↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
県庁怪異対策課  作者: わかめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

第2話 閉めたはずの部屋・後

「昨日の案件、終わってない」


 高梨がそう言うと、水城は手にしていた書類から顔を上げた。


「……森田さん、戻ったんですか?」


「分からん。小宮山さんから、また音がしたって連絡があった」


「同じ音です?」


「そこから確認する」


 高梨は昨日閉じたばかりの案件ファイルを開いた。


 コーポ青葉三〇三号室。


 隣の三〇二号室では、半年前に森田清一という高齢男性が亡くなっていた。


 昨日の調査で霊体を確認。


 了玄による対話と供養。


 霊体反応消失。


 手順上は、何もおかしくない。


「場所が違うらしい」


「場所?」


「昨日まで隣から聞こえてると思ってた。でも昨夜は反対側だったって」


 水城が眉を寄せた。


「北側ですよね」


「ああ」


「外壁ですけど」


「だから行く」


     ◇


 午前十時過ぎ。


 再び訪れたコーポ青葉三〇三号室で、小宮山葵は昨日よりも明らかに疲れていた。


「すみません。何度も」


「こっちの仕事なんで、気にしないでください」


 高梨は室内へ入りながら答えた。


 水城が後ろから続く。


 今日は了玄にも再度同行を頼んでいた。


 まず確認すべきことは一つだった。


「昨日の人、戻ってます?」


 高梨が聞く。


 了玄は三〇二号室へ入る。


 数分後、戻ってきた。


「いません」


「間違いなく?」


「ええ」


 水城も測定結果を確認する。


「霊体反応なし。昨日の残留だけです」


「じゃあ成仏は成功してる」


「そうなります」


 高梨は三〇三号室へ戻った。


 小宮山に向き直る。


「昨日聞こえた音、もう一度最初から教えてもらえます?」


「はい」


「何時頃?」


「十一時五十分くらいだったと思います」


「最初の音は?」


「何かを置く音です。コップとか、小皿とか……硬いものを机に置くみたいな」


「咳は?」


「してません」


「足音」


「少しだけ。でも昨日までのとは違う気がします」


「どう違う?」


 小宮山は考えた。


「昨日までのは……もっと重かったです。おじいさんが歩くみたいな感じで」


「昨夜は?」


「軽いというか、小さいというか」


 水城が記録する。


「椅子を引く音は?」


「昨夜は聞いてません」


「引き出しみたいな音は?」


「それはしました」


 高梨が顔を上げた。


「それ、昨日以前も?」


「はい」


「どっち側から聞こえてました?」


「……分かりません」


「思い出せる範囲でいいです」


 小宮山は部屋を見回した。


 西側。


 三〇二号室。


 それから北側。


「最初は全部、隣だと思ってたので」


「そうですよね」


「でも今思うと、引き出しの音とか、食器みたいなのは……こっちだったかもしれません」


 北側を指した。


 高梨が水城を見る。


「音、分かれてた可能性あるな」


「森田さんの音と、別の何か」


「まだ決めるな」


「はい」


 高梨は北側の六畳間へ入った。


 窓が一つ。


 壁。


 押し入れ。


 特に変わったところはない。


「この先って完全に外ですよね」


 水城が管理会社から借りた図面を表示する。


「外壁です。隣接建物も距離があります」


「配管は」


「ここには太いのは通ってません」


「換気口」


「反対側です」


 高梨は壁へ耳を当てた。


 何も聞こえない。


「一応、建物側から潰そう」


     ◇


 午前中いっぱいを使って、通常原因を洗った。


 配管。


 換気設備。


 外壁。


 屋根。


 雨樋。


 周囲の住宅。


 道路。


 音の反響。


 動物。


 水城が外から音を出し、室内でどう聞こえるかも確認した。


 どれも違った。


「これ、録音あります?」


 高梨が聞くと、小宮山はスマートフォンを出した。


「昨夜、途中から録りました」


 再生する。


 雑音。


 エアコンの低い稼働音。


 その向こう。


 ――コト。


 小さな音。


 数秒後。


 ――カラ、カラ。


 何かを引き出すような音。


 水城が無言で音量を上げる。


「入ってますね」


「ああ」


 高梨は一度だけ小宮山を見る。


 少なくとも、本人にしか聞こえない音ではない。


「この時、一人でした?」


「はい」


「扉は?」


「扉?」


「部屋の。全部」


 小宮山は少し迷ってから答えた。


「北の部屋は閉めてました」


「いつも?」


「寝る時は閉めます」


「理由は?」


「エアコンの効きが悪くなるので」


 高梨はそこで止まった。


「水城」


「はい」


「昨日までの記録、持ってるな」


「あります」


「音がした日と、しなかった日。小宮山さんが一人だったか。扉を閉めてたか。分かるだけ拾おう」


「今からです?」


「今から」


     ◇


 条件を並べ始めた。


 時間。


 曜日。


 天候。


 室温。


 照明。


 テレビ。


 窓。


 帰宅時刻。


