誕生会1
誕生会前夜、私はスイーツビュッフェの準備に励んでいた。
思い返す事数時間前、突然赤松が寮棟の食堂にやってきた。
担当じゃなかったから知らなかったけど、赤松は旦那様達と共に夕食を摂っていたらしい。
結構な量のお菓子を作らなくてはならないので早めに作り始めなければ間に合わないかもしれないとのことで、じゃあついでに一緒に食事でも、みたいな流れになったんだとか。
どちらにせよ、人手不足は目に見えていたため数名の、所謂パティシエさんが手伝いに来てくれているんだそうだ。
「葉鳥、食い終わったら……食い終わっとるな、来い」
たった今食い終わったばっかりなんだけど! 容赦ないなこの男……
一緒に夕食を摂っていたリリ達に「そういうわけだから、皆おやすみ」と告げる。
皆はこの後お風呂に入って休むはずだから、もう明日の朝まで顔を合わせないし。
「トリー頑張ってね! 明日のお化粧は任せて!」
リリに元気良く送り出された。
あれだろ、明日王子様系男子に会えるからテンション高いんだろ。知ってる。なんて思いつつも、よろしくと一言だけ返して手を振った。
私は赤松に連れられるがまま厨房に入った。
そこにはいつもの調理師さんと、初めて見る五名の調理師さんが居る。
その中の数名がパティシエさんらしい。
「私は何を作ればいいんですかね、伯爵様」
赤松にそう声を掛けると、嫌そうに眉を顰める。
解ってるよ、伯爵様って呼ぶと怒るって。
でもそんな顔されたって、調理師さん達居るんだから仕方ないじゃない。
「お前はこれや」
そう言って渡されたレシピの内容を確認すると、それはマドレーヌのものだった。
「は? こんなに簡単なのでいいの? ……ですか?」
もっと複雑な焼き菓子とか生クリーム泡立てろとか言われるんだと思ってたから拍子抜けしてしまった。
マドレーヌってざっくり言えば混ぜて型に入れて焼くだけじゃん。
「あぁ。っつーか俺が許可するし敬語やめぇや」
全員に聞こえるように言う赤松。
伯爵様の許可が出たのなら、頑張って敬語にしなくてもいいだろう。
「了解」
私は短くそう返した。
せっせとお菓子を作り続けること一時間。
あっと言う間に沢山のお菓子が揃い始める。
厨房全体がお菓子の匂いで充満していて、最初こそいい匂いだと思ったが、今はもう空気を吸うだけで胸焼けを起こしそうな勢いだ。
「一応目処は立ったな」
と、赤松が呟く。
腕のいいパティシエさんが作ったお菓子はどれもおいしそうで、明日が楽しみだ。
パティシエさんに味見を勧められたが、今食べる勇気はなかった。
「ねぇ、折角の誕生会なんだし何か一つ派手なのがあったほうが良くない?」
この世界にはお誕生日ケーキなんていう習慣はない。
だからそれがなくても不自然ではない。
しかし、なんというか、お祝い感が欲しいというか、正直物足りない。
ビュッフェ形式だし、ホールケーキもないんだもん。
「派手……か、何かええアイデアあるん?」
「そうねー……シュークリームタワーとか」
パティシエさん達にきょとんとされたので、小さいシュークリームを作ってそれをタワーにするんです、と軽く説明してみると彼等のテンションが急に上がった。
作ってみたくなったのだろう。
その後、シュークリームとの戦いは数時間続いた。
シュークリームタワーとか言うんじゃなかった。
普通にホールケーキって言っとけば良かった。
シュークリームタワー完成後、やっとお菓子の準備から解放された。
もう戻っても良いとの事だったので、急いで風呂に入って寝よう。
明日は演奏もあるわけだし。
「葉鳥、結構作れるんやな、お菓子」
厨房を出たところで赤松に声を掛けられた。
コイツは今からお屋敷三階にある客間に行くのだそうだ。帰るのが面倒だから泊まるんだとか。
今日の客間掃除は確かロゼが担当だったから、そのままロゼがコイツの世話をするのだろう。
……大丈夫かな、ロゼ。
「まぁ、ある程度ね。料理のほうが好きだけど」
