表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう終わりにしましょう?  作者: ごろごろみかん。
2.確認

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/16

7.再来 【エリアス】



父上と、ウィンザー公爵の話し合いがあった翌日。


ようやくルナリアが目を覚ました。

あの事件から、三日が経過していた。


母上は、二日ずっとルナリアについていた。

だからあまり寝ていない。エイリクと父上に、少しでも寝た方がいいと勧めを受けて、母上が寝室に行った。その、直後のことだった。


カーテンから零れる朝の日差しで目を覚ましたのだろう。ルナリアの瞼が震えた。


「ん、んぅ……ん……?」


ゆっくりと、まつ毛が持ち上がる。現れたのは、僕とエイリク、そして母上と同じはちみつ色の瞳。

目が覚めたルナリアは少し、ぼうっとしているようだった。


「姉上……!?」


「ルナリア……!」


すぐに僕とエイリクが呼びかける。

ルナリアは、何度か瞬きを繰り返した。


「エイリク……?お兄、様……?ここは……」


状況が分からず困惑しているようだ。

ルナリアは眉を下げ、視線を巡らせる。

そこで僕と目が合ったので、僕はにこりとルナリアに笑いかけた。


「おはよう、ルナリア」


「おはよう……ございます」


ルナリアは困惑しているようだった。

だから、僕は言葉を紡いだ。

彼女が嫌な記憶を思い出してしまう、前に。


「食欲はある?何か食べられそうかな。食べたいものがあるなら、なんでも言ってごらん?」


「お兄様……。私──」


ルナリアは何か言いかけて、ハッとしたように息を呑んだ。


「……ぁ……」


はちみつ色の瞳が見開かれる。

信じられないものを、見てしまったかのように。


その様子に、僕はルナリアが思い出してしまったことを知った。


王城で起きた出来事について。

夜会で起きた、襲撃事件について。


すぐに、ルナリアの顔は血の気がひいていった。

くちびるが強ばり、震えている。

ここではないどこかを見て、ルナリアは怯えていた。


そんな妹の頭を、撫でた。


ここはローウェル公爵家の邸だ。

王城ではないのだと、教えるように。

ここには、僕だけじゃない。エイリクも、母上も、父上もいる。


汗をかいてしまったために、ルナリアの髪は、少ししっとりしていた。

熱がないなら、まずは湯浴みかな。


「ルナリア。まずは自分の体調のことを考えて。食欲はある?湯浴みはできそうかい?」


湯浴み、というとルナリアは目をぱちぱちと瞬かせた。それから、首を傾げる。


「湯浴み……?お兄様。私は、どれくらい眠っていたの?」


寝起きのために、その声は細い。

だけどそれだけのせいではないだろう。

その瞳も、不安そうに揺れていた。


「まる二日ってところかな。お前は高熱を出して、寝込んでいたんだよ」


「二日も……!?」


ルナリアが目を見開いた。

やはり、この二日。ルナリア本人に意識はなかったらしい。




後は、控えていた侍女にルナリアを託し、エイリクと共に部屋を出た。


「……兄上」


エイリクの声は震えていた。

その肩を、何度か叩く。

気持ちは、同じだった。


「ルナリアが目を覚ました。父上と、母上に報告をしなければね」


そう言った僕の声もまた、少し震えていた。


