誕生会前日
あれこれ忙しく走り回っていて、気付けば明日は次男様の誕生会。
今日一発目の仕事はその次男様とのお話だった。
これが本当に仕事と言えるのか……なんて思いながらも次男様の部屋に辿り着く。
コンコン、と軽くノックをすると、中から声がする。
「誰? トリーナ?」
「トリーナです」
「入って!」
とのことなので、私は遠慮なくドアを開けた。
すると、そこには私を待ち受けていましたと言わんばかりに両腕を広げて立っている次男様が居る。
一旦出ようかと思ったが、そんなわけにもいかないだろう。
私はドアを閉めて一歩踏み出した。
「いらっしゃい僕のトリーナ!」
案の定次男様は私に飛び付いて来た。
何となくそんな予感がしていたので、それはいいんだ。いいんだけどね次男様……
――バサバサバサっ
君が床に積み上げている本が雪崩を起こすんだよねぇ。
そしてその雪崩を起こした本は、見事に私と次男様の上に被さっている。
正直痛いし重い。
「……手厚い歓迎ありがとうございます、フレーテお兄様」
「……なんかごめん」
こんな扱いだと本が傷むだろうに……と思いながらも、次男様がもう一度積んでおいてと言うのでその場に積み直す。
そんな時、次男様が大きな溜め息を零した。
「大きな溜め息ですね」
そう声を掛けると、次男様は私に向けて苦笑する。
座ろうか、と唯一綺麗なスペースであるソファへと連れて行かれた。
綺麗とは言えその周辺には他と変わらず本が所狭しと積まれているのだけど。
「……明日、誕生会だから」
隣に座った次男様は、両膝の上に両肘を置き、指を組んでそれに額を乗せている。
相当思い悩んでいるようだ。
「あんまり乗り気じゃないんですね」
「それはね。誕生会と言っても、本来の目的はお嫁さん探しなんだから……」
溜め息混じりにそう答える。
「そうらしいですね……。結婚したくないんですか?」
そう問い掛けると、次男様は首を傾げながら私を見る。
「そうだなぁ……まだあんまり考えられない、っていうのかな」
次男様はうーん、と呻り、今度は背もたれに身体を預けながら上体を反らす。
パキパキと背中が鳴る音がした。
「あぁ、解ります解ります」
立場は違うし、考えている事が一致しているとは思えないが、結婚について考えられないという一点だけは解る。私もだから。
「解る? ということは、トリーナは結婚したくない?」
「したくないわけじゃないけど……、今は仕事が楽しいので結婚よりも仕事を選びたいっていうか……」
きょとんとしながらこちらをジッと見る次男様の目がとても真剣だったので、なんとなくしどろもどろになってしまう。
そんな私の言葉を聞いた次男様は、なるほど、と呟きながらも顎に手を当てて何かを考える素振りを見せた。
「でも女の子って、お金持ちと結婚して贅沢したいって思うものじゃないの?」
極論だな。
「偏見です。確かに、そういう考えの子も居るだろうけど皆が皆そういう人間じゃないと思いますよ」
そりゃあ『玉の輿いいなぁ』なんて考える事はあるけど、理想と現実は違うものだし。
「そうなんだ……。僕、そういう子ばかり見て来たからなぁ……」
「そうなんですか? ……まぁ、旦那様はお金持ちで有名だそうですしね」
無理もないか。
「そうそう。何件か縁談も来たんだよ。全部断ったけど」
「へぇ……」
縁談って響きが貴族っぽいな、なんて思っていたら、つい間の抜けた相槌を打ってしまった。
「いや、断られたって言ったほうがいいのかな。お金持ちなのは父親で、僕は全然稼いでないんだって言ったら皆あからさまに嫌そうな顔してたんだよね」
何それ感じ悪い、と言いそうになった口を噤む。誰の悪口になるかわかんないからな。
「全然稼いでないっていうのはもちろん嘘なんだけど……それで嫌な顔するってことはやっぱりお金目当てなのかなぁって思ってね」
次男様は、ふふ、とどこか寂しそうな表情で笑った。遠くを見ながら。
何と相槌を打つか悩んでいたところ、次男様の視線がこちらに戻ってくる。
