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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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29/92

VS煌びやか令嬢2

 

 

 

 

 

 元女装男から切り付けられて数日が過ぎた。

 彼があの後どうなったのか、私のところには何の情報も入って来ていないので解らない。


 その日、私はお休みだった。

 何の予定も入っていなかったので、午前中を練習に費やした。

 本格的な練習をしたかったし、部屋には鍵を掛けさせてもらう。

 失敗する姿を人に見られるのも、必死になっている姿を人に見られるのも嫌いなのだ。

 なんとなく、バカにされそうで。バカにするような人が身近に居るのかと問われれば、まぁ居ないのだけれど。

 しかし聞く人に少しでも上手いと思わせたいし、そうするには多くの練習が必要だ。

 ピアノだけじゃなく発声練習だってしなければならない。

 発声練習を聞かれるのが一番恥ずかしい。

 歌を聴かれることは慣れたのだが、発声練習だけは聞かせたくない。


 そんな思いから、練習している姿は一切外に漏らしていなかった。


 三時間弱、みっちり練習していると急劇な空腹に襲われる。

 そんなに体力を使ったのだろうか……と、私は少し急いで食堂へ向かった。


 ざっと準備を済ませ、食事を摂っていると、バタバタと食堂へ入ってくる人影が見える。

 赤い服がチラリと見えた気がしたので、赤い騎士さんだろう。


 ガタン、と荒々しい音を立ててここにやってきた赤い騎士さんは、なぜか焦ったような表情を浮かべている。


「トリーナちゃん、公爵令嬢が君を探してる」


 焦ったような、どころか普通に焦ってたわ。


「……何か用ですかね? 楽譜くれとかかな」


 もぐもぐと昼食を摂りながら首を傾げると、今度は怒ったような表情を浮かべた。


「そんなに暢気なこと言ってる場合じゃねえんだよ!」


 まぁ普通に怒ってたわ。


「ん、私が出迎えなきゃいけないんですか?」


「いや、出迎えちゃマズい。むしろ隠れたほうがいい」


 口の中のものを飲み下してから、私は首を傾げながら問う。

 すると苛立った面持ちで返された。

 ……隠れたほうがいい?


「何故隠れる必要があるんですか?」


 全く理解出来なかった私は、もう一度首を傾げてみせる。

 もういっそずっと首傾げたままで居たほうがいいかもしれない。


「あの公爵令嬢、トリーナちゃんを連れて行くつもりだ」


 赤い騎士さんは神妙そうな面持ちでそんな言葉を零す。

 連れて行く、とはどういうことだろうか。

 出張演奏とかそんな感じなら、多少嫌でも言う事を聞かなければならないだろう。

 しかし赤い騎士さんのこの顔、そんな簡単なことでもなさそうだ。

 他に考えられる事は、連れて行かれたら最後、そのまま煌びやか令嬢付きの楽師にさせられるって事かな。


「君を連れて帰って公爵令嬢付きの楽師にするつもりだ」


 当ったわ。


「ふーん……なるほど」


 小さな声で返事をすると、赤い騎士さんにテーブルをバン、と思い切り叩かれた。

 思いも寄らない衝撃に、私は驚いて目を瞠る。


「何でお前はそんなに飄々としていられるんだ!」


 赤い騎士さんは、そう言って私の両肩を掴んだ。

 今にもがくがくと揺らされそうな気がしたので、私は早いとこ弁明を始めなければならない。


「いや、連れ帰るとしても私の雇い主は旦那様だし、旦那様の許可」


「こっちは子爵であっちは公爵だ。許可なんかなくても連れ出せる」


「そりゃそうか。……まぁでもあの公爵令嬢飽きっぽい感じだったしすぐに飽きられてここに戻ってこれるような」


「トリーナ!」


 赤い騎士さんの手に篭る力が増す。掴まれている肩が痛い。そしてわりとガチで怒っているのか、口調がいつもと違う。


「……そんなに熱くなってたらあの令嬢に負けてしまいますよ。冷静に冷静に」


 私の肩を掴んでいる手をぽんぽんと叩いて落ち着かせようとしてみたのだが、あまり効果はないらしい。


「……トリーナ、まさかとは思うがお前はあの令嬢付きの楽師になってもいいとでも思ってるのか?」


 赤い騎士さんの顔に怪訝そうな表情が刻まれる。


「まさか。私はここに居たい、それだけは揺るぎません。……まだ認められてもないのにここから離れるなんてことしたくない」


 私は、どこか自分に言い聞かせるように小さく小さく言葉を紡ぐ。

 小さすぎたから、それを彼が拾えたかどうかは解らない。


「とにかく今日はマズい。部屋か練習部屋にでも隠れててくれないか? 今子爵とファルケ、あと伯爵が屋敷の方で足止めしている」


 ……何故居るんだ赤松よ。

 伯爵って赤松だよね?

