B君、恋の予感
女装男、もとい元女装男に切られそうになってから数日が経った。
今日はロゼを連れてAの店に行く事になっている。
もちろんBとロゼを会わせる為に。
Bはちょっと頭に血が昇りやすくて凶暴だし、脳筋野郎だからロゼみたいに落ち着いたお姉さん系女子と合う気がするんだよね。
先日はテンパって逃げ出しやがったけど、こっちから奴が働いている店に行ってしまえば逃げ道はない。
Aに『迎えを寄越せ』と手紙を送ったところ、すぐに『了解』という返事が届いた。
いつもと何一つ変わらない文面で送ったし、おそらくBが迎えに来るはずだろう。
仕事を終えた私とロゼは、せっせと外出準備をしていた。
どことなく楽しそうなロゼを見ると、こちらもわくわくしてしまう。
ふふふ、絶対にくっつけてやる……
「ロゼ準備出来た?」
「出来たわ!」
……ロゼの気合いも充分なようだ。
使用人の時よりも少しだけ大人のメイクを施してあるようだし、服は派手すぎず地味すぎずで、とても可愛い。
あぁこんなに可愛いお姉さん、Bには勿体無いか……?
「キキョウ様……何をしているんですか?」
「わ! あ、青い騎士さん……」
正直面倒な人に見付かったな、そう思った。
なんというか、この人過保護っぽいし外出禁止とか言い出しそう。
「えーっと、ちょっとロゼと夕飯を食べに……」
「食堂へ?」
私がしどろもどろで答えると、即座にそんな問いが飛んでくる。
「いや、食堂ではなく……外に……」
言い逃れは出来そうになかった。
「ほう、この時間に? 外に? 一人で?」
次々と質問を飛ばしながら、彼は徐々に私に近付いてくる。
目が笑っていないのでとても恐ろしい。
「ちょっと失礼ね、トリー以外見えてないのは解るけど私も居るからトリー一人じゃないわよ」
こんなに近くにいるっていうのに私が見えないの? と憤慨しているロゼ。
そんなロゼを一瞬見た青い騎士さんは、あぁと小さく漏らすだけですぐにこっちを向く。
「どちらにせよ女性二人で外に出ていい時間帯ではありませんね?」
「あ、いや二人じゃありません、迎えが来てくれますから」
「……男ですか?」
「あーまぁ、男ですね」
そう答えると、青い騎士さんの顔があからさまに歪む。
「危険です」
「いや迎えに来てくれるのは知り合いですから」
「キキョウ様、先日切り付けられた事をもう忘れたんですか?」
あ、いや、それはその、と返す言葉を失っていると、ロゼが小さく呻ってぽんと一つ手を叩いた。
「そんなに心配ならヴァッサーも来ればいいじゃない」
それなら文句ないでしょ、と話をまとめようとしている。
「そうですね、それがいい。キキョウ様、貴女の護衛は俺が」
……まさか本当にまとまるとは。
まぁでも、Bが迎えに来るだろうし、ロゼとBを並んで歩かせて私が青い騎士さんと並んで歩けば丁度いいか。
なんて納得した。
納得したはずだったのに。
玄関前で迎えを待っていると、そこにやってきたのはBではなかった。
「……え? なんで伯爵様が」
と、零したのはロゼだ。
そう、その場にやって来たのはなんと赤松だったのだ。
「なんで赤松? Bは?」
他の人に聞こえないように小さな小さな声で赤松に尋ねる。
「ん? アイツ『俺暫くあの屋敷に近付かれへんねん』とか言っとったで。せやからしゃーないし俺が来た」
「あの野郎まだ動揺引き摺ってんのか」
「そうみたいやな。知らんけど」
知らんのかい。
「ト、トリー……?」
どうしたもんかと、思案していると、物凄く心配そうな、ロゼの声がする。
「……いやぁ、ほらこの前紹介したアイツがヘタレ過ぎて来れなかったみたいなのよね、ってことで伯爵様が代わりに迎えに来てくれたんだって! 行こうかロゼ!」
もうこうなったら笑って誤魔化すしかないだろう。
「で、でも伯爵様に迎えに来ていただくなんて……」
あ、そっかー赤松って女の子に怯えられる体質なんだっけ!
