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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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誕生会5

 

 

 

 

 

 謎の男と対峙していたはずだったのだが、急に視界が真っ暗になった。

 そして身体は後ろに倒れそうになっている。


 見えないので、何が起きているのかさっぱり解らなかったのだが、どうやら視界が暗くなったのは誰かの手が私の視界が遮っているからのようで、後ろに倒れそうになっているのはその手によって後ろに引き寄せられているからのようだ。


 暗い中で突然視界を遮られれば、誰だって怖いよね。


 私は恐怖で身体を強張らせる。

 引っ張られてなるものかと体中に力を入れ、視界を遮っている手に思いっ切り爪を立てた。

 ピアノを弾くために短く切りそろえているものの、相手はとても痛いことだろう。

 それなのに、その手はびくともしない。


 その時、ひゅっ、と風を切る音がした。


「ひっ! だ、誰だ!? お前、何を……!」


 突然、さっきまで目の前に居た男の声がする。

 それに驚いた私はびくりと肩を揺らす。

 誰だ、って言ったってことは、私の背後に居るのはあの男の仲間ではないのだろうか……?


「我がトーン子爵家の使用人に何をしていたのですか? 大丈夫ですか、キキョウ様」


 混乱していた私の耳に滑り込んできた声は、青い騎士さんのものだった。


「え、あ」


 背後に居たのは助けに来てくれた青い騎士さんだったのだ。

 なんだ青い騎士さんか良かったという思いと、大丈夫ですかと問われたのだから答えなければという思いが渋滞して、言葉が出てこなかった。


「お前! 俺を誰だと思って……」


「知ったことではありません。子爵家の騎士として子爵家の関係者を守るのは当然のこと。相手が誰であろうと追放するのみだ」


 そう淡々と告げた青い騎士さんは、やっと私の視界を遮っていた手を離してくれる。

 そしてそのまま屈み、私と視線を合わせながら


「キキョウ様、おいで」


 と囁いた。

 その言葉の意味を、自分が理解していたのかどうか解らない。

 だけど、私は自然と青い騎士さんの首にしがみ付いていた。

 それを確認した青い騎士さんは、私の背中を一撫でして、左腕一本で軽々と抱える。私自身が青い騎士さんの首にしがみ付いているとは言え左腕一本で、私を、軽々と? この人の腕力はどうなっているんだ……?

 ふわりと動く感覚があったので、青い騎士さんはこの場を去ろうとしているのだろう。


「待て!」


 それを、あの男は止めようとしている。

 するともう一度、ひゅっ、と風を切る音がした。

 音のした方向を見ると、青い騎士さんの剣が男の首元で止まっているのが確認出来る。

 さっき聞いた音と同じなので、あれも青い騎士さんの剣が立てた音だったようだ。


「殺さずに追放としてやったんだ、俺の気が変わらないうちにさっさと去れ」


 青い騎士さんの地を這うような声。

 それにビビったらしい男は、怯んで倒れこみ、その場に尻餅をついた。

 ダサい。

 はあ、という青い騎士さんの溜め息が聞こえたと思えば、青い騎士さんは 男の首根っこを捕まえて引き摺りはじめた。

 ずるずると粗雑に、文字通り引き摺られる男。

 暫くそれをジッと見ていたのだが、ふと気付いた。

 私を抱えながら男を引き摺るって、絶対重いはず。


「あの、私、降ろしてもらっても」


「こんなに震えているキキョウ様を置いていけるわけがないでしょう。大人しくしていてください」


 青い騎士さんはそう言いながらクツクツと笑う。

 ……っていうか、震えてるのは視界を遮られたのが怖かったからで、どっちかっつーと青い騎士さんのせいなんだからな!

 と、心の中で軽く文句を言っていたら、青い騎士さんの足が止まった。

 どうやら赤い騎士さんが居たからのようだ。


「イービス、これを摘み出せ。詳しい事は伯爵に聞け。彼が何かを知ってる」


「伯爵?」


 赤い騎士さんの不思議そうな声が耳に滑り込む。

 突然この場に居ないはずの伯爵が話題に上ったことが不思議だったのだろう。

 私も不思議に思ったから。青い騎士さんは私とあの男の会話を聞いていたのだろうか?

