誕生会4
結局あれやこれやと声を掛けられ、忙しい忙しいと奔走していた。
それが一段落した頃、ふと次男様のほうを見てみると、長男様と仲良さげに会話を交わしていた。
二人とも笑顔で、普段何か問題を抱えているとは思えない程和やかに見える。
そんな二人の様子をぼんやりと見ていると、背後から声が掛かった。
「キキョウ様。今大丈夫でしょうか?」
「あ、はい」
「厨房の方が手を貸して欲しいそうです」
「はーい」
見たところデザートがなくなっているようだったので、そろそろ振舞う酒の量が増えるのだろう。
さっき厨房の前を通りかかった時に夥しい数の酒瓶を見たし。
「キキョウ様、さっきは何を見ていたのですか?」
厨房まで一緒に来るという青い騎士さんが隣に並んで、私にそう問い掛けてくる。
「あー……次男様と長男様が会話してるなーって。普段は険悪らしいって聞いたし……ほら、私が長男様の部屋に乱入したあの日、次男様ったら私の事戦地に送り出すような顔してたし……」
長男様の部屋に初めて入ったあの日の事、私が長男様の部屋に行こうとすると『行かないで』と縋り付いて来た次男様の事を思い出す。
「兄弟仲が悪いなど、堂々と他家に見せるようなものでもないでしょう」
と、青い騎士さんは呟くように言う。
「……ってことは、仲良しを装ってるってことですか?」
私が首を傾げると、青い騎士さんは静かに頷いた。
「ふぅん、貴族ってのは大変ですねぇ」
見栄の張り合いが全てみたいな世界のようだし、表面上はうまくやっているように見えても水面下じゃ然程良い関係ではない、なんてことは少なくないのかもしれないなぁ。
めんどくさそう。
「そうですね。貴族になんて関わらないほうがいいんですよ、キキョウ様」
ふわりと微笑みながらそう言う青い騎士さんに、うんうんと頷いて見せる。
「まぁ元々関わる気なんて一切ないんですけどね」
「キキョウ様」
「はい」
「キキョウ様はお忘れかもしれませんが、あの伯爵、貴族ですよ」
……そういや赤松って貴族だったか。めっちゃ関わってたわ。
厨房に入ると案の定酒瓶の運搬を手伝わされた。
ホール内にある程度運んだところで、次は各テーブルにそれを配っていく。
その間もグラスをくれだとかお皿をくれだとか、多々注文が入る。
暫くは目の回るような忙しさが続いた。
酒が全てのテーブルに行き渡った頃、やっと小休憩が挟める余裕が出てくる。
しかし壁際に辿り着き、ほっと息を吐いていたのも束の間、今度はロゼに声を掛けられた。
「ねぇトリー、さっきから伯爵様がずっと貴女を見てるんだけど……呼んでるんじゃないかしら?」
とのこと。
言われた通り赤松のほうを見ると、奴はこちらをガン見している。
ホールの隅っこで、壁に凭れかかるように立った状態で。
あぁ、確かに呼んでる顔してるわ。
私は盛大に出そうになった溜め息を噛み殺しながら、赤松の元へ向かった。
「……何かご用でしょうか?」
今休憩してたんだけど、と言外に含ませながら問い掛ける。
「貴族は気をつけたほうがええって言うたやろ」
と、赤松は少し声を潜めながら言う。
何のこと? と首を傾げると、あからさまなまでの訝しげな表情が浮かぶ。
「まさか気付いてへんの?」
「……そういう目で見てる人なんて居ないじゃん」
何を言ってるの? としか思えない。
「おった」
「どうだか」
実際グラスくれとかお皿くれとか、まぁ中には数名演奏を褒めてくれた人も居たが、私をとって食おうとするような輩は居なかった。多分。
話はそれだけ? と赤松を見上げると、何故だか難しそうな表情に変えていた。
どうかしたのだろうか? と見上げたままゆっくりと首を傾げると、赤松はおずおずと口を開く。
「……なぁ葉鳥、政略結婚についてどう思う?」
唐突だなぁおい。
しかしこんなところでそんな話をしてもいいのか、と周囲を伺うと、そこには酔い潰れる寸前の残念な貴族様方しか居ない。
これなら人の話に耳を澄ます事なんて出来ないだろう。
とは言え誰がどこで聞き耳を立てているか解らないし、私は一応声を潜めて答える。
「政略結婚ね、私には関係のない話だからなんとも」
