誕生会3
部屋に戻ってからはただただ急いで服を着替えた。
おそらく今頃料理の提供が終り、デザートビュッフェのほうの準備が始まる頃だろう。
それを手伝いたいし、シュークリームタワーを見た貴族達の反応も見たいのだ。
あれだけ必死で作ったのだから喜んでもらいたいし。
部屋を飛び出すと、そこには青い騎士さんが待機していた。
まだ居たんだ。
「お待たせしました?」
と声を掛けると青い騎士さんは軽く微笑んでくれる。
「その髪飾りは付けたままにするのですか?」
言われてみれば、着替えは急いだが髪飾りの事はすっかり忘れていた。
「外した方がいいですよね。髪形崩れないようにそーっと外してもらってもいいですか?」
そう頼むと、青い騎士さんは頷いてこちらに手を伸ばしてきた。
「キキョウ様は、こういう宝石はお好きですか?」
「……ん? んー……まぁ見る分には好きですね」
昔からキラキラしたものは大好きなので、実は宝石も大好きである。自分では買わないけど。
「それでは……ドレスはお好きですか?」
「ドレス? まぁ……そうですねぇ、ドレスも見る分には好きですね。実用的じゃないので講習以外では着ようとも思いませんが」
何を聞きたいのだろうこの人は。
「お菓子は?」
「お菓子は好……お菓子! もたもたしてたらお菓子の準備が始まってしまいますよ青い騎士さん!」
お菓子という単語で思い出した、シュークリームタワーが運び込まれる前になんとしても戻らなければ!
やっと外してもらえた髪飾りを受け取り、私は部屋のドアを勢い良く開け放って元あった場所に髪飾りを収納した。
急いで廊下に飛び出すと、青い騎士さんがもう一度口を開く。
「……ベッドにくまのぬいぐるみがあったようですが……キキョウ様は」
「は!? 見たんですか!?」
開けっ放しにした私が悪いのだが、それを見られてしまった羞恥心から声を張り上げてしまった。
「も、申し訳ありません、見えてしまったもので」
「……いえ、こちらこそ大きな声を出して申し訳ありません。まぁ……あの手の物は嫌いじゃありません」
確実に顔が赤くなっている気がしたので、私は青い騎士さんの方を見ることが出来なかった。
「なるほど……。では貴女の嫌いじゃない物を贈れば喜んでもらえますか?」
という突然の質問が飛んでくる。
質問の意味が解らなかった私は急いでいる事も忘れてその場で固まってしまう。
「ん?」
「先日のお礼をしたいと思いまして……。しかし何をすればいいのか俺にはさっぱり……」
「私、お礼されるようなことしましたっけ?」
「先日の、看病の件で」
あー、忙殺されてて忘れてたけどそんなこともあったね!
「困った時はお互い様、ですよ。別にお礼なんて必要ありません」
私は固まってしまった足を再び動かす。
青い騎士さんも私に合わせるように歩き出した。
「しかし!」
それだと気が済まないといったところか。
「じゃあ、もし青い騎士さんが甘い物嫌いじゃなければ、私が作ったお菓子の味見をして感想を聞かせてください。それで充分です」
青い騎士さんは納得していない様子だったが、仕方なさげに頷いた。
急いで厨房へ駆け込むと、そこにはまだシュークリームタワーが鎮座していた。
大半のお菓子達はホール内に運び込まれていたので、ギリギリセーフだったわけだ。
「これは貴女に運んでもらいましょうか」
私にそう言ってくれたのは、いつもの調理師さんだった。
「いいんですか?」
「考えたのはあなたですからね。それに、伯爵様に運ばせるわけにもいきませんから」
そうそう、作る側に徹していた赤松だが、アイツは今現在客としてホールの中に居る。
子爵家次男の誕生会なのに伯爵を働かせているなんてことになれば体裁云々の問題が出てくるんだとかで。
