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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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53/92

男もなんだかんだで恋バナがお好き?

 

 

 

 

 

「うーん、しかしわさびは要検討やな……」


 なんてクソ真面目に呟いているところ悪いが赤松よ……


「私のデザートを返してください」


 私の至福の時間の邪魔をしたこと、忘れたとは言わせないぞ。

 そんな思いを込めて赤松を睨みつける。

 すると赤松は、そうやった、と小さく呟いて厨房に戻っていった。

 その姿を目で追っていると、青い騎士さんが口を開いた。


「キキョウ様は、甘いものがお好きなんですね」


「そうですね、わりと好きです」


 視線を厨房から正面に戻してそう答える。


「葉鳥って甘いもんとか可愛いもんとか、意外と女子っぽいもん好きやんな」


 と言ったのはBだった。

 何故お前がそんなことを知っているんだ。

 ……というか。


「『意外と』って何よ?」


 失礼なんだけど。


「言動は男前やけど好みは女子っぽいとか意外やん?」


 Bは言う。

 隣に居たら殴ってた。確実に殴ってた。

 多分アイツも解ってて言ってるんだろう。

 私とBの間にはAとシュトフが居るから、殴るにはわざわざ立ち上がらなければならない。

 そこまでして私が殴らないという事を。

 デザートを失った腹立たしさも相俟って、立ち上がって蹴り飛ばしてやろうか、なんて思っていたところ、がたごとと音を立てながら赤松が戻って来た。

 ワゴンに何かを乗せてこちらに来ているようだ。

 ふわりと甘い香りが漂ってきたので、お菓子が乗っている可能性が高い。


「ほれ、口直し用のお菓子や」


 赤松が持ってきたのは、思った通りお菓子だった。

 一口サイズのケーキやシュークリーム、ムースなんかもある。


「葉鳥にはこっち」


「チョコレートタルト!」


 私の前に差し出されたのは、直径10cm程の大きさのチョコレートタルトだった。

 ご丁寧に生クリームがトッピングされている。

 しかしさっきのわさび入りムースの件もあるし、私はそれをジッと観察する。


「それは別にわさび盛ってへんから」


「ホントに? 絶対?」


「ホンマ。絶対」


 じゃあ遠慮なく、と私はチョコレートタルトを一口食べた。


「美味しい!」


 私がそう言うと、赤松は全力のドヤ顔を見せた。

 そのドヤ顔もイラっとするし、わさび入りムースの仕返しもしたい。


「伯爵様ってお菓子も作れるんですね!」


 ちょっとした嫌がらせの意味も込めてわざとらしく伯爵様と呼んでやった。

 赤松は若干イラっとしていた。


「葉鳥だけズルーい。俺もそれ食いたーい。っちゅーか赤松って葉鳥に甘過ぎちゃう?」


 と、Aが言う。

 Bも何か思う事があるようで、首を傾げながら口を開く。


「そういやこの前葉鳥にだけ王都土産買ってきたんやろ?」


「あー、のど飴な。それは確かに買ってきたけど、このタルトはさっきのお詫びやで? このくらいしとかんと後で殺されてしまうやろ」


 別に殺しはしないわよ。ボコボコにはしたかもしれないけど。なんて、三人の会話に心の中で答えつつ、私は我関せずを貫いてチョコレートタルトを食べ続けた。

 なんか青い騎士さんがずっと見てるから、取られそうで怖かったし。

 その時の私には『一口あげる』という選択肢なんてなかった。

 チョコレートタルトも残すところあと一口となった時、私はふと顔を上げた。

 赤松が持って来たチョコレートタルト以外のお菓子は何だったんだろう?

