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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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VS煌びやか令嬢4

 

 

 

 

 

 さてさてどうしたものか。


 煌びやか令嬢がこの練習部屋を尋ねてきたわけだが、帰れなんて言えるわけもないのでとりあえずソファに座るよう勧めた。

 一応は大人しく座ってくれているのだが、今のところ何も喋らない。

 それを確認し、私はソファの正面にピアノの椅子を持ってきて座らせていただく。


 しかし煌びやか令嬢、自分から来たくせになにも喋らないとはいかがなものか。

 そもそもこんなところまで何をしにきたのだろう?

 階段から落ちた件に関して文句を言いに来たんだと思ってたけど、それにしては表情が沈んでいる気がする。

 謝って来いとか言われたのか……いや、そんなはずはないか。

 ……っていうか、ここに来る事は誰かに言って来たのかな?

 そんな事誰かに言ったら止められそうなもんだけど……ちょっと色々と不安になってきた。


「あの、えーっと、公爵令嬢様……」


「……クライスよ」


「……クライスお嬢様?」


「……まぁ、いいわ。何かしら?」


 そう言った煌びやか令嬢の顔に、どことなく不機嫌さが見える。

 『クライスお嬢様』という呼び方はお気に召さなかったようだ。

 しかし話の続きを促してくれているようだからここはスルーさせてもらう事にしよう。


「お茶を、淹れましょうか」


「あら。貴女なんかが淹れたお茶なんて要りませんわ」


 ……うぜえええ!

 一旦外に出て助けを呼ぼうと思ったのに。

 っていうかA達どこ行ったんだ。

 ついさっきまで居たはずなのに、奴等は二人とも部屋に入ってこなかった。

 巻き込まれたくない気持ちは分からなくもないけど、側に居てくれても良かったんじゃないかな。


 お茶を拒否されてしまったので、次の手を考える。

 何も考えつかなくて暫し無言になってしまっているのだが、煌びやか令嬢も特に何も言わないので、室内は妙な沈黙に包まれている。


「クライスお嬢様、もしかして一人でここまで来たんですか?」


 もう当って砕けるしかないと判断した私は、彼女に話しかけた。

 いっそのこと、今の内に話したいことを全て話しておいたほうがいい気もしてきたし。


「一人で来たわ。わたくしだって、一人でも動けるんだから」


 一人で出来るとか、そういう問題じゃない気がするのは私だけだろうか。

 公爵令嬢が一人でふらふら歩いてたら大問題なんじゃ……

 しかも、多々問題を起こしてきたこの屋敷に居るわけだし。

 とりあえず諸々のとばっちりが私に向かって飛んでこないことを祈ろう。


「お嬢様付きの騎士がいらっしゃいましたよね? 外までその方が付いて来たとか……」


「……あの男ね、もう居ないわ」


 はぁ、と小さく溜め息をつき、そう零す煌びやか令嬢。

 もう居ない、ということはクビにしたのだろうか。

 思わず眉間に皺を寄せてしまう。

 彼女は以前楽師を多数クビにしたという話をしていたし。


「あの男はわたくしがクビにしたわけじゃないわよ。自分から出て行ったの。今頃どこかのお嬢様付きの騎士でもやってるんじゃないかしら」


 煌びやか令嬢は、ぷい、と私から顔を逸らしながらそう言った。

 ……な、なんだろう、恋愛のいざこざの香りがする。


「そ、そうですかー。ところでお嬢様、階段から落ちた時、大丈夫でしたか?」


 貴族様方の恋愛模様を覗き見する趣味はないので、話題を変えようと試みる。

 貴族様方は基本的に政略結婚だから浮気だの不倫だのは当たり前らしいのだ。恐ろしいことだが。だから話題を変えずにうっかり掘り下げたらヤバめの話が湧き出てくる可能性もある。

