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もう終わりにしましょう?  作者: ごろごろみかん。
2.確認

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8/12

2.ルナリアの婚約 【エリアス】

父の書斎に移動し、王城での出来事を報告する。


「グレンは……あいつは、ルナリアと一緒にいたはずです。蛍涼祭は、婚約者か、婚約者が居ないものは、親戚と参加するのがマナーです。常識なんですよ。ですがそれを……!グレンは、王女殿下といた。この意味がわかりますか、父上……!?」


挨拶や、食事、ダンスなどでパートナーや同伴者と離れてしまうのは仕方ない。


だけど、夜会の主役である【蛍涼祭】は話が別だ。


夜闇に蛍を放ち、それを目で見て楽しむ蛍涼祭は、パートナーやエスコート役と一緒に楽しむものだ。

それが、どんなに仲が悪い間柄だろうと、たとえ、喧嘩をしていようと、それは変わらない。


それなのに、なぜ、グレンはルナリアのそばにいなかった?


襲撃が起きたのは蛍涼祭の真っ只中。

どこかで、グレンがルナリアから自主的に離れない限り、ルナリアがひとりになることはなかった。


できるだけ、感情的にならないように。

冷静になれ、と何度唱えても、声に感情が乗ってしまう。


落ち着いて話すことはまだ難しい。


まだ、覚えている。

あれはきっと、一生忘れられない。


血で汚れたドレス。

「とびきり可愛くお願いね」とはにかんで、ルナリアは侍女にお願いしていた。


そのヘアセットは崩れ、乱れていた。

髪飾りはどこかにいってしまったのだろう。

髪を留めていたピンも外れ、髪はほつれていた。

ぼさぼさの、ぐちゃぐちゃだった。

腕にはあざもあった。


それに何より、ルナリアは泣いていた。

泣き腫らした顔をしていて、目元も赤い。

目は充血し、既に泣いた後だというのが見て取れた。


僕を見つけた後、ルナリアはさらに激しく泣いた。


怖かったのだろう。

恐ろしかったのだろう。

不安、だったに違いない。


あの会場で、襲撃を受けた時、ルナリアはたったひとり。

ひとりぼっちで……いたのだから。


ドレスの裾には血溜まりができていた。


ルナリアの血だ。妹の血を、目にする日が来るとは思わなかった。思いたくなかった。


(あの男にも、見せたくはなかったのに……)


グレンになど、見せたくなかった。

あれを見たのだ。


グレンだって、驚いただろう。

もしかしたら、自責の念に駆られたかもしれない。


だけど、今更なんだ?


そうだ、お前が見捨てたせいで、ルナリアは怪我をした。貴族令嬢として有り得ない傷を負うことになった。


だから、もう関わってくれるな。

それが、僕も父上も、母上だって望んでいることだ、


頼むから、もうこれ以上ルナリアを、傷つけてくれるな。


「父上。僕は……あいつが、グレンが、許せません……!たとえ謝罪されたとしても、許すことは出来ない。許せないんです…………!!」


許されるのなら、この手で切り捨ててしまいたかった。


父上はしばらく沈黙していたが、やがて話し出した。


「…………これは、我がローウェル公爵家の手落ちでもある」


苦しげな言葉。

それに、僕は噛み付いた。


「なぜですか!」


「ルナリアに護衛をつけるべきだった。グレンは、近衛騎士だ。職務を全うしたと言われてしまえば、その通りだ。……最初から、期待などしなければ良かったのだ。職務に忠実な王家の犬。実に良いじゃないか。他人事なら、素晴らしいことだと言っていただろうね」


珍しく、父上は饒舌だった。

いつもはそこまで心の内を明かさないのに。


……そうか。

父上を見て、納得した。


怒り、悲しんでいるのは何も僕だけではない。

父上も、母上も、知ればきっとエイリクだって。


怒っているし、悲しんでいる。

父上の目元は赤くなっていた。

恐らくは、強い感情によって。


父上の目は、今にも泣きそうに見えた。

泣きそうなのを、堪えているように。


声だけは落ち着いて聞こえるのは、父の経験の賜物なのだろう。

僕にはまだ、それができそうにない。


父上の声は落ち着いていたが、それだけに様々な感情を抑え込んでいるようにも聞こえる。


「騎士との婚約なぞ、許すのではなかったな……………!!」


父は唸るように言った。

それが、嘘偽りない本心だったのだろう。


「ルナリアとの婚約は、どうされます?」


「まずは、婚約解消を申し出る。ルナリアは……娘は、酷い怪我を負った。……医者にも聞いた。完全な完治は、難しいそうだ。恐らく、後遺症が残る。そう申し出て、先方との婚約は解消する」


「解消!?破棄はできない……のですか……」


勢いのまま言って、それは無理なのだろうと自分でもわかった。


なぜなら、グレンは職務を全うしただけなのだ。

近衛騎士として、有事の際王女の元に侍った。ただ、それだけ。


その結果、ルナリアが怪我をしたのだとしても──そこに、彼の責任は見い出せられない。


この、ミレヴァールの法では、彼に責任追及することは難しい。


公人として、僕も、父上も。

本来は水に流すべきことだと理解している。

僕でさえ理解してるのだから、父上はもっとそうだろう。


公爵家当主としてか、ひとりの娘の父親としてか。

板挟みになった末、迷わず父上は後者を取った。


それに、父上は最初から、ルナリアに政略結婚など求めていなかったんだ。


ルナリアの相手が平民なら、こんなことにはなっていなかっただろう。

身分も、金も要らなかった。


ただ、ルナリアを一番に考え、想ってくれるなら。


それだけで、良かったのに。


「…………婚約など、させるのではなかった」


もう一度、父上が言う。

抑圧された声は苦しそうで、冷静に見えるけど、父上も辛いのだと分かった。


目をきつく瞑る。


ルナリアが、目を覚ましたら。

まずは何をすべきだろう?