私にはそういうの一切わかんないけど。
調理師さんとともにシュークリームタワーをワゴンに乗せる。
倒れたりしたら大変なので、私も彼も必死だ。
それを慎重に運び、シュークリームタワーのお披露目となった。
「あれは何かしら!」
というどこぞのご夫人の声に、ホール内全員の視線がシュークリームタワーに集まる。
するとすぐに歓声は広まった。
どうやら好感触のようだ。
「こちらはシュークリームタワーでございます。まずは本日の主役にてっぺんを食べていただきましょう」
そう言ってくるりと次男様を見ると、キラキラした目でこっちを見ている彼と目が合った。
ちょいちょい、と小さく手招きをすると、喜んでこちらへ向かってくる。
「僕が取ってもいいの?」
と、次男様は首を傾げる。
「はい。上から好きなだけどうぞ」
にっこりと微笑むと、次男様は嬉しそうに上の方のシュークリームを手に取った。
……五つも食うのかね、君は。
といっても一口大のシュークリームだし、育ち盛りの男子であればそのくらい食べれるだろう。
彼が育ち盛りというのかどうかは別として。ギリギリ育ち盛り過ぎてる気がしないでもないけれど。
私がそんなことを考えている間に次男様はお皿の中の一つをぱくりと口に含み、ふわりと笑う。
「美味しい!」
次男様の声がホール内に響く。するとたちまち拍手が広がった。
「それでは皆様、この後もごゆるりとお楽しみくださいませ」
と、頭を下げ、その場を離れようとしていた時だった。
「むぐ」
次男様の手により、口の中にシュークリームを突っ込まれた。
ふふふ、と悪戯っ子の笑みを浮かべた次男様は、そのまま自分の席へと戻っていった。
何をしているんだあの人は、なんて思いつつ、私もロゼの隣へと急いだ。
基本的に使用人はホールの隅っこで待機するんだそうだ。
現在は歓談中なので、誰かに呼ばれたときだけ動けばいいとのこと。
これでは確実に自分はお菓子にありつけない……いや、今シュークリーム食べたけど。
ふう、と一息ついていると、どこぞのご令嬢達の声が聞こえてきた。
「ねぇ、先程このシュークリームを持ってきたのって、ピアノを演奏していた方ではなくて?」
私の事だな。
「使用人という噂は聞いていましたけれど、本当に使用人だったのね」
彼女達は扇で口元を覆い、こそこそと話しているらしいのだが、全て筒抜けである。
「しかし先程の歌は素晴らしかったですわ。私も講習を受けてみようかしら」
そんな嬉しい言葉が聞こえたと思ったのも束の間、私の前に赤い騎士さんがやってきた。
彼がやってきたのは、単に仕事の指示をしにきただけであって別に他意はない。
だが、ご令嬢達の目にそうは映らなかったようだ。
「あら、イービス様とお話しているわよ?」
どことなく棘のある声色だ。
赤い騎士さんもそれが聞こえたようで、ふと苦笑を零している。
「人気者なんですね、赤い騎士さん」
小声でそう言うと、赤い騎士さんは曖昧な返事を漏らすだけ。
「使用人がイービス様とお話するだなんてありえませんわ」
とのことですが、仕事仲間ですので喋らないわけにはいかないんですよねー。
なんて言うわけにもいかないので、それをぼんやりと聞き流す。
「きっと色目を使って近付いたに違いないわ」
そうよそうよ、と囃し立てるご令嬢達。
「色目だけは使ってないと主張したいですね」
呆れて、彼女達には聞こえないように零す。
「使ってくれてもいいんだけどね?」
お前のせいで陰口叩かれてるってのに暢気な事を言わないで欲しい。
なんだか若干腹が立ったのでじと目でしっかり見ておいてやった。
しかし赤い騎士さんはご令嬢達にそこまで人気があったのか。
顔だけはいいもんな。ファンのような存在が居てもおかしくないのだろうか……?
