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もう終わりにしましょう?  作者: ごろごろみかん。
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18/26

2.万が一に備えて

ユジュへの出立まで、一週間を切った頃。


私とエイリクは、お兄様に呼び出された。

場所は、応接室。ティーセットが運ばれてきて、応接室にアールグレイの香りが広がった。


「本当は、父上が話をする予定だったんだけどね。急な予定が入ってしまったから、僕が代わりに」


対面のソファに座るお兄様が、肩を竦めた。


ここ最近、お父様もお母様も、そしてお兄様もまた、忙しくしていることは私も知っていた。


最近、お兄様は帰りが遅く、日付が変わる頃の帰宅が多い。そして、朝食前には家を出る。

そんな生活だから、疲労が滲んでいた。

目の下には、ほんのりとクマがある。


私と同じように、エイリクも心配になったのだろう。居心地悪そうにモゾモゾと座り直してから、お兄様に言った。


「兄上。あまり、眠られてないんですか?顔色が、悪いですよ」


「ああ、これ?」


お兄様は、自分の目元に触れた。

目の下のクマは自覚していたらしい。


だけどすぐ、ふわりと微笑む。


「ジェニファーとあちこち行ってるんだ。……楽しいよ?婚約者とのデートは」


お兄様は美しく微笑んだけど、なぜ連日家を空けるかは、口にしなかった。


お兄様が頻繁に家を開けるようになったのは、あの事件……私が、寝込むようになってから。だからきっと、お兄様は何かしら、私のことで動いているのだと思ったし、そうに違いないと、私の勘と長年の経験が言っている。


……お兄様は、とても優しいけど。

誰にでも優しいわけではない。


以前、お兄様は言った。


『僕はね、大事なひとと、そうではないひと、結構ちゃんと分けるタイプなんだ』と。


優しいように見えてお兄様は一線を引いている。配る優しさの量を、ちゃんと見極めている。


だからこそ、お兄様は一度、自分の懐に入れたものには、特別優しい。大事にしているひとが傷つけられたら、お兄様は必ずやり返す。

お兄様は、そういうひと。


(……きっと、ジェニファーも協力してくれているんだわ)


あれから、ジェニファーから手紙がよく届く。


それは、些細な日常の出来事……庭の猫が子猫を産んだ、とか。ダンスのレッスンで久しぶりに筋肉痛になった、とか。

そういうものだったり、最近王都に出来た話題のパティスリーやブティックだったり。

流行りの小説や、オペラの話だったり。


ジェニファーの手紙には、最初の一通以来、怪我や襲撃に触れる内容は書かれていない。


それもまた、きっと、彼女の気遣いだ。


顔を上げると、お兄様が話を続けた。


「それで、本題なのだけどね。お前たちを今日呼び出したのは、ローウェル公爵家の家業について。ルナリアとエイリクにも話しておこうと思ったからなんだ」


「家業?」


尋ねると、お兄様は頷いた。


「うん。ローウェル公爵家の家業は、魔石造りだ。それは、お前たちも知っていると思う」


私とエイリクは互いに頷いた。


ローウェル公爵家は、ミレヴァール王国で唯一、魔石加工が許されている。魔石はローウェル公爵家の専売特許で、このミレヴァールで流通している魔石の九割は、ローウェル公爵家が卸したものだ。

残りの一割は、不法に作られた粗悪品。

それか、品質に問題はなくとも、出処や使用用途に問題があったりする──いわゆる、裏取引などに使われたりしている。


つまり、このミレヴァール王国で魔石といえば、ローウェル公爵家なのだ。


だからこそ、ローウェル公爵家が魔石に困ることはない。

魔石を頻繁に使用する代足杖も、ローウェル公爵家の当主だから、お父様は二つ返事で頷くことができた。

本来、魔石がとても高価で、希少なことを、私とエイリクも知っている。


私たちが頷くのを見てお兄様が微笑んだ。


「本来、この秘密は、当主と、次期当主以外には知らせてはいけない決まりだ。だけど、ルナリアは祝石持ちで、襲撃があった。それに僕になにかあれば、次の当主はエイリクだろう?だからお前たちには言っておいた方がいいとの父上の判断だ」


そう言うと、お兄様は手のひらをこちらに向けて、中指に嵌めている指輪に触れた。


お兄様がこのローウェル公爵家の直系であることと、次期当主であることを示す金の指輪。

アンバーの宝石が、嵌められてある。


「この指輪。お前たちもしているよね?」


お兄様に尋ねられ、私とエイリクはそれぞれ右手を出す。

私たちの中指にも、指輪は嵌められている。だけど、石はダイヤモンド。


これは、私たちがローウェル公爵家の直系であることを示すものだ。


物心ついた時から、この指輪をしていた。

もし、何かがあった時。手持ちが何も無くても、この指輪が私たちの素性を証明してくれるから、とお母様に言われた。

ローウェル公爵領か、その親戚の領地なら、この指輪を見せるだけで無条件で入れてもらえる。

だからこそ、この指輪は決して紛失してはならないと、幼少期から口酸っぱく言われてきたのだった。


今、指輪の話をするということは……


(この指輪と、魔石造りになにか関係がある……?)


