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もう終わりにしましょう?  作者: ごろごろみかん。
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24/33

8.同情と、憐憫と、好奇心





それから、その男性とは二回ほど顔を合わせた。


合計三回、私は男性と鉢合わせたことになる。


そして、その三回とも、毎回彼の手には向日葵の花束があった。


男性はいつも、私に気がつかない。

花束を海に流した後、ようやく私に気がつく。

そして、ハッとしたようにその場を後にするのだ。


私に気を使っているのであれば、申し訳ないと思っていた。


そして、四回目の遭遇。

彼は、今までとは異なり、向日葵の花束を持っていなかった。

ただ、静かに海の向こうを眺めている。


その日も私に気がついて、その場を去ろうとしていたのでつい、声をかけてしまった。


「あの……」


私に声をかけられるとは思っていなかったのだろう。驚いたように、足を止める。


「私に気を使っているなら、気にしないでください。……ここは、誰の土地でもありませんから」


叔父様が所有している土地にも、海辺はある。

だけど、丘から少し離れたところだ。

そこに行くには、この足では難しい。

そのため、私はいつもこの海辺に足を運んでいた。

ここは、街から少し離れているためか、人気も少なかった。


「…………」


男性からの返答はない。

沈黙が続いて、不安が募る。


(なにか不味かったかしら……)


話しかけるのが急すぎた?

不躾だった、かしら……?