 まったく、変な事に首突っ込んじゃって。


「解りました。あの令嬢とは少し話したいこともあったんですが……旦那様に迷惑を掛けるのは本意じゃないですからね」


「話したいこと?」


 と問われたので、元女装男が……と喋りだそうとしたのだが、よく考えたら赤い騎士さんは女装姿を見ていない可能性に気付く。


「あー、この前刃物振り回して怪我して逃げた男の話とか」


 彼の現状がどうなってしまったのかも気になるし、二週間前後で弾けなかったからと追い出した話もしたかった。

 二週間前後で弾けるようなものじゃない、と。


 しかし逃げたほうがいい、隠れたほうがいいと言われるのなら従うべきだろう。

 私は食べかけの料理を厨房に持っていき、調理師に後で食べるので保存しておいてくださいと頼む。


 練習部屋と自室のどちらに隠れるか、なんて赤い騎士さんと相談しながら階段を上がり始めた時、ばたばたと誰かの足音が聞こえる。

 荒い足音なので、走っているらしい。


「お待ちなさい、トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲル!」


 あちゃー、と頭を抱える赤い騎士さんが見えた。

 私をフルネームで呼び止めたのは案の定煌びやか令嬢だ。私のフルネームを覚えているなんて、なかなか珍しいな。自分でもたまにわかんなくなるくらい長いのに。

 そんなことを考えながら、私は階段を十段ほど登ったところから彼女を見据えた。


「やっと見付けたわよ!」


 煌びやか令嬢は階段の下から私を指差してそう言う。


「やめろ!」


 と、青い騎士さんが彼女を止めようとしている。

 本当に赤松も居た。……何故居るのかは知らないが。


「触らないで! お父様に言いつけると何度も言っているでしょう!」


 なるほど、圧力か。


 折角の機会だし、と私は階段を下りようとした。

 だが、赤い騎士さんに腕を掴まれて阻止される。

 行くべきではないと言外にほのめかされているようだ。

 しかし見付かってしまった今、急いで部屋に逃げ込むのもおかしい気がする。

 赤い騎士さんもそう思っているようで、煌びやか令嬢の動きを見ていた。


「わたくし、貴女にお話があってきたの。少しいいかしら?」


 煌びやか令嬢はそう言ってふわりと笑う。

 いや、笑ったと見せかけているだけだ。なぜなら口元は笑っているが目は笑っていない。

 どうしたもんかと思っていると、赤い騎士さんが私の前に立って壁になる。


「トーン子爵の許可をとっていただかなければ」


「そんなもの、わたくしには無意味よ? ほらあなた、下がりなさい。わたくしはトリーナに用があるの」


 かつん、かつん、と靴音が響く。

 赤い騎士さんの背中で見えなかったが、煌びやか令嬢が階段を上って来ているのだろう。

 シンとした階段に響いていた靴音が途切れる。

 いくら赤い騎士さんの背後に居ても状況は解る。煌びやか令嬢は、もう目前まで迫っている。まぁ彼女のドレスも見えていることだし。


「ほら、お退きなさい。言ったでしょう? 私に逆らえばトリーナの命なんて一瞬で消えるのよ?」


 ……圧力っていうか私の命を持ち出されていたのか。

 そりゃあ想定外だ。

 奴等も手を出せなかったわけだ。

 自分のせいで私が死ねば後味悪いだろうし。


「いいですよ、もう。赤い騎士さん、どいてください」


 ぽんぽん、と赤い騎士さんの背中を叩く。

 赤い騎士さんは怒気を含ませた顔で私の方を向いた。


「なんとかします。私を信じてください」


 そう言うと、渋々ながらその場を退いてくれた。


「やっと会えたわね。さあ、わたくしと一緒に来なさい」


 彼女はその場で言った。

 赤い騎士さんが居た分、私より下に居る。


「何故行かなければならないのでしょう?」


「貴女はね、今日から私専属の楽師になるの」


 煌びやか令嬢は当然のようにそう言ってのける。

 私の意思など考えるつもりもないらしい。


「先日、私の所に貴女付きの楽師という男性が訪ねてきましたが」


「あぁ、あの男、何も出来ないんですもの。大丈夫、クビにしておいたからあの男はもう居ないわ」


 うわぁマジでクビになってたよ元女装男。


「たった二週間前後しか時間を与えなかったのに、完璧に出来なかったからとクビになさったのですね」