「貴族に生まれてしまったわけだし、絶対に恋愛結婚したいなんて言わないけど……結婚する前に少しくらい恋もしたいなって。……ねぇ、どう思う? トリーナ」
「へ? どうって、あっ」
急な質問に動揺して視線を逸らすと、その先にとんでもないものを見た。
迷っている猶予はなさそうだったので、私は思いっ切り次男様に飛び付いた。
――バサバサバサっ
本日二度目の雪崩である。
「ご、ごめんトリーナ! 大丈夫!?」
「……大丈夫です」
座ったまま次男様に飛びついたので、目の前には次男様の腹部がある。
そして物凄く重いので私の上には数冊の本が乗っかっているのだろう。
「……フレーテお兄様、誕生会が終わったら少し片付けませんか?」
もう少し本棚を活用してくれないと、私二度とこの部屋に入りませんからね……と小さな声でぼそぼそと続ける。
「そ、そうするよ、ごめん、あ、ちょっと待って動かないで」
次男様のどこか焦ったような声がする。
そしてそのまま私の頭を押さえながら動き出した。
いや、押さえられたらアンタの腹部に押し付けられて苦しいのですが。
しかし私の上にある本を退けてくれているようなので、私は暫くその場で大人しくしていた。
背中に感じていた重みが消えた時、ふと次男様の手が止まった。
私の頭に添えられた手も、本を退かしていた手も。
「あの、そろそろ動いてもいいですか?」
「あ、あぁ、ごめんっ」
次男様は謝りながら私の両肩を支えて起こしてくれる。
「大丈夫ですか? どこか怪我は」
「ないない! 大丈夫!」
私の言葉を遮りながらブンブンと首を横に振ったり縦に振ったりしている。
大丈夫そうだな。
その後、暫く雑談しているといつの間にか一時間が経過していた。
私は、次の仕事に行きますねと言って立ち上がる。
すると、次男様は私の手を縋るように握った。
「ねぇトリーナ……明日、ずっと隣に居てくれないかな?」
「え? 無理ですよ、私デザート作りとピアノ演奏があるんで」
そう言うと、次男様は演奏してくれるの? と首を傾げる。
どうやら聞かされていなかったらしい。サプライズの予定だったのかな?
「嬉しいなぁ! 近くで聞いてみたかったんだ!」
……ってことは遠くから聞いてるんですね。
「練習部屋に聞きに来ればいいじゃないですか」
「……でも」
まぁ、長男様の件でそんなこと出来ないと思ってるんだよね。
長男様ですか? と問えば、次男様は控えめに頷いて見せる。
「大丈夫ですよ、私のほうが強い事は確定してますし」
一人で出歩きたくなければ私が迎えに来ますよ、と言えば、次男様の表情がしゅんとした。
「ごめんねトリーナ、ごめんね……」
何故だか謝られた。
「何で謝るんですか? 私は」
「ううん。……ごめん」
まだ他にも抱えている悩みがあるのだろうか?
聞いてあげたい気もしたのだが、次の仕事の時間が迫っている。
「とにかく、明日のデザートと演奏楽しみにしててくださいね。私、頑張りますから」
私はそれだけ言い残して次の仕事へと向かった。
「うん!」
という次男様の元気な返事を背に受けながら。
その日の昼食時、私は明日歌う曲の歌詞を確認しながら昼食を摂っていた。
「それ、明日の?」
という赤い騎士さんの声が降ってくる。
どうやら彼も今から昼食なのだろう。
カチャカチャと音がしているので、私の正面の席に昼食を準備しているようだ。
「んー? そうですよー」
私は顔も上げずに答えた。
「トリーナちゃんも頑張るね」
「そうですかね?」
「だって、明日のスケジュール凄く過酷だろ?」
「あー……まぁ」
そんな会話を淡々と交わす。
確かに、明日のスケジュールは過酷だ。
当初の予定では演奏を終わらせたら使用人としての仕事に入る、という流れだったのだが、デザートの準備を頼まれてしまったからな。
デザートは今日の夜からと、明日の演奏前に色々と準備をしなくてはならない。
「何の為に頑張ってんの?」
赤い騎士さんに問われた。
「なんのため?」
私はそこで初めて顔を上げる。そこには、もぐもぐと咀嚼している赤い騎士さんが頬杖を付きながらこちらを見る姿があった。
