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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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青い騎士さんの昔話

 

 

 

 

 

「俺は……母親を殺したんです」


 青い騎士さんは確かにそう言った。

 私がロゼに聞いた話だと青い騎士さんの母親は青い騎士さんが生まれてすぐに亡くなったとのことだったはずだが、その情報は嘘だったのだろうか?


「あ、青い騎士さんが?」


 驚き、混乱する頭を働かせ、私は青い騎士さんに話の続きを促す。


「俺が。母親は俺を産んだ直後に死にました。産めば死ぬと言われていたのに……。俺さえ産まなければ母親は死なずに済んだ……」


 ……あぁ、そうか、なるほど。

 殺した、とはそういう意味か。

 苦しそうに顔を顰めた青い騎士さんは、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「俺は生まれてからずっと……人殺しと呼ばれてきたんです。実の、父親に」


 熱が高くて苦しんでいるのか、過去を思い出して苦しんでいるのかは解らないが、とても苦しそうに喋っている。

 額には大粒の汗が滲んでいたので、私はポケットの中にあったハンカチで拭った。

 そういえば、濡らしたタオルなんかも持ってきたほうが良かったかな。

 食い物の事しか考えてなかったけど。


「生まれてこなければ良かったと……ずっと思っていました。……こうして体調を崩したりすると思うんです、このまま抗わずに死ねばいいものを、と。それなのに……体が勝手に抗って、すぐに治してしまう……」


 そんな事を考えているから、体調を崩すと機嫌も悪くなるのではないだろうか。


「……そんな事言っちゃ、お母さんが可哀想ですよ」


 青い騎士さんの額や首に滲んでいる汗を拭いながら、ぽつりと零す。


「……可哀想? 俺を勝手に産み落とし、そのまま死んでしまった弱い女が……可哀想……」


 青い騎士さんはそう呟きながら、完全に私から目を逸らす。

 眉間には深い皺が寄っていた。


「弱い、ですか?」


「弱いと思います……」


「私は強いんじゃないかなぁ、と思います。青い騎士さんがお母さんを殺したんじゃない、お母さんが命懸けで青い騎士さんを産んでくれたんだと思います」


 私がそう言うと、青い騎士さんは怪訝そうな顔で私を見た。


「私の想像でしかないけど、自分の命よりも青い騎士さんの命を優先したんでしょう。自分よりも、あなたに生きて欲しくて。自分を犠牲にして」


 いくら前世の記憶があるからといっても、中学生のものだし、出産なんてしたことないし、本当に想像でしかないけど、私にだって母性の欠片くらいはある。


「でも……俺は辛い思いばかり……」


「そりゃあ自己犠牲が全て綺麗なものだとは言いませんよ。結果的に青い騎士さんは苦労したわけだし。でも、自分の中に宿った命を殺すか、自分の命を犠牲にするか、多分お母さんはそんなに迷わなかったと思います」


 絶対に、とは言えないけど。会ったこともないし。

 私ならそうだろうな、と思うだけ。


「……俺なんか産まなければ良かったと後悔しているはず」


「そんな後悔、絶対にしてない。育てることが出来なかった事に対しては後悔してるかもしれませんが、産んだ事は絶対に後悔してないと思います」


 私は、そう言いながら青い騎士さんの頭をもしゃもしゃと撫でた。

 すると、青い騎士さんはぷい、と私から顔を逸らす。


「……俺は、ずっとずっと母が憎かった。父は母を溺愛していたようだし、俺が生まれたことで母が死んだとなれば、父にとって俺は憎むべき相手でしかない……」


 ぐ、と眉間にさらに深い皺を寄せながら、今度はこちらに身体を向ける。


「父が俺を育てたのは、顔が母に似ていたからだ。そうじゃなければ、俺は今ここには居ない。でも、似ているからと言って憎悪は消えない。父は毎日俺にきつく当ってきた。兄達には優しかったのに」


