9 裏の二つ名
『両想い請負人』……?
なぜか満面の笑みを浮かべるディエス伯爵令嬢だけど、なんというか、てんで意味がわからない。
巷で有名なリヴィウス様の二つ名といえば、
『学園一の色気だだ漏れ男』
『ふしだら放蕩令息』
『ちゃらんぽらんなレディキラー』
だったはず。
釣書にも書いてあったし。
「それは、どういう……?」
ひとまず説明を求めると、ディエス伯爵令嬢が嬉々として話し出す。
「実は一部の女子の間では、リヴィウス先輩が軽薄でふしだらな女たらしだとか女性をとっかえひっかえしているとかいう評判よりも、『リヴィウス先輩とつきあったら本命と両想いになれる』という噂のほうが有名なのですよ」
「……は?」
なななんだそれは……!?
『本命と両想いになれる』?
リヴィウス様が好きだからつきあうんじゃないの?
完全に初耳だし、やっぱり意味がわからない。
「つまりですね、リヴィウス先輩と一瞬でもつきあうと、本当に好きな相手と結ばれる、という噂がまことしやかにささやかれているのです。かくいう私もその噂を知って、賭けに出た一人でして」
そう言うと、ディエス伯爵令嬢はちょっと恥ずかしそうにクレド子爵令息のほうをチラ見する。
「本当はパウルスのことがずっと好きで、いろいろとがんばっていたのですけど、パウルスは全然気づいてくれなかったのです。だからもう自棄になって、リヴィウス先輩につきあってくださいとお願いした次第で……」
「僕もイザベラのことがずっと好きだったんですけど、告白する勇気がなかったのです。でもイザベラからリヴィウス先輩とつきあうことになったと突然聞かされて、頭の中が真っ白になって……。イザベラを取られたくなかったし、あんな女たらしと一緒にいたって幸せになれないのに、と焦った僕は、慌ててイザベラに『婚約してほしい』と告白したのです……」
言いながら、耳まで真っ赤になってしまうクレド子爵令息。
……それって、要するに。
両片想いの二人がリヴィウス様の存在に触発されて、想いを通わせたということ……?
リヴィウス様は、まさかの当て馬だったってことよね……?
「私たちみたいに、リヴィウス先輩のおかげで両想いになれた人は意外に多いのですよ。多分、リヴィウス先輩の女性遍歴のうち、半分くらいは私のように本命目当ての打算的な関係だったのではと」
どこかうれしそうに目を輝かせる、ディエス伯爵令嬢。
でも、それだとリヴィウス様の女性遍歴の半分は、本気だったってことになるんだけど……?
まあ、明らかに本題はそこじゃないし、野暮なことを指摘しても仕方がない。そう自分に言い聞かせながら、ひとまず私は「そうなのね」なんて曖昧に頷いてみる。
「今回、リヴィウス先輩がべラトル伯爵令息の婚約解消についていろいろと探っているという噂を耳にして、私はすぐパウルスに話をしました。パウルスのお姉様が元婚約者だというのは、知っていましたので」
「イザベラから話を聞いて、即座に僕も協力したいとリヴィウス先輩に申し出たのです。リヴィウス先輩がいなかったら僕たちの婚約はなかったかもしれないし、クレド子爵家の人間として、今こそ真実を語るべきだと思ったからです」
義憤に燃える二人の言葉を聞いて、私はすぐさまリヴィウス様に視線を向ける。
「……リヴィウス様は、いったいいつからべラトル伯爵令息について調べていたのですか?」
朝の様子だと、てっきり最近になってどこかから話を聞きつけたのだと思っていた。
でも、二人の話を踏まえれば、少し前からあれこれと探っていたことになる。
「それは……」
リヴィウス様はバツが悪そうに目を伏せて、渋い顔をしていた。話すべきかどうか、思案に暮れているらしい。
煮え切らないその態度に、二年生の二人が口を揃えて訴え始める。
「リヴィウス先輩、ここは正直に、包み隠さずフェリシア様にお話ししたほうがいいと思いますよ」
「そうですよ。僕たちは最初から、手遅れになる前に早い段階でフェリシア様にお話しすべきだと言っていたじゃないですか」
「それなのに先輩が、もう少しべラトル伯爵家の内情を探ってからにしようとか、もっとしっかりした証拠を集めてからにしようなんて、珍しく慎重なことを言うから」
「確かに先輩の言う通り、姉とマテウスの婚約解消は一年以上も前の話で、今現在マテウスと従妹との関係がどうなっているのかはわかりませんよ? フェリシア様にお話しするのはそこをしっかり探ってからにしたかったのでしょうけど、取り返しのつかないことになってからでは後悔してもしきれないのでは?」
手厳しい二人のド正論に、さすがのリヴィウス様も反論の余地がないらしい。「うぅ」とか「あー……」とか言いながら、目を泳がせている。
それにしてもこの人たち、結構辛辣なのね。遠慮がないというか。
「とにかく、私たちは先に帰りますから。あとは二人でよく話し合ってみてください」
「べラトル伯爵家については、引き続きこちらで調べてみますので。何かわかったら、またすぐにお伝えします」
「お、おう……」
一礼した二人は「いい仕事した!!」とでも言いたげな顔で、意気揚々と帰っていく。
残された私たちの間には、当然のことながらなんともぎこちない空気が流れた。
と、とても居たたまれない……!
朝のやり取りを思い出し、どうしたものかとそわそわしていると、リヴィウス様が意を決したように重い口を開く。
「……フェリ」
「は、はい」
「フェリはその、今更俺の言葉なんか聞きたくないだろうし、信じる気もないとは思うんだけど……」
それは、私が今日の朝一番で、リヴィウス様に投げつけた心ない言葉。
あの時点での私は、さっきのディエス伯爵令嬢がリヴィウス様の『お相手』の一人なのだと思い込んでいた。昨日この場で目にしたもの、耳にしたものを鵜呑みにして、裏切られたと信じて疑わなかった。
でも、すべては私の勘違い。
完全なる誤解だったらしい。
三日間の交際期間(といっていいのか?)はあったにせよ、それすらも彼女がクレド子爵令息を振り向かせたかったからだし、現在の二人が相思相愛なのは誰の目にも明らかである。
だったら、リヴィウス様の言葉を拒絶する理由なんてないのでは?
むしろ、本当は何があったのか、真実は何なのか、そして昨日の言葉の真意は何だったのか、リヴィウス様の説明をきちんと聞いてみたい。
私は居住まいを正して、リヴィウス様の目を真正面から見据えた。
「リヴィウス様が嘘偽りのない言葉ですべてを説明してくれるのなら、私はあなたの話を聞きたいと思います」
「え……」
「教えてくれますか?」
リヴィウス様は一瞬虚を突かれたような顔をして、それから少し遠慮がちに笑った。
「……言っておくけど、俺が今までフェリに言った言葉で、嘘なんか一つもなかったよ」
「え……?」
「今からそれを、ちゃんと証明する」




