8.確認 【エリアス】
日間総合1位でした…!ありがとうございます。
ちょっと長めの8話です。
翌日。父上がルナリアの寝室にやってきて、体調を聞いた。
「体調はどうだ?少し、事件当時のことを聞きたいんだ。……できるかい?」
父上が、ルナリアの額に手を当てる。
まだ少し火照っているのだろう。
朝は熱が下がっても、昼頃になると微熱が出てしまう。ルナリアの額に手を当てて、体温を確かめた父上が眉を下げる。
「辛そうだね……。日を改めようか」
「大丈夫よ。少し、体が重たいだけなの。それに私、ずっとベッドで寝ているのよ?せっかくだもの。お父様。話し相手になって?」
ルナリアが悪戯っぽく笑う。
だけどそれが、ルナリアの気遣いであることは、言われずともわかった。
父上は、ちいさく頷いて、ベッド横の椅子に座る。すぐ終わるだろう。
父上も、無理をさせたいはずがない。
「王城で、何があったんだい?お前はどうして、ひとりだった?」
父上に尋ねられ、ルナリアが顔を伏せる。
さながら、記憶を辿るように。
「……突然、爆発が起きたの。私がひとりだったのは……グ、レンが」
そこで、異変が起きた。
ルナリアは、その単語──つまり、【グレン】という名を呼んだ途端、息を詰まらせたのだ。
言葉が出ないようで、ルナリア自身、驚いたように目を見開いている。体を折るようにして、ルナリアは自身を抱き締めた。
……様子がおかしい。
「ルナリア?」
父上も気がついて、ルナリアを呼ぶけど、返事はない。
ルナリアが、苦しげに呼吸を繰り返す。
「っ……は、っ……ぁ、うっ、ぁっ……!!」
「…………!!」
僕はすぐにルナリアを抱き起こし、顔色を確認する。
その顔は真っ青だった。
ルナリアは、カタカタと震えて、顔からは血の気が引いている。震えが、収まらない。
父上がすぐに怒鳴るように命じた。
「医者を呼べ!!今すぐにだ!!」
すぐに、控えていた侍女たちが部屋を飛び出していく。
僕はその間、何度もルナリアのその背を撫でた。少しでも、気が紛れるように。
「ひゅっ……う……!ぁっ……はっ」
喘ぐように、ルナリアが苦しがる。
目を細めて、その瞳には涙が滲んでいた。
苦しさゆえに、だろう。
まさか、これは──
(過呼吸…………!!)
僕は近くにあった布を、ルナリアの口元に押し付けた。その背に手をあてて、もたれかけさせる。
「ゆっくり、息を吐くんだ。……そうだ。いい子だね。もう一回」
「──っ……。……」
ルナリアは微かに頷いた後、肩を震わせながら僕の言うことを聞いた。
すぐに医者が呼ばれて、ルナリアを視る。
やはり、診断は過呼吸、だった。
僕は、愕然としていた。
恐らく、父上も。
(そこまで……)
そこまで、傷ついていたのだ。ルナリアは。
グレンの名を、あの騎士の名を、口にするだけで恐怖が甦ってしまうほどに。
ルナリアが落ち着きを取り戻して、父上がルナリアに言った。
「話は明日にしよう」
「大丈夫!大丈夫だから……!お願い、お父様。私の話を、聞いて欲しいの」
ルナリアは懸命に言う。
シーツを握りしめながら。
その指は、見ていて痛々しいほどに、真っ白だ。
「今、じゃないと……きっと、もう、話せなくななってしまう。だから、お願い。お父様」
ルナリアは、未だに荒い呼吸のまま、父上を見上げた。
それは、ルナリアの覚悟だったのだろう。
父上は、判断に迷ったようだった。
苦渋の判断の末、父上は頷いた。
「……分かった。だけど、僕がもうこれ以上は無理だ、と判断したらそこまでだよ?分かったね?」
「……ええ。ありがとう、お父様」
ホッとしたように、ルナリアが笑う。
それから、ルナリアは話し始めた。
夜会で、婚約者が職務を果たすために自分のそばを離れたこと。
襲撃者と相対したこと。
そして、襲撃者の狙いは、ルナリアの持つ祝石のようだった、ということ。
ひとつめとふたつめは既にわかっていたことだ。
だけど、三つ目は──。
僕が息を呑んだのと同時、父上も、メモをとる手が止まった。
「相手は、お前が祝石を持っていたと知っていたのか?」
「知っていたわ。……それに、顔も見たの。銀髪に、薄い青色の瞳の男のひとよ。隣国の関係者かと思ったのだけど……見覚えがないわ。高貴な……家柄のひとだとは……思うのだけど」