 徐々に青い騎士さんの体が丸まってきた。

 全身に力を入れているのか、体が全体的に強張っている。


「それは全部母のせいだと思った。母が弱いから、母が死んでしまうから、俺がこんな目に遭うんだ、と。……そう思っていれば楽だったから」


 余計な口を挟まずに、ただただ小さく相槌を打つ。

 たまに、青い騎士さんの背中を撫でながら。


「だから、弱い女なんか……嫌いなんだ……」


 そんな青い騎士さんの言葉に、女嫌いのルーツはそこからだったのか、と納得した。

 青い騎士さんは、どうも眠くなっているらしい。

 うとうとと、目を閉じては開けてを繰り返している。


「ほら、もう眠ってください」


 青い騎士さんの背中をぽんぽん、と叩いてそう言う。

 すると、青い騎士さんの目がぱちりと開いた。

 ……寝ろよ。


「……そう言えば、以前公爵令嬢が連れてきた騎士が言っていた……俺がどっかの令嬢に手を出した話……」


 え、その話もするの? そんなに眠そうなのに?

 立ち上がって片付けの続きをしようとしたのだが、青い騎士さんが完全に私のスカートを握り締めているので動けなかった。


「俺は手なんか出していない……」


「もう既に女嫌いだったからですか? その令嬢も弱かったから?」


 と、問い掛けてみると、青い騎士さんは首を横に振って否定する。


「あの女は……弱くなかった。弱い者を装って、弱い振りをして……」


 と呟く青い騎士さん。やはり眠いのだろう、うとうとと眠り始めている。

 相槌を打とうかと悩んだが、ここは静かにしておくべきだな。


「……その前、初めて就いた仕事も令嬢の護衛だった……あの女は顔のいい男を次から次に食い散らかすような女……」


 えげつない女に当ったわけですね、最初の職場で。

 この人は女嫌いというより女運が悪いんじゃないだろうか。


「顔さえ良ければ摺り寄って……護衛の目を盗んで男に会いに行くような女……そのくせ危険な目に遭えば俺のせいにする……」


 なんだか青い騎士さんが可哀想になってきた。


「守られる事が当然で……何かあれば男に媚び……弱い、そんな生き物である女が、嫌いだった……」


 寝言のようにそう言って、青い騎士さんは寝息を立て始めた。

 起こさないようにそーっとそーっと動く。

 食器を回収し、水とタオルを持ってこなければならないのだ。

 汗も酷いし、せめて濡れたタオルで拭いてあげた方が……


「キキョウ様は……」


 起きやがった!


「何ですか?」


「キキョウ様は違う……守らせてくれないし、媚びもしないし……強い」


 否定はしないけど、それって女じゃないと言われている気がして……さすがに軽く凹む。一応女なんですけど。


「……でも、弱い」


 どこがやねん、とつい関西弁が出てしまいそうになる。

 散々暴れまわる私を見ているくせにどうして弱いだなんて言えるんだろう。


「弱い部分を……隠している」


「……」


 そんなことはない。そんなはずはない。

 全力で否定したかったのだが、今度こそ眠りそうなので口を噤む。

 寝息が聞こえてきたので、暫く間を置いて立ち上がると、やはり起きてしまう。


「……キキョウ様、さっきのパン」


「パン? あぁパン粥のことですか?」


「また、作ってもらえますか?」


 私の手を掴みながら、私の顔を見ながらそう言う青い騎士さん。

 さっきとは別人のようだった。

 さっきまで、自分の過去を話している青い騎士さんは、口調もいつもと違ったし、私を見ようともしなかった。

 なんだろう、夢と現実を行ったり来たりしてるのかな。


「作ります作ります」


 むしろ調子が戻らないなら明日もパン粥の刑に処する予定だったから心配要らないよ青い騎士さん。


「……キキョウ様」


「わかったわかった、青い騎士さんがちゃんと寝るまでここに居てあげますから、早く寝ろ」


「キキョウ様が抱き枕になってくれるのなら」


「ならん。却下」


 何だ、徐々にいつもの調子を取り戻しているじゃないか。

 この薬、即効性があったのか?



