公爵様との対談2
公爵様が語ったのは、私と煌びやか令嬢が初めて会ったあの日前後の話。
そう、彼女の失恋の話だった。
煌びやか令嬢は幼少期から既に誰もが認める絵に描いたような我侭娘だったそうだ。
自分以外の人間を常に見下し、偉そうにふんぞり返ってる姿が目に浮かぶ。
そんな彼女が恋をした。
王族主催だとかで、大勢の貴族が集まる夜会に出席した時に知り合った男爵家の長男がお相手。
恋をする事により、120%だった我侭度が100%くらいに減ったらしい。
減っても100%かよ! というツッコミを我慢した事は言うまでもない。
公爵夫妻としては、もっといいところのお坊ちゃんと結婚させたかったそうだが、本人が熱を上げているのでまぁその男と結婚させてもいいか、と思っていたらしい。
だがしかし、そうはいかなかった。
煌びやか令嬢が結婚の話をチラつかせると、男爵家の男は水面下で別の女性との縁談を進め始めた。
そしてあたかも両親が勝手に縁談を進めたかのような素振りを見せ、そのままどこぞのご令嬢と結婚してしまったそうなのだ。
要するに、その男は煌びやか令嬢から逃げたのだ。
公爵家の娘は荷が重いと感じたのか、それとも煌びやか令嬢の我侭に嫌気がさしたのか、それは本人にしか解らないところだが。
「娘の評判は元々悪かったのだから、仕方がないと言ってしまえばそれまでなのだけどね……」
「うーん、その男も勿体無いことしましたね。クライスお嬢様、確かに多少気は強いけど本当はとっても可愛らしい性格をしていらっしゃるのに」
もちろんお世辞ではない。
扱いに慣れれば可愛いのだ、彼女は。確かに多少気は強いけど。多少っていうか結構気は強いけど。
なんて考えながら公爵様を見ると、そう言ってくれる人が居てくれるとは! と感激している。
っていうか私は今何をやっているんだろう?
公爵様の娘の恋愛相談になりかけてるんだけど。
「その失恋で、娘はかなり傷付いたようでね。随分と塞ぎこんでいたんだ。その時、この子爵家で令嬢向けの講習があると聞いてね。気晴らしになれば、と行くように言ったのだ」
ちなみに行ってみたら? という提案ではなく行け! という命令だったそうだ。煌びやか令嬢があまりにも塞ぎこんでいたから。
「しかし講習が終わった後、泣きながら帰ってきたと聞いて失敗だったと思ったよ」
歌詞をもぎ取るようにして走り去ったとこは見たけど、あの後泣いてたのか。
「しかし失敗ではなかった。その後は君を自分の物にしたいと言い出してね。大変だったよ。……あぁ、君が一番大変だっただろうね。そうだった」
まぁ大変でしたねえ。と、私は頷いてみせる。
「ずっと拒否していた君が、突然公爵家付きの楽師を名乗りたいと言い出した時は驚いたよ。ちなみにその時初めて娘からわたしに頼ってきてね、それは嬉しかった」
最後の嬉しかった自慢は別に聞いていないのだが……?
そう思っていると、ふと公爵様の表情が曇る。その理由が解らないので、私は何も言わずに公爵様の言葉の続きを待った。
「恐らく君の弱みを握って、無理矢理そう言わせたのだろうと思ったのだ。失恋から立ち直って、度が過ぎる我侭も解消しかけていたのに、やはり我侭は治らないのだろうと」
「それは違います! あれは私が……! 全部、私のせいなのに!」
私が彼女を利用したんだから、彼女は我侭なんかじゃない。
私の言葉を聞いた公爵様は、うんうんと頷く。
「フランメ公爵家から逃げるためなのだろう?」
と、言いますと?
