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もう終わりにしましょう?  作者: ごろごろみかん。
1.離別

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6.波乱の夜

お兄様の声は震えていた。

とても、怒ってる。


私のせいで、お兄様は悲しんでいるし、怒っている。それが悲しかった。


怒らないで欲しい。

私のために、悲しまないで欲しい。


優しい兄を、傷つけたくなかった。


お兄様の手は震えていた。

それを、抱き上げられている私だけが気付いていた。


「貴殿ができることはない。持ち場(・・・)に戻るといい」


「待ってくれ!!ルナリアは……怪我をしている……!早く医者に見せないと!!」


「あなたに言われるまでもない。これ以上、妹の負担になるのはやめてくれ。今件の貴殿の行動、父上に報告させていただく。騎士として、とてもご立派なことだ。陛下は貴殿をさらに取り立てられるかもしれないな」


それは、お兄様らしからない、嫌味の応酬だった。冷たげで、憎々しげで、それなのに感情が一切こもっていない。

それだけに、お兄様の憎悪を、確かに感じた。


「だが私は、ひとりの兄として、ルナリアの家族として、貴殿を許すことができない。よくも、私の最愛の妹を見捨ててくれたな」


吐き捨てるようにお兄様が言う。


びくっと、また肩が跳ねた。


見捨てられた。


……そう、私、見捨てられたの。


グレンに。


(そっか……。そう、なのね)


天秤にかけられて、傾いたのは王女殿下の方。


分かっていたじゃない。

分かっていたことじゃない。


それなのにどうして、苦しくなるの?

傷ついてしまうの?

もう、何もかもが嫌だった。


苦しいのも、傷つくのも、足が、痛いのも。


貴族令嬢としての価値を貶めてしまった。

怪我を負ってしまった私は、もはや傷物だ。


分かるの。この怪我はきっと、完全には治らない。

跡が残る。だって、魔法銃で撃たれたもの。


撃たれたのよ、私。


「なっ……そういう、わけでは」


グレンの声にはやはり、罪悪感とか気まずさとか、そういうものはなかった。ただ、困惑が色濃く滲んでいる。


彼は自分の行動が正しいと思っているから、糾弾されたことに困惑している。


「それなら結構。二度と、ルナリアと話せると思うな……!」


お兄様は一語一句、言い聞かせるようにグレンに言った。

そのまま、グレンの返事を待つことなく、お兄様は歩き出す。


私は最後まで、グレンの顔を見なかった。


近くに、王女殿下の姿もあったのだろうか。


それなら見なくて、良かった。


魔法銃に撃たれて、血まみれの私。

ドレスは裾がほつれ、レースが破れ、血が滲んでいる。髪もぐちゃぐちゃだ。


王女殿下は、きっと綺麗なままだろう。

髪は乱れてなくて、ドレスにも汚れはなくて。


そんな彼女が、グレンの隣にいるかもしれない。

その姿を見るのは、今の私には辛かった。


「待ってくれ、エリアス!!確かに俺は、ルナリアよりアルセリアを優先した。だけどそれは……」


グレンが何か言いかけるけど、お兄様はもう、足を止めなかった。


お兄様は、私を揺らさないよう殊更気をつけているようで、その足取りはゆっくりだ。


だけど、歩幅が大きい。

これも、いつものお兄様らしからぬ行動だった。




途中でジェニファーと会った。

彼女は私に気を遣って、自分の馬車で帰ると申し出た。


「ルナリア。また今度会いにいくわ。その時は流行りのお菓子を持参するから!」


明るく言う兄の婚約者の、その優しさが有難かった。


お兄様は公爵家の嫡男だから、私とは違って政略結婚する必要があった。

だから、ジェニファーとは政略的な婚約だ。


だけどふたりは、政略で結ばれた仲とは思えないほど、昔から仲がいい。


私が生まれた時には、ふたりは既に婚約を結んでいた。

ジェニファーは、まだお兄様と結婚していないけど、既に私にとって姉のような存在だった。


「それじゃあ、エリアス。何かあったら連絡をちょうだい」


それにお兄様が答え、ジェニファーは彼女の家の、アルモンド伯爵家の馬車に向かった。




馬車の座面に下ろされて、お兄様が気遣わしげに私を窺う。

とても、心配させてしまっている。


「痛むか?……痛むよね。治癒が使える魔術師を呼んでくる。少しだけ、待っていられる?」


お兄様の言葉に、私は首を横に振る。


一刻も早く、ここから離れたかった。

城から離れたかった。


私が無言で首を横に振ると、お兄様がポンポン、と頭を撫でてくれた。

これも幼少期、よくお兄様にしてもらったこと。


「それじゃあ、痛み止めだけ貰おう。僕もここで一緒に待つ。それなら構わない?」


「…………はい」


声を出すと、それは酷い鼻声だった。


まるで子供時代に戻ってしまったかのよう。

お兄様に甘えている自覚はあった。

お兄様もまた、私をいつも以上に甘やかしてくれる。


私が頷くと、お兄様はホッとしたように微笑む。

心配、かけさせてしまっている。


それまた、苦しくて、辛い。


お兄様は背後を振り返って、従僕に痛み止めと解熱剤の処方を依頼するよう言伝た。

解熱剤は……きっと今晩、私が発熱してしまうからだろう。

患部は熱を持っていて、血を流しすぎていた。


今、自分の体がどうなっているのか分からない。

それも、怖い。


私はこれからどうなってしまうのだろう。

グレンとの、婚約は?


