誕生会2
次男様を軽く励ました後、私は自分のピアノ練習部屋へと向かっていた。
多分、王子様系男子が待っているはずだ。打ち合わせの時間だし。
急いで行かなければと思っているのだが、ドレスなので走りづらい。
打ち合わせの場所を食堂にしておくべきだったかなぁ。
「トリーナ!」
小走り気味になっていた私の背に、凛とした女性の声がかかる。
「公爵れ……クライスお嬢様」
あー……そういえばこの人も来るって言ってたな……
「ちょっとトリーナ、貴女地味じゃない? 私があげたドレスは? なんで着ないの? 気に入らなかった?」
不服そうな顔を隠す事なく、それどころか前面に出し、矢継ぎ早に言い放つ。
「いえ、演奏が終わったら使用人に戻るので一人でも着替えられるドレスを選んだだけです。あぁほら、でも髪飾りだけはクライスお嬢様に頂いたものですから!」
ほらほら、と髪飾りを見せると、煌びやか令嬢は満足げに微笑んだ。
こういうとこは素直で可愛いのよね、この子も。
「貴女も大変ねぇ」
そうぽつりと零す煌びやか令嬢に、私は、これが仕事ですからねと言って微笑んで見せた。
それを聞いた煌びやか令嬢は、ほんの少し目を丸くする。
だけどすぐにいつもの顔に戻った。
「そうそう、今日はお父様も来ているのよ」
なんて唐突に言い放たれる。
お父様て、公爵様ってことだよね?
やだわ、身分高い人怖い。
「あら、そんなに緊張しなくてもいいのよ。貴女とお話があるとは言っていたけれど」
煽られるわー緊張煽られるわー。
「お話?」
「ええ。お話の内容は私も教えてもらえなかったわ。あの、だから……いや、それでね、トリーナ」
急にしどろもどろになりだす煌びやか令嬢。どうした急に。
「なんでしょう?」
打ち合わせの時間が迫っているので出来れば手短にお願いしたいのだが。
「今日ね、私もお父様もこちらのお屋敷に泊まるの。それでね、貴女が私の侍女になってくれないかしら……?」
煌びやか令嬢は軽く頬を染めながらそう言った。
あらやだ可愛い。……じゃなくて。
「え、私は使用人ですし侍女なんて出来ません、っていうか侍女って何するの? みたいな状態なんですが……」
「いいの! 私だって自分でなんでも出来るのよ? だからトリーナに全部任せたりしないし、私……」
自分でなんでも出来るなら侍女要らないんじゃね?
っていうかそもそも自分の家の侍女連れてこなかったのかこの人。
「そもそもクライスお嬢様付きの侍女の方は?」
「トリーナが居るからって置いてきたわ。お父様もそれでいいと言ったし……」
父ちゃん娘に甘すぎだし侍女置いてきたとか意味解んないしどこからツッコミを入れたらいいのか解らない。
まぁでも……
「私が何も出来ないからって後で文句言わないでくださいね」
可愛いから許す。
「言わない、絶対言わないわ!」
「わかりました、じゃあ誕生会が終わったらお部屋に伺いますね」
私がそう言うと、煌びやか令嬢はぶんぶんと首を縦に振った。
それじゃあ私は今から打ち合わせに行ってきます、と告げ、急いで練習部屋へと向かった。
しかし懐かれたものよね。
最初は思いっ切り難癖付けてきたっていうのに。
あの時彼女がつるんでいた他のご令嬢達とはどうなったんだろう?
「お待たせしました!」
勢い良く練習部屋に飛び込むと、王子様系男子がビクりと肩を震わせた。
多分、物凄く緊張しているのだろう。椅子に座る事もなく、ピアノの側に棒立ち状態だった。
「トリーさん!」
私を呼ぶ王子様系男子の声が微かに震えていた。
「座ればいいのに」
ぽつりと零すように言えば、そうでした! と言ってそのまま床に座り込んだ。
あぁ、ダメだわこの子。
「ちょっと、緊張し過ぎじゃないですか?」
はぁ、と呆れた溜め息を堪えることなく吐き散らかす。
「トリーさんは緊張しないんですか?」
「……そりゃあ、私だって緊張しますけど」
貴族達の前で……いや、私の事を天使だと思っている人達の前で演奏するプレッシャーはかなり大きい。
「でもトリーさん、なんだか楽しそうです」
「まぁ、長い人生の中でここまで緊張する機会なんてそんなに何度も巡ってきませんからね。だからこの緊張も楽しんでやろうかなって」
それに、私まで緊張してミスでもしてしまえば、目の前の彼とリリとの結婚に響いてしまうかもしれないから。
「そ、そうですね、僕も楽しみます!」
緊張の色はまったく抜けていなかったが、やる気を見せてくれたのでよしとしよう。
「そういえばトリーさん、今日はドレスなんですね! 僕、初めてトリーさんのこと綺麗だなって思いました!」
「てめぇ締め上げるぞ……」
そんなこんなで次男様の誕生会は始まった。
次男様の誕生会は、このお屋敷で一番広いホールで行われる。
このホールがまた広い。
数百人くらい収容できるんじゃないかってくらい広い。
でも、なんとなく既視感のあるだだっ広いホール……なんだろう、体育館……?
