4 ルフス侯爵家の真実
「ふうん。会ったんだ?」
翌日、登校した途端にあっさり捕まってしまった。
もちろん、ラケルタ伯爵令息にである。
「俺がいるのにさー」
「あなたのことは選ばないって言ったでしょう?」
「こんなに真剣にアプローチしてるのに?」
どこが真剣なんだか。
とは言わずに、ジト目で見返しておく。
「で、どうだった?」
「悪い人ではなさそうでしたよ。あなたとは違って、控えめで物静かな人でしたし。平穏な日々が送れそうだなと思いました」
「それ、俺はうるさいって言いたいの?」
「自覚があるんですね」
冷ややかに返すと、「俺はただ、フェリシアを楽しませようとしているだけなのにさー」なんてへらへら笑っている。
と思ったら、急に真面目な顔つきになって言った。
「でも、あの家はやめたほうがいいと思うよ」
意外なほど抑揚のない声に、耳を疑ってしまう。
「……侯爵家の負債のことなら、もちろん知っていますけど?」
「そうだろうけどさ。そういうことじゃなくてさ」
「じゃあ、どういうことなのですか?」
「それは……」
珍しく言い淀むラケルタ伯爵令息が、視線を逸らす。怪しい。怪しいしかない。
「自分が選ばれなかったからって、根拠もなく先方の家を悪く言うのはどうかと思いますよ?」
「いや、そういうことじゃないんだって」
「じゃあ、どういうことなのですか?」
「だからさ、もっとちゃんと、調べてみたほうがいいんじゃないかって」
「調べるって、何を? 侯爵家のことを?」
「そう。まあ、アトルム公爵なら、その辺抜かりはないと思うけどさ」
なぜか訳知り顔で頷く、ラケルタ伯爵令息。
「あなたがお父様の何を知っているというのですか」
「だって俺、公爵に会ったことあるし」
「釣書を持ってきたときでしょう? 一度会ったくらいで、何がわかるというのです?」
「そりゃ、全部はわからないけどさ。でもわかることだってあるし、俺は人を見る目だけはあるんだよ」
「……どうだか」
そんな会話をした、一週間後のこと。
私はお父様の執務室に呼ばれ、とんでもない話を聞かされる羽目になった。
「ルフス侯爵令息との婚約は、見送ることにした」
あからさまに渋い顔をしながら、お父様が断言する。
「え? なぜですか?」
「侯爵と侯爵家の嫡男が、闇賭博で捕まったからだよ」
「…………はい!?」
あまりにも、あまりにも唐突な話に、ちょっと理解が追いつかない。
「ど、どういうことですか……?」
やっとのことで聞き返すと、お父様はやれやれと言わんばかりの表情でため息をつく。
「お前とルフス侯爵令息との顔合わせが決まったあと、侯爵家のことはきちんと調べたほうがいい、などとわざわざ言いにきたやつがいたんだよ」
……そ、それって。
「もしかして、ラケルタ伯爵令息ですか?」
「よくわかったな」
「同じようなことを、言われましたので……」
「もちろん、お前がルフス侯爵令息を選んだ時点で、侯爵家の調査はしっかりと行うつもりだった。だが、あいつがわざわざ言いにくるくらいだ、何かあるのかと思ってな。徹底的に調査したんだよ。それこそ侯爵領にまで調査員を派遣したり、侯爵家の面々を何日も尾行したり、事業経営や被災地の復興に関する書類をとある伝手から入手したりしてな」
そ、そこまで……。
お父様ったら、徹底的すぎない……?
「そうしたら、侯爵と侯爵家の嫡男が闇賭博にのめり込んでいることがわかったんだ。侯爵家が抱える負債は、彼らが闇賭博に大金を投じていたせいだった。事業経営の失敗も被災の影響も、実際には微々たるものだったんだよ」
「え? それじゃあ……」
「彼らは闇賭博でどんどん膨らむ借金を、先々代から抱える負債や水害のせいだと偽り、誤魔化していたんだ。ところが、いよいよ侯爵家の財政は破綻寸前にまで追い込まれ、首が回らなくなってきた。そこで、あの見目のいい次男を金蔓になりそうな資産家の貴族に婿入りさせ、更なる賭博資金を引き出すことを思いついたんだ」
……な、なんだそれ。
開いた口が塞がらないんですけど!
ていうか、「金蔓になりそうな資産家の貴族」って、うちのこと!? 騙されるところだったってことなの!?