 ドロドロした話なんか出来れば聞きたくない。


「……大丈夫よ。貴女こそ……大丈夫だったの?」


 煌びやか令嬢はチラリ、と流し目で私を見る。


「あぁ、まぁ打撲程度なので大丈夫です」


「……そう、良かったわね」


 お前のせいで落ちたんだけどな。

 普通ならそこで謝るとこだろ、と思うのだがこの人普通じゃないからな。


「ねぇ、トリーナ」


 次は何を話そうか、と考えていたところ、煌びやか令嬢の方から声を掛けてきた。


「何でしょう?」


 首を傾げながら問うと、彼女は一瞬ためらったものの、意を決したように口を開く。


「貴女、本当にわたくし付きの楽師になるつもりはないの?」


 あぁ、まだ諦めてなかったのか。


「私は、このお屋敷の使用人であって、楽師ではありません」


「そ、それならわたくしの侍女に……」


 急に必死さを浮かべた瞳をこちらに向けてきた。

 何故彼女はそんなにも私に固執しているのだろう。


「私、まだここを離れる気はないんです」


「お金なら出すわ。ここより、ずっとずっと出す」


「残念ながらお金の問題じゃないんです」


 煌びやか令嬢は今までお金さえ出せば欲しいもの全てを手に入れていたんだと思う。

 私がお金で動かなかった事に心底驚いたような顔をしているから。


「だったら何? 何が欲しい? なんでもあげる、なんでもあげるからわたくしの所に来なさいよ!」


 煌びやか令嬢は立ち上がってそう言う。

 そしてそのまま私の両肩を掴んだ。


「あの、何故そうまでして私を連れて行こうとするんでしょう? 私はただの使用人ですし、元は孤児ですよ? 大したこと出来ませんし」


 やれやれ、と肩を竦めてしまう。

 こういうわがままお嬢様はどうやって説得したら良いのか解らないな。


「……貴女が欲しいのではないわ。貴女の歌よ……」


 この世界にCDがあればいいのにと思った瞬間である。

 お前は要らんが歌は欲しい、と。なるほど。

 真正面から正直にそう言えてしまうなんて逆に羨ましい気もするけれど。


「歌が聞きたいのなら、講習に来たらいいじゃないですか。この部屋だって事前に言ってくだされば入ってきてもらっても構いませんよ」


 私がそう言うと、彼女は暫く黙り込んだ。手の力が抜けたようで、だらりと手を下ろす。掴まれていた両肩が解放された。

 これで諦めてくれるかな? と思ったが、どうやらそうでもないらしい。


「この屋敷に何があるというの? 何故貴女はわたくしの側に来てくれないの? わたくし、私は」


 私の事は必要ないって言ってるわりには食い下がってくる……

 もしかして、本当は私に来て欲しいのか?

 しかし何故私……?


「もういい! 知らない! あなたなんて嫌い! 大嫌い!」


 急に大声でそう言って、煌びやか令嬢はドアの方へと走り出す。

 え、唐突に嫌われたんだけど。

 ……いや、前から嫌われてる節はあったが。

 こうなったらもうそのまま走り去るのだろうかと思っていると、煌びやか令嬢はドアの前で立ち止まる。


「……違う、違う」


 俯きながら、小さな声でそう呟いている。

 情緒不安定か?

 彼女の動きが予測不能だったので、何も言わずに見守っていると、突然くるりとこちらを向いた。


「こんなこと……言いに来たんじゃないの」


 情けない表情で、そして悲しげな声で零す。

 ということは、何かまだ言い足りないことでもあるのだろう。

 そう思った私は椅子から立ち上がり、彼女の側まで歩く。

 ぽん、と彼女の背中を一撫でして、もう一度彼女をソファに座らせる。

 嫌がられるかな、と思ったが、案外素直に座ってくれた。


「一度落ち着きましょうか。私もあなたにいくつか聞きたいことがあるんです」


 そう言うと、彼女はきょとんとした表情でこちらを見ている。

 ずっとそうしていれば可愛いんだけど。


「貴女に付いていた騎士がこちらに突っかかって来てたのは、この屋敷の騎士に対する逆恨みでした。私を切り付けに来た楽師は貴女を利用して名を上げようとしていた……。あの二人がこちらに攻撃してくる理由は分かったのですが、お嬢様が私に拘る理由がイマイチ分からないのです」


 ゆっくりと、包み隠す事無くそう告げると、彼女は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。

 これはまた怒られるパターンだろうか、そう思っていたら、彼女が口を開く。


「私ね、失恋したの」


 予想外の一言が飛んできた。私に固執する理由を聞こうとしたのになぜ突然失恋の話になったのだろうか。

 そして煌びやか令嬢の一人称がわたくしから私に変わっている。

 こっちが素なのだろうか。何もかも分からない。


「私はその男とずっと一緒に居るんだと思ってた。その人と、結婚するんだと思ってた。でも、その人は別の女と結婚してしまったわ。私に愛してるって言ってくれていたのに、急に二度と会えなくなった。離れたくなかったのに、あの人は一方的に私から離れて行ってしまった……」