「なんで?」
「お菓子は分量守らないと失敗したりするじゃん。料理はざっくりでも結構美味しくなるし」
「ざっくり……なんでざっくりで美味くなるんや」
「なんでだろ? 慣れ?」
「俺結構勉強して作れるようになってんけど……」
「……へぇ」
「葉鳥のそういうとこ嫌や……」
「えぇ……」
いやぁしかしこんなに大量のお菓子を作るなんてことは初めてだったので、さすがに肩や背中や腰まで痛い。
「明日の朝なんやけど」
「あぁ、出来る限り手伝うよ。私も準備があるからな……ちょっとになるかもしれないけど」
赤松は私の言葉に、軽く頷いて見せる。
じゃあまた明日、と赤松が一歩踏み出したところで「伯爵様」というロゼの声がした。
おそらく客間に連れて行くために待っていたのだろう。
「客間へご案内します」
ほらね。
「ロゼ、私が代わるよ」
そう声を掛けると、そんなわけにはいかない、と首を振られる。
「いいからいいから。戻ってて。今私達と行動したらもれなく胸焼け起こすよ」
私はぽんぽん、とロゼの背を叩く。
「でもトリー」
「俺からも葉鳥に頼むわ。Bに呪われてしまう」
と、赤松が言う。
「確かに。ロゼがアンタの部屋の世話したなんて聞いたら絶対嫉妬しそう」
クスクスと笑って見せると、ロゼは赤面する。
「……えっと、じゃあお願いね、トリー」
照れくさそうにそう言ったロゼに、赤松が泊まる部屋の場所を聞いて、私と赤松はお屋敷へと足を進めた。
客間へと辿り着き、一旦部屋に入って寝具なんかの準備をする。
赤松が自分でやるし軽くでいいと言うので適当に。
「葉鳥、お前明日気ぃ付けたほうがええで」
「気を付ける? 何に?」
「貴族が集まってくるわけやし、変な男に引っ掛からんようにな。前も言うたやろ、貴族にとってお前みたいな奴は格好の遊び相手やねんから」
「次男様の花嫁探しだって聞いたけど、やっぱ男も来るの?」
「花嫁探しも兼ねとるけど、表向きは誕生会やからな。当然男もくる。っちゅーか、ほぼ夜会と同じようなもんやで」
そりゃそうか。
っていうかこれは初夜会ではないか! 使用人としてだけど!
「目ぇ輝かせとる場合やない」
鋭いツッコミをいただきました。
夜会は男女の出会いの場とも聞くし、変な男に声を掛けられることもあるのだろう。貴族のご令嬢達なら、ね。
私は使用人なわけだし、大丈夫大丈夫。
「極力目立たない場所で仕事してるわよ。じゃあまた明日ね。おやすみ」
ひらひらと手を振りながら部屋から出た。
赤松の呆れたような溜め息が聞こえた気がするが、気付かなかったふりを決め込んだ。
寮棟に戻ると、急いでお風呂に入る準備をする。
もたもたしていると睡眠時間がどんどん削られてしまうからな。
他の皆はもう部屋で休んでいるようだったから、静かに風呂へ向かう。
すると、そこで青い騎士さんに遭遇した。
久々に見た気がする。
「キキョウ様! こんな時間まで働かされて……」
なんて言いながら近付いてきた。
流れるような動きで私の手を握り締めている。
「青い騎士さんこそ、今お風呂なんでしょう?」
「俺の事はどうでもいいのです。……ん?」
いや、アンタ確か病み上がりだったと思うからもうちょっと仕事セーブした方がいいのでは? と思っていると、青い騎士さんが急に首を傾げた。
「どうしました?」
「キキョウ様の香りが……いつもと違う……」
くんくん、と私の髪に鼻を近づける青い騎士さん。お前は犬か。
「あぁ、さっきまでお菓子作ってたからお菓子臭かと」
体中にお菓子の匂いが付いちゃって胸焼けしそうなんですよ、と適当に笑う。
「なるほど、お菓子」
と言って私の肩に顔を埋めてきた。ついで、と言わんばかりに首の匂いを嗅ぐんじゃないよ。
そこまでしたらさすがにセクハラではなかろうか?
「ちょ、ちょっと青い騎士さん、私睡眠時間なくなるんで離れてください……! そしておやすみなさい!」
混乱して言葉が若干おかしくなったけど気にしない!