自信がなさそうにルナリアが言う。
相対したのは、恐らく一瞬。
その一瞬で、ルナリアはそこまで覚えている。
魔法銃は、隣国ベルフォール国で軍事開発に成功したともっぱら噂の代物で、未だ、市場には出回っていない。
それに……そうだ。
あの時、魔法が無効化される陣が組まれていた。
あれもまた、相当に難易度が高い。
見知らぬ土地で、一発勝負で成功するものでは決してない。
相当な手練か、優秀な魔術者か……。
あるいは、身内に裏切り者がいたのだろう。
「そうか……。よく話してくれた。今日はもう、休みなさい」
話が終わると、父上はルナリアにそう声をかけた。
ルナリアは、長話をしたせいか、また少し熱が上がってしまったようだ。
会話中、ルナリアは決してグレンの名を出さなかったし、それは父上も同様だった。
それから、一週間が経過した。
未だに、グレンは毎日邸を訪れる。
それを執事に追い返させる度、僕は腹が立って仕方なかった。
何せ、あれだけ、散々……!!
ルナリアのことを邪険に扱ってきたじゃないか。
僕が何度、寂しげに帰宅した妹の姿を見てきたと思っている……!?
デートの途中だって、約束ごとだって、全部そっちの都合で散々キャンセルしてきたくせに。
今更遅い。遅すぎる。
今更、なんだ?
そんなに、毎日足繁く邸に通えるくらいなら、もっと早く。もっと前から、ルナリアのために時間を使って欲しかった。
☆
「では、行ってらっしゃいませ」
「ああ。行ってくる」
執事に答えて、玄関ホールを出る。
今日は、ジェニファーとの約束があった。
ジェニファーは、ルナリアの容態をとても心配していて、見舞いの品を贈っても構わないか、と手紙を貰ったのだ。
あの日の夜のことを、ジェニファーにも少し聞いておきたい。
その帰りに、紳士クラブに寄ろう。
ウィンザー公爵家がどう動くかはまだ分からないが、向こうに有利の噂話でも吹聴されてはたまらない。
ジェニファーにも、社交界で、真実を話してもらうよう協力を取り付けなければ。
そう思って、玄関扉を開け、邸の外に出る。
一歩外に出た瞬間、生ぬるい風が頬をすり抜けていく。
「あ……」
先に声を上げたのは、向こうだった。
また来たのか、という感想と、いい加減にしてくれ、という苛立ちで、僕は一瞬、そいつ──グレンを、睨みつけた。
だけど、取り合うつもりはない。
見なかったことにして、彼の横を通り抜ける。……通り抜けようとした。
だけど、先にグレンに腕を掴まれた。
とんでもない無作法ぶりだ。
「待ってくれ!!一目でいい。ルナリアに──」
「気軽に妹の名を口にするな!!!!」
気がつけば、僕は怒鳴るように言っていた。
口にしてから、しまった、と自覚する。
こんなに大きな声を出しては、ルナリアに気付かれてしまう。ルナリアは、熱が出たり下がったりを繰り返していて、今さっきようやく、眠りについたところだ。
起こしたくはない。こんなことで。
僕は短く舌打ちをして、掴まれた腕を振る。
「離せ。お前と話すことなどない」
「待ってくれ……エリアス。それならお前は、どうしていた?お前なら、どうしていたんだ……!?」
縋るように問われて、僕は鼻で笑った。
どうしていた、だって?
「そんなもの。未だに他人に聞いている時点で、お前は考えることを放棄してるんだよ。僕を宛てにするな。僕はお前に失望した。うんざりだ。二度と話しかけるな」
吐き捨てるように言うと、グレンの、僕の腕を掴んでいた手は、力なく落ちた。
僕は、グレンを見ることなく、馬車へと足を向ける。
背後で彼がどんな顔をしていたのか、僕は知らない。知る必要も、またない。
☆
夜、帰宅して。
ルナリアの部屋を訪ねる。
様子を見に行こうと思ったのだ。
扉を軽くノックしようとすれば、その直前。
啜り泣くような声が聞こえてきた。
「──!」
ルナリアの声だ。
すぐにそれが分かって、息を呑む。
僕はノックするより先に、扉を押し開いた。
「ごめんね、ルナリア。起きてる?」
ノックもなく扉を開けた非礼を詫びながら言うと、ルナリアはベッドの上にいた。
部屋は暗い。侍女は……誰ひとりいない。
ルナリアが下げさせたのか?