「大丈夫よロゼ、この伯爵怖いのは顔だけだから。それに店はすぐ近くだし、ほんのちょっと我慢してくれればいいの」
ロゼの手を握ってそう言い聞かせると、納得はしていないようだったが頷いてくれた。
赤松は不満そうな表情でこちらを見ているが仕方ないだろう。怖い顔で生まれてきてしまった自分を恨め。
それと、どうせ店に行けば赤松とも普通に喋っちゃうだろうし、ロゼには伯爵と私は昔からの知り合いだという事を早めにカミングアウトしておいた。
赤松が、ふと青い騎士さんを見た後私をじっと見る。
「何?」
「騎士も連れて行くん?」
そう言って首を傾げられる。
「うん、青い騎士さんも行くんだって。ところで……」
私はくいくいと赤松の袖を掴んで屈ませる。
そしてそのまままた小さな小さな声で話しかける。
「ねぇ、Bのこっちでの名前って何だっけ? この子が恋人探してるっていうから本格的に紹介しようとしてるんだけど」
「ん? えーっと、イーヴンや。なるほどな、それであの日から動揺してんねや」
クスクスと笑う赤松の袖を離すと、青い騎士さんに頭部を掴まれた。
「キキョウ様、不用意に男に近付くものではありません」
叱られた。
「トリーって、伯爵様とそんなに仲が良かったのね……」
ロゼは唖然としている。
そんなことより私の頭部をガッシリと掴んでいる青い騎士さんに何とか言ってくれてもいいのではないかな?
そんなわけで私は青い騎士さんに頭を掴まれたままAの店まで歩いた。
Aの店に到着し、赤松がドアを開けてくれる。
「いらっしゃーあ、赤松おかえりー」
そんなAの声が出迎えてくれた。
赤松に続いて店に入ると、Aが私の状況を見て目を丸くする。
「おー葉鳥や、いらっしゃ……なにくっつけて来たん?」
青い騎士さんに頭掴まれたままだもんな。目も丸くしちゃうわ。
「護衛くっつけて来た」
「護衛かー。まぁええわ。いつもの席でええやろ?」
と、通称葉鳥席周辺に通された。
カウンター席、Aの定位置の目の前。
ただ、いつもの席は壁際で、私はロゼの隣に座りたかったのだけど何故か青い騎士さんが私の隣に座ろうとしている。
じゃあ、ということで青い騎士さんを通称葉鳥席、その隣に私、さらにその隣にロゼが座る事で落ち着いた。
赤松は厨房の方に入るらしい。
店を見渡してみたところ、Bの姿は見えない。
まさかロゼが来ることを予測して逃げたのか? なんて思っていると、厨房の方からひょっこり姿を現した。
「おー葉鳥いらっしゃー……いっ!?」
あ、ロゼに気付いた。
……と思ったら厨房の方に引っ込んでいった。
「何してんねんアイツ?」
Aはそう言って首を傾げる。
「そうそう、あのね、私Bにこの子紹介したのよ。使用人仲間のロゼっていうの」
「あぁこの前子爵の屋敷行った時見たかも……って、え! なに! Bにメイドさん紹介するん!? 何で俺やないねん! あ、初めまして、俺オッドですー」
「初めまして、ローゼ・フロースです」
Aとロゼはお互い挨拶を交わしていた。
っていうかすげぇ勢いで文句言われたんだけど。
「何でってアンタはロゼの好みと一致しなかったのよ」
「へー……ええなー。……っちゅーか葉鳥、俺その騎士さんにえらい睨まれてんねんけど何かしたっけ?」
そんなAの言葉に、私はふと青い騎士さんを見る。
あらあらホントにAの事睨んでる。
「先日キキョウ様の頭を撫でた男ですね……」
……いつの話?
私は必死で思考を巡らせる。そんなことあったっけ、と。
うーん……あ、もしかしてだけどA達に初めてメイド服姿見られた時の事だろうか?