政略結婚なんて貴族同士の結びつきがどうとか、そんな世界の話だろうし、私のような元孤児現使用人には本当に関係無い。
淡々と答えると、赤松は眉間の皺を増やしてうーんと呻っている。
何を悩んでいるのか、と問うたところ、ご両親に『この誕生会で相手が見付からなかったら本格的に縁談を持ってくる』と言われたのだそうだ。
「……なぁ、お前マジで俺の嫁に」
「冗談じゃない」
何となく想像通りの言葉を吐きそうだったので、私はすかさず口を挟んだ。
怯んだ赤松は目を丸くして私を見下ろすだけで何も言わない。
「甘ったれんじゃないわよ。私は政略結婚から逃げるための駒として使われるつもりはないから」
返す言葉をなくしている様子を見ると、私の言葉が図星だったのだろう。
政略結婚などしたくないから、私を嫁の座に置いて逃げようとしているだけなのだ、こいつは。
「私の事好きだからってことなら私だって考えたかもしれないけど、妥協で選ばれるなんて冗談じゃないね」
フン、と鼻を鳴らすと、赤松は困ったように苦笑する。
「……せやな。あー……うん。すまんな、葉鳥」
「いいよ、別に。……まぁ、私に恋愛願望がなければアンタの嫁になってあげても良かったんだけどねぇ。」
あはは、と笑うと、意外なものを見たと言わんばかりに赤松の目が見開かれている。
「何よ?」
「いや……葉鳥も俺と同じやと思っとったし」
「同じ?」
「俺な、恋愛願望ないねん」
と、赤松は言った。
恋愛願望がない、と。それと同じだと思われてたってことは……私は恋愛願望なんて持ってないと思われていたのか。
心外だわ。
何故恋愛願望すらないのかと尋ねると、どうやら赤松の周囲の夫婦達は揃って冷め切っているのだそうだ。
ご両親もなんだかんだ冷めた様子だし、愛人を囲っている貴族も多数見て来たのだという。
そんな人々を見ていたら恋愛に夢を見るなんてことは出来なかったのだろう。
「でもさ……アンタ、弟を可愛がってた頃の気持ちは忘れてないじゃない?」
そう言うと、赤松が息を呑むのが見えた。
「アンタが気付いてたかどうかは解んないけど、アンタの私を見る目は弟を見てた時の目とそっくりだよ」
クスクスと笑ってやれば、赤松は薄っすらと耳を赤くした。
「その気持ちを忘れていないなら、いずれ人を好きになることだって出来るんじゃない?」
「……出来るやろか?」
出来ひん気がする、とどこか恥ずかしそうに呟いた赤松は、思いっ切り私から顔を逸らしてしまった。
「まぁ、そのためには結婚相手になる子が地位だの金だのに拘るような子じゃないことを祈りなさい」
私がそう言うと、赤松はげんなりと項垂れていた。
赤松とそんな会話をしてからすぐ後の事、私は一人の青年に声を掛けられた。
キラキラと眩しい笑顔で話しかけてくる……多分どこぞの貴族だろう。
「使用人さん、ハンカチを落としてしまったようなので、探すのを手伝っていただけませんか?」
とのこと。
頼まれたら断れる立場ではないので、私は迷う事なく頷いた。
すると、彼は私の手を取ってホールの外へと歩き出す。
庭へと続く出窓が解放されており、そこで歓談する事も可能だった。
おそらく彼はそこに出た際にハンカチを落としたのだろう。
しかし、ホールから漏れ出る光りだけでハンカチを探すのは至難の業だろう。もう見事に日も暮れているわけだし。
しかも彼が進んでいく方向は、どう考えてもホールからの光りさえ届かないような場所だった。
「私、ランプを持って……ん?」
ランプを持ってくると提案しようとした時だった。
私の手を握っていた彼の力が増した。
ぎゅっと、痛いくらいに。
何事かと首を傾げると、彼の口元は楽しそうに歪む。
「ねぇ君、さっきキーファー伯爵と喋っていたよね?」
どうやらさっき赤松と喋っていたところをどこからか見ていたらしい。
バカ正直に付いて来たが、ハンカチを落としたというのは嘘だったのだろう。
「……まぁ、お話していました」
嘘を付いたところで逃げられそうにないのでそう返事をする。
「あの伯爵と仲が良いのかな?」
この質問に対しては何と答えたら正解なのだろう?
