新しいお仕事とプチ試食会
今月の勤務表が出来上がった。
毎月頭に毎回ロゼの手によって作られ、それを渡されているわけだが……
今回の勤務表は何かおかしい。
朝食の席で渡された勤務表を手に、私は首を傾げている。
「……毎日一日一回『次男様とお話またはお茶』っていう謎の仕事が入ってんだけど」
しかも一日一回一時間って。
そんなに話すことあるのかよっていうツッコミも一応用意しておかなければなるまい。
「あら、普段滅多に喋らなくなってしまったフレーテ様がお話したいって言ってるんだからいい兆しなんじゃなくて?」
と、ルーシュは朝食のスープを飲みながら微笑む。
「まぁ、会話するのは別にいいんだけど、それを仕事と言ってもいいものかと……」
日本じゃ考えられないほどぬるい仕事である。
いや、そりゃあいかがわしいお店なんかだとお姉さんが男の人とお話するような仕事もあったといえばあったが……次男様はそんな人ではないし。
「旦那様の許可も取れてるんだしいいのよ。文句言わないの」
と、ロゼ。彼女はご丁寧にパンを一口大にちぎりながら食べている。
っていうか、私は文句を言っているわけではない。
皆が掃除だの洗濯だの買出しだのと働いている間、私だけ次男様とぼけーっと話していていいのかという疑問があるだけなのだ。
「フレーテ様が元気になってくれればあたし達だって嬉しいし、これはあたし達には出来ない仕事なんだからね、トリー!」
と、リリは言う。そんな彼女はさっさと朝食を食べ終え、ミルクをごくごくと飲んでいる。白いおひげには気を付けてほしい。
……あぁ、これはあれか、カウンセリングを要求されているのか?
それなら……まぁ仕事と言ってもいいのかも……?
私はうーん、と首を捻りながらゆで卵に齧りつく。今日は半熟ゆで卵だった。今日の茹で加減は当りだな。
「うーん、まぁ、解った。でもこっちは? 奥方様と週に一度一時間お話って……仕事?」
次男様とは別に、奥方様とのお話も仕事に入っている。
おかしくない? と首を傾げながらロゼに問うと、彼女はにっこりと笑顔を作る。
「仕事よ。いえ、仕事というか相談というか、奥方様が私達使用人に気を遣って設けてくれた時間よ」
「じゃあ、『奥方様とお話』っていう仕事は皆の勤務表に入ってるってこと?」
そう言ってもう一度首を傾げると、皆揃って頷いてくれた。
奥方様はきっとお母さん気質なんだろう。優しい人だ。
「フレーテ様とのお話は、トリーだけだけどね!」
リリは楽しそうにケラケラと笑う。
「トリー、気に入られたんじゃなくて?」
ルーシュも笑っている。
「うーん、どうだろう」
結局のところ、次男様との会話と違って奥方様との会話の時間は使用人皆に与えられている時間らしい。
何か相談や不満があればその時間を使って奥方様に話せばいいということだろう。
今までの勤務表にそれがなかったのは、奥方様ルールにより彼女が私と会話するのを禁止していたからだそうで。
次男様に気に入られたかどうかってのは、まぁ妹だって言ってくれるし、気に入られてる可能性はあるのか。
そんな事を考えながら、私は朝食を食べ終えた。
朝食の時間を終えると、皆仕事に向けて散り散りになる。
私が向かうのは練習部屋だ。
今日の午前の仕事は、かの王子様系男子との練習がメインなので。
次男様の誕生会も徐々に近付いてきているから、と言う理由で旦那様が練習時間を増やしてくれたのだ。
失敗は許されないからね、というプレッシャーも同時に頂いたけど。
練習部屋で、準備体操がてら一曲演奏していると、ドアが開く音がする。
「おはようございますトリーさん!」
声の主は元気一杯の王子様系男子。
最初こそ二週間で仕上げられるのかとおどおどしていた彼だが、最近では演奏する予定の曲を全部覚えたからと言って上機嫌だった。
「おはようございます」
挨拶をした後、軽い雑談を交わしつつ演奏予定の曲を一回ずつ通して演奏した。
「トリーさんに教えてもらった曲は全て覚えやすくて助かります」
演奏を終えて、清々しい表情を湛えながら王子様系男子は言う。
「それは良かったです」
「しかし歌は難しいですね。トリーさんはとても軽やかに歌っていらっしゃるのに、僕は全く歌えません」
王子様系男子は、向いていないのでしょうか? と苦笑を零す。
向き不向きと言うか、そもそも女性アーティストが歌っている歌しか教えていないし、それを無理矢理歌おうとしてるから声が出ないだけではないだろうか?
