4.アルセリアの婚約【エヴァルト】
──王城。会議室。
僕は、父上の隣で会議の行方を見守っていた。
しかし。
(全く進展がないな……)
今日で、襲撃が起きてから半月が経過するというのに、未だに何一つわかっていない。
ミルヴァールが無能なのではなく、隣国ベルフォール国の方が上手なのだ。
ベルフォール国の魔法軍事力は世界でも一、二を争うほど。それを短期間で解明するのは、至難の業だった。
「まだ術者はわからんのか……!」
苦々しげに言った父が、王杖を打ち鳴らす。その横の席に座る宰相のピエール・デラ・アルモンドが険しい顔をしていた。
「恐らく、既に国内にはいないでしょう。ベルフォール国の魔法軍事力は、目を見張るものがあります。軍事開発に協力したものか、あるいはそれに近しい人間が関与したと見て間違いないかと」
宰相の報告に、父上は呻く。
それに、宰相は淡々と言葉を続けた。
「当時の警備に不足はありませんでした。ですが、魔法が無効化されたことで、魔術師は無力化。視界が奪われていたことで、騎士団は混乱。蛍涼祭の趣旨を考えるに、敵はあえてこの夜会を狙った、と考えるべきでしょう」
宰相の言わんとしていることを汲み取ったひとりの大臣が呻くように言った。
「あれは伝統行事。長年続いてきた、我が国の誇りです。変更なんて許されませんよ」
「……来年の夏が来るまでに、対策をすべきでしょう」
「ルナリア嬢の話を聞くに、見覚えのない男だったのでしょう?隣国とは関係がないのではありませんか」
「魔法銃が使われたんだ。関係がないはずがない」
そこで僕は、ちらりと父上を窺った。
父上はここ連日の会議で寝不足が堪えているのか、頭痛を覚えているようだ。
進展のない現状に苛立っているのが見て取れて、僕は父上の代わりに口を開いた。
「先日、ベルフォール国に密偵を放ち、内情を確かめさせてきた。結果、愉快な事実がわかったよ」
僕の言葉に、大臣たちがざわめく。
皆の顔を、よく見ておく。
表情、視線。振る舞い。
「現在、ベルフォール国はあちこちで内戦が勃発している。王は避難、指揮系統は宰相が預かっているようだ。そんな状況で、正直他国に侵攻するだけの余裕が、ベルフォール国にあるとは思えない」
「つまり、ベルフォール国にとっても今回の件は、意図しないものだった……と?」
宰相が引き継ぐように言うので、僕は頷いた。
「可能性の話だけどね。流石に、自国で手一杯の今、他国に喧嘩を売るようなまねは、ベルフォール国としても避けたいはず。だから今回の件は、ベルフォール国側の一部の人間の、勝手な暴走だったのでは?と私は考えている」
ベルフォール国とて、一枚岩ではない。
特に今の王は、即位する際、かなり血生臭い道を歩んできた。
現王のやり方に不満を抱き、他国の武力を取り込むために仕掛けてきた、と考えても不思議ではない。
もっとも──ローウェル公爵から上がってきた報告を見るに、狙いはルナリア嬢の持つ祝石。
(祝石を、何に使うつもりだ……?)