だとしたら随分前だ。いつまで引き摺っているんだ……
「そんな事あったっけ? ……あ、ちょい待ってな」
Aはそう言って厨房の方へと引っ込んでいく。
「B! いつまで引っ込んでんねん、お客さん待ってはるやろ!」
と、怒鳴られたBは渋々出てきて接客を始めていた。
「……忙しそうね」
と、私はAに声を掛ける。
「せやねん。和食の評判が良くてな。人手が足りんようになってきてん。なぁ葉鳥、お前あのお屋敷辞めてこっちで働いてくれへ」
「無理ですね」
Aの言葉を遮って返事をしたのは青い騎士さんだった。
いや、確かに無理だけど何故アンタが返事した。
「まぁ無理やろなー……俺はのんびり酒場経営するつもりやったっちゅーのに、想定外やで」
Aは苦笑を漏らした。
それから暫くすると、客の出入が落ち着いてきた。
どうやらピークは超えたらしい。
そろそろBを無理矢理ロゼの隣に座らせたいところだが、と思っていると、ロゼの隣の席におっさんが座ろうとしているのが見えた。
完全に酔っ払いだ。
おっさんはがたがたと音を立ててロゼの隣に座る。
目は完全にロゼを見ているので、口説くつもりだろうか。
これはマズい。
「お嬢さん美人だねぇ、ちょっと俺と付き合ってもらえないかなー?」
と、ロゼに向かって言っている。
助けなければ、そう思った私は立ち上がろうとした。
だがしかし、青い騎士さんに止められてしまう。
邪魔しないでください、と言おうとして青い騎士さんを見ると、ふと目で合図をされた。
何が言いたいんだろう、と思ってもう一度ロゼの方を見ると、
「おっちゃん、ここはそういう店やないって解っとるやろ?摘み出すで。」
Bがおっさんの首根っこを引っ掴んだ所だった。
あら、私が出てたら邪魔だったってわけね。
このヒーローのような登場の仕方はポイント高いんじゃない?
Bは本当におっさんを摘み出してから、こちらに戻って来た。
私は今度こそ立ち上がってBを捕獲する。
「アンタの仕事は私が代わってあげるからここに座りなさい。ロゼ、改めて紹介するね。こちら、イーヴン。後はアンタが自己紹介しなさいね」
ぐい、と強引に座らせて、私はBの代わりに店員と化した。
「じゃあ、改めて。私の名前はローゼ・フロース。さっきはありがとう。」
「あ、いや、その、まぁ……なんや、あれが俺の仕事やし……あ、と、俺はイーヴン……です」
しどろもどろが過ぎるだろうこのヘタレ脳筋野郎、なんて脳内でツッコミながらお客さんに料理を運ぶ。
それから暫く、二人は話していたようだ。
Bも最初こそ酷いたどたどしさがあったが、今では案外普通に喋れている。
「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ帰ろうか」
気付けば時間も深夜を回っていた。
「ほな俺が送っていくわ」
と、Bが言った。
なんだなんだ、もうちょっと一緒に居たいってか? と冷やかしたい気持ちを抑えていたら、Bはさっさとロゼを連れて外に出てしまった。
「会計まだなんだけど?」
「あー葉鳥店員やってくれたしバイト代ってことでタダにしといたるわ。そんでBの給料から引いてやんねん……」
完全にやっかみである。
「んじゃあお言葉に甘えて。ごちそうさま。またね。伯爵様ー私帰るねー!」
厨房の奥に居るであろう赤松に声を掛けると、赤松が厨房の方から姿を現した。
「伯爵様っつーのやめろって何度言ったらわかんねん」
怒られた。
「あはは、じゃーね。じゃあ帰りましょうか、青い騎士さん。」
くるりと振り向くと、眉間に皺を寄せた青い騎士さんと目が合う。
「……キキョウ様、とても楽しそうですね」
「ん?」
何が? と問いたかったのだが、私が口を開く暇はなく、ここに来た時のように頭を掴まれそのまま店の外まで連行された。
青い騎士さんのこの行動は……もしかして嫉妬的なやつかな……?
「んー……あの騎士絶対葉鳥の事好きやろ。なぁ赤松」
「あ? あー……」
「Bも彼女出来そうな予感やし……俺等寂しいもん同士頑張ろな」
「あー……、まぁ俺はどの道政略結婚やろうし頑張りようもないけどな」
「貴族て大変やな」
Bはウェイターで、Aはカウンター席の常連さんの相手してるんですよ。