目が覚めたルナリアは、グレンの話を一度もしなかった。

彼の名が、会話に登ることもまた、なかった。


だけど、今後のことは早めに考えなければならない。

父上は婚約を解消させると言っている。僕もそうすべきだと思っているし、もうルナリアとあいつを会わせる気もなかった。


だけど、ルナリアの意思の確認は必要だ。


もし、ルナリアがまたグレンと会いたいと。

グレンを許すと言ったら、彼女の意志もまた、尊重しなければならないだろう。

婚約を継続するかどうかは、また別として。


グレンを許す。

……それは、僕には絶対にできそうにないことだった。


許せない。

……許せないんだ。


僕は自分を落ち着かせるように、深く息を吐く。

それから、目が赤いエイリクに尋ねた。


「朝食は、ルナリアの部屋に運ばせる予定だけど。お前も一緒に食べるかい?」


エイリクに尋ねると、十一個下の弟は、こくりと力強く頷いた。










医者がすぐに呼ばれ、ルナリアの診察が始まる。


やはり、足の傷は深く、後遺症が残ると言われた。

それに、ルナリアは何も言わなかった。顔色は悪かったが、それはこの話を聞いたからなのか。

あるいは、依然として体調が悪いせいなのか。

ルナリアは起きてからずっと、その顔色が紙のように白い。


それを見る度に、僕は胸が痛くなる。

どうしても、思い出してしまうからだ。


『お兄様。これとこれなら、どっちの方がお肌が白く見えるかしら!?やっぱり、こっち?でもあまり白すぎるのも、怖いわよね……?』


そう言って、薔薇色の頬で幸せそうに笑っていた娘は、もういない。




「まずは、リハビリから始めてみましょう。……恐らく、強い痛みを伴います。こればかりは、ご令嬢がどこまで頑張れるか……」


「頑張ります。どうか、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」


ルナリアはそれだけ言って、ベッドの上で頭を下げた。

結われていない栗色の髪が、ルナリアの肩を滑る。

だからその時、ルナリアがどんな顔をしていたのか、僕は知らない。



まだ患部は熱を持っていて、ルナリアも完全に体調が回復したわけではない。

昼になると微熱が出てきて、夜になるとそれは高熱に変わった。


母上が水で濡らした手巾を、ルナリアの額に乗せる。


「こうしていると、ルナリアが小さかった頃のことを思い出すわ」


母上は、ルナリアが眠っていた時のような弱さは見せなかった。

泣かなかったし、落ち込む素振りも見せない。

ただ、ルナリアを安心させるように微笑んで、その頭を撫でている。


「昔のあなたはとっても泣き虫だったのよ?覚えてる?」


「お母様ったら。いつの話をしているの?それにもう、私はそんなに弱くないわ」


苦笑してルナリアが抗議する。


弱くはない。

……そうだね。ルナリア。

お前は、事件が起きたあの日の夜、久しぶりに涙を見せたね。

久しぶりに、僕は妹があんなに泣きじゃくる姿を見たんだ。


だけど、ルナリアは目が覚めてから、一度も泣いていない。


もう、以前のように歩くことは難しいかもしれない、と医者に残酷な現実を教えられた時も。

ルナリアは真っ直ぐ医者を見つめていた。


毅然としていたんだ。

きっと、ショックだったろうに。

とても、悲しかっただろうに。


「……お母様。私、頑張るわ」


まつ毛を伏せ、目を閉じながら、ルナリアが母上に言う。


何を、頑張るって言うんだ?