現在室内では旦那様が大勢の貴族達の前で挨拶をしている。
我が次男の誕生会の為に集まっていただき、なんて言葉が漏れ聞こえている中、私と王子様系男子は廊下で待機。
ドアの前には赤い騎士さんも居た。
暫くドアの前で警護をしているんだそうだ。
「貴族の誕生会ってこんなに盛大なんですね」
私は小窓から中の様子を伺いながら呟く。
「皆が皆じゃないさ。この家は長男も次男も相手を見付けてないからな、なんだかんだ理由付けて嫁探しの会を開こうって魂胆だろう」
と、赤い騎士さんは言う。
なるほどねぇ、と小さく相槌を打ちながら、私はさらに小窓を覗きこむ。
次男様に似合いそうな可愛いご令嬢は居ないかな、と。
「何? トリーナちゃんも旦那探す?」
一緒になって小窓を覗く赤い騎士さん。
旦那ねぇ、なんて思いながら視線を可愛い女の子から男性へと滑らせる。
「あの人素敵じゃないですか?」
「どれ? あーあれはダメだ、既婚者」
「えぇ……じゃああっちの人は?」
「あれも既婚者」
その後も数名を指してみたのだが、全員既婚者だった。
「残念だったねトリーナちゃん」
「私には素敵な殿方の愛人になる道しか残されていないのか……」
「え!?」
「冗談です」
そんなくだらない話をしていたら、私と王子様系男子の演奏の時間が来た。
白目を剥きかけていた王子様系男子の背を叩き、私はホールの中へと足を進めた。
私がホールに入ると、一瞬室内が静まり返る。
しかしそれもほんの一瞬のことで、ホール内はすぐさまざわめき始めた。
『噂になっていた天使とはあの子か?』
そんな言葉が飛び交っている。
絶対『大したことない』と思っているに違いない。噂を広めた奴を殴り飛ばしてやりたいわ……。
あまりのざわめきにげんなりしていると、私の隣に素晴らしくダンディなおじ様が並んだ。
ちらりと彼を見上げてみると、誰かに似ている。誰かの面影を感じる。
「皆が天使と噂していたのはこの演奏者、我が公爵家付きの楽師であるトリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルだ」
我が公爵家っつった?
今我が公爵家っつった?
もう一度彼の顔をチラリと見上げてみて、さっきの面影が煌びやか令嬢と一致した。
ハッと我に返った私は、急いで頭を下げる。
公爵様に紹介されているんだから棒立ちってわけにはいかないだろう。
「天使を一目見ようと躍起になっている者も居たからな。ここで天使の歌声を耳に焼き付けていくといい」
そんな公爵様の言葉に、会場内に拍手が巻き起こった。
公爵様は、定位置に戻る際、私にふと微笑んでくれた。
素晴らしくダンディ。
公爵様が定位置に戻ると、次は旦那様が立ち上がる。
私達についての説明をしてくれるようだ。
私は公爵家付きでありながらこのお屋敷で講習を開いているだとか、王子様系男子もこのお屋敷で一位二位を争う講師だとか、若干講習の宣伝も兼ねている感じですね、旦那様!
「それでは、暫し天使達の演奏をお楽しみください」
旦那様のその声を聞いて、私はピアノの前に座った。
王子様系男子との息もピッタリだったと思う。
ホール内は、最初こそざわめいていたものの、演奏が始まると静まり返り、一曲ごとに拍手が大きくなっていった。
予定していた全ての演奏を終えてホール内いを見渡すとありがたいことに拍手喝采で、ふと次男様の方を見てみれば、にっこりと笑って手を振ってくれた。
立ち上がり、王子様系男子と揃って深く頭を下げるとまたも湧き上がる温かい拍手。
その拍手は私達がホールの外に出てからも暫く続いていた。
これは成功と言っても良さそうだ。
ホールを出ると、王子様系男子がへなへなとその場に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……トリーさん、今までご協力ありがとうございました……」
やりきった顔してるけど、これだけじゃ何も変わりはしないんじゃないだろうか……?