居心地が悪くなってきた時、ようやくそのひとが口を開く。


「……すみません、気を遣わせてしまいました」


「い、いいえ」


「ありがとうございます。では、次からはもう少し、長居させていただきます。今日は……この後、予定があるものですから」


その言葉に、私はハッとした。

いつも、私に気付いてから去るので、私に気を使っているのかと思っていた。

だけど、今までの三回とも、予定が押していた可能性だってあったのだ。

もしそうなら、私はとんでもなく恥ずかしい勘違いをしたことになる。


無言で羞恥心に耐えていると、男のひとがふと、口を開いた。


「ここは、静かな街ですね」


「……ユジュの方ではないのですか?」


尋ねると、男性は頷いた。


「用事があって、この近くまで来ています。私はノイル。あちらに控えている方々は、あなたの使用人でしょうか?とても、疑われていますね」


尋ねられて、ハッとして振り返る。


確かにそこには、静かにこちらを見るカティアとローラ、騎士たちがいた。

カティアとローラはともかく、騎士たちまで姿を見せているということは、そういうことだ。

警戒している。

牽制されていることを正しく理解したのだろう。


ノイル、と名乗った彼が呟くように言った。


「信じていただけるかは分かりませんが……私がこの海辺に足を運ぶ理由は、向こうの国が理由です」


水平線の向こう。その国といえば。


「ベルフォール国……ですか?」


「はい。この海の向こうにかの国があると思うと……なんだか、感慨深くて」


その気持ちは、わかる気がした。

私も、この水平線の向こうに王国があるのだとはにわかには信じられず、不思議な気持ちになった。

納得していると、ふとノイルさんが私を見た。


「ですから、お伝え願えませんか」


「え?」


「使用人の方々に。『そちらの大事なお嬢様に悪しき考えは抱いておりません』……と。私が伝えても、かえって怪しまれるでしょうから」


口端を持ち上げて、ノイルさんは微笑む。

だけど、びっくりするくらい表情がないので、私は逆に困惑してしまった。


「……では、失礼します」


「今日は、花束を持っていないのですね……?」


ほぼ、同時に私たちは言葉を発した。


いつもは手に持っている、向日葵の花束。


あの後、トロテさんに聞いたのだ。

だけど、花束を海に流す風習は、ユジュにはないとのことだった。

それなら、彼はどこか違う地の人間、ということになる。

探りを入れたわけではないけど、気になった。


私の言葉に、ノイルさんが足を止める。


「……お嬢さんは、好きな花はなんですか?」


「お、花?」


思わぬ質問に、面食らう。

戸惑っていると、ノイルさんが答えた。


「突然聞かれても答えられませんよね。すみません」


「い、え……」


好きな、花。

今までだったらきっと…………。


考えても、答えは出なかった。

花言葉や、花の種類など、淑女教育の一貫として、ある程度は知っている。

だけどどれもピンと来なくて、私はてきとうでも構わないだろうに、答えあぐねてしまった。


だけどノイルさんは、私の返答を求めていたわけではないのだろう。

ふと顔を上げて、海の向こうを眺めるようにしながら言った。


「初七日が、終わりましたから」


「初七日……?」


尋ねると、彼は私を見た。

ノイルさんの瞳は、深い群青。

近くで見ると、左目の下に、薄いホクロがあることに気が付いた。


「私の生まれ育った地では、故人が好きだった花を海に流す、という習わしがあるんです。向日葵は、彼女が好きだった花です」


故人。

つまり、彼はそのひとの死を悼んで──。


それに気がついて、私はとても失礼な質問をしたのだと気がついた。


「──ごめんなさい。不躾に」


「いえ。十年以上も前の話です。お気になさらず」


今度こそ、ノイルさんは足を止めることなく、去っていった。




「お嬢様っ……!」


ノイルさんが去って、すぐにカティアとローラが寄ってくる。


「何を話されていたのです……?」


「あの方は、一体?」


口々に尋ねられて、苦笑した。

とても、心配させてしまっている。

見れば同行している騎士たちも、こちらを窺っていた。

私は、首を横に振って答えた。

彼に話しかけたのは、私だ。


「いつも……私が来ると、帰ってしまうでしょう?だから、気を遣わないで欲しいと伝えたの」


「それだけ、ですか?」


他にも、海辺に足を運ぶ理由。花束を海に流す訳などを話すと、ようやく彼らはホッとしたような顔になった。


「そうでしたか……」


それから、ローラが私に尋ねる。


「では、今日も海をご覧になりますか?」


尋ねられて、私は少し考えた。

いつもであれば、頷いていただろう。


だけど今日は──


「…………お花屋さん(フラワーショップ)ってどこにあるかわかるかしら?」


思わず、尋ねていた。



『好きなお花はなんですか?』



答えられなかった。

好きな花、と聞かれて──今までなら、すぐ即答していただろう。

だけど今の私には、思いつくものがなかった。


苦笑しながら尋ねると、カティアとローラは揃って目を丸くした。





その後、私はフラワーショップへと足を運んだ。

今日は、海を眺めなかったから、代足杖の魔力に余裕がある。途中までは馬車を出してもらって、フラワーショップの近くで下ろしてしまう。


カティアとローラに手伝ってもらってゆっくりと馬車から降りて、私はフラワーショップに足を踏み入れた。扉を開けると、カラン、と鈴がなる。

すぐに、元気な女性の従業員がやってきて、声をかけられる。


「いらっしゃいませ。何をご入用ですか?」


「え……と」


目的の花が、決まっているわけではない。

困った私は、店内に視線を走らせた。


「お花を……見たくて」


端的な言葉だったけど、従業員は私の目的を理解してくれたらしかった。

すぐに頷いて、問われる。


「どんなお花をお求めですか?元気が出る花、癒される花。香りがいい花。色々ありますよ」


「元気が出るお花……」


思わず、ぽつりと零すと、従業員は頷いて「お持ちしますね!」と奥に消えていった。


その間、手持ち無沙汰になったので、店内を見て回る。鮮やかな大輪の薔薇。堂々と咲き誇る、向日葵。


その中で、妙に惹かれるお花があった。

白の花弁が、渦巻くように咲いている。


思わず屈んでじっと鉢植えを眺めていると、いつの間にか戻ってきた従業員に声をかけられた。


「気になりますか?それは、プルメリアというお花です」


「可愛いですね……」


感嘆するように答えると、従業員が愛想良くニコッと笑った。


「宜しければ、ブーケに纏めましょうか?こちらのお花との相性も良いですし」


そう言って、従業員は奥から持ってきたお花を私にみせた。それは、大輪の薔薇を思わせるほど華やかな花だった。


「ハイビスカスです。赤のハイビスカスの花言葉は【勇敢】。どうでしょう?元気が出るお花でしょう?夏にピッタリの花で、ブーケとしても人気なんですよ」


真っ赤に咲く花は、飾りとして使っても可愛いだろう。目を奪われていると、従業員が手に持ったハイビスカスを、プルメリアに並べた。


「トロピカルブーケ、って言うんですよ。本当はもう、少し種類があるんですけど……。でもせっかくですから、このハイビスカスと、お客様が選んだプルメリア。このふたつでブーケを作りませんか?ほら、とっても綺麗!」