 男をさっさと摘まみ出さない赤い騎士さんを見てほんの少し不服そうに眉を寄せた青い騎士さんだったが、彼は「詳しい事は後で。会が終わったら食堂に集合」とだけ言って、また歩き始めた。

 そして青い騎士さんは人気のない庭をずんずんと進んでいく。

 この様子だとホールには戻らないらしい。


「怖かったですか?」


「……青い騎士さんの目隠しが一番怖かったです」


 青い騎士さんの問いかけに、素直に答える。


「すみません、しかし相手が客ではなく侵入者だった場合あの場で殺す可能性もありました。それをキキョウ様に見せるわけには……」


 それで目隠しされたのか。

 そこでふと思い出す。


「あ、あの、私さっき思いっきり爪立てちゃった! ごめんなさ、後で手当てしますから!」


「この程度、傷のうちには入りません」


「ちゃんと手当てしないと傷が残ってしまいますよ!」


「……手当てはしません」


 看病した時みたいに、怪我したときも不機嫌になるのだろうか? とこっそり首を傾げていると、青い騎士さんはとんでもないことを呟いた。


「キキョウ様に付けていただいた傷をみすみす消してしまうなど、そんな勿体無いこと……」


 変態かな?


「と、ところで青い騎士さん、私があの場所に居た事、なんで解ったんですか?」


 話を逸らしたいと思います。


「伯爵に言われたんです、キキョウ様が厄介な奴に連れて行かれた、と。助けてやってくれ、とも」


 厄介な奴、か。

 あの男も赤松の事知ってた……っていうか嫌悪してたみたいだから、何かあるんだろうとは思っていたけれども。

 そんな事を考えながら押し黙っていると、青い騎士さんの口が開く。


「あの男に何をされたんですか?」


「まぁ腕とか肩とか掴まれて……まぁなんか色々言われたんですが、それは私の口から言っていいのかどうか」


「腕、肩……俺が見たところ顎も掴まれていましたね。キキョウ様の口から言えない……とは?」


 あぁ、そういや顎も掴まれてたっけ。


「言えないというか……正直私もちょっとよく解らなかったんですよね。でも、伯爵が何か知ってるみたいだったんでしょ? 奴に説明させましょう」


 そう言うと、青い騎士さんはこくりと頷いた。


「……ところで青い騎士さん、もう歩けるので降ろしていただけませんかね?」


「嫌です」


 即答!



 その後、青い騎士さんに連れてこられたのは寮棟の食堂だった。

 どうやらもう誕生会は終りらしく、完全に客が帰るまではここで待機しておけとのこと。

 片付けを手伝わなければ、という私の主張は聞いてもらえない。

 片付ける、ダメ、片付ける、ダメ、という押し問答を続けていると、ドカーン! と盛大な音を立てて食堂のドアが開かれた。


「僕のトリーナ!!」


 ……おぉ、部屋以外に次男様が居る。いや、誕生会の会場に居たのも見たけれども……

 次男様は私に向かって突進してきたのだが、青い騎士さんが私をひょいと持ち上げたため、私の元へは辿り着けなかった。


「ちょっと貸してよファルケさん」


 ほらほらと両手を広げる次男様。


「嫌です。いくらキキョウ様が軽いからと言えどそのひょろひょろとした腕にキキョウ様を託す事は出来ません」


 っていうかもう食堂に着いているのだから普通に椅子に降ろして欲しい。


「やだなぁファルケさん、嫉妬深い男は嫌われるよ? ほらほら早く僕のトリーナを返して。僕がちゃんと付いていてあげるから、ファルケさんはさっさと片付けてきてください」


