4.話し合い【ローハン】
日中は、襲撃の報告書と、ルナリアの婚約解消の申し出の書類作成。それと療養の手配。
それに合わせ、通常業務もある。
執務が終わる頃には、既に夜明けと言っても過言ではない時間帯になっていた。
ルナリアの部屋の扉を静かにノックする。
応対したのはルナリアの侍女のクラリスだった。
彼女は僕の姿を見て、驚いたように目を見開いた後、すかさず頭を下げる。
どうやら一晩中、ルナリアについていてくれたらしい。
彼女は小声で室内の様子を教えてくれた。
「奥様は先程、お眠りになられました。……お声をかけられますか?」
見れば、ヴィオラはルナリアのベッド横の椅子に座りながら、うたた寝しているようだった。
ルナリアの手をしっかりと握っている。
ヴィオラの隣には、エリアスが。
エリアスは眠っていないようで、ただじっと、ルナリアを見ている。僕に気が付くと、こちらに視線を寄越した。
「いや、そのままにしておいてあげてくれ。きみも休みなさい」
「ですが……」
「もし、ルナリアが目を覚ました時。そばにいられないのはきみも嫌だろう?」
クラリスは、夜会でもルナリアに付き添っていた。
本来、夜勤の担当ではないだろう。
室内に足を踏み入れると、そこにはクラリス以外にも、ルナリアの侍女全員が揃っていた。
みな、心配で様子を見ていたのだろう。
ルナリアを想うその気持ちは嬉しいが、それで彼女らが体調を崩しては元も子もない。
ルナリアだって、知れば気に病んでしまう。
「きみたちも休みなさい。仮眠を取るように」
命じると、彼女たちは困惑しながらも頷いた。
ローウェル公爵家の使用人は、よく躾られている。
だから、本来は主人の命令に逆らうことはもちろん、反発するような表情を見せることはまずない。
だけど今の彼らは明らかに困惑している。
それは、ルナリアのそばにいたいからだ。
当主の命令に、ひとつ返事で頷かないことを罰する気持ちはもちろんなかった。むしろ、それくらいの気持ちで仕えてくれていることを誇らしく思う。
「これからも、ルナリアを頼むよ」
そう言うと、侍女たちは深く頭を下げた後、退室した。
ベッドに近づき、ルナリアの様子を見る。
顔は青白く、呼吸は浅い。
エリアスとは互いに、何も言わなかった。
エリアスの目は赤く充血していて、睡眠不足のせいもあるのだろうが、血走っているように見える。
(……これは、私の失態だ)
エリアスは、自分の責任であると思っているのだろう。
だから、こんなに思い詰めている。
ルナリアが、なぜ大怪我を負ったのか。その過程はまだ分かっていない。
なにせ、周囲の招待客はみな、逃げることに必死で、目撃者がいない。
ルナリアの目が覚めたら、彼女自身に聞かなければならない。
だけど、襲撃にあった時、ルナリアがひとりだったことは、間違いなかった。
(あの襲撃は、一体誰を狙ったものだった?)
王家主催の夜会で起きたのだ。
王族を狙ったと考えるのが定石だが……。
僕は、ルナリアの頭を撫でる。
いつもは、さらりと指先から零れる亜麻色の細い髪。
今は、汗で水気を含んでいた。
頭を撫でても、ルナリアは目を覚まさない。
「……僕は少し寝るよ。エリアス、お前も短時間で構わないから、睡眠をとっておきなさい」
ルナリアの侍女はみな寝かせたが、隣の部屋にはヴィオラの侍女が控えている。
鈴が鳴れば、すぐに飛んでくるはずだ。
僕の言葉に、エリアスは僅かな逡巡にしたように目を逸らした。
それから、困ったように口を開く。
「……眠れないんです。目を瞑ると、色々なことを考えてしまう」
「それでも、眠るべきだ。睡眠不足では正常な思考も失われてしまう」
「今日だけ、許してください。明日はちゃんと眠ります」
そう答えるエリアスの声は固い。
それ以外は認めないと言外に言っているも同然だった。優男に見えて、エリアスは頑固だ。
こうと決めたことは曲げない。
それをわかっていたから、僕は息子の希望を呑んだ。
「分かった。今日だけだぞ」
そう答えて、踵を返す。
まだやることはある。仮眠も取らなければ。
ルナリアの婚約に関する書状は既に作成した。明日朝一にでも、ウィンザー公爵家に届けさせよう。
王城の騒ぎについては、私はその場に不在だったから、報告できることが少ない。
ただ、襲撃の際、ルナリアが大怪我をした。
魔法銃で、足を撃たれたのだ。
なぜ、足だったのだろう?