はい、と答えるのは……問題があるだろうか。
私はともかく、赤松の不利になるのは避けたいのだが。
「答えてくれない、か。何? 愛人になる約束でもしていたのかい?」
「いいえ」
嫁になるかどうかって話ならしてましたけど。
「このお屋敷の使用人なら知らないかもしれないけれど、あの伯爵はとっても怖い人なんだ」
「確かに、見た目は少し怖い顔をしている時もありますね」
にっこりと微笑んでそう言った。
はぐらかして逃げるしかない。そう思った私は、適当な事を言って相手に隙を作ろうとした。
しかし私が微笑んだ事が気に入らなかったのか、彼の手の力は抜けない。
「怖いのは顔だけじゃない……あの男は悪なんだよ」
……この人は赤松に何かされたのだろうか?
っていうか顔が怖い事について否定しなかったから怖い顔だと思われてるんだな、アイツ。可哀想に。
「……そんな事、私に言われても困ります」
っていうか何故私に? と首を傾げると、にやりと笑った彼は手の力を一層強くした。
「あの伯爵が君を大切そうに見ていたからね。人質にするには充分だからさ」
みしみしと、私の手の骨が音を立てる。
手の骨を折られたんじゃピアノが弾けなくなってしまうではないか。
「離してください」
「君、ピアノを弾いていた子だったね? このまま力を入れすぎたらどうなるかな?」
解っててやってんのかよ、最低だな。
私はぐいっと手を回転させてから、彼の手を振り払った。
よくある護身術の一つだ。護身術であって暴力を振るったわけではないので咎められることはない。……はず。
彼はそんな私の行動に驚いたのか目を瞠っている。
その隙に急いで逃げ出そうとしたのだが、寸でのところで肩を掴まれた。案外素早いし、力も強い。
貴族の中には騎士と同じように訓練するものも居ると聞いたことがあるし、この人もその手の人間なのかもしれない。
「生意気だね。悪いようにする気は無かったんだけど、気が変わってしまったよ」
薄気味悪い笑みを浮かべ、あろうことか私の顎を掴んでくる。
その手でぐい、と押し上げられ、私は彼を見上げる形になった。
目だけを動かして周囲を見渡してみるが、そこには人影どころか光りさえも殆ど届いていない。
……逆を言えば、誰も見てないから鳩尾に一発蹴りを入れて落としたところで逃げるという手もあるということか。
しかし相手は貴族だし、後で何をされるか解らない。それこそ脅しの道具に使われてしまう可能性もあるわけだ。
さらには鍛えていそうな様子だし、私の蹴り一発で落ちてくれる確証もない。
蹴りは無謀か。
やはりここは相手に隙を作らせて逃走を謀るしかない。
「……何が目的なんですか?」
顎をつかまれたまま、睨みつけるようにして問うと、彼はクツクツと笑い出す。
何が可笑しいと言うのか。
「復讐だよ、あの男への」
それに何故私を使うんだよ。
「あの伯爵に何をされたんですか?」
私のその問い掛けに苛立ったのか、肩を掴んでいるほうの手にギリギリと力が入る。
肩がもげたらどうしてくれるんだ。
「そんな事、君には関係のないことだ」
それもそうだけど。
しかし全ての質問が逆効果で困り果ててしまう。
「離してください。そもそも私を人質にしたところで無意味だと思います。別に私、あの伯爵とはなんの関係もありませんし」
「あんなに親しげに話していて関係ないとは言えないだろう? 俺は見ていたんだよ、あの強面伯爵が耳を赤く染めるところを!」
あちゃー。
見られてたかー。としか言いようがない。
確かに耳赤くしてたしな!
「知りません! とにかく離してください!」
「嫌だね。俺は君を人質にする」
そう言いながら、彼の顔が徐々に近付いてきた。
これはもう本格的にヤバい。
マジで蹴り飛ばそうと考えたその時、視界が真っ暗になった。
トリーナちゃんピーンチ!