 殆ど一口サイズで小さなお菓子ばかりだったのだが。


「ところでこの大量のお菓子は何なんでしょう?」


 青い騎士さんの隣に座っていた赤松に声を掛ける。


「あぁ、フレーテの誕生会はビュッフェ形式にしようと思ってんねん」


 とのこと。

 なんでも、ビュッフェは貴族の夜会なんかではたまに使われる形式らしい。

 立食パーティのような感じで、貴族達にも浸透しているらしく説明は不要なのだそうだ。

 何故次男様の誕生会について赤松が考えているのかと問えば、旦那様が赤松に頼んだのだそうだ。

 庶民の間で流行りつつある和食を是非貴族にも売り込みたい、とのことで。


「でもそれじゃあ次男様の誕生日を利用しているみたいで……」


 と、私は呟く。


「フレーテはお前が喜ぶならそれでいいって言うてたらしいで? いつの間にそない仲良くなったん?」


「……そう、ですか。まぁ、つい最近色々ありまして」


 次男様が何故"私が喜ぶ"と思ったのかは謎だが、彼が納得しているのなら問題はないのだろう。


「デザートもビュッフェにしようと思ってな」


 あぁ、それで一口サイズのお菓子が並べられていたのか。


「でも、結構な量作らなきゃいけなくなるけど」


「せやねん。葉鳥お菓子作れたやろ?」


 私の言葉に被せるように口を挟む赤松。


「あー……こっち、いやここ最近作ってないけど手順さえ教えてもらえれば、多分……作れるはずですが」


 こっちの世界に来てから、と言いそうになった。マズいマズい。


「あれ? でもトリーナちゃん、ピアノ演奏するんだろ? 暇あるの?」


 と、赤い騎士さんに問われる。


「あぁ、はい。そっちに支障が出ない程度に手伝います」


 そう答えていると、Aが首を傾げながら「演奏するん?」と尋ねてきた。


「うん、ちょっと色々あってね。王子様みたいな雰囲気のイケメンヴァイオリニストと一緒に演奏すんのよ」


 あはは、と笑いながらテーブルに乗っていたクッキーを食べる。さくさくしていてとても美味しい。


「王子様……そういえば最近頻繁にヴァイオリンの音が聞こえるようですが……ヴァイオリニストは男だったのですか?」


 青い騎士さんが真っ直ぐ私を見てそう言った。

 私が王子様系男子と練習している事、誰も知らなかったんだっけ?


「男ですよ。あぁ、まぁ男って言っても彼女居ますし、その子のことしか見えてないみたいだから二人で居たとしても何の問題もありませんけどね」


 そう言ってこの話題を強制的に終わらせた。


 その後、暫く赤松の作ったお菓子を食べながら談笑していた。

 もちろんビュッフェで出すデザートについてもちゃんと話し合っていたが、殆ど雑談だった。

 そして何の流れからだったか、いつの間にか恋愛方面の話になっている。


「そういえばB、最近ロゼとはどうなの?」


 面白半分に問い掛けてみると、Bはがっくりと項垂れた。

 あれ、この前まで上手くいっていたような気がするんだけど?


「それがな、この前喧嘩してんねんコイツ」


 項垂れるBの代わりに、Aがクスクスと笑いながら答えてくれる。


「へー。ロゼって喧嘩とかするんだ」


 いつもロゼの大人っぽい部分しか見ていないので意外だった。

 Bならともかく、ロゼが喧嘩をしている様子は中々想像出来ない。


「喧嘩っちゅーか、一方的に怒られた感じやな」


 と、Bは言う。

 あぁ、それなら想像出来る様な気がする。


「何で怒られたの? 調子に乗りすぎって?」


 そんな事を言いながら首を傾げてみるが、Bはぼんやりと頬杖を付いたまま。

 普段なら食い付いてくるような挑発も、今日は乗らないらしい。


「んー……葉鳥の話ばっかりやって怒られてん」


「はぁ?」


 喧嘩の原因に私が入ってるとは考えていなかった。


「他の女の話ばかりされたらそりゃあ怒るだろう」


 赤い騎士さんは言う。

 確かに、という意味を込めて私も頷く。

 すると、Bは大きな溜め息を一つ零した。


「葉鳥の話してる時は楽しそうやって言われてな。せやけど俺等今のところ共通の話題が葉鳥関連しかないやん?」


 ないやん? と言われても知らんがなとしか言いようがないわけですが。

 しかしBが楽しそうに私の話をしている姿がさっぱり想像出来ないのだが……ロゼの目にはそう見えているのだろう。

 知り合って然程長いわけでもないし、口ベタなBが搾り出せる話題が私の事しかないというのはまぁ頷ける。


「まぁBが葉鳥の話するとき楽しそうなんはしゃーないやろ。だって、Bの初恋の相手って葉鳥やろ?」


 その場に居る全員が口を閉ざした。

 食堂の中はシーンと静まり返り、窓の外の木がざわざわと風に揺れる音だけが響き渡る。

 その沈黙を破ったのはほかの誰でもない、私。


「あらそうだったの? 気付かなくてごめーん」


 私のそんな一言から、全員絶句状態から解放されたらしい。


「トリーナちゃん軽っ!」


 と、赤い騎士さんは言う。


「ちょ、おま、何を言うてんねんA!」


 と、Bは我に返ったようでAに食って掛かる。


「お前が自分で言うてたやろ。俺の初恋って葉鳥やったかもしれへんって」


 Aはそう返していた。


「それ俺も聞いたわ」


 と、赤松も何かを思い出したように呟く。


『いつ?』


 と日本語で聞いてみると、赤松はしばし考えこむ。


『中三の……卒業間際やったか?』


 それに『え、マジ?』と答えつつ私はBを見ながら過去の記憶を手繰り寄せる。


「……私アンタの事蹴ったり殴ったりした記憶しかないんだけど、まさかドMだったの?」


 確かBが校舎裏で後輩に絡んでいるところを見つけ、それを阻止するために背中の真ん中を蹴ったり、それにイラっとしたBが殴りかかってくるのを避けて右ストレートを放ったり、とりあえずそんな記憶しかない。


