公爵様との対談
臨時侍女の朝は早い。
煌びやか令嬢は侍女を連れてこなかったと言っていたし、彼女が帰宅するまでは私が一人で臨時侍女として働かなければならないのだろう。うん、無理。
と、言うわけで煌びやか令嬢の部屋の前にやってきた。
やっぱり自分一人では難しそうだったので、ルーシュに手伝ってもらうことにして。
ルーシュと煌びやか令嬢は仲が良いわけではないので、何かあったらこっそり逃げていいからね、と言ってある。保険だ保険。
起きているかの確認としてそっとノックをしてみると「はい」と返事が返ってきた。
「おはようございます、トリーナです」
「入って」
と、言われたので、私はルーシュを伴って部屋に入っていった。
「……トリーナだけじゃないのね」
どうやら煌びやか令嬢は辛うじて起きていただけのようで、寝台の上に座り込んでいた。
「朝の支度はさすがに私一人では難しいかと思いまして応援を頼んだんです。こちらのルーシュは……あぁ、あだ名じゃないほうが良かったかな? こちらのキルシュはトーン子爵夫人の侍女も務めていますので、腕は確かですよ」
とりあえずルーシュのことを紹介すると、煌びやか令嬢は力の無い声で「ふぅん」とだけ漏らす。
朝は機嫌が悪いのだろうか。低血圧か?
そんなことを考えながら、私はルーシュの指示に従って煌びやか令嬢を煌びやかに仕上げていく。
講習の前、私もこうしてルーシュたちに仕上げられているのだが、仕上げる側に立つのは初めてだった。
「ルーシュ達がいつも楽しそうに私を着飾ってくれる気持ちが分かった気がするわ……」
そうぽつりと零す。
「ええそうでしょう? トリーは乗り気じゃないけれど、わたくし達はこんなにも楽しいのよ?」
クスクス、とルーシュが笑う。
そんな時、ふと煌びやか令嬢の口が開かれた。
「あなた達、黙って仕事をしたらどうかしら!」
怒鳴られてしまった。
まさか怒鳴られるとは思わなかったので、私は思わずぴくりと肩を揺らす。
ルーシュも同じく驚いたようで、全身が強張ってしまっている。
チラリと煌びやか令嬢を盗み見ると、たった今怒鳴ったとは思えない程落ち込んだ顔をしていた。
ドレスも髪もお化粧も、全ての準備が整ったので、大きな姿見を煌びやか令嬢に見せる。
自分の姿を確認した煌びやか令嬢は、ふわりと微笑んだかと思ったら、また表情を曇らせてしまう。
「……まぁまぁね」
煌びやか令嬢はぽつりとそう呟いて、そのままソファへと沈み込むように座ってしまう。
そして小さな声で零すように「下がっていいわ」と言った。
ルーシュを見ると戸惑ったような顔をしている。
ここまで落ち込んだ様子を見せられたんじゃ戸惑うのも無理はないか。
私はとりあえずルーシュと一緒に部屋を出た。
「わたくし、何か悪い事をしてしまったかしら?」
「ううん、多分そうじゃない。大丈夫だから、嫌わないであげてね」
そう言うと、ルーシュはこくこくと頷いてくれた。
ルーシュには手伝ってくれた事に対するお礼を言って、私は食堂へと急いだ。
煌びやか令嬢の朝食を準備するために。
必要なものをワゴンに乗せて、急いで部屋に戻る。
ノックをすると、控えめな返事が返ってきたので、遠慮なく入らせてもらう。
「クライスお嬢様、朝食をお持ちしました」
プイ、と視線を逸らされてしまったが、私は気にせずにいつも通りを装った。
下手に気を遣ってしまえば私の負けだ。
さくさくと準備を進め、大した時間をかけることなく食卓は整った。
それなのに、煌びやか令嬢は朝食をジッと睨みつけているだけで、それに手を付けようとしない。
「どうしました?」
と、私が声を掛けると、煌びやか令嬢は弾かれたように私を見る。
そして、何かを考えるように視線を彷徨わせた後、ゆっくりと口を開いた。
「……トリー。……トリーナ、貴女、他の使用人達からはトリーと呼ばれているのね」
「そうですよ。ここの使用人達はあだ名で呼び合っているんだそうです。まぁ、私は下っ端なのでいつからこの決まりがあるかはわからないんですけどね」
「……ふぅん」
「でも私、本当に仲の良いお友達にはトリーナって呼んでもらってるんですよ」
にっこりと笑って煌びやか令嬢を見ると、彼女の瞳はみるみる見開かれていく。
