎士さんが握ったのは、例の貴族に握り締められた場所であり、とても痛い。

 く、と顔を歪めると、赤い騎士さんの顔も歪む。

 私の場合は痛みで歪み、彼の場合は面白そうに歪んでいる。獲物でも見るような目で。


「なぁトリーナ。アンタはどうすれば絶望する?」


 突拍子も無い発言に返す言葉をなくす。


「俺は見たいんだよ、アンタの絶望の涙が。どんな目に遭っても毅然と振舞うアンタの絶望の涙は、さぞ綺麗なんだろうなあ」


 徐々に近付いてくる赤い騎士さんの顔にゾッとした。


「離せ……っ!」


 押し付けられた背中と、掴まれた腕以外はがら空きだったので、思いっ切り腹部目掛けてミドルキックを放った。

 思いのほか痛かったらしく、掴まれていた手が緩んだ。

 その隙をついて私は脱兎の如く逃げ出した。


 クツクツという笑い声が背中に浴びせられるだけで、追っては来なかった。





 

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