並べられたハイビスカスとプルメリアは、確かにとても華やかに映った。

大輪のハイビスカスは豪華で、こぢんまりとしたプルメリアは、可愛らしい。


これを、寝室にでも飾ったら気分がとても浮上するに違いない。

そう思うと、こころが踊って、私は従業員にブーケをお願いした。


ブーケを用意しながら、従業員が言った。


「白のプルメリアの花言葉は【気品】です。お客様にピッタリだと思いまして」


「ありがとうございます」


少し照れくさくなってはにかむと、それから従業員はしたり顔で言葉を続けた。


「それに、プルメリアにはとてもロマンチックな言い伝えがあるんです。それも、お客様にピッタリです!」


「ロマンチック?」


「恋のおまじないです」


にこ、と微笑まれて、私は目を瞬いた。


「もし、想い人がいるのでしたら、ぜひ、またいらしてください。その際は、朝露をまとったプルメリアをご用意しますよ!」


明るい笑顔で言われて、私は苦笑するしか無かった。従業員の気持ちは嬉しい。


だけど──想い人なんて、今はいない。


また、ふたたび、恋をするのか。……できるのか。

また、ふたたびひとを愛するようになるのかも。

今の私には分からなかった。


ブーケを受け取って、私はカティアとローラに、歩いて帰りたいと申し出た。


「少しでいいの。これを持って、歩きたい」


そう願いでると、ふたりは私の足をとても心配したけれど、私が大丈夫だと言うと、引き下がってくれた。


花のブーケは、思ったよりも重い。両手で持って、少しふらつきながらも道を進む。


時々、カティアとローラ、騎士たちが心配そうにこちらを見るので、私は何とか花束を持つ手にを力を込めた。


これで転倒して たら、きっと彼らは気に病んでしまう。

だから、必要以上に気をつけた。


ゆっくり、歩く。

夏の終わり。秋の始まりを思わせるほんのりと冷たさを帯びたぬるい風が、吹き抜けていく。


風に揺らされて、手に持った花が揺れた。

ハイビスカスとプルメリアの芳しい匂いに、気分がにわかに踊った。


足が、こうでなければ、スキップでもしていたかもしれない。


そのまま、大通りまで出ようとした時だった。


不意に、耳に飛び込んできた声があった。



「王女様と騎士様の婚約パーティーも、もう今月かぁ」



「──」


驚いて、足を止める。

思わず立ち止まった私を見て、カティアとローラが心配そうにこちらを窺ってくる。

だけど、何も返せない。


その間も、話し声は聞こえてくる。

見れば、カフェのテラス席で男性ふたりが話している。

彼らは、立ち止まった私たちには気が付いていないようだ。


「本当に婚約すんのかね?」


「するだろ。もう発表したんだから」


「でもほら、騎士様には婚約者がいたろ?公爵家の……」


会話に、自分が出たことにドキリとした。


足は、急に動かなくなってしまった。

凍りついたように動かない。


手に持った花束が、一気に重みを増す。


どこに視線を定めればいいかわからなくて、私は地面を見つめていた。


「何でも、大怪我をして寝込んでるんだろ?不憫で仕方ねぇよ」


トポポ、と何かを次ぐ音。


お酒かしら。紅茶かしら。


考えても詮のないことが、頭に浮かぶ。


「名前は……何だっけ?いやー、本当に可哀想だよな。俺が父親の立場なら、絶対に許さないよ」


「まあでも、それが貴族ってやつなんじゃないか?そこら辺割り切ってるだろ。なんたって公爵サマなんだから」


「もしそうなら、ほんとに可哀想だ。ご令嬢だっていうのにこんなことになって……。良いふうに言ってるけど、結局のところ、ご令嬢は捨てられたってことだろ?」




「──」


「お嬢様。……行きましょう」


息を呑んだ時、隣のカティアに袖を引かれた。

彼女に促されて、私はようやく、足を動かす。