そんな時、つかつかと煌びやか令嬢が私の元にやってきた。
どうやら今のご令嬢達の会話を聞いていたようだった。
なんだか苛立ったような面持ちだったので、どうかしましたか? と首を傾げる。
「今の会話、聞こえていたんでしょう?」
今の会話、とはもちろんご令嬢達の会話のことだろう。
「聞こえてましたけど」
「わたくしが言い返してあげましょうか?」
煌びやか令嬢の一人称が私からわたくしに変わっていたので、今はしっかりと公爵令嬢モードに入っているらしい。
「いえいえ気にしてませんから」
苦笑を湛えてそう言ってみるが、どうも納得がいかない様子。
「わたくしが気になるわ」
「あんまり気にしていると身が持ちませんから」
自分の周囲にイケメンが集まるのは、もう体質のようなものみたいなので、こういう仕打ちはほぼ慣れていると言っても過言ではないのだ。
前世の記憶が関わってくるので説明は出来ないが。
「しかし、貴女は今我が公爵家付きの楽師なのだから」
あぁそうか、私が侮辱されると公爵家にもとばっちりが……なんて思っていたら、さっきのご令嬢達がこちらへ向かってきた。
直接文句を言いにきたのか、と身構えるが、どうやら彼女達の標的は私じゃないらしい。
さらには赤い騎士さんでもない。
「あら、クライス様ではありませんか」
煌びやか令嬢だったようだ。
「わたくしに何か用かしら?」
彼女達の間には、バチバチと火花が散っている。
プライドの高いご令嬢同士が集まると自然と静電気が発生するんですね。初めて見ました。いや絶対静電気ではないけれども。
「貴女、最近妙に大人しくなったそうね?」
リーダー格と思しきご令嬢が言う。
「つい先日まで私達のことをいびり倒していたというのに」
扇で口元を覆ったまま、クツクツと笑うご令嬢達。正直怖い。めっちゃ怖い。
「あら、そうだったかしら?」
覚えていませんわ、と煌びやか令嬢は続ける。
すると、リーダー格と思しきご令嬢はバチン、と扇を閉じた。
手に力が篭っているようなので、このままでは暴力沙汰に発展しかねない。
私は急いでこの状況を穏便に済ませる方法を考える。
……と、考えるも何も一つしか思いつかなかった。
タイミングのいいことに赤松と目が合ったのだ。
奴をここに呼べばいい。
他の人達にバレないように、低いところで必死に手招きをすると、異変に気付いてくれた赤松が首を傾げながらこっちへ歩いてくる。
空気の読める男で助かる。これがBだったら絶対来ない。
丁度ご令嬢達の背後で赤松が動いているため、背後に恐ろしい生き物である伯爵が近付いてきていることに、彼女達は誰一人として気付いていない。
リーダー格と思しきご令嬢が勢いよく扇を振り上げた。
その瞬間、私は狙ったように口を開く。
「どうなさいました? キーファー伯爵様」
と。
咄嗟に赤松のこの世界での名前を思い出した事に対して褒めて欲しい。
ご令嬢達はぎくりと肩を震わせる。
やはり赤松は噂通り人を怯えさせる能力をもっているらしい。
だから、お前が呼んだくせに何言ってんねん、と言わんばかりの訝しげな表情でそこに立つ赤松は、彼女達にとって恐怖でしかないわけだ。
「皆様行きますわよ!」
リーダー格と思しきご令嬢の鶴の一声で、集まっていたご令嬢達はその場からそそくさと離れていく。
いやホント便利だわ、赤松。
「クライスお嬢様、大丈夫でしたか?」
突然の赤松の登場に口をぱくぱくさせている煌びやか令嬢だったが、私が声を掛けると我に返ったようにこちらを見る。
「ええ、大丈夫よ」
と、少し寂しそうに微笑む煌びやか令嬢。
そして彼女はこう続けた。
「わたくしね、最近社交界で孤立してしまっているの」
とのこと。
「そうなんですか?」
きょとんとしている赤松には後で状況を説明しようと決めて、私は煌びやか令嬢の言葉に耳を傾ける事にした。
「あらゆる令嬢達をいびり倒していたから……当然の報いなのだけれど。少し大人しくしたら、皆わたくしから離れていってしまったわ」
社交界とはそういう場所なのだろうか……まぁ傍から見れば見栄とプライド渦巻く世界っぽいけど。
「でも……トリーナが居るからいいかな、って……」
煌びやか令嬢は蚊の鳴く様な声でぽつりと零した。
「え?」
「何でもないわよ! しっかり働きなさいな!」
ぷりぷりと怒りながら、煌びやか令嬢はそのままお菓子の元へと歩いて行ってしまった。
薄っすら耳が赤くなっていた気がする。
「何なん?」
と、赤松は首を傾げる。
「いやぁ、伯爵を呼ぶとはトリーナちゃんも考えたね」
と、赤い騎士さんは笑っていた。
「事の発端は赤い騎士さんなんだから平然と笑わないでください。仕事してきたらどうですか?」
「辛辣!」
そう言って、赤い騎士さんは自分の持ち場へと戻っていったようだ。
「揉め事の火消しに呼んでみただけ。アンタの睨みは便利ね」
と笑えば、大体理解したような素振りを見せる赤松だった。
呼んだついでに、と料理の評判なんかを赤松に尋ねる。
満足げな表情が返ってきたので、評判は上々なのが見てとれた。