 にたりと笑ってそう言い放つ次男様。


「あ、そうだ、私も片付けに」


「ダメだよトリーナ、君は先に手当てをしなきゃ。手、酷い事になってる」


 次男様に指摘されて始めて気が付いたが、男に握りつぶされそうになっていた手がうっ血して物凄い色になっていた。

 手加減なしで握られてたからなぁ。


「あぁ、じゃあ青い騎士さんも一緒に手当て、おっとっと」


 手当てしましょうか、と言おうとしていたのだが、青い騎士さんは私を素早く降ろすと、片付けに行って来ますと物凄い早口で告げて食堂から出て行った。

 そんなに手当てされたくないのか。


 結局食堂には私と次男様だけが残った。

 いつの間に用意していたのか、次男様が素早く救急箱を持ってきてくれて、現在彼の手により手当てをされているところ。

 次男様は私の隣に座り、てきぱきと手当てしてくれている。とても手馴れた感じで。


「折角の誕生会だったのに問題起こしてすみません、フレーテお兄様」


 シュークリームタワーまでは良かったんだ。演奏だって上手くいったはずだったし。

 それなのに最後の最後で問題を起こすとは。

 トラブルメーカーと言われてももう文句は言えないだろう。

 ずっと前から言えなかっただろうという言葉は聞きません。


「トリーナが無事だったから大丈夫。そんなことよりトリーナ! シュークリームもマドレーヌも美味しかったよ」


 次男様は私の手に、薬草で作った炎症止め、まぁ日本で言うところの湿布のようなものをぺたぺたと貼りながらそう言って微笑む。


「それは……良かったです」


「凄く人気で一気になくなっちゃったよ。先に食べてて良かった」


「先に?」


「ん? うん。急いで確保したからね」


 次男様はとびきりの笑顔を見せ、私の手を撫でる。

 湿布もどきは貼り終えたようだ。


「ところでフレーテお兄様……ここに居て大丈夫なんですか?」


 もし長男様に見付かってしまったらどうするのだろう? と思って。


「……うん、大丈夫、だと思う。大丈夫じゃなかったとしても、トリーナの無事を自分の目で確認しないと眠れる気がしなかったから」


 そう言った次男様は、両手で私の頬を包み込んだ。


「僕も、いつまでも自分の事だけ考えてちゃダメなんだ。目を逸らさずに、ちゃんと……」


 突然表情を曇らせた次男様は、私の頬を包み込んだまま、こつん、と額を合わせてくる。


「だからね、トリーナ。トリーナの強さを、僕に貸してね」


「……強さだけなら山程持ってるのでいくらでもお貸しします」


 むしろ有り余ってるし返してもらわなくていいからあげる、なんて冗談を飛ばそうとしていた時だった。


「葉鳥大丈夫やっ……たか?」


 という赤松の声が聞こえた。

 途中で変な間が開いたのは、私と次男様の現状を見て混乱でもしたのだろう。

 次男様はくっつけていた額を離し、そのまま首だけを動かして赤松の方を見ている。


「見ての通り……ですけど」


「見ての通りて。大丈夫なんかどうか全然解れへんわ」


 でしょうね。


「あー、青い騎士さんに助けてもらったので大丈夫。……です。あ、でも青い騎士さんに助けてやってくれって言ったのは伯爵様でしたっけ? 気付いてくれて」


 ありがとう、と言うはずだったのだが、隣に居た次男様がそれを遮った。


「トリーナ、伯爵とは仲が良いんでしょう? いつもの喋り方でいいよ?」


 ……そういえば、何故か知ってたんだっけ、私が赤松と親しい事。

 赤松を見ると、きょとんと首を傾げている。


「え、あ、あぁ……じゃあ、まぁ。えーっと、ところであの男、アンタを相当恨んでるみたいだったけど、何かしたの? ……っていうか気付いてくれてありがと」


 次男様が妙に面白そうにしているので、前半は少しごにょごにょしてしまったのだが、他はちゃんと喋れてただろう。多分。

 しかし赤松は私の質問にはまだ答えなかった。

 なんでも、青い騎士さんにも説明をしなければならないので、青い騎士さんが来るまで待て、とのことで。


 青い騎士さんが食堂にやってきたのはそれから暫く経った頃だった。

 片付けを終わらせた後、急いで来たのか少し息が上がっている。

 青い騎士さんが私の隣に座ったことを確認すると、赤松は説明を始めた。


「は? それって逆恨みじゃない!」


 赤松の説明を聞いた後の第一声がそれだった。

 赤松の話によると、あの男はどこぞの子爵らしい。領地はそこそこの広さで、そこそこの税収があったらしい。

 しかし、ある日を境に税収が下がりだしたのだそうだ。

 そのある日とは、赤松が作った屋台街が軌道に乗り始めた日と一致するとかしないとか。

 屋台街のほうに金が流れていってしまったから自分の領地の税収が下がった、と難癖をつけてきているらしい。

 知らんがな。

 まぁ赤松は伯爵で、あの男が子爵なので、大っぴらに文句を言うことが出来なかったのだろう。

 だから私を人質に使って脅そうと……。まぁ卑怯な男である。


「伯爵の問題にキキョウ様を巻き込まないで欲しいですね」


 完全に苛立った様子の青い騎士さんが呟く。しかし、だ。


「いや、でも原因が屋台街なら私も文句言えない、かな……?」


「トリーナ? なんで?」


 きょとんと首を傾げる次男様を見つつ、私は呟く。


「屋台街のアイデア出したの私だし、辛うじて無関係ではないんですよね」


 その呟きで、一瞬食堂内に沈黙が広がる。なんとなくいたたまれなくなった私はあはは、と笑って見せた。

 っていうか笑うしかなかった。私ただの被害者じゃなかったわ。まぁあの男の逆恨みには変わりないんだけど。


「せやけどこれは俺の家とあの子爵の問題や。あとはこっちでなんとかする。ほな、俺帰るわ」


 赤松はそう言って帰っていった。

 青い騎士さんはこの件について旦那様に報告するというので急いでお屋敷の方へ向かう。


「じゃあ次男様、お部屋に戻りましょうか」


「一人で戻れるから大丈夫だよ!」


「送って行きます。私、この後お屋敷の三階に用があるので」


 そう、ごたごたで忘れかけてたけど、次は煌びやか令嬢の侍女もどきにならなければいけないのよね、私。





 

これにて誕生会終了です。

次男様の誕生会なのに次男様の出番少なかったね。

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