臨時侍女
誕生会の日の夜。
部屋に次男様を送り届けた私は、そのまま煌びやか令嬢が泊まるという部屋の前に来ていた。
ふと、リリやルーシュに侍女とは何をするものなのかと聞いてくるべきだったかと思い、踵を返す。
つい最近まで奥方様との接触は無かったし、リリやルーシュが侍女として働いている姿を見る事もなかった。
ドレスを着せたり髪の毛結ったりお化粧したり、そんな感じの仕事だとは聞いたが、それは朝の仕事であり夜ではない。
リリ達を探しにいこう、と一歩踏み出したところで背後にあるドアがカチャリと音を立てて開く。
「遅い!」
ドアを開けたのは煌びやか令嬢だったようだ。
そりゃそうか、開いたドアは煌びやか令嬢の部屋のドアだったんだから。
「すみません」
「早く入って!」
ちょっと他の侍女達に話を聞いてきます、と言おうとしたのだが、それは阻止された。
素早く私の手を取った煌びやか令嬢は、そのまま私を部屋の中へと引き摺り込む。
準備する物なんかは何もなかったのだろうか……と思ったものの、引き摺り込まれているのだから仕方無い。
とりあえず一旦入ってから彼女に聞こう。
「もう入浴も済ませたし後はもう眠るだけなのよ」
と、煌びやか令嬢は言う。
一人で何でも出来るって言ったでしょ? と言わんばかりのドヤ顔である。
しかしそのドヤ顔もすぐに崩れた。
「ただ……髪を乾かすのだけは、手伝ってくれるかしら?」
一人では乾かせなかったようだ。
まぁ普段結い上げるのが当然のようなご令嬢達は皆髪を伸ばしているし、乾かすの大変よね。
ドライヤーもないし。
一応手早く乾かす道具として送風機のようなものはあるのだが、それだと髪が痛んでしまうので、皆様根気良く布で乾かすらしい。
「はい、わかりました」
私は頷いて、部屋の隅の棚から大量の布を取り出してきた。
ソファにゆったりと座った煌びやか令嬢の髪をせっせと乾かしている私。
そんな私をさっきからチラチラと忙しなく見ている煌びやか令嬢。
何か言いたいことがあるようだ。
「どこか痛いですか?」
「痛くないわ! トリーナは、その……大丈夫?」
大丈夫とは、何のことを言っているのだろう?
私は首を傾げて煌びやか令嬢を見る。
「ほ、ほら、さっきの会の途中、変な男に連れて行かれたとか……」
あぁ、あの逆恨み貴族の事か。
煌びやか令嬢が知っているということは、変な噂にでもなっているのかな……? だとしたら面倒なんだけど。
「あれなら大丈夫ですよ。助けてもらいましたし。心配してくださってありがとうございます」
ふふ、と笑いながらそう言うと、煌びやか令嬢がくるりと振り返る。
「し、心配したわけじゃないのよ! ちょっと……気になっただけで」
うん。そういうのを世間一般では『心配してる』って言うんじゃないのかな? と思いつつ、私は口を開く。
「私を連れて行った男はどこぞの子爵だったそうです。赤ま……あー、えっと、キーファー伯爵に恨みがあったんだとか」
髪を乾かす手を休めずに、掻い摘んで説明すると、煌びやか令嬢はもう一度くるりと振り返って興味深そうに私を見た。
「あの伯爵に恨みがあるからって、何故トリーナを連れて行ったの?」
「私が伯爵と喋っているところを見ていたんだそうです。なんか仲良さそうに見えたから私を人質にしようとしたらしいですが……」
そう言うと、煌びやか令嬢はまぁ! と言いながら口元を押さえる。
ほんのりと頬が赤く染まっている気がするのは気のせいかな?