「えっと……そのフランメ公爵とやらはその、女好きで有名ですか?」
公爵様は暫く大笑いしていた。
「そうだそうだ、影では女好き公爵と呼ばれているよ。わたしは彼と合わなくてね。それだけじゃなく、フランメ家とベルク家は昔から犬猿の仲だと言われている。だから今後君がフランメ公爵家に連れて行かれることはないだろう」
この流れからすると、ベルク家とは公爵様の家名か。
……煌びやか令嬢の名前って、クライス・ベルクって言うのか。
「……あの、公爵様やクライスお嬢様を利用するような事してすみません」
私は深く頭を下げた。
「いいんだよ。君には感謝しているのだから、謝ることはない。尤も、つい最近まで我が娘が君を言い包めたと思っていたからね、そうじゃないと解っただけで充分だ」
ふと顔を上げると、見事な苦笑を零す公爵様と目が合った。
「しかし君は、王都に出ることは拒否しているそうだね? 公爵家付きの楽師となったのだから、使用人などせずともいい暮らしが出来るというのに」
「私は、いい暮らしがしたいからと公爵家付きを名乗らせてもらいたいのではありません。ここに、まだ居たかったんです。ただ単にフランメ公爵とやらに連れて行かれたくなかったというのもありますけど……」
ぽつぽつと零すと、公爵様はクツクツと笑い出す。
「使用人を続けたいと言っている、というのは娘から聞いたよ。嘘だと思っていたけど、本当だったのか」
変わった子がいるものだ、と笑い続ける公爵様。
いやいや、娘を信じてやれよ。
「君の本心が聞けて良かった。君は元孤児だと聞いていたし、娘が無理矢理従えさせているのではないかと心配していたんだ」
だからもっと娘を信じてやれってば。……いや、でも最初はそんな感じだったっけ。上から目線で命令ばっかだった気がする。
「……そんなことありませんよ」
「そうだね。君も娘ほどではないが、気が強そうだから」
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったので、私は見事に固まってしまった。
すると、公爵様はまたクツクツと笑う。
「きっと娘には君のような子が必要なんだ。今後も……迷惑を掛けることもあるだろうが、見捨てないでやってくれないか?」
申し訳なさそうに頭を下げる公爵様。それをぼんやりと見ていたのだが、これ、おかしくないか?
公爵様が子爵家の使用人ごときに頭を下げるなんておかしくないかな!
「ああああ頭を上げてくださいやめてください公爵様ー!」
やめてえええ! と全力で叫びたい衝動に駆られるわけだが。
「公爵としてではなく一人の親として、娘の笑顔が一つでも増えることを考えて」
「解りました! 私なんかで良ければ協力しますから!」
私がそう言うと、公爵様はガバりと頭を上げた。
そして、言ったな! 聞いたぞ! と言わんばかりの笑みを浮かべる。
「それなら一つ協力してほしい。月に二度でいい、娘の屋敷で演奏してやってくれないだろうか? 話し相手になるだけでもいいのだ。それから今度王都で開かれる舞踏会に行ってくれないだろうか? 娘の侍女として側にいてやってほしい」
一つ協力してほしいっつったくせに二つ提案してきやがった。
煌びやか令嬢の屋敷で演奏するのは別に構わない。
公爵家付きと名乗らせてもらっている以上雇い主でもあるわけだからそこは逆らわずに行くとしましょう。
王都で開かれる舞踏会って何だ。すごくめんどくさそうなんだが。
「クライスお嬢様のお屋敷へは喜んで行かせていただきますが……舞踏会ですか?」
見事に顔を顰めてしまった私を見た公爵様は、慌てたように補足を始めた。
なにやら、その舞踏会には煌びやか令嬢を振った男も参加するらしい。
もちろん夫婦で。
それを知った煌びやか令嬢は行きたくないと言っているとのこと。
そりゃそうだろう、見たくないもんね。
しかし不参加というわけにはいかないんだとか。
どうしても行けというのなら、私を連れて行きたいと煌びやか令嬢が提案したのだとか。
何故私が……!
しかし自分の都合で公爵家付きの楽師と名乗らせてもらってるわけだから、断れる立場ではない。
行くしかないんだろう。
「行ってくれるかい?」
「はい、解りました」
「良かった! 君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
っていうか断れないの解ってんだろ。……とは口が裂けても言えないこの立場……!
「君の気が変わらないうちに子爵とも話を付けておこう!」
公爵様はそう言って勢いよく立ち上がる。
どうやら話は終わったようだ。何だろう、本題は舞踏会に連行する予告だったのか?