「何? 何を言っているの?」


 彼女の口元が歪む。


「そんなに短時間で完璧を求められる世界になど、私は行きたくありません」


 にっこりと笑ってみせると、さらに彼女の口元は歪んだ。

 下のほうから赤松の「葉鳥」という、私を咎める声が聞こえる。

 煽るな、と言いたいのだろう。

 それでも言わなければ気が済まない。

 権力振りかざしてれば何でも自分の思い通りになると思わないで欲しい。


「貴女がお気に入りのあの曲は、私が何年も掛かって完璧に弾けるようになったものです。それをたった二週間弱で弾けるようになれ、など無茶もいいところです。それが出来なかったからとクビにされていたんじゃ、私も来週にはクビにされるんでしょうね」


 そりゃあ『日本』でピアノが上手い人なら数日で弾ける人も居るかもしれないが、この世界に弾き語りは浸透していないのだ。

 それをたった二週間弱なんて。

 私の言葉を聞いた彼女は狼狽えたようで目を泳がせている。


「もしかして、クビにした人物は彼以外にも居るのではないですか?」


「そ、それは、だって、楽譜を見せても演奏出来ない……から」


 居るのかよ。


「楽譜を見ただけで演奏出来ると思っているのですか?」


 そんな能力が存在するなら私も欲しいものだが。

 私の問いに何も言い返せない様子を見たところ、肯定ととっていいのだろう。


「楽譜を見ただけで瞬時に演奏出来る人間など、私は見た事も聞いたこともありません」


 声色がキツくなってしまわないように、感情を出来る限り自分の中に押し込む。


「で、でも! 貴女は練習なんてしていないじゃない!」


 突拍子も無い言葉が飛んできて、私は思わず目を丸くした。はぁぁ? と大きな声で言ってしまわなかった私を褒めてほしい。

 っていうか見た事もないのに何を言っているんだろうか。


「私は何度もこの屋敷の前に来たわ。でもいつも聞こえてくるのは綺麗な曲だけ。あの男も、他に来た楽師を名乗る人間達も、皆無様な音を出していただけだった!」


 ……いやね、お待ちなさいよお嬢さん。

 私の知らない間に何度もこのお屋敷に来てたのかよ、という疑問もあるのだが今はそれに触れる時ではないだろう。我慢。


「私だって毎日練習しています。上手く弾けなくて蹲ることだって、無様にミスして頭を抱えることだってあります。でも、そんなところ人には見せたくない。見せないように隠しているだけです」


 極力解りやすいようにゆっくりと説明してみたのだが、彼女は何も言わずぽかんとしている。

 マジで楽譜見ただけで弾けると思ってたんだろうな。

 まぁ、私の講習に来る前は音楽など興味もなさそうだったし仕方ないのか。


「嫌……嫌よ、そんなの知らない! どうでもいい! 私は貴女を連れて帰るの! 貴女はずっと私の側に居てあの歌を歌っていればいいの!」


 ついさっきまで偉そうな女の顔だったはずなのに、そう言った彼女の言葉、声、仕草、全てが急に若返った…いや、子供に返ったように見えた。

 もしかしたら、本来の彼女はこちらなのかもしれない。


 わがままを拗らせて、寂しい子供。


 私の腕を取ろうと、手を伸ばしたのが見える。しかし私が避けたから、その手は私に届かなかった。

 すると、手を掴み損ねた彼女が階段を踏み外した。

 彼女の身体が傾き、あぁ落ちるな、そう思った。

 次の瞬間には、静かだったはずの廊下に物凄い音が響いていた。





 

お気に入り登録、評価、拍手パチパチ、拍手コメント等ありがとうございます!

レス不要とあったのですが幾つか同じようなコメントを頂いたので少し触れておきます。

青い騎士の言動が気持ち悪い、との事なのですが、それはそれで正常な感じ方なのではないかと思います。

一応連載ですし、まだ奴の考えている事など全て書き切っているわけではありません。完結しても尚気持ち悪いなら多分青い騎士が苦手なタイプなのでしょう。

正直な話、作者の私も書きながら気持ちわりぃなコイツと思う事もあります。タグにもヤンデレを入れていますのでね。

しかしながら青い騎士に対する反応は『応援』と『気持ち悪い』の両極端で私はニヤニヤしております。

長くなりましたが、読んでくださっている皆様本当にありがとうございます。

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