殺すつもりなら、急所を狙うはずだ。
(襲撃者は、ルナリアを殺すつもりはなかったのか……?)
人質にするつもりだったのか。
不可解な点が多い。
現時点で曖昧な点が多い報告を王に奏上することは、リスクがある。
襲撃の報告書は、ルナリアが目を覚ますまで保留にしよう。
そして、エリアスから報告を受けて確認したが……確かに、ルナリアの祝石は覚醒していた。
それは恐らく、身の危険に晒されたことが理由だろう。
(祝石がルナリアを守ったのか?)
もしや、急所を外して狙われたのではなく、命を奪うつもりでルナリアは狙われた?それが、祝石の加護で助かったのか?
祝石の力で、弾道をねじ曲げた可能性もある。
祝石の力は未知数だ。
はっきりとしたことは分からない。
何が起きたのか知っているのは、ルナリアだけ。
何にせよ、ルナリアが目を覚まして、彼女に話を聞かないことには何も始まらない。
翌日、ウィンザー公爵家の息子──まだ、ルナリアの婚約者であるグレンが邸を訪れた。
だけど、来訪の約束は一方的なものだ。
こちらの返答など必要としていない。
あまりにも、一方的すぎた。
無意識なのか意図的なのかは分からないが、こちらを見下しているのだろう。
ケヴィンに言って、追い返すよう指示する。
しかし、グレンはなかなか引き下がらなかったようだ。
結果、ケヴィンはかなり冷淡に彼を追い返してしまったとのことだった。
「私の力量不足により、申し訳ございません」
ケヴィンが頭を下げる。
グレンは、公爵家の嫡男だ。
どんなにクズだろうが、娘の婚約者として認められなかろうが。
その相手を無碍に扱ってしまったので、その謝罪だろう。
僕は首を横に振った。
「いや、よくやってくれた。それで、あいつの様子はどうだった?」
「それが……混乱されている様子です。まだお嬢様はお目覚めにならないこと、大怪我を負った旨を説明しましたが、それなら見舞いに行かせてくれの一点張りでして。お引き取りくださいと言って、追い返しました」
「ありがとう。手間をかけさせてしまったな」
ケヴィンは無言だ。
しかし、その瞳は何より雄弁だった。
彼にしては珍しく、手厳しく追い返したのも、ルナリアを想ってのことだろう。
ケヴィンは、ルナリアが生まれた時から知っているから、尚更だ。
その時、ひとりの従僕が部屋に入ってきた。
手には、トレイを持っている。
トレイには、一枚の書簡。
嫌な予感がする。
こういう予感は、得てして当たるものだ。
「こちら、先程ウィンザー公爵家より届きました」
やっぱりか。
それは、ウィンザー公爵家からの親書だった。
ルナリアとグレンの婚約について、話し合いたい。その旨が書かれていた。
話し合いたい?こちらには話すことなどない。
グレンと顔を合わせるなど、以ての外だ。
直感的にそう思ったが、しかし公爵家の当主として本心は呑み込む。
どれだけグレンを恨んでいようと、グレンとの婚約を認めてしまった自分を責め立てようと、体裁は保たなければならない。
僕は、ローウェル公爵家の当主なのだから。
もう若造ではない。
当主になってから、随分と経つ。
だけど今回の騒動は、今までのどのトラブルよりも重たく、心理的負担が大きかった。
そのまた翌日。
ウィンザー公爵がローウェル公爵家を訪ねてきた。
ルナリアは変わらず伏せったままだ。
そのため、本人たちは不在だが、話し合いは当主で行う旨を予め書簡で伝えておいた。
その言葉通り、ウィンザー公爵はひとりで邸を訪問した。
ウィンザー公爵は、ルナリアへの見舞いの言葉と品を渡してきて、通り一遍のやり取りを交わす。
「ご令嬢は本当にお気の毒でしたな。襲撃を受けた際に、おひとりであったとか」
「ええ。一緒にいたはずのウィンザー小公爵は、職務を果たすためにルナリアのそばを離れたようですので。ルナリアはひとりで襲撃者と相対したのですよ」
「それはすごい。ルナリア嬢はまだ目が覚められていないのですよね?目が覚めたら、有意義な情報を聞けるかもしれない。そちらのご令嬢は、実に立派で勇敢だ。もし、彼女が敵に繋がる情報を持っているなら、それは報奨ものですよ!」
ウィンザー公爵はどこまでも穏やかに笑った。
それは意図してこちらを煽っているようにも、本心からそう思っているようにも見えた。
(報奨ものだと……!?)
