8 婚約解消のとんでもない真相
「こいつはパウルス・クレド子爵令息、こっちはイザベラ・ディエス伯爵令嬢だ」
リヴィウス様に紹介された二人は、少し強張った表情で同時に頭を下げた。
パッと見でもわかるほど、二人の距離感はかなり近い。それに気づいた瞬間、頭の中に大きな疑問符が浮かぶ。
……この令嬢、リヴィウス様の『お相手』じゃないの……?
警戒と困惑、嫌悪と狼狽で身動きできない私を尻目に、リヴィウス様がさらに続ける。
「二人は俺たちの一つ下の学年なんだけど、パウルスには二つ年上の姉がいてね。その姉がマテウス・べラトルの元婚約者なんだよ」
「…………えっ!?」
公爵令嬢らしからぬ素っ頓狂な声を上げてしまったのも、仕方がないと思う。
だだだって。
いきなり何なの? ど、どういう展開……!?
言葉を失い、目の前の三人を順番に眺めることしかできない私に、クレド子爵令息はおずおずと口を開く。
「……あ、あの、アトルム公爵令嬢――」
「フェリシア、でいいですよ」
「じゃ、じゃあ、フェリシア様。先日、顔合わせと称してマテウス・べラトルにお会いになったとお聞きしたのですが……」
「ええ」
「そのときあいつが話していたことは、恐らく全部嘘だと思います」
「……は、はい?」
またしても公爵令嬢らしからぬ素っ頓狂な声を上げてしまったというのに、クレド子爵令息はまったく驚く様子がない。
むしろ、さもありなん、的な顔をしている。
「あいつ、姉との婚約解消について、何て言っていましたか?」
「……自分が元婚約者の理想の相手ではなかったからだろうと。一つ年下ということもあって、優柔不断だとか頼りないとか思われていたとも――」
「ほーらね、やっぱり」
いきなり砕けた物言いになったクレド子爵令息は、「あ、すみません!」と言いながら慌てて頭を下げる。
でも、そんなのはこの際どうでもいい。
いったいどういうことなの……?
とにかく話の続きが気になる私は、「いいから続けて」と内心興味津々で促す。
「姉とマテウスとの婚約が決まった直後は、マテウスも猫を被っていたのか、とても理想的な婚約者だったそうです。姉は心から婚約を喜んでいて、僕もしょっちゅうマテウスの話を聞かされていました。ところが、次第にマテウスは本性を現わすようになってきて……」
「本性?」
「あいつの家では、マテウスより三歳年下の病弱な従妹を預かっているんですよ。王都で専門的な治療を受けさせたいとかいう理由で」
「従妹が一緒に住んでいるの?」
「はい。しかもこの従妹とマテウスとの距離が、あり得ないくらい近かったらしいんです」
「……え?」
「最初は、べラトル伯爵家でのお茶会にその従妹が同席したのがはじまりだったそうです。そのうち姉と会う際には、マテウスが必ずその従妹を連れてくるようになって」
「……え、なにそれ」
「ほんと、なにそれ、なんですよ。でもマテウスは、従妹も一緒に行きたがっているからとか、友だちのいない従妹と仲良くしてほしいとか言って、常に従妹を伴うようになったんです。しかも三人でいると、マテウスと従妹がまるで恋人同士のようにべたべたするから、だんだん姉がおまけのようになっていったと」
……なんだそれは。
ちょっと、意味がわからない。
クレド子爵令息も、まるで私の心の中を読んだかのように、「本当に意味がわからないですよね? 姉も常々言っていました」と付け加える。
「従妹の存在に疑問を抱くようになった姉は、マテウスに従妹のことをどう思っているのか直接尋ねたそうです。マテウスは『病弱でかわいそうなだけ』と話していたようなのですが、従妹のほうがそうでないのは火を見るよりも明らかだったらしく」
「その従妹は、べラトル伯爵令息に恋情を抱いていたということ?」
「どうやらそうらしいです。姉に対して対抗心をむき出しだったみたいで。当のマテウスは気づいていなかったようなのですが」
「……それは、気づいてもよさそうなものでしょう?」