 その話を聞いてふと思い出した。

 彼女が執着したあの曲の歌詞にそっくりだったのだ。

 あぁ、と心の中で大いに納得した。


「その直後だったの、貴女の講習に参加したのは。貴女の詩……自分の事のようだった」


「そうだったんですね。それも疑問だったんです。もちろん、演奏している私だって、あの曲が好きで歌っているわけだから気に入っていただけるのは嬉しいんだけど、お嬢様は妙に執着するものだから」


 クスクス、と笑って見せると、彼女の顔にもほんのり笑顔が浮かぶ。


「恥ずかしいから、笑わないでちょうだい」


 照れたようにそう言う彼女に、あらごめんなさい、ともう一度クスクスと笑う。


「この詩を書いた貴女なら、私の気持ちが解るんじゃないかって思ったの」


 と、案の定この詩を私の実体験だと思っていらっしゃるようだ。


「あ、いや、これ私の実体験とかじゃありませんからね? 空想みたいなもので」


 早めに釘を刺してみると、あら、と彼女は目を丸くした。

 しかし彼女がそんな事で折れるわけもなく。


「空想だとしても、これを考えたのよね? じゃあやっぱり、解ってくれるんじゃないかしら?」


 ……おっと、盲点だった。

 空想です、とは言い張れるが、自分が考えたわけじゃないとは言えない。

 そんな事言ってしまえばまた話が拗れてしまう。


「どう……でしょう、ね?」


 しどろもどろになりながら首を傾げると、今度は彼女がクスクスと笑い出した。


「私、寂しかったのよ。父も母もお兄様ばかり見ていて、私なんて要らないみたいで。本音で話せる相手なんて居なかった。ずっとお嬢様を取り繕って、寂しさを隠してた。でも、こんな詩を書ける貴女なら、って、思ったの」


 私自身が書いたわけじゃない、という後ろめたさを感じつつ、私はなんとなく納得した。

 この人は、寂しがり屋のお子様から成長出来なかったんだな、と。

 それで人を振り回していたのか。


「私の唯一だった男が、私の側を離れた時、死んでしまえば良かったわ。こんなに、沢山の人に迷惑を掛けているんだもの」


 うふふ、と表面上では笑っているが、目は全く笑っていなかった。

 我慢できなくなった私は、ふと彼女の正面に立つ。

 そして、そのままデコピンをお見舞いした。


「な、何を……っ!」


 彼女はデコピンに対して抗議をしようとしていたようだが、私はそんな事お構いなしに自分のやりたいように動くことにする。

 今の彼女に必要な事を考えて。


「本当に、迷惑」


 私はそう言って、彼女を抱きしめた。

 ゆっくり頭と背中を撫でると、彼女は小刻みに震えだす。

 顔が見えないのでなんとも言えないが、怒りに震えているわけではないと思いたい。


「寂しいなら、素直になればいいんですよ。まぁ、それが出来ないからこうなったんでしょうけど」


 と、私が言うと、彼女の腕が私の背中に回ってきた。

 怒っているわけじゃなかったようだ。良かった。


「皆、皆私から離れて行ってしまう……もう、独りぼっちは嫌……っ」


 ぐずぐず、と完全な涙声だった。

 公爵令嬢という立場上、友達を作るのは難しいのだろう。

 両親に見放され、周りは侍女や使用人や、付き従う人物しか居ないとなれば、自ずと本音を言える相手など居なくなる。

 それに加えて失恋ときて、そこで私の歌を聞いて、私に目を付けたわけか。

 大体の疑問は解決したような気がする。


 その時、部屋の外からバタバタと人の足音が聞こえてきた。

 何事だろうと思っていると、ドアが乱暴に開けられる。

 目を丸くしてそちらを見ると、いつか見た公爵家の使用人が居た。

 お迎えかな。

 っていうか私の事を悪者を見るような目で見るのはやめてもらいたい。

 煌びやか令嬢が勝手にここまで来たんだけど。


「クライスお嬢様! お一人でこのようなところに……!」


 という公爵家の使用人の言葉を無視した煌びやか令嬢がこっちを見る。


「次の講習も、わたくしが来てさしあげますからね。いい詩を用意していなさいね!」


 と言い放って今度こそ去って行った。

 ……いつもの調子を取り戻してくれたのなら何よりです。


 その日、部屋に戻ると、大量のお菓子が鎮座していた。

 一緒に置いてあったメモを見ると『俺ら邪魔そうやったし帰るわ。令嬢とのことは後日報告すること。Aより。』と書かれていた。

 何故報告しなければならないのか。


 ま、一応これで一件落着ってことで、とりあえず今日は安眠することにしよう。





 

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