驚愕の事実に衝撃を受け、ただただ混乱するばかりの私に、お父様はなおも話を続ける。
「調査の結果を受けて、私はすぐさま騎士団に通報したよ。ただ、このままだとルフス家は爵位の維持が難しくなるし、あの令息も路頭に迷うことになりかねない。だから騎士団の捜査に協力してくれれば、ルフス家の存続に力を貸すと彼に提案したんだ」
「え……?」
私は思わず、お父様を見返した。
お父様はただ、慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。
「彼は闇賭博にのめり込む父親と兄を止められず、ずっと悩んでいたそうだからね。それどころか、賭博資金調達のために半ば無理やり婿入りさせられようとしていた、いわば被害者だ。手を差し伸べない理由などないだろう?」
結局、ルフス家の元当主と嫡男の逮捕をきっかけにして、闇賭博を行っていた悪徳商会そのものも摘発されることになった。
ルフス家は侯爵から子爵への降爵が決まったものの、ガスパル・ルフスは闇賭博とは一切関係がないこと、また彼の協力のおかげで悪徳商会の摘発につながった功績などから、ルフス子爵家を継ぐことが正式に認められた。
ちなみに、ルフス子爵家の財政に関しては、お父様が後見人となって全面的にバックアップしていくらしい。
なんだかもう、怒涛の展開すぎて、頭の中が大渋滞である。
そんな私を鷹揚に眺めて、お父様はニヤリと笑った。
「フェリシア、リヴィウスにはくれぐれも礼を言っておいてくれよ。今回のことは、あいつのおかげでもあるからな」
「……わかりました。――って、え? リヴィウス?」
ちょ、ちょっと待って。
なんでお父様があの人を名前呼びなわけ?
いつのまに、そこまで打ち解けちゃってるの……?
前代未聞のルフス家の騒動よりも、そっちのほうが余程気になるんですけど……!!
◇・◇・◇
翌朝。
学園の門をくぐると、少し先にラケルタ伯爵令息の姿が見えた。
「いろいろと、ありがとうございました」
駆け寄って頭を下げると、なんの話かすぐにわかったらしい。「大したことはしてないけどね」などと言いながら、思いの外照れくさそうである。
「あなたはどうして、ルフス家の事情を知っていたのですか?」
誰もが抱くであろう疑問をちょっとぶつけてみただけなのに、なんでだか微妙に挙動不審になる、ラケルタ伯爵令息。
「……あー、それはさ、昔の知り合いに――」
「昔の知り合い?」
「あ、ごめん、その、一瞬おつきあいしていた子です、はい」
「……あらそう」
思った以上に、温度のない声が出てしまった。
一瞬にして話を聞く気が失せたけど、とりあえず続きを促す。
「だからその、昔ちょっとだけつきあいのあった令嬢の婚約者が、ガスパル・ルフスの親友だったんだよね」
「……え?」
「その親友に、いろいろと話を聞かせてもらったんだよ。そしたら、ガスパルは家族のことでずっと悩んでいたって教えてくれてさ。父親と兄貴の金遣いが荒いとか、ギャンブルにのめり込んでいるらしいとか、借金のせいで兄貴の婚約が決まらないのに、ガスパル自身が学園に入学したら金持ちの婿入り先を見つけてこいって半ば脅されていたとかさ」
「え、ひどい」
「そんな家と縁付いたら、アトルム公爵家はもちろん、フェリシアだってひどい目に遭うかもしれないだろう? だから、アトルム公爵にちゃんと調べてほしいって言ったんだよ」
そのときふと、あの顔合わせの日のガスパル・ルフス子爵令息を思い出した。
全面的な資金援助を申し出たのにまったくうれしそうじゃなかったのは、それが闇賭博に消えてしまうことを知っていたからだろう。
あの妙に張り詰めた予想外な反応は、私やアトルム公爵家を騙しているという罪悪感があったからに違いない。
「俺、ほんとはさ」
一緒に歩いていたラケルタ伯爵令息が、ぴたりと立ち止まる。
「フェリシアがガスパルと会うって聞いてから、すぐにあいつのことを調べ始めたんだよね」
決まり悪そうな顔をしながらも、彼は視線を逸らさない。
「俺を選んでほしいっていう気持ちは常にあるし、あいつに公にはなっていないトラブルか何かがあればって思ったのも事実だけど、一番大事なのはフェリシアが幸せになることだからさ」
「……え? 私……?」
「そのためには、昔の知り合いだろうがなんだろうが、国の重鎮である君の父上だって、遠慮なく利用する。あんまり褒められたやり方じゃないかもしれないけど、俺がそれくらい君に本気だってことはわかってよ」
「え……」
甘い熱を宿したラベンダー色の瞳に抗えず、言葉を失っていると――――
「お前、フェリシアにいったい何をしている?」
聞き慣れた、でも今はあまり聞きたくない声が、いきなり飛んできた。