その時、僕は思い出した。

ルナリアが、一刻も早く城から離れたがっていたことを。

馬車に乗って、治癒の使える魔術師を呼ぼうと話した時、ルナリアは首を横に振った。


城から早く離れたいのだと、言われなくてもわかった。


ルナリアは無意識なのか、僕のシャツの裾をきゅっと握っていた。

不安、だったのだろう。


「…………ルナリアを、療養に出しませんか?」


僕の提案に、父上は眉を寄せる。


「ルナリアを?……どこにだ?」


「とにかく、王都ではないところです。西……いや、南の海岸にローウェル公爵家が所有する別荘がありましたよね。そこで、療養させるのはいかがです?しばらく王都はゴタゴタするでしょうし、ここにいてはルナリアの気も休まらない」


僕がそう言うと、父上は一理あると思ったのだろう。考えた末に、頷いた。


「分かった。手配しておこう。だけど決めるのはルナリアだ。あの子がここに残りたいと言うなら、その提案はなしだ。いいな?」


もちろん、僕に反論などあるはずがなかった。













扉を控えめにノックすると、侍女が取り次いだ。

母上は変わらずルナリアについている。

だけど、顔色が悪い。もう夜中の三時だ。


「母上。僕がみますよ」


声をかけるも、母上は首を横に振る。


「そばにいたいの……。この子が目を覚ました時に、近くにいてあげたいのよ」


「では、温かいハーブティーを持ってこさせましょう。……顔色が悪いですよ」


付け加えると、母上はようやく自覚したようだった。困ったように、苦笑した。

動揺のせいもあるのだろう。


母上は、この一晩でずいぶんやつれたように見えた。


「……ねえ、エリアス。私はね、どうしてもグレンを……ウィンザー公爵家の息子を、許せないのよ」


母上はぽつりぽつりと話した。

その手はゆっくりと何度も何度もルナリアの額を撫でている。


ルナリアの表情は幾分か和らいでいたものの、頬が赤い。熱が出ているのだろう。

髪は汗で濡れてしまっているようで、サイドテーブルには、水を張った桶が置かれていた。


母上は何も言わずに手巾を桶の水で冷やして絞ると、それでルナリアの首筋を拭く。


本来は侍女がやることだが、母上は手ずからやりたかったのだろう。

いてもたってもいられない。そんな様子だった。


僕は、母上の隣に座る。

父上は、今頃ルナリアの療養の手配と、婚約解消の書類作成で忙しいだろう。


きっと、父上もルナリアの様子が気になっている。後で、従僕に報告を持っていかせよう。


ルナリアの寝息は、変わらず苦しげだった。

時々魘されては、その度に呻いている。


そうなると、母上は落ち着かせるようにルナリアの胸元をぽんぽん、と優しく撫でた。


「どうして、こんなことになってしまったのかしらね……」


しみじみと、母上が言う。

その声には、深い悲しみや、やりきれなさ。

現実への絶望が色濃く滲んでいた。


「……好きなひとができたと、嬉しそうに笑っていたわ」


「…………そうですね」


「金木犀は特別だと言って……香水を作らせて。黄色のドレスや、宝石を好むようになった。秋は特別で……金木犀を見ると、喜ぶのよ。庭で、金木犀の木を探して回るの。庭に、イチョウの木を植えたいって、何度も強請られたわ。聞かなくてもわかった。秋も、イチョウの葉も……金木犀も。きっと、大切な思い出だったのね」


秋になると、ルナリアは毎年グレンと出かけていた。

イチョウの葉っぱを、頭に乗せて帰ってくるんだ。


「ただひたすら、ひたむきに……愛していた。それなのに……どうして、こんな……」


優しい母上の声が、震えた。

声に涙が交じる。


泣き出してしまった母上の肩を、そっと抱く。


母上はしばらく身体を震わせて、声もなく泣いていたが、やがて首を横に振った。


もう大丈夫、ということだろう。


手を離すと、母上はすん、と鼻を鳴らした。

それに、侍女がすぐにハンカチを持ってくる。ハンカチを受け取り、母上は微笑んだ。


もう、いつもの母上だった。少なくとも、表面上は。濡れた眦にハンカチを押し当てる母上に、侍女が尋ねた。


「奥様……ハーブティーはどうなさいますか?」


「そうね……。いただこうかしら。エリアス、あなたも飲みましょう。少しは、落ち着くはずよ」


母上に誘われて、僕は全く気が進まなかったが、頷いた。母上の心遣いだと分かったからだ。


すぐにハーブティー──ラベンダーティーが運ばれてくる。


互いに、味がしないハーブティーを口にした。きっと、柔らかくて落ち着いた味がするのだろう。花の香りが、するのだと思う。


だけど、全く分からない。

それどころではないと、脳が言っていた。


母上はその日、何度も何度もルナリアの頭を撫でていた。

僕はルナリアの手を握り、彼女の回復を祈る。これしかできない自分が、歯がゆくて、もどかしい。


早く、早く。少しでも良くなって欲しい。


そしてまた──笑って欲しい。


お兄様、と。笑いかけて欲しい。


ただ、それだけなのに。














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― 新着の感想 ―
とりあえず、ルナリアから狙われた事と理由を聞かないと危険なままですね
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