「ルナリア?どうしたの?」
時刻は、日付が変わろうとしている時間帯。
僕は、ベッド横の椅子に腰を下ろした。
本当は、ベッドに座りたかったけど、生憎僕は外から帰ったばかりだ。
汚れた服のまま、ルナリアの眠るベッドに座ることははばかられた。
尋ねると、ルナリアは──
「お、にい、さまっ……」
苦しげに、そう言った。
はちみつ色の瞳は、涙で潤んでいる。
次から次に、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
ひとりで、泣いていたのだろう。
すぐに分かった。
侍女を下げていたのは、このためか?
ひとりで泣きたいから──涙を、見せたくなかったから。
ルナリアは、僕を呼んだと同時、抱きついてきた。
それを、受け止める。
ルナリアの体は、まだ熱い。発熱しているためだ。
そっと、ルナリアの背を撫でた。
何度も、何度も。彼女を落ち着かせるように。幼い頃に良く、そうしてやったように。
「大丈夫。大丈夫だよ、ルナリア。怖いことなんて、何も無い」
「……っ……、……!」
しかし、ルナリアは首を横に振る。
顔を見ると、ルナリアは涙でぐちゃぐちゃなまま、しゃくりあげて言った。
「違う。違うの……!!」
「何が、違うんだい?」
できる限り優しく、僕はルナリアに尋ねた。
ルナリアは何度も何度もしゃくりあげながら、思いを吐露する。
「ごめん、なさい。不甲斐ない妹で、ごめんなさいっ……!!」
「──」
僕は、その時気がついた。
ルナリアが、悲しんでいる理由。
婚約者に選ばれなかった。事件当時、置いていかれた。その結果、ルナリアは怪我を負った。それも、後遺症の残る酷い怪我だ──。
それを、悲しみ、苦しんでいるのだと思っていた。
だけど、まさか。
「……僕たちのことなら、気にしないでいい。ルナリアが生きていた。それだけで、十分なんだよ」
ルナリアは、それでも首を横に振る。
ルナリアが、気に病んでいる理由。
それは──自分のことで、家族を悲しませているから……か?
確かに、ルナリアが怪我をしたことで、諸々の問題が起きた。
だけどそれは、僕たちがしたいからしていることで。ルナリアが気に病むことなど、ひとつもなかったのに。
僕も、母上も、父上も。昼夜を問わずに動いている。
社交嫌いのはずの母上は、ルナリアが目を覚ましてから、精力的に夜会やパーティーに参加するようになった。
情報操作のためだ。
元々、母上は社交界の花として名を馳せたひとだった。その母上が、社交に精を出しているのだ。既に、ルナリアとグレンの話は広まりつつあった。
もちろん、事実そのままを広めているのではない。
一部は、ぼかしてある。
だけど大事なのは、グレンが職務を優先し、ルナリアは置いていかれた、ということ。
これを言えば、大抵のご婦人は同情する。
ご令嬢も、自分の身に置き換えて、気の毒に思う。
ジェニファーにも協力を仰ぎ、令嬢たちの集まる集まるティーパーティーで、情報を流すようお願いした。
彼女は事の顛末を知ると、烈火のごとく怒った。
今にもグレンのところに殴り込みに行きそうだったので、止めるのに苦労したくらいだ。
ルナリアは──僕たちが、忙しなく邸を出ていることに気がついている。
そして、それを申し訳なく思っているし、自分が情けないと思っているのだろう。
僕は、ルナリアを強く、強く抱き締めた。
「……大丈夫。大丈夫だよ。ルナリア。泣きたい時は、泣けばいい」
泣きじゃくる妹の背を、ゆっくりと、何度も、何度も撫でる。
ルナリアは何度も謝った。
きっと、それが本心だったのだろう。
目を覚ましてから、気丈に振る舞っていたのは──弱音など吐いていられない、と思ったのかもしれない。
迷惑をかけていると、そう思ったのだろう。
「僕は、ルナリアが大好きだ。ルナリアは?」
「私も……私も、お兄様が、好き」
酷い鼻声で、しゃくりあげながらルナリアが答えた。
