4.別離
翌週。
お父様からのお手紙が届いた。
【親愛なる娘 ルナリアへ。
海辺で会った男について、報告は受けている。
その上で聞くけれど、その男は信用できるのかい?
お前は、その男について、どれくらい知っている?
出身は?家族構成は?仕事は?住居は?
今、どこに居を構えているのかも、お前は知っているのかな。
厳しいことを言うかもしれないが、お前はローウェル公爵家の長女で、祝石の所有者だ。
お前に近寄ってくる人間、みなを警戒しなさい。中には、お前がローウェル公爵家の人間で、祝石の所有者だと知った上で、お前に取り入ろうとしてくる人間もいるだろう。
私もエリアスも、そしてヴォムフラムも、お前を守ろうと思っている。だけど、最後の最後に自分を守れるのは、ルナリア。お前自身なんだ。
それを、忘れないように。
僕は、今後、お前とノイルさんが接点を持つのは望ましくないと思っている。
そのように使用人にも伝えておこう。
お前がどうしても、というのなら、僕を説得してみなさい。説得できるだけの材料を、提示するんだよ。
代足杖の替えについては、こちらで手配しておく。
ああそれと、こんなことになってしまったからね。婚約披露パーティーの出席の話は無しだ。
近々、お前を訪ねて王太子殿下がいらっしゃるかもしれない。
だけど、祝石を扱えるようになったことも、祝石の効果を報告する必要も無い。
季節の変わり目だからね、体を大事にするんだよ。お前は、甘いものが好きだろう。
一緒にチョコレートを送るから、これで侍女にホットチョコレートを作ってもらいなさい。
ユジュでは、塩チョコなるものも流行っていると聞く。それも一緒に食べてみなさい】
お父様のお手紙は、それで終わっていた。
お兄様からもお手紙が届いていたけど、それは短いメッセージカードのみで、オスカーさんからの返信が同梱されていた。
【お前の好きなそうな花を見つけたよ
──エリアス】
「わ……!」
手に取って、目を瞬いた。
(これ……コスモスだわ!)
それは、押し花をアレンジした栞だった。
コスモスの押し花に、手描きでイラストが添えられている。シンプルで、かつオシャレなデザインだ。一目で魅了された。
(このお花……お兄様が摘んだのかしら?)
あまり、イメージが湧かない。
お兄様は、基本的な花言葉こそ分かるものの、個人的に花を愛でるような趣味はない。このコスモスは……ローウェル公爵邸に咲いていたものかしら。お兄様が選んで、摘んでくれた……?
そう思うと、手元にある栞が、一層嬉しいものとなる。
早速これで、本を読んでみよう。
次に、同梱されていたオスカーさんからのお手紙を取り出そうとした、その時だった。
扉がノックされて、カティアが入室する。
彼女は少し困ったような顔をしていた。
「どうしたの?」
「今しがた……こちらが届きました。ブーケです」
「お花?誰から?」
尋ねると、カティアの表情が曇る。
それで、送り主が分かった。
「ノイルさん……?」
「はい。届けたのは、彼ではありませんでしたが」
カティアは、ブーケを私に手渡した。
ピンクがかった赤い、ローズ色のお花だ。
甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「わ……これは……バラ?……ではないわね……?」
花の形で、すぐにバラではないと分かった。
この可愛らしいお花の形は……
「スイートピーかと思います」
カティアの言葉に、私も頷いた。
ノイルさんが、私にお花を贈った理由は、わかる気がした。
以前、好きなお花の話をしたからだろう。
スイートピーが、ノイルさんの好きなお花……?
確かに甘くて、良い香りがする。
見た目も華やかで、繊細で、柔らかだ。
赤いスイートピーの花言葉は、なんだったかしら……。
思い出そうとした時、ふと、ブーケの中にお手紙が一通、入っていることに気がついた。
「これ……」
呟いた声は、カティアには聞こえなかったようだ。
私は黙って、ブーケの中からお手紙を取りだした。
(今日はお手紙をよくもらう日だわ)
もっとも、ノイルさんから貰ったのは初めてのことだけど。
私は、ライティングデスクにブーケを置くと、ペーパーナイフで手紙の封を切った。
サッと目を走らせて、息を呑む。
【海辺のお嬢さんへ
一方的な内容となることを、お許しください。
私は、あなたに謝罪しなければなりません。
あなたの怪我は、魔法銃によるものと推察します。
その魔法銃の開発に、私は携わりました。
言い訳に聞こえるでしょうが、私は、これを軍事利用するために開発したわけではありません。
魔法銃は、身を守るための道具として、開発を進めました。
ですが、魔法銃は、お守りではなく、他者を動かすための道具として使われるようになってしまった。
見通しの甘かった、私の責任です。
あなたの怪我の全責は、私にあります。
心からの謝罪を、あなたに。
本当に、申し訳ないことをしました。
あなたが酷い怪我をし、今もその傷に苦しんでいるのは、私のせいです。
どうか、私を恨み、憎んでください。
私はユジュを去ります。
二度と、あなたの前には現れません。
あなたの傷が少しでも、快方に向かいますように。
ユジュでの日々が、あなたの癒しとなりますように。
遠方の地より、心から願っております。
最後に。
お手を煩わせるお願いとなり恐縮ですが、この手紙は、読み次第、焼却処分をお願いします。
あなたの幸せを、平穏を、祈っております。
N】
それは、お別れのお手紙だった。
想定外の内容に、目を見開く。
言葉が出なかった。
「──……」
絶句する私を、カティアが呼びかける。
「お嬢様?どうなさいました?お手紙に、なにか……?」
尋ねられるも、答えられない。
頭に思い浮かぶのは、手紙に書かれていた一文。
『その魔法銃の開発に、私は携わりました』
「ノ──……」
ノイルさんが、魔法銃の開発に……携わっていた?