私とエイリクが揃いの指輪を見せると、お兄様は頷いた。


「そう。それはね……というより、僕たちが持つこの指輪が、なんだけど。ご先祖さまの、祝石が使われているんだ」


「…………えっ?」


「祝石、ですか?」


私の驚きの声と、エイリクの声が、同時に響いた。


祝石……?

思わず、指輪を見つめた。


「ご先祖さまの祝石の加護は、魔石発見。ルナリアも、エイリクも、知っているよね。魔石というのは、山ならどこでも取れる。だけど、どこにあるか分からない。どこで取れるかまでは分からないんだ。漠然と、山のどこかにある、っていうだけ」


お兄様の説明に、私とエイリクはふたたび頷いた。


「それは砂漠から、砂金を探すようなものだ。探すためには、こういった道具が必要になる。だから、我々ローウェル公爵家にしかできないことなんだよ」


「……その祝石は、兄上の指輪にのみ使われているのですか?それとも、父上?」


困惑しながら、エイリクが質問した。


「祝石はね、砕いて(・・・)この指輪の宝石に混ぜられているんだ。何でも、持ち主本人の意思だったみたいで、子から孫に、孫から、その子孫に。そうやって、祝石が伝わるように、と考えてこの指輪を作ったんだそうだ。だから、お前とエイリクの指輪にも祝石が使われている。この指輪は予備があと三つほどあってね。持ち主の指のサイズに加工し直してきて、もう何百年かな……。石自体はずっと古いものなんだよ」


「知らなかったわ。祝石が、使われているなんて」


思わず、右手の中指に嵌る指輪を見つめた。


確かに、ほんの少し。私の持つ祝石と同じような煌めきを……帯びているような気がする。

それは、見間違いか、と思うほど微かな光だった。


私が答えると、お兄様が頷いて言った。


「それで、ユジュには、鉱山があるでしょう?手始めに、エイリクにはそこで、指輪の使い方を覚えてもらおうかな、と思ったんだ。僕も、父上もね」


「えっ?僕がですか?」


エイリクがびっくりしたように目を瞬く。

それに、お兄様が苦笑した。


「さっきも言ったでしょう?僕に何かあれば、次期当主はお前だよ、エイリク」


「ですが……」


「万が一のことを考えて、お前は指輪を使えるようになっておいた方がいい」


(万が一……?)


その言葉に引っかかったのは、私だけではなかった。

エイリクもまた、眉を寄せてお兄様を見ている。


「それが、公爵家に生まれたものの務めというのなら……やりますけど。でも、不吉なことは言わないでください。何ですか?万が一って」


それに、お兄様は肩を竦めて困ったように笑う。


「何があるか分からないでしょう。最近は何かときな臭いしね」


「…………分かりました」


エイリクは納得がいってなさそうだったけど、しっかりと頷いた。


『何があるか分からない』

『きな臭い』


……それはきっと、あの襲撃事件のことも関係している。


王家主催の夜会で、襲撃があった。

警備は敷いていたはずなのに、それは機能しなくて、魔法すら無効化されていた。それは……とても大きな脅威になったはず。

警戒を強めているのは、ローウェル公爵家だけではないのだろう。


「それから、ルナリア」


「はい」


呼びかけられて、顔を上げる。

お兄様は、じっと私を見ていた。


「社交界では、お前が、ユジュに行くことは伏せている。お前は、この王都の邸で寝込んでいると噂を流しておいた」


私が、ユジュに行くことを伏せておく──。

それは、社交界に、知られてはいけない人間がいる可能性が、高いから。


その可能性にハッとすると、お兄様が続けて言った。


「クラリスが、お前の代わりを務めることになった。背格好が似ているからね」


「っ……!?」


驚きに目を見張った。


クラリスが……私の侍女が、身代わりを務める……!?