「……赤い騎士さん、まだ居たんですか」


 それから十分程経って、漸く青い騎士さんが深い眠りに就いてくれたのでやっと部屋から出ることが出来た。

 やっと一息付けると思ったのだが、そこにはまだ赤い騎士さんが立っていた。


「随分長いこと中に居たみたいだが……」


「全然寝ないんだもん。離乳食食べさせて寝かしつける母親みたいな心境でしたよ」


 食べさせたのもミルクパン粥だしな。完全に離乳食っぽかったし。


「え、アイツ、食べたの?」


 赤い騎士さんが目を丸くしていた。


「無理矢理食わせました」


 力技でね、と言っていると、赤い騎士さんは信じられないといった様相で私を見下ろしている。


「トリーナちゃん……暴走するオルゲルに近付くわ具合悪いファルケに近付くわ、怖いものとかないの?」


 とのこと。二人ともそんなにマズいのか。

 そして私にだって怖いものくらいある。虫とか、虫とか、あと虫とか。

 でもそんな弱点晒したら後々絶対面倒なことになる。適当な事を言って逃げよう。


「強いて言うなら、自分の巻き込まれ体質が一番怖いです」


 なんちゃって、と呟きながら私は水とタオルの準備を始めた。


 翌朝。私はいつもより早く起きてミルクパン粥を作った。

 もちろん青い騎士さんに食べさせるために。

 そっと青い騎士さんの部屋に侵入すると、彼はまだぐっすりと眠っているようだった。

 眠る青い騎士さんの顔色を見てみると、昨日とは全く違い良好そう。

 水とミルクパン粥を用意して、額に乗せていた濡れタオルを回収したところで青い騎士さんが目を覚ました。


「あ、起きました?」


「……キキョウ様?」


 青い騎士さんはまだ寝惚けているのか、ぼんやりと私のほうを見ている。


「パン粥作って来ましたよ。食べられそうですか?」


 そう尋ねると、こくりと頷いた。

 食欲は戻ったようだな。


「こんなに早くから……?」


「いや、起きた時一人だと寂しいかなって、思って」


 体調が悪い時って心細くなりがちだし、なんて言っていると、青い騎士さんが上体を起こす。


「自分で食べられますか? 無理そうなら昨日みたいに無理矢理食べさせますけど」


 と、私が言うと、青い騎士さんの動きがピタリと止まった。


「……昨日……食べ、させ……」


 じーっと私の手元を見ながらそうぶつぶつと呟いているのだが。

 これはもしかして?


「覚えてないんですか?」


 昨夜、不機嫌そうだったってのもあるが、確かにいつもと違う様子ではあった。

 もしかして全て無意識だったのだろうか。


「覚えて……いえ、全て俺が見た都合のいい夢だとばかり……」


 夢と現実がごちゃごちゃになってたのか。


「夢じゃありませんよ、無理矢理口に捩じ込ませてもらいました」


 ゴリ押しちゃってすみませんね、と笑っていると、青い騎士さんが勢いよくこちらを見る。


「では……では! 俺がキキョウ様を押し倒して襲い掛かったのは……!」


「うん、それは夢だわ」


 どんな夢見てんだアンタ。


「……冗談です」


 と、咳払いをして誤魔化そうとしている。

 性質の悪い冗談はやめていただきたい。冗談って顔じゃなかったしね、今。


「じゃあ、これ食べてきちんと薬も飲んでくださいね」


 もう元気そうだし、昨日のような看病は必要ないだろう。


「はい」


「薬、飲まずに捨てたら承知しませんからね。じゃ、私はこれ片付けてきます」


 手に持っていた濡れタオルの残骸を見せて、ドアまで足を進める。


「キ、キキョウ様……」


 ドアに手を掛けたところで名前を呼ばれたので振り返る。


「ありがとう、ございました」


 振り返った先で、青い騎士さんが頭を下げていた。


「いいえ。今日は一日お休みしてゆっくり寝ててくださいね」


「いえ、休んでなどいられません。部屋に居ては、キキョウ様に何かあった場合すぐに反応できませんからね」


 ……だそうだ。

 なんだ、もうすっかり良くなってるみたいだな。

 高熱だした後なのに。


「一日くらい休めばいいのに」


「キキョウ様が添い寝をしてくれると言うのなら休みますが」


「元気みたいだししっかり働いてください」


 早口で言い残し、私は急いで青い騎士さんの部屋から逃げ出した。





 

青騎士は甘え下手

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