「トリーナとあの伯爵が話しているのは私も見たわ! 微笑ましく思ってたもの! じゃああの伯爵が助けてくれたの?」
私とアイツが喋ってたとこ見てた奴多すぎだろ。
「いえ、助けてくれたのは青い騎士さんでしたけど」
ぽつりと零すように言えば、煌びやか令嬢の頬はさらに染まった。
あ、そうだわ、この人私と赤松と青い騎士さんの三角関係だと思ってるんだったわ。
言わなきゃ良かった! と思ったけれど、まぁ後悔先に立たずってやつですね。
煌びやか令嬢は「素敵!」と漏らしながら両頬を押さえている。
夢見る乙女の出来上がりだ。
ついでに髪の毛も出来上がりだ。
「はい、乾きましたよ」
そう言って数度髪を撫でると、煌びやか令嬢本人も数度確かめるように自分の髪を撫でる。
「上手ね、トリーナ」
「ありがとうございます」
髪が乾いた煌びやか令嬢は、突然スッと立ち上がる。
そして私を向かいのソファに座るように促してきた。
その動きがとても強引だったので、私は言われた通りソファに座った。
すると、煌びやか令嬢はカチャカチャと音を立てて食器のようなものを準備しているようだった。
それって臨時侍女である私がしなければならないのでは? と立ち上がったのだが、座ってて! と怒られてしまったので動こうにも動けない。
暫く煌びやか令嬢の姿を目で追っていると、彼女はお酒の瓶のようなものとグラスを二つ持って来た。
カチャカチャと音を立ててたのに持ってきたのはグラス二つ……やはり彼女は慣れないことをしているんだなぁ。
「果実酒なの。あなたなんかじゃ一生掛かっても飲めないようなものよ。……だから、ちょっとだけ付き合ってちょうだい」
とのこと。
どこからどう見てもお高そうな酒である。
確かに私じゃ一生掛かっても手に入れられないかもしれない。
素直に「一緒に飲もう」って言えば可愛いものを。
でも、余計な一言を足しちゃうのはただの照れ隠しだって解ってるから、私は笑いたくなる衝動を我慢して、笑顔で頷いた。
「トリーナ、さっきの話なのだけれど……あなたは、伯爵が好きなのよね?」
このお酒、高いだけあってマジで美味しいなぁなんて思っていたところ、突然そんな話を振られた。
「え……えぇ、まぁ……」
嘘を吐いていると言う罪悪感が少なからずあるので、素直にハイとは言えない。
「トリーナさえ良ければ、どこかの貴族の養女になって身分を整えてあげることも出来るのよ?」
と、煌びやか令嬢は顔を顰めながら私に問い掛ける。
「いいんです、そんなことしなくて。それに、他所の貴族の養女になってしまえば、トーン子爵の次男様に怒られてしまいますから」
ふふ、と笑って見せると、煌びやか令嬢は目を見開く。
「何故こちらの次男が怒るの? もしかしてこちらの次男もトリーナのこと……」
「いやいやいや、次男様は私の事を妹だと言って可愛がってくれているんです」
「まぁ……じゃあ本当に妹になってあの伯爵の元へ嫁げばいいんじゃなくて?」
その質問に対して、私はすんなり返答出来なかった。
嫌ですってのもおかしいし、無理ですとも言えないし。……だって旦那様に養女にしてくださいって言ったら二つ返事で「いいよ」って言いそうだし、無理じゃないんだよな。
「もしかしてトリーナ、あの騎士のことも気になっているの……? この前見た時から思っていたのよ、あんな風に熱烈に思われていたら、気にならないわけないわよね……」
「ね、熱烈って……」
「トリーナの気持ちは伯爵に向いていて、騎士の気持ちはトリーナに向いていて……伯爵の気持ちはどこを向いているのかしらね……」
と、ぶつぶつ呟いている煌びやか令嬢。
赤松の気持ちはきっと明後日の方向を向いていると思います。
何かを考えているらしい煌びやか令嬢は、暫く俯いて黙り込んでいた。
変な方向に話が向かなければいいけど、と思いながら、私はちびちびと酒を飲んでいる。残したら勿体ないし。
「私はね、トリーナ。あなたに失恋してほしくないのよ……」
意を決したように顔を上げた煌びやか令嬢は言う。
「失恋してほしくない?」
「私……自分が失恋したときとても辛かったから……だから、トリーナには……」
