葛藤
自室謹慎を言い渡された数日後、奴が嵐のように現れた。
「よーう葉鳥! なんやなんや謹慎らしいやん! 何したん? なぁ何したん?」
……奴、っていうかまぁAなんだけど。
朝食後に飲まされた痛み止めのせいで全身が猛烈にだるい。
それを練習部屋のソファに沈めていたところ、ズダーンという音と共にAが入ってきた。
物凄くテンションの高い状態で。
あれだろうな、私が何故謹慎処分になったのかとか、怪我してるとか、全部知ってるんだろうなコイツ。
それで面白い匂いを嗅ぎつけてここまでやってきたんだろう。
「……誰に聞いた?」
起き上がることなく、辛うじて目だけは開けてAに問う。
「ん? 何や具合悪いん? 聞いたんは赤松や。昨日赤松から手紙が来てな。アイツも謹慎なんやろ?」
「具合悪いって言うか痛み止めの薬の副作用みたいなもん……。そう、アイツも謹慎らしいよ。相手は……あー……口外しちゃいけないんだった」
いかん、痛み止めのせいで思考回路が停止寸前だわ。
「そこで止めたら余計気になるやろ。っつーか、まぁ相手公爵家なんやろ? 大体の事は赤松に聞いとる」
やっぱり知ってるんじゃねぇか。
しかし、ここでベラベラ喋ってしまうのはいかがなものか。
一応寮棟内だし関係者以外居るはずもないのだけど、万が一という事もある。
そんな時便利なのが、そう、日本語である。
『人に聞かれちゃマズいし日本語で喋るわ。相手は公爵家。令嬢付きの騎士とか楽師の話は聞いてる?』
私が日本語で喋り始めた事に少し驚いたらしいAは一瞬目を瞠った。
だが、すぐに理解したようで、Aも日本語で喋りだす。
『その辺は赤松に聞いたで。せやけど赤松は別に口外したらあかんとは言うてへんかったで?』
『私が階段から落ちた次の日、公爵家の使用人が来たんだよ。その時この件は口外するなって嫌そうに頭下げてきた』
口外するな、とは言われたが、私も味方は多い方が良い。
立場が弱い分狡賢くなきゃやっていけないもの。
この先何されるか解ったもんじゃないし。
『まぁ葉鳥に非はあらへんみたいやし、令嬢は怪我も無いんやろ?』
『うん。無傷だってさ』
そう言うと、Aはお嬢様のくせに頑丈やな、と笑う。
そんな時、部屋の外に人の気配を感じた。
Aも気付いたようで、私達は顔を見合わせる。
「ところでA、アンタ一人で来たの?」
言葉を日本語からこちらの世界の言葉に戻し、当たり障りのない会話を始める。
誰が入ってきてもいいように。
「あぁ、Bと来たで。年上のメイドさんと仲良うお喋りでもしてんとちゃう?」
あ、僻んでる。
Aはどこか不機嫌そうにそう言っている。
私はBとロゼが上手くいき始めているようで嬉しいんだけど、Aにとってはあまり面白くないのかもしれない。
「ロゼと会ってんのか。っていうかアンタ僻み丸出しだけど、アンタくらい金持ちの子なら女の子寄ってきたりするんじゃないの?」
Bは好きな子も恋人も居ないみたいだったけど、コイツはどうなんだろう。
玉の輿を狙う女の子の一人や二人……?
「あー……たまに近付いてくんねんけど、大体あからさまな金目当ての女ばっかりやしなー」
Aはそう言って頬杖を付きながら溜め息を零す。
やっぱ来るんだ。金目当ての女。
「いい子は居なかったの?」
そう問い掛けると、Aの顔にほんの少しの苦笑いが浮かぶ。
「まぁ、なんや、俺も贅沢言うつもりやないねんけど……大体金か家柄しか見てへんからな。せめてちょっとでもええから金やなくて俺を見てくれる子と恋したいわぁ、ってな」
Aはどこか遠くを見ながらそう言う。
今までどんな相手に言い寄られたのだろう。
もう少し詳しく教えて欲しいが、傷を抉る可能性を考えて深くは掘り下げなかった。
「Aの好きなタイプってどんな感じ?」
紹介できる知り合いなど居ないも同然だが、一応聞いてみようか、何か可哀想だし。
「せやなー、もう本心で俺の事好きって言ってくれる子なら……あと俺のテンションに合わせてくれる子とか……」
「アンタのその高めのテンションに? あわせてくれる子? そんなのこの世に存在するの?」
思いっ切り眉間に皺が寄ってしまった。
いや、居るだろう。頑張って探せば居るはずだ。地の果てまで探してみれば。
私は無理だけど。あんなに高いテンション。
Aは私の言葉にどことなく凹んでいるようだった。
「……俺のことより葉鳥はどうなん? ここは日本やないねんからそろそろ嫁に貰ってくれる相手探さんと行き遅れるんちゃう?」
……これはこれは痛いところを。
「私は別に……。今は仕事始めたばっかだしそっちが優先よ」
そう答えて目を逸らす。
言われてみれば、この世界の女性達は大体20代前半で皆結婚してしまう。
25歳独身のロゼが近くに居るので麻痺しがちだが、基本的に皆早婚だ。
貴族なんかは子供のうちから婚約している場合もあるらしい。
政略結婚なんてそんなもんよ、とリリに言われた記憶がある。
正直、私貴族じゃなくて良かったと心から思った。
「あの騎士どうなん? 青い騎士服の」
と、唐突に、しかもとんでもない問いが飛んできた。
「……ん?」
「あの騎士絶対お前の事好きやろ」
Aにそう言われ、少し前にロゼに言われた『好意に気付いてないとは言わないわよね』という言葉を思い出す。
あぁ、もう誰が見ても解るんだな。