ルナリアの傷は、何も、ふくらはぎの怪我だけではない。そのこころも、深く傷ついているのだ。
それを、この公爵は……!!
(貴族の娘が怪我をする意味を、分かっているのか!?しかも、ただの怪我じゃない)
跡も、後遺症も残るような大怪我だ。
男なら名誉の傷でも、女には瑕疵にしかならない。
それを、立派で勇敢だ?
報奨ものだと?
僕は、公爵とは絶対に相容れないことを直感した。
価値観が違いすぎる。
ウィンザー公爵は、根からの貴族思考だ。
娘は家に属し、娘は、家のための結婚をする。そんな、古い思想に凝り固まった人間だ。
だけど、それはこの社交界において至って普通の思考だった。
僕の考え方の方が珍しいのだろう。
僕は、ヴィオラと恋愛結婚だった。
だから、子供たちにもできるだけ、自由な結婚をして欲しい。
エリアスだけは、どうしても必要になり、政略での婚約となったが、幸いにもエリアスとジェニファーの仲は良さそうだ。
婚約の話を持ってきた時も、エリアスは意外そうな顔をしただけで、躊躇する様子は見られなかった。
「私は名誉よりも、娘の安否の方が大事です。卿の息子が、娘のそばを離れなければ、娘は怪我をしなくて済んだかもしれませんね」
つい、吐き捨てるように本心が零れる。
それに、ウィンザー公爵は意外そうな顔になった。
「おかしなことを。我が息子は、王女殿下付きの近衛騎士ですよ?有事の際は、王女殿下をお守りするのが職務です。ルナリア嬢を守れなかったのは不甲斐ないと思いますが、全責任をこちらに押し付けるのもまた、いかがなものかと思いますが?」
「そうですね。こんなことなら、ルナリアには護衛を同伴させるべきでした。……失敗でしたよ」
この失敗の意味には、グレンとの婚約を認めたことも含まれている。
ウィンザー公爵はそれがわかったのだろう。
不愉快そうに鼻に皺を寄せた。
夜会を、護衛同伴で参加する。
当然、ルナリアは注目の的になるだろう。
婚約者が傍にいるのに、騎士をも侍らせるルナリアを、周囲はどう見るだろう。
婚約者は騎士職についていて、腕が立つ。
それなのに、護衛も傍に置くことは、グレンを信頼していないことの意思表示になりかねない。
そして同時に、そこまでして守る価値がルナリアにあると、周囲に宣言しているも同じになってしまう。
(確かにルナリアは祝石持ちだ。だけどそれを知っているのは、ミレヴァール国内でも、ごく一部の重鎮のみ)
だから、ルナリアの祝石が狙われる可能性は低いはずだった。
もし、そうでないなら。
ルナリアの祝石が狙われての襲撃なら──それは。
(情報を流したものがいる)
そういうことになる。
そして、その場合、それは身近な人間だろう。
ルナリアの秘密を知るものなど、限られているのだから。