そして、急に顔を真っ赤に染めていった。
「……じゃあ、私は今まで通りトリーナって呼んであげるわ」
煌びやか令嬢はフンと鼻を鳴らして食事を開始した。
一応推測だけど、さっき怒鳴ったのはきっとヤキモチだったんだろう。
解りやすい人だなぁ。
煌びやか令嬢の朝食の世話を終えた私は、一旦食堂に戻って自分の朝食をとっていた。
すると、そこに青い騎士さんがやってきて、食べ終えたら応接室へ行くように、と言われた。
おそらくそこで公爵様と話すことになるのだろう。
朝食を急いで片付けた私は、そのまま小走りで応接室へと向かった。
そこには公爵様と煌びやか令嬢がなにやら言い争っている。
近付いていいものかどうか、一瞬悩んだが、どちらにせよ呼ばれたんだから遅かれ早かれ近付かざるを得ないわけだ。
私は重くなりそうな足を叱咤して、二人に近付いていった。
「トリーナ!」
私に気付いた煌びやか令嬢が、こちらに向かって駆け寄ってくる。
何事かと首を傾げていると、彼女はそのまま私の前に立ちふさがった。
まるで公爵様から私を庇うように。
「クライス、わたしはトリーナと二人で話がしたいんだ」
「私が居たって問題ないでしょう!? 何故二人じゃなきゃダメだと言うの!?」
煌びやか令嬢は私と公爵様が二人で話すという事が気に入らないようだ。
しかし、私は出来る事なら二人で話したい。
色々と聞きたいこともあるし。
「クライスお嬢様?」
と、声を掛けてみると、煌びやか令嬢はくるりと振り返って私を見る。
「トリーナ……、貴女一人では心細くないかしら?」
「私なら大丈夫ですよ?」
何か言いたげな顔で首を傾げる煌びやか令嬢に対して、私も首を傾げて見せる。
「……分かったわ。トリーナ、貴女の不利になるような事を言われたらきちんとわたくしに報告するのよ! 絶対よ?」
なぜか念を押されたわけだが、彼女が何に対してこんなに焦っているのか解らないので、とりあえず曖昧に頷いておいた。
応接室に入ると、公爵様は私を正面のソファに座らせた。
そして、突然クツクツと笑い出す。
その笑いの意味が解らなかった私はただただきょとんとするばかり。私の顔がそんなに可笑しいのだろうか……?
「あんな娘を見たのは初めてだ」
あぁ、私の顔じゃなくて自分の娘見て笑ってたのね。よかった。
「君はどうやってあの子を懐かせたんだい?」
「いえ……別に、普通に会話をしていただけですけど……」
懐かせた記憶などない。言ってしまえば勝手に懐いてきただけである。
「あの子は誰が見ても我侭娘だ。君も、何か酷いことを言われた事があるんじゃないかい?」
「えぇ、まぁ。正直第一印象は酷いもんでしたね」
最初に会った日のことを思い出しながら、素直にそう言うと、公爵様は物凄く驚いた顔をしている。
何を驚いているんだ。
「……いや、すまない。そんなに素直な意見が飛んでくるとは思わなかった。我々公爵家は王族の次に高い地位にある。だから、皆世辞しか言わないのだよ」
と、どこか寂しげな顔で言う公爵様。
ってことは、お嬢様は我侭なんかじゃありませんよ~おほほほ! とか言っといたほうが良かったのだろうか? 私には無理なんだけど。
しかしとりあえず謝るべきなのかもしれない。
「申し訳ありません」
「いやいいんだ! 謝らせたかったわけではないのだ。出来る事なら素直な意見だけを聞かせて欲しい」
じゃあ遠慮なくそうさせていただこう。そう思った私は了承を伝えるために首を数度縦に振る。
「君を公爵家付きの楽師にした頃から、娘から我侭が消え始めてね。不思議に思っていたのだ。しかしさっきの娘と君のやりとりを見て確信したよ。きっと君のお陰なんだと」
公爵家付きの楽師、という単語を聞いて思い出した。私、その件についてまだお礼を言ってなかった。
「あの、公爵様、この度は公爵家付きの楽師を名乗る事を許していただきありがとうございます」
私は深く頭を下げて言う。
「いやいや、手を付けられなかった我侭が解消し始めているのだから、礼を言うのはこちらなのだ。礼を言うだけでは足りないのではないか? 先ほどの話題に戻るが、君は色々と被害に遭っているのだろう?」
と、言われましても。
そりゃあ色んな被害に遭ったさ。それを洗いざらい話していいのだろうか?