煌びやか令嬢の言葉を反芻し、首を傾げると、彼女はどこか悲しそうな目でそう言った。
そういえば、初めて講習に来た頃失恋したって言ってたっけ。
「……でも失恋も大事な経験の一つではないでしょうか?」
「……経験?」
「うーん、上手くは言えませんが、失恋しなきゃ解らない痛みってありますよね。辛いとか、寂しいとか、沢山の後悔とか。それを知るからこそ次に恋をした時、その恋をもっともっと大切にしようって思えますし……」
酒が入っているので何を言っているのか解らなくなってきたけど。
「トリーナは、失恋したことある?」
そう私に問い掛けてくる煌びやか令嬢の顔は、どこか幼く見えた。
おそらく彼女も少し酔っているのだろう。
「ありますよ。一番酷い失恋話は……好きだった人を寝取られたやつですかねぇ」
「寝!?」
「寝取られた挙句女に子供が出来たので、男はそのままその女と結婚しました」
日本に居たころの記憶の欠片を探ったら、その記憶にぶち当たってしまった。中学三年生の頃ではないので、あやふやな記憶でしかないけど。
しかし私の頭の中にある一番の失恋と言えばその話だった。
「嫌な女!」
ほう、煌びやか令嬢は寝取った女に憤慨するのか。
「私は、そんな男を好きになってしまった自分はなんてダメな女なんだろうって思ったんですよね」
性格の違いだろうなぁ、なんて笑う。
「トリーナはダメなんかじゃないわ! むしろその男がダメなのよ! こんなに可愛いトリーナを放っておいて別の女に手を出しちゃうなんて!」
「でしょう? 今は私もそう思ってます。あんなダメ男、こっちから願い下げですよ」
ぷりぷりと怒る煌びやか令嬢に釣られるように、私も声のトーンを上げてしまった。
その後、私達は暫く取り留めのない話を楽しんでいたのだが、時間が物凄く遅い時間だという事に気付いた。
喋りすぎた。
「クライスお嬢様、そろそろ眠らなければ」
「……そうね」
どこか寂しそうに呟いた煌びやか令嬢は、立ち上がろうとしてすぐに座り込む。
「……トリーナ、私、酔ったみたい」
酒のせいか頬が赤くなっていて、潤んだ瞳でそう言われたわけだが……なんだろう、『私酔っちゃったみたい』って言われて落とされる男をアホだなぁと思ってたけど、これは落ちるわ……
いや、そんな事考えてる場合じゃない。
「私が支えるのでベッドまで歩けますか?」
「ええ、なんとか」
ふらふらしながらも、煌びやか令嬢をベッドに寝かせることに成功した。
トリーナはお酒強いのね、と微笑みながら布団を被る煌びやか令嬢。
「……トリーナ、トリーナ、まだ居る?」
空いた酒瓶と使ったグラスを片付けていると、煌びやか令嬢から声が掛かった。
「居ますよ」
どうしました? とベッドに近付くと、ベッドの中からにゅっと腕が伸びてくる。
その腕は、ふらふらと空中を彷徨ったあと、私のスカートを握った。
「トリーナ、私ね、寂しかったの。」
「ん? 今日ですか?」
「ううん、ずっとずっと。お父様もお母様もお兄様も私を見てくれないでしょう? 唯一縋る相手だった恋人も居なくなってしまうし……それに……最近は社交界でも孤立してしまっているし……」
泣き上戸なのだろうか、彼女はついに泣き出してしまった。
「トリーナ、私、私に出来る事ならなんだってするわ。だから、だから、私を一人にしないでっ……!」
うーん、ツンデレ煌びやか令嬢がデレデレになる瞬間とは、いいものを見せてもらったな。
「今も充分してもらっていますから。だから何もしなくていいんですよ。私は側に居ますから」
ぽんぽん、と前髪を撫でると、煌びやか令嬢の目から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
余程寂しい生活をしていたのだろう。
明日は彼女の父親である公爵様とお話する予定も入っていることだし、この件についても要相談だな。
そんな事を考えていたら、握られていたスカートが解放された。
どうやら眠ってしまったようだ。
しっかり眠って、明日にはいつものツンツン煌びやか令嬢に戻ってくださいね。
じゃなきゃ、調子狂っちゃいますから。
聞こえないと解っていながら、そんな事を呟いて部屋の外に出た。