ルナリア嬢が祝石を所持していることは、このミレヴァール国でも知る人ぞ知る、重要な秘密だ。
それを、襲撃者は知っていた。
まだルナリア嬢の祝石は覚醒しておらず、その力も不明だという。
何に使えるか分からない祝石を求めて、襲撃を仕掛けてきたにはリスクがありすぎる。
それから、あちこちで議論する声が聞こえてきて、やがてそれは激しい口論へと様変わりした。
紛糾する会議室で、僕は内心ため息を吐く。
やがて、お開きの時間になり、まだ何か言い足りなさそうな顔をした大臣たちも席を立つ。
父上は連日の徹夜が響き、顔色が悪い。
だけどこの緊張状態の今、ゆっくりと眠る時間は父上にも、そして僕にもなかった。
(今日の会議も、大した収穫はなかったな)
くそ。こんなことなら少しでも仮眠の時間に回すのだった、と思っても仕方の無いことを考える。
やがて、大臣たちが退室し、宰相も頭を下げて部屋を出ていった。
ちょうど入れ替わりで、母上が会議室に入ってきた。
どうやら、外で待機していたらしい。
母上が訪ねてきた、ということは──
「あなた。今よろしいかしら」
父上はぐるりと首をめぐらせ、母上を見た。
「オフェリアか。悪いが、後にしてくれないか」
「いいえ。大事なお話なのです。アルセリアの件ですわ!」
やっぱり。
アルセリアの話だ。
ツカツカと侍女を数人伴って会議室に足を踏み入れた母上は、そのまま父上の前で足を止めた。
母上は、眦を釣り上げて父上を見つめていたが、急に、空気が抜けたように困った表情になった。
「……アルセリアの婚約を整えてあげましょう?」
そして、何回目だろう。この話を聞くのは。
僕も退室して構わないだろうか。
タイミングを完全に失した。
僕と同じように、父上もうんざりと母上を見つめた。
そんな父上に、母上は力説する。
「今なら、政略の意味も果たしますわ」
「あの娘に、正しく役割を果たせるかは甚だ疑問だ。私はこれ以上、火種を増やすつもりは無い」
そうそうに話を切り上げようとする父上に、母上が必死に言い縋る。
「どうしてですっ!?あなたも知っているでしょう!?あの子は……あの子はずっと、ベルフォール王に恋をしていたのですよ!?」
──そう。アルセリアは別に、グレンが好きなわけではない。
むしろ、妹には他に好きなひとがいる。
それは、隣国ベルフォールの王。
肖像画かなんかを見たらしく、それから彼に纏わる逸話も手伝って、すっかり恋にのぼせあがっていた。
アルセリアが長く恋をしているのは、隣国の王だ。
母上は、胸に手を当てて、父上に言った。
「今こそ、王女の責務として……背を押してあげるべきではありませんか!」
「アルセリアに王妃が務まるはずがないだろう」
それは僕も同感だ。
だけど母上は違う見方をしているようで、この話になると再三となる文句を口にした。
「子供さえ産めば問題ないでしょう!アルセリアは体が弱いですが、好きな相手の子です。産みたいと思うはずですわ!」
いつものことだが、話が飛躍している。
確かに子を産むことも、妃の勤めだ。
だけど、王妃には社交も求められる。
それも、他国に嫁ぐなら尚更。
アルセリアに社交が出来るはずがない。
おおかた、不用意な発言をして回って敵を作るのが関の山だ。
「普段は、自室で休んでればいいじゃない。わけを話せばベルフォール国の王だって配慮してくれるはずよ!社交だって、必要最低限で構わない」
「それを決めるのは私であって、お前ではない」
この押し問答も、何度目になるか。
母上はどうしても、アルセリアを隣国に嫁がせたいらしい。
だけど、アルセリアがベルフォール国になど嫁いでみろ。
最悪、ベルフォール国とミルヴァール国の関係悪化を招きかねない。もしそうなったら、被害を被るのは父上と、そして王太子の僕だ。
アルセリアの尻拭いなど冗談ではない。
そんな多大なリスクを背負ってまで、父上が娘の恋情を優先させるはずがなかった。
父上は、母上の話を真剣に取り合う気はないのだろう。
あっさりと結論を口にする。
「そんなことより、アルセリアには、自分の不始末の責任を取らせる」
「っ……」
父上のもっともな意見に、母上が押し黙る。
社交界の噂を、僕も、父上も、母上だって知っている。新聞やオペラで、面白おかしく脚色されていたことも。
だけどそれを放っておいたのが母上で、アルセリアだ。