盛大に泣いたために、ルナリアの顔はぐちゃぐちゃだった。瞼は腫れぼったく、鼻は赤い。髪が、涙で頬に張り付いている。
僕はそれを取ってやりながら、視線を扉へと向けた。
そこでは、ルナリアの泣き声を聞きつけたのだろう。侍女のクラリスがこちらを窺っていたので、首を横に振る。
もう少しだけ、待ってやってほしい。
「ルナリア。……海に行かないかい?」
突然の提案だったので、ルナリアが目を瞬く。
「…………う、み?」
「そうだよ。ローウェル公爵家が所有するユジュの別邸。南の方にあるだろう?お前、好きだったじゃないか。海が綺麗で、よく水遊びをしたろう?……昔はよく行ったものだね」
そういうと、ルナリアも思い出したのだろう。
何度もぱちぱちと瞬きをして──それから、ふにゃりと笑った。
「懐かしい……。あの時は……まだ」
その言葉の先は、音にならない。
グレンと出会っていなかった、と。
そう言いたいのだろう。
僕はルナリアの頭を撫でる。
ルナリアが頭を押し付けるようにして甘えてきたので、何度もそうしてやった。
「しばらく、ユジュの別邸に行っているといい。そこで、英気を養ってくるんだ。……ルナリア。誰も、お前のことを迷惑なんて思っていない。僕も、母上も、父上も、エイリクも。お前のことが、とても大事なんだよ」
だから──どうか。
(神様。これ以上、ルナリアを追い詰めないでください)
もうこれ以上、悲しむルナリアの姿を、泣く妹の姿を、僕は見たくないんだ。
僕の提案に、ルナリアはこくん、とちいさく頷いた。
ルナリアがユジュの別邸に行くことが決まり、その支度を進めていた頃。
ここ数日は訪れがなかったというのに、また、グレンが訪問した。
しかも彼は、連日手紙を送ってくる。
宛先は、ルナリアだ。
以前のようなメッセージカードではない。手紙が便箋に入れられているので、流石に何が書いてあるか、読むことは出来ない。
ひとまず、手紙は父上が預かっている。
その時、僕とルナリアは、ユジュの地図を見て、思い出話に花を咲かせている最中だった。
扉がノックされ、執事が頭を下げて入室する。
彼は、ルナリアをちらりと見てから、言いにくそうにしながらも言葉を続けた。
「ご歓談中、失礼いたします。……坊っちゃま。ご子息様ですが、本日も」
ぼかしているが、グレンのことだろう。
今日も、父上は不在だ。
だから、僕に報告に来たのだ。
僕はひとつ頷くだけに留めた。
あまり長話をすると、ルナリアに気付かれてしまう。
だけど──遅かった。
ルナリアは、執事の僅かな単語で、訪問者が来ていること。
そして、その訪問者が誰か、まで理解してしまった。
「……待って。お兄様。……来てるのね?……彼、が」
ルナリアは、グレンの名を呼ばない。
呼べないのだろう。
僕はルナリアの言葉になんて返そうか迷ったが、その前にルナリアが言った。
「……お兄様。私……」
「無理はしなくていいんだよ。それに……約束なんてしていない。一方的に押しかけられているだけだ」
困ったように、冗談交じりに言う。
そうすれば、緊張していた空気が緩んだことに、ルナリアがホッとした様子を見せた。
それから、ルナリアは何度も視線を彷徨わせてから、言った。
「私……会うわ。彼に」
「ルナリア?」
息を呑む。
まさか、という思いで目を見開いた。
それに、ルナリアは苦笑した。
ゆっくりと、首を横に振る。
「彼に、話したいことが、あるの。話さなければ、ならないことが。きっと、今話さなければ……もう二度と、話せないと思うから」
だから、とルナリアは声を振り絞る。
「お兄様。お願い。……彼と話す時。……そばに、隣に、いてほしいの。ひとりで話すのは、まだ、少しだけ、怖いから」
ルナリアは困ったように笑って、僕を見た。
その手は、震えている。その震えを抑えるようにして、ルナリアが僕を見つめてくる。
辛そうに、苦しげにしているのに。
それでも会うことを、話し合いを望むルナリアの希望を、その覚悟を──兄である僕が、否定できるはずがない。