しかし青い騎士さんか……
「いや、その、まぁそうだろうなーとは思ってるんだけど……」
「葉鳥、お前追われると全力で逃げるタイプやろ? そういや中三の頃もイケメンに追われてへんかったか?」
そんな事を言われた。
確かに顔のいい野郎に言い寄られたことはあったけれど、そういうのがきっかけで先日思い出した階段から落ちた事件につながっていたりするのであまりいい思い出ではない。
「鬼気迫る勢いで追われたら逃げたくもなるというか……。中三の頃の話はもう忘れた。触れてくれるな」
青い騎士さんは、そうだな……。
多少なら追われる恋も悪くないが、やっぱりゴリゴリに終われると逃げたくなってしまう。
嫌いってわけではないんだけど。
「あー、この前見た限りでは嫉妬深そうやったな、あの騎士。何や忘れたんかいな。まぁそういうことにしといたるけど」
ニヤニヤと笑うAに物凄くイラッとする。
コイツがニヤニヤしてる時は大体面白がってるもん。
「ま、嫁の貰い手居らんようやったら俺が貰ったってもええで」
「そうはならないように努力する」
Aとそんな会話をしていると、カタン、と控え目な音を立ててドアが開いた。
誰だろう、と上体を起こそうとすると「噂をすれば」というAの声が耳に滑り込んでくる。
「キキョウ様、大丈夫ですか?」
あぁ、青い騎士さんか。
「大丈夫です大丈夫です」
青い騎士さんは一目散に私の目の前に来て膝を付いた。
ソファに転がっている私と視線を合わせるためだろう。
とりあえず近い。
「室内に男と二人きりなど危険でしょう……」
そう言いながら、青い騎士さんは私の前髪に触れようとする。
「あかんあかん、そない全力で近付いたらあかんで青騎士さん」
そんなAの言葉で、青い騎士さんの動きが止まる。
そしてAの方へくるりと振り返る。
「お前は何を……」
「せや青騎士さん、俺んとこの騎士見てへんかな? 俺葉鳥に見舞い品持って来てんけど全部アイツが持ってんねん。探すん付きおうてや」
「は……? ちょっと待て、俺はキキョウ様に会いに」
青い騎士さんはなんだかんだと異論を唱えていたが、Aに連れて行かれてしまった。
当然私はぽつりとその場に残された。
Aの言葉を聞く限り見舞い品が来るらしいし、その場で大人しく待つことにしよう。
Aとの会話で気が紛れていたのか気だるさが少し抜けたような気がする。
私は立ち上がり、歌詞を纏めて置いてある机に向かう。
そしてその中から一枚選び、口ずさむ。
ピアノは怪我に響くし弾けないが、歌は問題ない。
それに、歌なら謹慎中の禁止事項にも入っていないし。
怪我した肩が痛いだとか、薬の副作用が辛いだとか、色々あるけどそのせいで声が出なくなってしまったら大変だ。
そう思った私は、発声練習も兼ねてアカペラで歌うことにした。
ブレスの時若干痛いが普通に歌えるようだ。
その事に安堵しつつ数曲歌った頃、部屋の外から話し声が聞こえてくる。
A達が戻って来たのだろう。
歌うのをやめてドアの方を見ているが、中々入ってこない。
確かに声はしているのだけど。
おかしいな、と思った私は机から離れてドアの方へと足を進めようとした。
だが、それと同じタイミングでドアが開いた。
そこに見えたのはやはりAで、何をしていたのだろうと首を傾げる。
すぐに入ってくるものだろうと思っていたが、Aはこちらを向いていないし、なぜだか誰も中には入ってこない。
話し声がするのでおそらく複数人居るはずだが。
「葉鳥……」
Aの情けないような、なんとも言えない声がする。
それと同時に手招きされた。
「どうしたのよ」
そう言ってドアから少しだけ顔を出すと、そこにはAとB、それから綺麗なドレスの裾が見えた。
今皆仕事中だしドレスを着てここに来る人なんて居ないはずだが……?
「この子、公爵令嬢やんな?」
と、Aが言う。
「え?」
私はドアから身を乗り出して確認する。
……居た。
煌びやか令嬢が、何故かそこに居た。
しかも何故だか若干涙目で。
え、この人どうやってここに来たんだろう。
そう考えつつ思い返す。
そういえば、Aと日本語で会話していた頃、外に人の気配があった。
結局は誰も入ってこなかったし、私とAが喋っていた事に気付き気を遣った使用人仲間の誰かかな、と思っていたわけだが……あれ、もしかしたら煌びやか令嬢だったのだろうか……?
「柱の影に隠れてはってん。せやから出た時は気付かんかってんけど」
Aは煌びやか令嬢に向かって、早く声掛ければ良かったのに、的な事を言っている。
「えーっと……あの、私謹慎中なんですが会っても大丈夫なんでしょうか?」
とりあえず確認が先だろう、と声を掛ける。
「……わたくしが会いに来てあげたんだから、貴女には会う以外の選択肢なんてありませんわ」
……とのこと。
私を連れて帰ろうとしたときのような勢いはまるでなく、どこか弱弱しくそう言った。
しかしそこは煌びやか令嬢、上から目線は健在である。
公爵家に関わらないで欲しいと言ったのは私。
私と彼女本人の問題だからこっちで勝手に解決すると言ったのも私。
せめて文句を言われないように、謹慎が解けてからにしようと思っていたのだが、彼女からこちらに来てしまったのなら仕方ないだろう。
さぁ、話し合いを始めようか。