すたすたとドアの方へ歩いていく公爵様の後を追う。
そしてドアが開いた途端、外で待っていたらしい煌びやか令嬢からタックルを食らった。
不意打ちタックルは痛い。
「トリーナ! お父様に何か変な事言われなかったの!? どうなの!?」
「あ、大丈夫です、はい」
「トリーナは舞踏会に付いて来てくれるそうだよ。良かったじゃないかクライス」
そんな公爵様の声に、煌びやか令嬢は一瞬でテンションを落とした。
「……本当に、行かなければダメ?」
「ダメだ」
涙目で抗議している煌びやか令嬢を見ると、やはり行きたくないんだろうなぁ……と思うわけだが、公爵様に頼まれた手前放っておくわけにもいかない。
「私、王都なんて行った事ないので緊張します」
そうぽつりと零してみると、煌びやか令嬢はぐるんと私の顔を覗き込んできた。
「そうだわ! 私が案内してあげなければ! ……舞踏会は行きたくないけれど、仕方ないわ、我慢よ……」
一本釣り成功です。
チラリと公爵様の顔を確認すると、キラキラと輝いた瞳でこちらを見ていた。
難しい説得をせずに済んだと思っているんだろう。
公爵様は旦那様と話があると言っていたので、公爵様を一旦応接室に戻し、私は旦那様を呼びに行った。
二人の話が済んだ後、公爵様も煌びやか令嬢も帰って行った。
嵐のような二人だったわ……
しかし一難去ってまた一難、とはよく言ったものだ。
王都で開かれる舞踏会って。
……美味しいもの食べられるかな。
なんて現実逃避してないとやってらんないわ。
今後の事を考えながら、食堂で昼食を摂っていたときのこと。
「葉鳥ー!」
という声とともにAが食堂に滑り込んできた。
「なに」
「何や、葉鳥も機嫌悪いんか!」
私のとても短い返答を聞いたAがけらけらと笑う。
葉鳥も、ということは私とは別に機嫌が悪い奴が居るのだろうか。っていうか私は自分の先行きを考えてボーっとしてただけであって機嫌が悪いわけではないのだけど。
私が首を傾げたまま咀嚼していると、Aが説明を始めた。
「今朝な、赤松が俺の店の仕込みに来てくれてん。ほんでザーッと仕込みしたら『屋台街行ってくる』って吐き捨てて行ってな」
屋台街、と言えば。
私はその単語を聞いて反射的に自分の手を見る。
そこには一晩では消えることの無かった痣を隠すための包帯があった。
「ん? 怪我したん?」
Aはその包帯に気付いたようで、つんつんとそれをつつく。
「昨日、変な貴族に絡まれたんだよ。そいつが『屋台街のせいで自分の領地の税収が減った』って赤松に難癖つけてるらしい」
「……なるほど。せやけど、それとこの怪我に何の関係があるん?」
「何か、私が赤松と喋ってるとこ見られてたらしいんだよね。そんで赤松と仲良いみたいだからって人質になりかけた」
そう言うと、Aはふーん、と言いながら包帯で巻かれた部分を押してきた。
痛いっつーの。
でも、赤松は屋台街に行って何をするつもりなんだろう?
もし、昨日の貴族の男に遭遇したらどうするんだろう?
……ちょっと心配になってきた。
「ねぇA、赤松大丈夫かな?」
「……せやなぁ、B連れて様子見に行ってみよか。店は臨時休業にして……あぁシュトフ一人にするんは心配やな、ここ連れてきてもええか? 預かっといて」
「ん? あぁ、いいけど……ちょっと過保護じゃない?」
「……せやろか?」
Aの目が泳いだのを見逃さなかった。
これは怪しい。ニヤリと笑って追求しようとしたのだが、Aはガタンと音を立てて立ち上がり、逃げるようにその場を去っていった。
完全に怪しい。
それから数時間後、Aがシュトフを連れてもう一度私のところへやってきた。
私も仕事があるので、シュトフには私の部屋か練習部屋に居てもらうことにする。
それからさらに数時間後には面倒な事が起きるのだが、その時の私は知る由もなかった。