そんなの。


「危険だわ……!」


口をついて出た言葉に、お兄様が真っ直ぐに私を見つめた。


「本人たっての希望だよ。それに、発案者も彼女だ。無礼を承知で、と父上に直談判しに来た。……クラリスの気持ちだよ」


それを聞いて、ますます私は呆気に取られた。


だって、本来、一介の侍女は当主と話す機会はない。

当主から呼び出されるならまだしも──自分から、訪ねるなんて、有り得ないことだった。


非常識だと叩き出されてもおかしくない行為だ。

だけど、マナー違反であることを理解して、その非礼を承知の上で、クラリスはお父様を訪ねた。


……私のために。


胸が、痛くなる。

彼女の気遣いが、優しさが、想いが。

じわり、じわりと胸に広がって、私は浅く息を吐いた。


お兄様が補足するように言う。


「それに、クラリスは騎士職上がりだ。お前がここに残るよりずっと危険は少ないと思うよ」


「……そう、ね」


「お前は良い侍女を持ったね。後で、礼を言っておきなさい」


お兄様の言葉に、私は頷いて答えた。


感謝の気持ちを込めて、クラリスになにか贈り物がしたい。


でも今の私は……外を出歩けないから。

何がいいかしら……。


クラリスは、元々公爵家の私兵だった。

その有能さを買われて、お母様に引き抜かれたのだ。そして、私付きの侍女になったという経緯がある。


贈り物を考えていると、お兄様が真剣な顔で言った。


「……もし、襲撃犯が諦めていないのなら。襲撃犯の狙いが祝石なら、きっとまた接触があるはずだ」


「接触……。また、襲撃があるかもしれない、ということ?」


私の言葉に、お兄様は頷いた。


それなら、その時は。

今度こそ私は……捕まってしまうだろう。


何せ、この足はもう、走って逃げることが出来ないのだから。


相対したら、その時は。


その先を想像して、背筋が冷えた。

肌が泡立ち、鳥肌が立つ。


思わず、胸元のネックレス──祝石を、強く握りこんだ。


あの夜を、思い出す。


襲撃者は、私が多少(・・)怪我をするくらい構わない、と言った様子だった。

私が生きて、息さえしていれば。祝石を持って、生きているなら、それで構わない。

そんな様子だった。


あの男が……また、来るかもしれない。


そして今度は、家族を、クラリスを、巻き込むかもしれない。


血の気が引く思いだった。


あの、銃弾の痛みは未だ生々しく私の記憶にこびり付いている。


次、あの襲撃者と相対して、普通に振る舞えるのか。気丈に対応できるのか。


今の私には、分からない。

強く、強く祝石を握りしめていると、お兄様の声が聞こえてきた。


「ユジュには……叔父上がいらっしゃる。ユジュはホークウィンド領の最南端で、海を隔てた向こう、隣国ベルフォール国を長く警戒している。絶対防衛最終ラインが敷かれていて、砦も城塞も堅牢だ。対ベルフォール国には一番有効だと思う。……守りも堅い。叔父上なら、必ずお前を守ってくれるよ」


ユジュは、ミルヴァール国の最南端に位置する海辺の街だ。

そして、その土地を治めているのが、お父様の二番目の弟である、ヴォムフラム・ダリル・ホークウィンド辺境伯。


私とエイリク、お兄様の叔父様だ。


お父様とお兄様はそこまで考えて、私にユジュでの療養を勧めたのだと、今になって気がついた。


お兄様はそこまで話すと、話を変えるように顔を上げた。


「それと、ルナリア。お前に、王家から謝罪の連絡が来ている」


「え?」


話が突然変わったことにも面食らったけど、内容にも驚いた。


謝罪?王家が、私に?


目を瞬きながら、私はお兄様に尋ねた。


「謝罪?……私に、ですか?」


お兄様は、ひとつ頷いて答えた。


「うん。あれは、王家主催の夜会で起きたことだからね。王太子殿下がわざわざいらして、お詫びに来たよ。謝罪の気持ちとして、慰謝料を用意するとのことだった。……父上はそれを断って、騎士殿との婚約解消を求めたよ」


「……っ!」


驚きに、息を呑む。


グレンとの婚約……どうなったの?

お父様は、婚約解消に向けて話を進めていると言っていた。

だけど、その後どうなったのか聞けていない。


聞きたくて、聞けなかったこと。

私が気にしていることを、お兄様は……恐らくお父様も。気付いていたのだろう。


お兄様は眉を寄せて話を続けた。


「王太子殿下は、決めるのは陛下だから確約はできないと仰ったけど、お前の次の婚約について言及してきた。恐らくあれは、通るだろうな。確認は、ただのポーズだ」


通る、だろう。

それはつまり……


「私と彼の婚約は……解消されるの?」












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― 新着の感想 ―
パパさんナイスです! こうでもしないと解約に応じないでしょうからね。 次の婚約…。 とても心配になりますね…。 前の婚約でコチラに非は無いけれど 瑕疵(足の不自由さ)はあるから不利過ぎるよ…。 (…
はあ~~グレカスのせいでストレス回続くってわかってたから終わるまで待ってから読みました。 ルナリアはお花畑満開で上手く洗脳されてたんですね。 好きと言われたから恋をした、とあらすじにもある通り別にグレ…
うーん、色々危険そう… っていうか次の婚約って? まさか王家が出て…?家格からいえば 高位貴族か王族もおかしくないですが あの王女の家族かと思うと。 王女と主人公の婚約者の行動を 咎めてなかった訳です…
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