素直な意見が聞きたいとか言ってたけど、そこまで素直すぎるのもどうしたものか。
そんな事を考えていると、何でもいいから何されたか言え、みたいな、どこか期待したような顔で公爵様がこっちを見ていた。
「……まぁ、騎士を連れて乗り込んできたり、令嬢付きの楽師とやらが刃物持ってきたり、お嬢様本人と揉めて階段から落ちたりしましたけど」
思い出せる限りのことを言えば、公爵様は満足げに微笑んだ。いや全然微笑ましいエピソードじゃないのだけど。
「それこそがわたし達の知る娘だ。さっきのように人を案じるような素振りは初めて見た」
初めて見たもなにも、煌びやか令嬢をこの近辺に隔離したのは他でもなくお前達じゃないか。何を言っているんだろうこの人。
「公爵様、無礼を承知でお尋ねしますが、何故お嬢様を王都の外に出したのですか?」
ずっと気になっていたのだ。
父親も母親も兄にかかりっきりで、我侭だった娘をこんなに辺鄙な場所に隔離するなんて。
それに、昨日彼女は泣いていた。寂しかった、と。
私の訝しげな表情に気付いたらしい公爵様は、はぁ、と大きな溜め息を零した。
さすがに怒られるだろうか、と身構えていたら、公爵様はどこか遠くを見ながらぽつりぽつりと語り始めた。
「クライスは、あれ……母親にそっくりなのだ。顔はわたしに似ているが、性格はあの子の母親にそっくりなのだよ」
と、いうことは、母親もキツい我侭さんなのか。っていうか公爵様奥さんのこと『あれ』って言ったよね。あまり仲良くないのだろうか。
「似たような性格をしているから、日々反発し合っていた。その点長男の方は穏やかでね。聞き分けのいい息子と反発してくる娘……どちらを可愛がるかは一目瞭然だった。息子は跡取りでもあるからね」
母親自身が我侭なのだから、言う事を聞く息子のほうが可愛いだろう。
おそらく煌びやか令嬢は母親から苦手意識を持たれているか、最悪嫌われているのかもしれない。
「そこでわたしは考えた。母親が可愛がらないのであれば、わたしが可愛がろうと。……しかし娘はそれを受け入れなかった。娘がわたしを見る目は……何か汚らわしいものを見るような目だった……」
……お父さん、それ、反抗期っていうんですよ。
思春期の娘にありがちな行動だろう。自分の洗濯物をお父さんの洗濯物と一緒に洗わないで! って言っちゃう娘心というか、なんかそんな。
「娘自身が『家を出て行く』と言ったので、今あの子が住んでいる家を用意したのだが……」
「すんなり送り出したのなら、それはいい行動とは思えませんね。彼女の事ですし『行かないで』とか最低でも『行ってもいいけどあなたが居ないと寂しいから早く帰ってきて』とか……彼女はそう言う言葉が欲しかったはずです」
私がそう言うと、公爵様は目を丸くした。
何を驚く事があるのか。
「最近わかったのですが、クライスお嬢様はとても寂しがり屋さんのようですよ」
そんな私の言葉にも驚いているようだが、寂しくないわけがないだろう。
母は兄につきっきりで、自分なんて見ようともしない。父に対しては反抗期で素直に接することが出来ない。そんな状況であれば、家に居場所なんかなかったんじゃないだろうか。
「クライスを君に会わせたのは正解だった。あの頃、あの子はとても落ち込んでいてね……」
公爵様がまたも遠くを見ながら語り始めた。
恋愛のれの字も出て来ないシーンが続きますがもう少し我慢していただけると嬉しいです。
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