「ご馳走さ……いえ、おやすみなさい、キキョウ様」
お前今ご馳走様って言っただろ! というツッコミが喉元まで出かかったが、勢いよく飲み込んで風呂に駆け込んだ。
翌朝。
起きてすぐに厨房へと向かった。
するとそこには既にいつもの調理師さんが居る。
何をしているんだろう、と思って見ていると、私が焼いたマドレーヌやシュークリームをそっとお皿に盛っている。
つまみ食いかな?
「何してんねん葉鳥……」
背後から赤松の声がした。
気配もなく背後から声を掛けられたので、ビクりと肩を揺らしたわけだが、調理師さんはもっと驚いていた。
つまみ食いがバレたからかな?
「手伝いに来たんだけど」
「ん。夜作っといた分、ワゴンに乗せてもらおか」
赤松はふあぁ、と欠伸を漏らしながらそう言う。
「ねぇ、どれか一つ食べてもいい?」
「ん」
眠いのがモロバレなくらい覇気のない返事だった。
これなら二つくらい食べてもバレない気がする。
調理師さんだって二つ三つつまみ食いしてたみたいだし。
今はどこかに行ったらしく、その場には居ないけど。
そんな事を考えながら、私はパティシエさんが作ったお菓子を二つほど試食した。
つまみ食いではなく、試食だ。
両方とも美味しかったが、正直赤松のチョコレートタルトの方が美味しかった。
それを本人に言うと調子に乗りそうだから黙っておくけど。
お菓子の方の手伝いを粗方終えたところで、自分の準備の時間になった。
赤松にそれを言って、リリ達のもとへ急ぐ。
すると、そこには楽しそうな顔をしたリリとルーシュが待ち構えていた。
着せ替え人形の刑ですね……?
「楽しそうなとこ悪いけど、演奏が終わったら使用人に戻るから地味にお願いね、地味に」
そう言って念を押すが、どうも話半分しか聞いてもらえていない。
二人は楽しそうに私にドレスを着せ、化粧を施していく。
せめてもの抵抗でヘアスタイルだけは極力地味にしてもらった。が、まぁ派手だ。おかしいなぁ、こんなはずじゃなかったんだけど。
私はその場で暫しがっくりと項垂れていた。
まだお昼にもなっていないのに、既に疲れ果てている。
そんな時、ロゼに声を掛けられた。
「トリー、フレーテ様が呼んでいるのだけど、今大丈夫かしら?」
来れたらでいいって言ってたんだけど、とのこと。
王子様系男子と本番前の打ち合わせがあるのだが、それまでもう少し時間があるようなので行ってあげようではないか。
「行ってくる」
ロゼにそう言って、私は次男様の部屋へと急いだ。
「トリーナですけどー」
ノックをしながらそう声を掛ける。
「入って」
いつものようにそんな声が返ってきたので、遠慮なくドアを開けた。
「どうかしましたか?」
「ぼ、僕のトリーナ……?」
次男様は部屋に入ってきた私を見てきょとんと首を傾げている。
飛び付かれる覚悟をしていたのでちょっと拍子抜けした。
「トリーナですけど?」
「い……いつものトリーナじゃない」
「あぁ、一応講師として演奏させていただきますので」
そういえばいつも会う時はメイド服だったし、次男様はドレス着てる私なんて見たことないんだったな。
次男様も次男様で、今日は着飾られている。
本日の主役だし当然なんだけど、キラキラしてる。
普段着でもイケメンなんだから、こうして着飾られているとキラキラも増すな。
輝く美貌が眩しすぎて目に刺さる。
「……可愛い、僕のトリーナ」
ぽつりと呟くように零し、私の髪をそっと撫でた次男様。
いつもならわしゃわしゃと、それこそ犬を撫でるかのように扱われるので変な感じである。
「フレーテお兄様、緊張していますか?」
そう問い掛けると、不安そうに眉を下げて頷く。
「大丈夫。近くに居る事は出来ませんが、同じ空間には必ず居ますから」
きゅっと手を握ると、次男様はこくこくと頷いた。
「長男様は……」
「人目がある時は何もされないよ。心配掛けてごめんね、トリーナ」
次男様は儚げに微笑んだ。
いや輝く美貌が目に痛い。マジで。絵になりすぎだから、次男様。
「じゃあ私行きますね! 楽しいことだけを考えましょうフレーテお兄様! 私も演奏頑張りますから。あと、マドレーヌとシュークリームはオススメですからね!」
そう捲くし立て、精一杯背伸びをして次男様の前髪を撫でた。
慌しいですね!
誕生会編は長いのでもうしばらく続きます。
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