彼は絶対音感を持っているわけだし、音痴ではないと思うのだが。
「もう少し時間もあることですし、ちょっとだけ教えてあげましょうか?」
という私の提案に、彼は大きく頷いた。
誕生会で演奏するわけでもない曲の歌詞を取り出し、一度聞かせる。
その後、一緒に歌ってみたり、歌わせてみたり、楽譜を書く約束もした。
正直ちょっと楽しかった。
私も王子様系男子もその練習に熱が入ってしまい、いつの間にか練習時間をオーバーしてしまっていた。
その事に気が付いた王子様系男子は焦ったように練習部屋から出て行った。
何でもこの後、リリと一緒にランチの約束があったらしい。
遅刻してしまう! と真っ青な顔で走る姿はとても面白かった。
あーあ、怒られるんだろうな!
私はと言うと、午後の仕事までまだ時間があるので、余裕で昼食が食べられる。
のんびりと厨房に向かうと、私の分だけが用意されていた。
他の皆はもう昼食を摂り終えているのだろう。
昼食を持って食堂に近付くと、食堂の中から男の声がする。
それも、複数。
「せやから押してダメなら引いてみろっちゅー言葉があるやん?」
……Aの声?
「知りません」
こっちは青い騎士さんの声だ。
「お、おう……っちゅーか俺等より恋愛経験多そうな人が目の前に居るんやしそっちにアドバイスもろたらええんちゃう?」
何故か食堂の中でAと青い騎士さんが喋っている。
「俺がアドバイス? 嫌だね。そもそも俺まだ諦めてないし」
赤い騎士さんの声もした。
話の腰を折ってしまいそうな気もするのだが、私の腹の虫はぐーぐーと自己主張を続けている。
待ちたまえよ腹の虫くん。私だってご飯食べたいわよ。
面倒臭そうな予感しかしないし、中に居る人達に気付かれないように、気配を消しつつそーっとそーっと食堂に足を踏み入れたのだが……
「あ、トリーナ!」
と、あっさりシュトフに見付かってしまった。
居たのね、シュトフも。
全員の視線がこちらを向く。
どうしたものか……と思いつつ隅っこの席に昼食を置く。
「何遠くで食おうとしてんねん、こっち来いや」
と、Aに呼ばれてしまった。
私は仕方なくAの隣に座る。
現在ここに居るのは、A、B、シュトフの三人と、青い騎士さんと赤い騎士さんという謎の組み合わせ。
Aの隣にはシュトフ、その隣にBが居て、Aの正面に青い騎士さん……あ、ズレた。
青い騎士さんが私の正面に来て、一人分空けて赤い騎士さんが座っている。
「今から昼飯なん?」
と、Aに問われる。
「うん、練習が長引いて」
そう答えていると、赤い騎士さんの手によって私の前に謎の物体が差し出された。
「トリーナちゃん、ちょっとこれ食べてみ?」
とのこと。
「おい、やめろ」
青い騎士さんが赤い騎士さんをどついていたが、私は目の前に出てきた謎の物体の方を凝視していた。
それは緑色の物体で、何かを練ったような形状のもの。
鼻を近付けてみると、鼻にツンと来るどこか懐かしい香り。
「……わさびだ。わさび単体で食うアホがどこに居るんですか」
何を食わせようとしているんだ、と顔を上げると、赤い騎士さんも青い騎士さんも絶句していた。
「……食ったんですね、二人とも」
AもBもクスクスと笑っているので、恐らく奴等が騙して二人に食べさせたのだろう。
私達元日本人にとっては馴染み深い食材だけど、騎士さん達には知らない食べ物だもんな。
この辺じゃ見た事ないし。
「なんだトリーナちゃん知ってたのか……」
至極残念そうな顔をした赤い騎士さんが言う。
「えぇ、まぁ。これどうしたの? アンタが持ってきたの?」
そうAに問うと、こくこくと数回頷かれる。
「見付けたんが嬉しくて仕入れてんけど使い道が……」
とても残念そうだ。
ちなみにBはどうでもいいらしい。なぜならわさびが苦手なんだとか。子供舌め。
「わさびねぇ……」