ベルフォール国の人間だと言うのは、知っていた。本人も言っていたから。
代足杖を修理できると言っていたから、きっと……関係者なのだろうと思っていた。
だけど、まさか。
魔法銃を作り出したひと、だったなんて。
そんなこと、思わなかった。
いや──ううん、思いたくなかったのかもしれない。
その可能性を理解した上で、目を逸らしていた。
そんなはずがない。
そうあってほしくないと、そう思っていた。
海で、花を流していたひと。
お母様を亡くされて、今も尚、悲しみが癒えていないひと。
そのひとが、私の足の機能を奪った魔法銃の開発者だった──。
お手紙には、もう会わない、と書かれている。
もう、海辺に行っても、ノイルさんと会うことは無いのだろう。
「──どう、して……」
何が、どうして、なのか。私にも分からなかった。
だけど頭は静かに混乱して、呆然と私は窓を見つめた。
手で持った紙に、シワがよる。
指先から汗が滲んで、紙がよれた。
頭が、真っ白だった。
その時、カティアの声が聞こえてきた。
「……あら?お嬢様。中になにか入って──これ」
カティアの驚いたような声に、ハッとして振り返る。
そして、目を見開く。
カティアが手に持っているのは──代足杖。
私が着用していたものとは、色が違う。
カティアが困惑したように代足杖を手に持って、こちらに来る。
近くで見ると、細かな造りも少し、私の所有しているものとは異なっているのがわかった。
これは──
「ノイルさん、が……?」
「素材も提供していませんのに……。手持ちのもので造られたのでしょうか」
そんなことが、可能なのだろうか。
いや、可能なのだろう。
ノイルさんは、魔法銃の開発に携わった。それなら、代足杖だって造れないことはないだろう。
魔法銃も、代足杖も、隣国ベルフォールから輸入されたものだ。
ふと、その時カティアがもう片方の手に何かが持っているのが見えた。
赤いスイートピーのブーケではない。もっとちいさくて、細い──
「それは?」
尋ねると、ハッと思い出したように、カティアが私にそれを差し出した。
「──」
目を見開く。
ちいさな白い花弁がいくつも咲いている。
夢のように可愛らしくて、幻のように繊細なそれは──
「かすみ草……」
ようやく、気がついた。
ノイルさんは、好きなお花を私に贈ったのではない。
むしろ、これは。
(メッセージ……だわ)
赤いスイートピーの花言葉──【別離】。
そして、かすみ草の花言葉は──
【幸福】、【親切】、【無邪気】。
そして、あまり知られていないけど【謝罪】がある。
そして、束ねられたかすみ草の数にも気がついた。
まさか。
(いち、に……さん……)
数えたところ、予想通り、かすみ草は十五本だった。
「──……」
それに、また胸が痛くなる。
目元が、熱くなる。
どうして、こんなに。
(あなたに、全責任がある?)
そんなはずがない。
魔法銃の開発に携わっていたと知って、驚いたのは確か。
だけど、ノイルさんのせいだとは思わない。
ノイルさんが魔法銃を開発したから、私が怪我をしたのだとは、思わない。
あの時、魔法銃が使われた。それは確かだわ。
だけど、武器は、もしかしたら普通の銃だったかもしれない。剣だったかもしれない。
開発者に、全責任がある?
そんなことを言ったら、武器屋やガラス職人、鍛冶屋。それだけじゃないわ。
薬屋だって、木材屋だって、同様のことが言える。
武器屋が武器を売る。買ったひとがそれで他人を傷つけたら、武器屋の店主に全責任がいく?
そんなはずがない。
薬屋が薬を売る。買ったひとがそれで他人を害したら、薬屋に全責任がいく?
そんなはず……ない!