この後どこかの貴族にでも売り込んで肩書きのレベルを上げなければ、なんて思っていたら、ドアが開いて誰かが出てきた。
「君達、いい演奏だったよ」
ダンディなスマイルを浮かべた公爵様ではありませんか。
「公爵様、初めまして」
ぺこりと頭を下げると、公爵様は私の手を握ってぶんぶんと振り回す。
「噂通り、天使の歌声だったよ。いやぁいいものを聞いた!」
……気さくな方のようだ。
「君もいい演奏だった。素晴らしかったよ」
いつのまにか立ち上がっていた王子様系男子に声を掛けている。
よし、そのまま公爵家付きの楽師にしてもらえ! 押せ王子様系男子!
「あ、ありがとうございます!」
「今後は男女の天使が居たという噂が広がることだろうね」
いや、王子様系男子が天使なら納得だが、私の天使説はもう消えるのでは? と喉元まで出かかったが、それは飲み込んでおく。
話の腰を折るわけにはいかない。
「彼とは波長が合うようで、とても気持ちよく歌う事が出来ました」
そう公爵様に声を掛ける。
「そうだろうとも。聞いているこちらも心地良かった。是非ともまた聞かせてもらいたい。君、名前は?」
「ビルケと申します」
へー、王子様系男子ってそんな名前だったんだっけ。
「近い内に我が公爵家主催の夜会があるんだが……二人で演奏しに来てもらえないだろうか?」
私は一応形だけとは言え公爵家付きの楽師なわけだから、恐らく確定だろう。
「よろこんで!」
と、王子様系男子は全力で頭を下げていた。
私も頭を下げるべきか、と公爵様を見ると、パチンとウインクをされた。
……ははーん、なるほど、この人旦那様あたりに話を聞いてるんだな。
何となく察知した私はそれに満面の笑みで返した。
公爵様がホールに戻った後、王子様系男子に何度もありがとうございますと頭を下げられていた。
「公爵様に気に入っていただけたみたいで良かったですね。一歩前進ってとこですか?」
「トリーさんのお陰です! あ、トリーさんってトリーナさんっていうんですね! 初耳です!」
さっきまで白目剥きそうになるほど緊張していたくせに、本番が終わるとこんなにも饒舌になるものかと首を傾げたくなる。
「次は公爵家主催の夜会だそうですから、今回より緊張する事になりそうですよ」
そう言ってやると、彼は現実に気が付いたらしい。
青ざめて口をぱくぱくさせている。
縋るように手を伸ばしてきたと思ったら、私の背後から地を這うような声が聞こえてきた。
「それ以上キキョウ様に近寄らないでいただけますか?」
と。
私の事をキキョウ様と呼ぶのは彼しか居ないだろう。
そう、青い騎士さんだ。
青い騎士さんは思いっ切り王子様系男子を睨みつけている。
「さっきまでの事は仕事だと思って我慢しましたが、今はもう仕事から離れているでしょう」
何を我慢してたんですか? ……と、思うだけで聞かないけれど。何言い出すかわかんないし。
「なるほど! 大丈夫です、僕はリーリエのことしか見ていませんから、あなたが心配するような事は何一つありません!」
何がなるほどなのか……、何言い出すのかわかんないのは青い騎士さんだけじゃなかったようだ。
「あぁ、リーリエ・フィオーレならあっちに居ましたよ。誰かを探しているようだったから、君なんじゃありませんか?」
という青い騎士さんの言葉に、王子様系男子は飛ぶようにその場から去っていった。
それを見届けた青い騎士さんは、こちらに視線を向けてふわりと微笑む。
「さぁキキョウ様、今から使用人に戻るのでしょう? 俺が部屋まで護衛いたします」
「え、でも仕事……」
「俺の仕事はキキョウ様の護衛ですよ。天使として顔がわれてしまいましたからね、連れ去られる危険がないとも限りませんから」
にっこり笑う青い騎士さんに流されるまま、私は彼と二人で一旦部屋に戻った。
基本的に姐御肌且つオカン気質なので懐かれやすいトリーナちゃん。