首を傾げながら目の前の赤い騎士さんを見ると、彼もそっと首を傾げた。
「自分から演奏したいって言ったわけじゃないんだろう?」
っていうか赤い騎士さん、頬杖付きながらご飯食べるなんてなんと行儀の悪い。
「まぁそうですね」
王子様系男子の恋の手伝いをする為だからな。
「デザートだって手伝えって言ったのは伯爵だ」
それについても、そうですねと答える以外なかった。
その通りだからな。
「なんで不満の一言もなく頑張ってんの?」
別に不満に思う事がないから、なんだけど。
「そこまで深く考えてなかったから、ですかね」
そう言ってのけると、赤い騎士さんはきょとんとした顔でこちらを見る。
「私、周囲に流されやすいんです。『困ってる人が居たら助けなきゃ』なんて思った事もないのに、いつの間にか身体が勝手に助けてるっていうか……」
ちらりと赤い騎士さんを見ると、何も言わずに私の言葉の続きを待っているようだ。
「私の出来る事が何かの役に立つならまぁいいかって思ったりするんです」
「ふぅん……」
全然納得していない様子の相槌が飛んできた。
「もちろん、出来ない事を出来るなんて言いませんけどね。出来ない事はキッパリお断りしますし」
そんな私の言葉を聞いた赤い騎士さんは、大きく息を吐いた。
「そっか。伯爵のために頑張ってるわけじゃないんだな」
「……ん?」
何故そうなる。
「伯爵のあの目……伯爵は確実にトリーナちゃんが好きだろう?」
……何故そうなる。
「そんなこと、絶対にないと思いますけど」
「あるさ。どう見ても君を見る目だけ甘い。豪商一家の次男も言ってただろ?」
私にだけ甘い、ね。確かにAもそんなこと言ってたけど。
でも、私はあの目を知ってる。
あれは昔、日本で生きていた頃アイツの弟に向けていた目だ。
赤松には少し歳の離れた弟が居て、奴はそいつにだけとことん甘かった。
普段は不良として酷い目付きだったくせに、弟の前では優しいお兄ちゃんだった。
その時の目、だから。
「あの伯爵はただ私を弟だと思ってるだけですよ」
弟がここに居ない寂しさを、勝手に私で穴埋めしようとしているだけ。
赤松が貴族で私が孤児という、力関係的にもピッタリの立ち位置に私が居ただけ。
「妹じゃなくて弟?」
と、赤い騎士さんは首を傾げる。
「そうです、弟」
「変な事言うね、トリーナちゃん」
「いつものことです」
くすくすと笑われたので、私も同じように笑い返しておいた。
「トリーナちゃんはそれでいいの?」
「それ? 弟で、ってことですか? 美味しいもの持ってきてくれるので別にいいです」
たこ焼きとか、焼きおにぎりとか、チョコレートタルトとか。
……太ったら絶対赤松のせいだな。
「女の子なのに弟だよ?」
「変に女の子扱いされるよりマシです」
今更女の子扱いされても気持ち悪いしな。
「じゃあ、俺がお姫様扱いして美味しいもの食べさせてあげるって言ったらどうする?」
一瞬真剣な顔をされたので焦ったが、すぐにいつものようにへらへらと笑い出す。
「鳥肌が立つのでやめてください。美味しいものだけください」
にっこりと満面の笑みを見せてやると、赤い騎士さんは噴出した。
「ぷ、あはは、やっぱ俺、トリーナちゃんみたいな子苦手だ」
とのこと。
「ふーん、赤い騎士さんは『お姫様扱いしてあげる』って言ったら嬉しそうに頬を染めるような子がタイプなんですね」
頑張って探したまえよ、なんて思いながら、私は目の前の昼食を全て口の中に放り込んだ。
赤い騎士さんはまだ何か言おうとしていたようだが、それを聞いている暇はなかった。
その日の夜、デザートの準備に向かおうとしていると、ロゼに手紙を渡された。
差出人は煌びやか令嬢だ。
何事だろうと開封してみると『明日演奏するそうね! 私も行くから!』と、完全な走り書きでそんな一文がしたためられていた。
……明日、変な問題が起きないように今から祈るしかない。
赤松弟は葉鳥さんにとてもよく懐いていました。っていう設定。
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