母上は取るに足らない、たかが噂と放っておいたし、アルセリアにおいてはそれがどういう意味を持つかまでは、分からなかったのだろう。
あの子は、鳥籠で育てられた小鳥だ。
そのように、父上と母上が育てた。
たかが噂。されど噂。
確かに、襲撃事件さえなければ、グレンとルナリアは結婚していただろう。本人たちがどう思っていたかは、この際おいておくとして。
襲撃事件があったからこそ、それは明確な分岐点となった。
「アルセリアは、隣国の王ではなく、ウィンザー公爵家に嫁ぐ。そうすれば、世間も納得するだろう?」
あっけからんと父上が言い、今度こそ手で払う仕草を見せる。
話は終わりだ、という合図である。
だけど母上は、くちびるを震わせてその場から動かない。
「確かに……噂を放置したアルセリアにも責はあります。ですが、なぜアルセリアだけ責められねばならないのです?あの時、アルセリアを勝手に優先したのは、ウィンザー公爵の息子ではありませんか!」
「だから、その褒賞としてアルセリアとの婚約を進めようという話だろう」
そういうシナリオで、父上はグレンの行動を正当化しようとしていた。
つまりグレンは、騎士として、王女を守った。
その褒賞として、王女との婚約を許す。
騎士の婚約者は、身を呈して王女を庇い、負傷した。その献身に感謝を。
そういうシナリオにしておけば、過剰にルナリア嬢を侮辱する声も減るだろう。
父上としても、僕としても、これ以上ローウェル公爵の機嫌を損ねるのは避けたい。
巷では既に、アルセリアとグレンの恋物語が紡がれている。
ここでふたりの婚約を発表すれば、人々の視線は哀れな騎士の婚約者ではなく、ふたりの幸福に目がいくはずだ。
美談に仕立てあげて、不幸な娘から視線を逸らさせる。
そういう意図がある。
皮肉にも、下地は整っているから、情報を操作するのはそう難しくないだろう。
父上の言葉に、母上が食ってかかる。
「それなら……!アルセリアの意思は……どうなるのです!?」
「王族に生まれたものの務めだ。そもそも、こうなったのはあの子に責任がある。何度も同じことを言わせないでくれ」
「アルセリアはあまり外に出ないから、知らないのですわ!ただでさえ、アルセリアは体が弱いのです!それ以上を求めるなんて、あまりにも酷な話だわっ……!」
「だから、最低限の教育は受けさせるべきだと言っただろう!」
アルセリアが王女としての教育を受けていないのは、母上の強い意向だった。
アルセリアは本当に体が弱い。
少し外に出ただけで、次の日には発熱し、一週間、酷ければ二週間ほど寝込む。生まれた時から呼吸器の病気を患っていて、発熱すると、必ずそちらも炎症を起こす。
幼少期はもっと酷くて、何度も死にかけていた。
それを見て、心配した母上がアルセリアに厳しい教育は不要だと決めたのだ。
生きていてくれさえすればいい、と。
その結果が、今だ。
父上はうんざりしたようにふたたび手を払った。
「もういい、これ以上話しても無駄だ。とにかく、ウィンザー公爵家にはアルセリアとの婚約を打診しておく。何、アドリアンは私の従兄弟だ。ウィンザー公爵家との縁を深めるという意味では、これも十分な政略結婚だよ」
「っ……」
「それに、考えようによっては、アルセリアのことを何より優先してくれるんだ。こんなに都合のいい話もない。アルセリアがいくら他に好きな男がいようが、そんものはどうだっていい。夫婦になってしまえば、関係も変わるだろう」
「ですが……アルセリアは……」
母上は、その先が言葉にならないようだった。
ちらりと、母上の視線が僕に向く。
だけど、助け船を出すつもりは無い。
笑みを浮かべれば、助言は得られないと察したのだろう。母上は深くため息を吐いた。
「……こんなの……。ただの、悲劇だわ」
ぽつりと呟いて母上は会議室を出ていった。
ようやく、静寂が戻る。
(悲劇。……悲劇ね)
確かに、悲劇だろう。
アルセリアは別に、グレンのことが好きなわけではない。
そして恐らくグレンもまた、アルセリアが好きなわけじゃない。
グレンが好きなのは──まあ、今更どうでもいいか。
ルナリア嬢は深い傷を負い、貴族令嬢として復帰できないほどの不名誉を被った。
当事者三人とも不幸になっているのだから、確かにこれは悲劇のシナリオなのだろう。
もっとも、その舞台から降りる機会は、三人ともに平等にあった。
なのに、そのまま上演を続けてしまったのだから、この帰結は当然なのかもしれない。