「はい。姉もそれとなく伝えてみたそうですが、『そうかな?』と誤魔化されて終わったらしいです。でもどんどん不満が募っていった姉は、とうとう『私と従妹、どちらが大事なの?』と問い質してみたのです」
「……それ、もしかして選べなかったのでは……?」
「その通りです」
なるほど。それで合点がいった。
べラトル伯爵令息が「優柔不断だとか頼りないとか思われていた」というのは、そういうことだったのだ。
問題は、年齢ではない。
婚約者と病弱な従妹とを天秤にかけたとき、どちらが大事なのか即答できなかったから。
優先すべきはどちらなのかをわかっていなかったことが、致命的だったのだ。
「結局、姉はマテウスとの婚約をなかったことにしたいと言い出しました。両親も事情を聞いて了承し、はじめはマテウス有責の婚約破棄にするつもりだったのです。ところがべラトル伯爵家との話し合いがかなり揉めまして、最終的には両家納得のうえでの婚約解消ということになってしまいました」
「両家納得のうえで」というわりには、まったく納得していない様子のクレド子爵令息。
まあ、格上のべラトル伯爵家に押し切られ、抗い切れなかったのだろうということは容易に察しがつく。
「幸い、姉にはすぐに別の求婚者が現れて、その方と新たな縁を結ぶことができました。ただ、自分だけ先に再婚約が決まった後ろめたさもあって、姉はマテウスとの婚約解消に至った正確な理由を公表しなかったのです」
「それで、いろんな憶測が飛び交っていたわけですね」
「マテウスのほうは新たな婚約者を探している気配がなかったので、きっと従妹と婚約するつもりなのだろう、という推測もありましたし。そのまま姉は卒業し、学園を去ったわけですが」
そこでクレド子爵令息は一旦言葉を切り、もったいぶったように神妙な顔つきになる。
「そんなマテウスが、サリエル殿下との婚約が解消になったフェリシア様に釣書を送るとは思いもしませんでした」
確かに、クレド子爵令息の言う通りである。
詳しい事情を知る面々からしたら、「どういうことだ?」と訝しむのも無理はない。
たった今話を聞いた私だって、「従妹はどうした?」と言いたくなる状況である。顔合わせの際にも、従妹の話なんて一ミリも出なかったし。
「本当は、この話をもっと早くフェリシア様にお伝えしたかったのですが、リヴィウス先輩に聞くまでマテウスが釣書を送ったなんて知らなかったもので……」
申し訳なさそうに俯くクレド子爵令息の言葉に、私は一瞬、目が点になった。
……ん?
リヴィウス先輩……?
「あの、失礼ですけれど」
躊躇いつつも、私は思い切って尋ねてみる。
「あなたとリヴィウス様とは、どういったご関係なのでしょう?」
聞かれたクレド子爵令息はハッとして、それから隣に座るディエス伯爵令嬢と顔を見合わせた。
私の問いに答えようと姿勢を正したのは、ディエス伯爵令嬢のほうである。
そして、さらりと言い放った。
「有り体に申し上げますと、私とリヴィウス先輩とはかつておつきあいをしておりました」
「……っ!」
「三日間ほどですが」
「…………はい?」
ちょ、ちょっと待って。
三日間程度のおつきあいって、『つきあった』ことになるの? どうなの?
思わずリヴィウス様の様子を窺うと、あり得ないくらい気まずそうな顔をして、目を逸らす。
「……つまり、ディエス伯爵令嬢はリヴィウス様にとって、『昔のお知り合い』というわけですね」
べラトル伯爵令息のとんでもない暴露話ですっかり忘却の彼方だったけど、リヴィウス様が軽薄で女癖の悪い嘘つきだという事実は、今も昔も変わらない。
突きつけられた現実に冷めたため息を漏らすと、ディエス伯爵令嬢が訳知り顔でこう言った。
「フェリシア様。リヴィウス先輩には巷で噂の二つ名とは別に、裏の二つ名があるのをご存じですか?」
「……裏の、二つ名……?」
なんだそれ。
「二つ名」に表も裏もあるのか? なんて、つい毒を吐きそうになったのをすんでのところで抑えた私に、ディエス伯爵令嬢がふふん、と得意げな顔をする。
「その二つ名とは、何を隠そう『両想い請負人』です」