「ちゃうわ! 誰がドMやねん!」


 Bに思いっ切り反論された。

 しかしそれ以外に何かあっただろうか……? 解らない。


「まぁ俺等の周りって葉鳥くらいしか女子居てへんかったしな」


 Aはどこか遠くを見ながらそう言った。

 コイツも中三の時の記憶を思い返しているのだろうか。


「それそれ。丁度そん頃Aが女子にフられたって話しとったし、恋に恋するお年頃やってん」


 ニヤリと笑いながらBは言った。仕返しのつもりなのだろう。


「ちょ、古傷抉るのやめぇや……」


 今度はAが完全に項垂れてしまった。


「あーあったあった。私に散々相談してきてたくせにたった一日でフられたあれね」


 クスクスと笑いながらそう言ってみれば「やめてえええ!」と、Aはテーブルに突っ伏して呻りだした。

 完全な黒歴史なんだな、初恋って。

 その状態のAを見てヒーヒー言いながら笑っていると、赤い騎士さんが不意に問い掛けてきた。


「じゃあトリーナちゃんの初恋は?」


 と。


「まだです」


 根掘り葉掘り聞かれるわけにもいかないし、私は断言しておいた。


「嘘はいけませんよキキョウ様……貴女は以前『男友達としか思えない』と言われてフられたと言っていたじゃないですか」


 ……何故覚えているんだ青い騎士さんよ。

 言い返す言葉を探して固まっていると、Aが口を開いた。


「そういや葉鳥、俺がフられた時『自分もフられたし自棄食いなら付き合う』って言うてへんかったっけ?」


 余計な事を……!

 確かにAがフられたタイミングで誰かにフられたことは覚えている。

 ただ、何故かは解らないが相手の顔は薄ぼんやりとしか思い出せないし、相手とどんな経緯で知り合ったのかも思い出せない。

 中学三年生の頃の記憶は大体はっきり思い出せるのだが、時々思い出せない部分があるのだ。

 その思い出は決まって自分が20代になっている。中学三年生の頃の記憶に何故か20代の記憶が交じる。中学三年生の自分の未来の記憶としてではなく、何故か同時進行で交じってくる。

 その記憶が何なのか気にはなるのだが、深追いしようとすると耳鳴りや頭痛がして全く思い出せない。

 ただ、男友達としか思えないと言われたのだけはしっかりと覚えているから、当時の私は余程頭に来ていたんだろうな、とは思う。


「全っっ然覚えてない」


 はっきりとそう言う。


「出来れば相手の名前、身分も思い出して欲しいところですがね。最悪顔の特徴だけでも教えていただければ探し出せる……」


「無理無理」


 真顔でぶつぶつと呟いている青い騎士さんに釘を刺す。

 思い出せないという意味の"無理"だと思っているだろうが、そんな意味ではない。

 私達がこうして生まれ変わっているんだから、その男なんてとっくに死んでいるだろう、という意味なのだから。

 っていうか探し出してどうしようというのだろう? 怖くて聞けないけれど。


「あ、私そろそろ仕事」


 いつまでもだらだら喋ってる場合じゃなかった、と立ち上がる。

 すると騎士さん二人も立ち上がった。彼等も仕事なのだろう。

 赤松達は旦那様との会議があるそうなので、時間まで食堂で待つとのことだった。

 食器を片付けて、仕事に向かおうとしていた私を、赤松が止める。


「これ余ったケーキ類や。お前の分しかあれへんからこっそり食えよ」


 とのこと。

 赤松は手に持っていた袋を私に押し付けてきた。

 中からは甘い香りが漂ってきている。今食べたいと思うくらいいい匂いだ。


「ありがと。……わさび盛ってないでしょうね?」


「盛ってへんわ」


 それを聞いて遠慮なく受け取って、仕事に向かった。

 しかし今後暫く赤松から貰う食べ物は多少警戒して食べる事になるだろう。

 だってあのわさびムース、本当に辛かったんだもん!





 

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