 飲酒。


 睡眠。


 人の出入り。


 扉。


 最初は規則性がないように見えた。


「先週の金曜は?」


「妹が泊まりに来てました」


「音は」


「しませんでした」


「土曜」


「一人でした」


「音あり」


「北の部屋の扉は?」


「閉めてました」


 水城が表へ入力する。


「その前の水曜」


「友達が来てました。夜九時くらいまで」


「音は?」


「その日はなかったと思います」


「友達が帰った後は」


「……寝るまで扉開けてました。洗濯物置いてたので」


 高梨と水城が同時に顔を上げた。


「月曜」


「一人」


「扉」


「閉めてました」


「音」


「ありました」


 数件重ねる。


 完全な記録ではない。


 それでも、偏りは見え始めた。


 水城が画面を高梨へ向ける。


「主任」


「ああ」


「今分かる範囲だと、音がした日は全部、一人です」


「二人いた日はゼロ」


「はい。それと、北側の扉を開けていた日は発生してない可能性があります」


「逆は?」


「閉めてても発生してない日が一日あります」


「その日の滞在時間は」


「帰宅が遅いですね。閉めてすぐ寝たって」


「何分くらい?」


 小宮山が首を傾げる。


「五分もなかったと思います」


 高梨は壁を見る。


「時間も条件か」


     ◇


 午後二時。


 県庁へ中間報告を入れた。


『つまり、霊障ではない可能性があると』


 電話の向こうで、課の榊原が言った。


「現状では」


『呪いは』


「反応なし。了玄さんも主体は感じないそうです」


『実験は最小限にしてください』


「分かってます」


『小宮山さんを何度も一人にして試すのは禁止』


「はい」


『高梨さんも、一人で無制限に試さないこと』


「そこまで無茶しませんよ」


『あなたが言うと信用が薄いんですが』


「ひどいな」


『最大二回。それで条件が確定しなければ一度持ち帰る。いいですね』


「了解」


 通話を切る。


 水城が笑いを堪えていた。


「何だよ」


「信用ないですね」


「お前も一緒だからな」


     ◇


 試す条件は単純だった。


 三〇三号室に人間一人。


 北側六畳間の扉を完全に閉じる。


 それだけ。


 高梨が室内へ残る。


 水城と了玄、小宮山は外へ。


 管理会社の担当者も廊下で待機。


 水城は複数の測定機器を作動させた。


「主任、聞こえます?」


 イヤホン越しの声。


「聞こえてる」


「異常あったらすぐ中断してください」


「分かってる」


「本当に」


「分かってるって」


 高梨は北側六畳間へ入った。


 何もない。


 昨日と同じ。


 壁も。


 窓も。


 床も。


 普通。


 部屋を出る。


 扉を閉める。


 カチ。


 ラッチが掛かった。


「開始」


『十四時二十七分、条件成立』


 水城の声。


 高梨はダイニングの椅子に座った。


 一分。


 二分。


 何もない。


 三分。


 四分。


 高梨は時計を見る。


 五分。


 静かだった。


『反応なしです』


「こっちもなし」


 七分。


 八分。


 九分。


 その時。


 ――コト。


 高梨は動かなかった。


『主任?』


「した」


『何が』


「食器みたいな音」


『計測側、変化なし』


 高梨は北を見る。


 ――カラ。


 引き出し。


 間違いない。


 壁の向こう。


「水城」


『はい』


「録音」


『入ってます』


「霊体」


『ゼロです』


「呪詛」


『変化なし』


 高梨は了玄に替わるよう言った。


 少しして、イヤホンから声がした。


『高梨さん』


「聞こえてます?」


『外でも微かに』


「何かいる?」


 間。


『いません』


「でも音してるぞ」


『ええ』


 ――コト。


 また。


「じゃあ、あれ何です?」


『分かりません』


 高梨は口を閉じた。


 了玄が分からないと言ったから怖い、という話ではない。


 その言葉が意味しているのは、少なくとも彼の知る「誰か」ではないということだった。


「水城。入って」


『はい』


 数秒後、玄関の鍵が開く。


 水城が室内へ入ってくる。


 北側六畳間の扉は閉じたまま。


「入りました」


「ああ」


 二人で黙って耳を澄ます。


 一分。


 二分。


 音はしない。


「止まったな」


「はい」


「扉は閉じたまま」


「記録しました」


 一度、北側の扉を開ける。


 数分置いてから、水城と入れ替わるように、再び高梨だけが室内へ残った。


「二回目」


『十五時〇三分、条件成立』


 扉を閉める。


 カチ。


 今度は八分ほどだった。


 ――コト。


「再発」


『録音確認』


 続けて、


 ――カラ。


 同じ音。


 高梨は立ち上がり、北側六畳間の扉へ近づいた。


 開ける。


 ぴたりと音が止んだ。


「停止」


『こちらでも確認しました』


 高梨は開いた扉を見た。


「これで二つともだな」


     ◇


「今のところ、条件は二つ」


 夕方。


 三〇三号室のダイニング。


 水城が整理した結果を読み上げる。


「この部屋に人間が一人だけいること」