「え?本当に?」


その時、お兄様が驚くような声が聞こえてきた。顔を上げると、お兄様はびっくりしたような顔のまま、振り返る。

それから、私と目が合うと悪戯っぽく笑った。


「ジェニファーが既に薬を手配してくれてた。とりあえず、薬だけ飲んでおこうか。飲めるかい?」


お兄様は、私を気遣って、だろう。

穏やかな声で、先程のトラブルなんてなかったかのように優しく言った。


「……うん?吐き気止めに、胃薬。咳止め、止血剤、包帯……あいつ、手当たり次第に揃えさせたな。何で塩まであるんだ?何をするつもりだったんだ……?」


お兄様が困惑する声が聞こえてくる。

ジェニファーは、私が怪我をしたことは知っていても、それが何による傷かまでは分からなかったのだろう。


でも塩は……塩は、何に使うのかしら。

塩水にして傷口を流す……とか?


ジェニファーも、混乱していたのだろう、きっと。


ジェニファーが手配してくれた鎮痛剤を、お兄様から受け取る。次に、コップも。

まずはコップから水を飲んで、薬を含む。

お兄様にそれを渡して、お兄様が持ってきた従僕にグラスを返した。


足の痛みは、もはや鈍くなっていた。

感覚が麻痺してしまったのか、あまり痛みを感じない。


帰り道。お兄様は私の頭をそっと、自身の肩にもたれかけさせてくれた。


「父上と母上は既に帰宅済みだ。あのひとたちは、蛍にもダンスにも興味がないからね」


「……興味が無いのは、お母様だけじゃない?」


お母様は、華やかな場が苦手だ。

気疲れしてしまうらしい。

だけど、社交がとてもお上手なので、彼女から学ぶことはたくさんある。


『いいこと?コツはね、本心を明かさないことよ。社交場は、敵地と心得なさい』


それがお母様の言葉。

それを思い出して、思わず笑ってしまう。

お兄様の視線を感じて、お母様の言葉を伝える。すると、お兄様も笑ってくれた。


「あはは。母上が言いそうなことだね。……この時間だと、エイリクは寝てるかな。まずはルナリアの傷を診てもらって、それが終わったら、お前はゆっくり寝ること。ひとりで寝られるかい?」


エイリクは、私の弟だ。

今年十四歳で、未成年なので今夜のパーティーには来ていない。その代わり、昼のティーパーティーには参加していたし、夕方からは市井に降りて、祭りを楽しんでいたと聞いている。


私はお兄様の言葉にクスクスと笑った。


「もう。お兄様ったら。私をいくつだと思ってるの?」


私はもう十九歳だ。

添い寝をしてもらうような年齢ではない。

笑いながら答えると、お兄様が私の頭を撫でた。


「僕にとっては、いつまでたっても可愛い妹のままだよ」


こころが、ポカポカする。

先程まで凍りついていたこころが、ゆっくりと温められていく。


まだ、傷を直視するのは怖い。

だから、目を逸らす。

関係の無い話をして、やり過ごすことしか、今はできない。


まだ、事件のことも、グレンのことも、話せそうにない。


あと少しだけ。

あと少しだけでいいから。

今だけは、忘れさせて。


その無言の願いを、お兄様は正しく理解してくれていた。


その時、気がついた。

お兄様が、不自然な手の庇い方をしていることに。


お兄様は私の左に座っていて、左手で私の頭を撫でるのはやりにくいだろう。

それなのに、左手で、無理に手首で返すような形でお兄様は私の頭を撫でていた。

まるで、右手を庇うように。


(そういえば……)


薬を受け取る時も、左手だった。


まさか、と思ってお兄様の右手を取る。

突然腕を掴まれた形のお兄様はびっくりして目を見開いた。


「ルナリア?」


「お兄様……!これ、どうされたの……!?」


私はお兄様の呼びかけには答えず、逆に彼に尋ねた。


お兄様の手のひらには、血が滲んでいた。

中央は鬱血していて色を変えている。

暗くて見えにくいけれど、内出血を起こしているように見えた。


(どうして?)


お兄様は戦闘なんてしていないは、ず──。


まるで鋭いものが、くい込んだような手のひらを見て、私は息を呑んだ。


まさか。


「これ……!」


私の推測に気が付いたように、お兄様が笑う。困ったように。


「気付かれちゃったか。ルナリアには嘘をつけないね」


お兄様は誤魔化さなかった。

これは、爪の跡だ。

強く、強く拳を握ると、こうなるのだろう。


「ごめんなさい。私の、せい、ね……」


そう思わせる、血の滲み方だった。


きっと、お兄様はグレンと話している時、拳を握っていた。


強く──それも、血が滲むほどに。

抑えきれなかった怒りを、逃がすために。


私が謝ると、お兄様は困ったように笑って言った。


「何言ってるの?ルナリア。お前は悪くない。悪いのは……いや。それにこれは、僕が未熟だった証だよ。……しまったな、これを父上に知られたら、叱られてしまう。だから、これは僕とお前だけの秘密。分かった?」


お兄様は悪戯っぽく笑うと、人差し指を口元に当てる。

それに、私はこくんと頷いた。


意図的に、お兄様はグレンの名前を出さないようにしている。


手の傷は、お父様やお母様やエイリクが、怪我をした原因を知ったらより悲しむから、だから隠そうと言うのだろう。


お兄様は、どこまでも優しいひと。


早く邸に帰りたいと思った。

……城にはもう、行きたくない。


グレンに、会いたくなかった。


あんなに好きだった金木犀。

今は夏で、咲いているはずがない。

そもそも馬車の中に花があるはずがない。


それなのに、金木犀の香りがするのは、どうして?


苦しい。

金木犀の香りがする……気がする。


香りから。苦しみから。痛みから。

それらから逃れたくて、私はゆっくりと目を瞑った。

お兄様に体を預けて、車輪の回る音を聞く。





こうして、波乱の夜が終わった。


この日を境に、私の人生は一変することになる。












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