もう散々、ルナリアは頑張ってきたじゃないか。


父上に宣言した通り、グレンとの婚約が決まった後。


彼女は苦手だと言っていた裁縫も、ダンスも、精力的に励むようになった。

それは、教育係が目を見張るほどの変化だったのだ。


何度も、ダンスの練習相手に誘われた。

それは僕が「もう十分なんじゃない?」と苦笑を零すほど。


ルナリアは、頑張っていたんだ。


流行りのドレスに、少しでも自分を可愛く見せる化粧技術。


ああでもない、こうでもないと侍女たちと研究していた。

それに僕やエイリクが巻き込まれることも多かった。


言葉遣いに立ち居振る舞い。

歩き方、立ち方。一挙手一投足に、ルナリアは注意を払うようになった。

それまで以前よりもずっと、レッスンを頑張るようになった。


それは、父上に宣言した手前、というのももちろんあるのだろう。

だけどそれ以上に、グレンの婚約者になったのだという事実が、ルナリアの背を押しておるように見えた。


『グレンの婚約者として、恥ずかしくないようにしたいの』と、ルナリアはにかんでいた。




ルナリアの頭を撫でていた母上が、ルナリアに問う。


「何を頑張るつもりなの?」


「……お医者様に、言われたの。私の足は、もう、以前のように動かすことは難しいかもしれない、って……」


「──」


母上が、息を呑む。

侍女が父上と母上に報告をあげている。既に知っていたことだが、やはり本人の口から言われと、痛々しさが段違いだった。


母上は言葉を失い、それでもルナリアの手前、平静を取り繕っている。


でも、母上の隣に座る僕にはわかる。母上は酷く動揺していた。

今、ここにルナリアがいなければ、泣き出してしまいそうな程には。


心配になって母上を見ると、僕の視線に気がついた母上が、取り繕うように微笑んでみせた。


ルナリアは、そんな僕たちのやり取りに気付くことなく、ゆっくりと言葉を続ける。

こころの内を、整理するように。


「だから、頑張るわ。以前のように……ううん、まずは、ひとりで立てるように」


そこで、ルナリアは顔を上げる。

僕と、母上をそれぞれ見つめて。


「心配を、かけてしまってごめんなさい。お母様、酷い顔色だわ。お兄様も、目が充血してる。エイリクは青ざめていたし、お父様は疲れているようだったわ。みんなが窶れているのは、私のせいでしょう?……ごめんなさい」


ルナリアは、思い悩むように言った。

それに、母上が激しく首を横に振る。

僕が何か言うより早く、母上が答えた。


「あなたが……!あなたが謝ることなんて、ひとつもないのよ……!」


母上の声には、涙が交じる。

それに、ルナリアは困ったように笑った。


「あの時……事件が起きた時。どうすれば良かったのか、答えが出ないの。私は、どうすればよかったのかしら……って。ずっと考えているの。……お母様、お兄様。私はどうすれば良かったの……?」


それに答えられるものはいない。

少なくとも、この寝室には。




その日の午後。

父上は邸を出ていて、執事長のケヴィンが僕に、判断を仰ぎに来た。


「坊っちゃま。至急、ご確認いただきたいことがございます」


「確認?何?」


僕は自室で、招待状の整理を行っていた。


季節は夏。社交シーズンだからたくさんの招待状がローウェル公爵家には届く。


だけど、今回は少し訳が違う。

例年より、ずっと量が多い。


その理由は至極単純だ。

ルナリアとグレンの間で何が起きたか知りたいからだろう。

下心を隠しきれない招待状を破らないように、断りの返事を書くのは、一苦労だった。


僕が尋ねると、ケヴィンが無表情のまま言った。


「ウィンザー公爵家のご嫡男がいらっしゃっています」


「……はぁ!?!?」


僕は椅子を引き倒す勢いで立ち上がった。


「嘘だろう!?父上は釘を刺したと言っていたぞ!?」


「事実です。今、イザークが対応しています。邸には入れておりません。いかがなさいますか」


イザークとは、ケヴィンの息子だ。執事のひとりでもある。

イザークはまだ若い。彼ひとりに対応を任せるのは不安があった。早く、ケヴィンを戻した方がいいだろう。


どうするか?

そんなの、聞かれずとも決まっている。


「追い返せ。約束はしていない。常識外れだ!」


バン、と思わず机を打ち付けてしまう。


せっかく書き上げた断りの文句を乗せたメッセージカードが、何枚か机から落ちる。その中には、まだインクが乾いていないのもあって、字がよれてしまった。書き直しだが、構わない。


そんなことより──


(また来た、だと!?)


どの面下げて──。

今更、何の用だ?

今更こられても、迷惑なだけだ……!!


僕が答えると、ケヴィンは恭しく頭を下げた。


「承知いたしました。そのようにいたします」


今にも退室しそうなケヴィンを、僕は呼び止めた。


「また、あいつが訪れることがあれば、同じように追い返して構わない……!!僕から父上に、そのように報告しておく!」


語気が荒れてしまうのは、抑えようがなかった。


僕は本来、こんなに乱暴な人間ではない。机を叩いたり、言葉を荒らげたり。そんな真似は、滅多にしない。


そのように教育を受けたというのも大きいが、感情の起伏が元々、そこまで激しくはないのだ。


だけど今は、だめだった。

呼吸を整えようにも、落ち着かない。


はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返す自分を、どこか他人事のように感じていた。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヒロインにちゃんと味方がいるから安心して読めます ヒロインちゃんに幸あれ…
 ここまで大変魅力的で面白く読ませていただいています。ただ、そろそろ特に展開もなくストレス回を引っ張りすぎてテンポが悪くなっているようにかんじます。流れから期待されるザマア展開と予想を裏切る新たな展開…
ううう…話の持って行き方がうまい ついつい引き込まれて主人公の受けた理不尽に腹が立ってしまう… クズ騎士側は、「王女を守るのが仕事」ってのを振りかざしてるけど それが通るなら、騎士の職にある人間は女…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