 指を一つ。


「北側六畳間の扉を完全に閉じた状態を、数分以上維持すること」


 二つ。


「どちらかが崩れると現象は停止」


 高梨が補足する。


「扉を開けるか、二人目が入る」


 小宮山が不安そうに北側を見る。


「じゃあ……あそこに誰かいるんですか」


「今のところ、そういう反応は出てません」


「でも、音は」


「します」


「じゃあ何なんですか」


 高梨は答えなかった。


 答えられない。


 了玄が口を開く。


「少なくとも、死者ではないと思います」


「妖怪とか?」


「それも確認できません」


「じゃあ……」


 小宮山の視線が高梨へ戻る。


 高梨は少し考えた。


「現象として扱います」


「現象?」


「誰かが何かをしてる、という前提を一旦捨てます」


「そんなことできるんですか」


「できるかどうかじゃなくて、今ある情報だとそれが一番近いです」


 水城が言う。


「怪異現象として、暫定登録することになると思います」


 小宮山は理解できないという顔をした。


 当然だ。


 高梨だって、初めてそういう説明を受けた時は同じ顔をしたと思う。


「危ないんですか」


「現時点では、音以外の被害は確認できてません」


「これから何か起きる可能性は」


「ゼロとは言えません」


 誤魔化さない。


「ただ、条件はかなり絞れました」


 高梨は北側の扉を指した。


「閉めなければ起きない」


「……それだけ?」


「今分かってる範囲では」


     ◇


 管理会社と協議した結果、北側六畳間の扉は撤去されることになった。


 賃貸住宅なので通常なら簡単な話ではない。


 だが管理会社側も、原因不明の生活音について既に複数回対応している。


 県からも、


「現象発生条件の除去として有効性が確認されている」


 という説明を行った。


 扉が必要なら、代わりにカーテンや簡易間仕切りを設置する。


 怪異を祓ったわけではない。


 封印したわけでもない。


 ただ、


 条件を成立させない。


 それだけだった。


     ◇


 二週間後。


「再発なし」


 水城が言った。


「小宮山さんから?」


「昨日確認しました。音は一度もしてないそうです」


 高梨は報告書を開く。


 案件分類。


 怪異現象。


 暫定危険度は低。


 主体確認不能。


 人的被害なし。


 伝播性確認なし。


 発生条件。


 一名のみ在室。


 特定室内扉の完全閉鎖。


 一定時間経過。


 終了条件。


 開扉。


 二人目の入室。


 対処。


 発生条件となる室内扉の撤去。


 水城が隣から画面を覗く。


「これ、解決って書くんですか?」


「書かない」


「じゃあ未解決?」


「それも違う」


 高梨は少し考えてから入力した。


 発生条件除去により現象停止。


「根本原因は」


「不明」


「主体」


「確認できず」


「このまま終わりです?」


 高梨は保存ボタンを押した。


「生活できるようになったなら、行政としては一回終わりだ」


「怪異としては?」


「終わってない」


 水城は報告書を見る。


「じゃあ、何なんですかね。あの音」


「知らん」


「気になりません?」


「気になる」


「調べないんですか」


「調べる理由がない」


 水城が目を瞬く。


「今はな」


 高梨は椅子にもたれた。


「人的被害なし。条件も分かった。回避できる。ここから先に人間を入れてまで調べる理由がない」


「でも、壁の向こうに」


「部屋はない」


「ですよね」


「だからって、あることにして壁壊すのか?」


「……しません」


「仕事ならそこで止める」


 高梨は案件を終了処理へ回した。


 分からない。


 だから調べる。


 以前なら、それでよかった。


 だが仕事では、分からないものすべてに手を伸ばせるわけではない。


 その必要もない。


 人が暮らせる。


 被害が止まる。


 なら一度閉じる。


 そういう案件もある。


     ◇


 その夜。


 小宮山葵は、三〇三号室の北側六畳間で洗濯物を畳んでいた。


 扉はもうない。


 入口には薄いカーテンが掛かっている。


 テレビの音がダイニングから聞こえていた。


 静かだった。


 咳もしない。


 足音もしない。


 食器を置く音もしない。


 引き出しを開ける音もしない。


 小宮山は北側の壁を見る。


 何もない。


 その向こうは外だ。


 それでいい。


 原因が何だったのか。


 壁の向こうに何があったのか。


 そもそも本当に「何か」があったのか。


 分からない。


 けれど、もう音はしない。


 小宮山は洗濯物を抱えて部屋を出る。


 カーテンが、わずかに揺れた。


 それだけだった。


     ◇


 県庁の記録システムに、一件の案件が保存された。


 分類。


 怪異現象。


 件名。


 閉めたはずの部屋。


 主体。


 確認できず。


 原因。


 不明。


 対処。


 発生条件の物理的除去。


 備考。


 経過観察終了。


 その記録が、再び開かれるのは。


 まだ、ずっと先の話だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。