ふらふらと、足元はおぼつかない。

思考も、乱れていた。


【可哀想】。


そっか。

私は、やっぱり……。


同情も、憐憫も。

ほとんどの場合、そこには愉悦という感情と、優越感がほんのり交ざっている。


自分の方が、相手より高い位置にあるからこそ、抱く慈愛。


哀れまれるのは、とても……悔しくて、悲しかった。


「…………」


ゆっくりと、顔を上げる。

風に吹かれて揺れる花束を見つめて、考える。


王女殿下と、グレンの婚約披露パーティー。


お父様も、お兄様も、エイリクからも。

その話は聞いていない。


意図して、私に知らせないようにしていたのだろう。

出る必要は無い、という気遣いなのかもしれない。


だけど──ふたりの婚約披露パーティーを、私が欠席したら。


周りは、社交界は、どう思うだろう?


ますます私を可哀想だと思い【哀れな令嬢】のレッテルを貼るのだと思う。

そして、気を使われるのだと思う。


『もう大丈夫なのですか?』

『大変でしたわね』


同情を込めた視線を向けながら、その瞳の奥の好奇心は隠しきれていない。


王都にいる時、顔見知りの知人から何通かお手紙を受け取った。

そのお手紙のほとんどが、形ばかりのお見舞いの言葉と……内情を知りたがるものだった。


親しいひとほど、深くは尋ねてこない。

関係の浅いひとほど、事情を知りたがった。


今はこうして、療養をしているけれど。

でも、いつまでもここにいるの?


私は公爵家の娘で、貴族なのだからいずれ社交界には戻らなければならない。

戻れるように、足のリハビリだってしているのだから。


社交界の復帰が遅くなればなるほど、腫れ物に触れるような扱いを受けるだろう。


あることないこと囁かれ、療養期間が長ければ長くなるほど、戻りづらくなる。


ふたたび社交界に戻る時に、覚悟を求められるだろう。


それなら──今。


あの事件をなかったことには……できないから。

だから、それを、いち早く過去にして……終わらせる。


(逃げちゃ、だめ)


本当は、行きたくない。

会いたくない。話したくもない。


顔を見て、何を話せばいいと言うのだろう?

お祝いの言葉を……私は、言えるのだろうか?


(ううん。言えるのか、じゃない)


言うのだ。もう、何も感じていないように。

何も思っていないように。


上辺だけの笑みを貼り付けて──貴族の娘として、振る舞う。


逃げたい、と願う気持ちをねじふせる。


帰ったら、お父様に、お手紙を書こう。


代足杖をつければ歩行は可能。

ダンスは……難しいけれど。


王女殿下とグレンの婚約披露パーティーに、でなければならない。ローウェル公爵家の娘として。


お父様は不要だと言うかもしれないけど、せめて。


貴族としての振る舞いに瑕疵はないのだと、表明したかった。

周囲に、そして、社交界に。


これ以上、ローウェル公爵家に泥を塗るような噂を……許したくなかった。












※初七日については、25話で触れています。ご確認ください。

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― 新着の感想 ―
普通に訳アリで、正式な弔いができなかったとかじゃないんか? 死亡認定されたのが最近とか お家の問題絡んだりすると、まぁある事やぞ 表情筋死んでる理由も、そのへんかも知れない
私もどうしても「初七日」と「十年以上前の話」の関連がよく分からず、モヤモヤします。 初七日は亡くなってから七日目に行われる仏教の法要なので、命日や年忌のように毎年、もしくは節目の年に供養するものでもな…
「確認、前、後」のくだりを忘れてしまったのかな。
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