悪いのは、責任を持たなければならないのは──それを使って、ことを起こした人間だ。
あの襲撃を仕掛けた、銀髪の男。
私が怪我をしたのは、あの男のせい。
あの男が、魔法銃を使ったから──銃弾を放ったからこそ、私は負傷したのだから。
ようやく、感情が追いついてくる。
驚きで忘れていた思考が、戻ってくる。
私はぱっと顔を上げて、カティアに尋ねた。
「ッ……カティア!届けに来たというひとは……まだいらっしゃる!?」
私の質問に、彼女は首を横に振った。
「これを届けられた方は……従僕が受け取ると、すぐに帰られたとのことです」
「……そう」
【私はユジュを去ります】
そう書いてあるとおり、きっともう、ノイルさんはこの地にはいない。
【二度と、あなたの前には現れません】
もう、彼と会うこともない。
だけど、せめて。
この怪我は、あなたのせいではない、と伝えたかった。
『お嬢さんは、好きな花はなんですか?』
きっと彼は、何気なく口にした質問だったはずだ。
それこそ、その場を後にしたらすぐに忘れてしまう程度の。
だけど私にとっては、考える機会になった。
自分で、お花を選ぶことで、一歩、どうしようもなく立ち尽くしていた場所から足を踏み出せた気がした。
ノイルさんと話したのは、両手の数にも満たないほど。
彼と顔を合わせても、挨拶だけで終わる日もあった。
だけど──彼と海を見る時間は、とても落ち着いていた。
静かで、穏やかで。
……そう。
きっと、彼もまた、なにか悲しみを抱えていた。
だからこそ、その時間は、傷口を覆う包帯のように優しかったのだ。
ただ、ただ、海を見つめていた。
このままで、終わらせていいはずがない。
ノイルさんはきっと、責任を強く感じている。
私の怪我の責任が自分にあると思っている。
それで、またひとり、悲しみを抱えるのだろう。
ひとりで、海を眺めていた時のように。
──束ねられたかすみ草の数は、十五本。
十五本のブーケには、意味がある。
意味は【謝罪】だ。
すごく、とても。
彼が気に病んでいることが分かった。
「前は……花言葉なんて詳しくないと言っていたのに」
お手紙を書くにあたり、調べたのだろう。
花言葉どころか、花束の本数の意味だって、今の彼は知っている。
それを使ったメッセージを……こんな形で受け取ることになったのが、酷く悲しい。
カティアが、窺うように私を見ていた。
「お嬢様……こちらは、念の為、私が預からせていただいても?」
カティアの言葉に、頷いた。
カティアは少し、ホッとした顔になった。
「では、こちらを旦那様に送らせていただきます。安全面が確認できるまでは、ご使用はお控えください」
「ええ……」
私は、椅子に座ったまま、膝の上の自分の手を見つめた。
「……ノイルさんの、せいではないわ」
ぽつりと呟いた私の言葉に、カティアが足を止める。そして、気遣わしげに私を見た。
「……お嬢様。私は、これでよかったのだと思います」
「カティア?」
カティアが、椅子の近くに膝をつく。
そして、私と目線を合わせて、労わるように私を見つめた。ゆっくりと、彼女が言う。
「ノイルさんは、ベルフォール国の人間。そして……お話を伺うに、中枢におられる方です。出過ぎた発言であることは重々承知です。ですが……あの方と親交を持つのはよろしくないのでは、と思っておりました」
私は、カティアの言葉に俯いた。
(……知っていたわ)
カティアやローラ、騎士や従僕たちは、私とノイルさんが顔を合わせることを快く思っていなかった。
ローウェル公爵家の娘として。
祝石の所有者として。
今、ベルフォール国の人間と関わりを持つのは、危険だ。あの襲撃には、間違いなくベルフォール国が関わっているのだろうから。
ノイルさんが、私ともう会わないと決めたのは、私の怪我の理由以外に──。
彼が、私の正体に、素性に、気がついたからかもしれない。
あの襲撃事件で負傷した娘、といえば ルナリア・エヴァ・ローウェルしかいないのだから。
お互いに、もう会うべきではないと分かっている。
それでも伝えたかった。
あなたのせいではないのだ、と。
とても、思い悩んでいるだろうノイルさんに。
私は、机に置いたままの手紙に視線を向けた。
それから、カティアに向かって笑いかける。
「……早めにお別れできたのは……良かったのかもしれない、わね」
笑みを浮かべようとして、失敗を悟る。
カティアが、ハッとしたように息を詰めたから。
(ちょっと……)
びっくり、しただけ。
私はもう一度、お手紙を手に取った。
便箋を開いて、じっとその文字を目で追う。
『どうか、私を恨み、憎んでください。
私はユジュを去ります。
二度と、あなたの前には現れません。』
──彼は、どんな思いで、この文字を紡いだのだろうか。