「この辺じゃ生魚食うなんてありえへんしな」
確かに、この辺一帯では生肉も生魚も食べるなんてありえないとされている。
「じゃあわさびマヨネーズは? 鶏肉焼いて絡めたら美味しいけど」
そう提案してみる。
「試してみてんけど、わさびの味が完全に消えてしまうんや……」
とのこと。なるほど。
「熱しすぎじゃない? 火入れ過ぎると辛味飛ぶよ。余熱で充分」
そんな風に説明をしていると、赤い騎士さんがふと口を開く。
「トリーナちゃん、辺境の地の食材に詳し過ぎる……」
そんな赤い騎士さんの言葉に、そうですかねぇなんて適当な返事を返しつつ、昼食を口に入れて誤魔化した。
私は今もぐもぐしてるので喋れません。
「ん、ところで今日は三人で来たの?」
A達だけでこのお屋敷に来るのは割りと珍しい気がする。
いつもは大体赤松が居るんだけど。
と、考えながら私は食後のデザートに手を付けようとしていた。
「赤松も居るで。わさび使って厨房でなんか作るって言うて……葉鳥、どないしたん?」
「キキョウ様!?」
Aは私の目の前で手を振っている。
別にそんな事されなくたって見えているし意識はしっかりしている。
だがしかし。
「……からい」
辛いのだ、私のデザートが。私の大切なデザートが、物凄く辛い!
厨房に赤松が居るっつったな、絶対アイツが犯人だな……
そう思った私はゆらりと立ち上がる。
「ちょ、おいどこ行くねん葉鳥!」
「報復。デザートにわさび盛られた。あの野郎……私の至福のデザートタイムを阻害した罪は重い……」
変な色のムースだな、とは思ってたんだよ。緑色のデザートなんかあったかなって。
立ち上がった私を止めようと、Aが腕を引っ張っている。
止めるなA! 私は報復しないと気が済まない! と言おうとしていた時、何食わぬ顔で食堂に赤松が入ってきていた。
「あ、デザート食ったん?」
ニヤニヤと腹立たしい笑みを浮かべながらこっちに歩いてきているではないか腹立たしい。
食ったわ! と言いかけたところで赤い騎士さんの存在に気付いたので、私は一旦その言葉を飲み込む。
「食べましたよ、伯爵様」
ニッコリと満面の笑みを浮かべて言った。
日本語で『てめぇ後で面貸せ』という言葉も付け加えつつ。
「まぁ落ち着け。これ食わせたるから」
赤松はへらへらと笑っている。
「何?」
「ポテトチップスのわさびマヨディップとアボカドのわさび醤油和え」
……そんなもんで私の機嫌が治ると思ってもらっては困……
「美味しいじゃないの……」
治るんですねー。
私の後に、B以外の全員が続いて口に入れる。
私が美味しいと言ったものだから、皆勢い良く食べたのだが、A以外の全員が悶絶してしまった。
「か、からい……っ」
「うおあああシュトフが泣いたー!」
どうやらシュトフが可哀想なことになっているらしい。
Aが慌てふためいている。
「あかんか」
赤松はぽつりと呟く。
「この辺じゃ馴染みがないし、慣れないとこの辛さはキツいかも? ……しれませんね?」
赤い騎士さんの存在も敬語も忘れるところだった。
「キキョウ様は食べられるんですか?」
と、涙目の青い騎士さんに問われる。
何か可哀想だったので水を差し出そうとしたが、手元にある水は私の飲みかけ。
まぁ間接キスくらいで騒ぐほどのことでもないしいいか、と水を手に取ったところ、赤松から水が差し出されていた。
……用意してたのか。
「美味しいです」
そう答えると、赤い騎士さんに「さっきは涙目だったのに?」なんて言われた。
「甘いと思ってたものが辛かったので。不意打ちはさすがに……」
脳も混乱するってもんですね、と言おうとしたところ、赤松から「おもろかったやろ?」という言葉が降って来た。
「全然」
何が面白いと言うのだろうか。
至福のデザートタイムを邪魔しておいて……!




