17 ざまぁというよりぎゃふん
「……フェリシア様! ひ、ひどいです……!!」
ミリナ様はわざとらしく声を震わせ、登校したばかりの私たちに駆け寄ってきた。
「どうして今になって、私とサリエル様の『真実の愛』を邪魔するのですかっ……!?」
溢れる涙を必死にこらえようとするその様は、確かに否が応にも庇護欲をかき立てる。ここまでくれば、あざとさも立派な凶器よね、と感心してしまう。
しかも、彼女のギラつく視線を見る限り、どうやらリヴィウス様をもロックオンしているらしい。
当のリヴィウス様もそれに気づいたのか、つぶれたカエルのような声で「うげっ」と言ったまま仰け反っている。
なんだどうしたと次々に集まってくる学園生たちをぐるりと見回して、私は冷ややかに言い返した。
「ミリナ様、それはいったい、どういう意味でしょうか?」
「とぼけないでください! あなたとサリエル様の再婚約が決まったって、学園中のみんなが噂してるんですよ! 知らないんですか!?」
「残念ですが、存じ上げません。そもそも私と殿下の再婚約など、決まっていませんし」
「はあ!? なに言って――」
「確かに、王家からそのような打診があったことは父も話しておりました。でもそのお話は、きっぱりとお断りしたはずです。私の婚約者は今も変わらずリヴィウス様ですし、将来我が家に婿入りしてもらうのももちろんリヴィウス様ですので」
続々と集まるギャラリーにもしっかりはっきり聞こえるよう、私はわざと声を張り上げる。
案の定、集まった生徒たちは口々に「え、殿下とフェリシア様って再婚約してないの?」とか「公爵家が再婚約の話を蹴るなんて、どういうこと?」とか興味津々でささやき合っている。
「だ、だったら、サリエル様を返してくださいよ……!」
一気に増えたギャラリーを前にして、ミリナ様得意の演技モードがここぞとばかりに炸裂した。
切なげに顔を歪めたミリナ様は、情感たっぷりに訴え始める。
「……あんなに優しかったサリエル様が、急に冷たくなってろくに話もしてくれなくなったのはフェリシア様のせいでしょう……!? あなたが何か、サリエル様を惑わすようなことを言ったから……!」
「そんなことはしていません。私は殿下のことなんて――」
「サリエル様は、私とずっと一緒にいたい、ともに生きていきたいって言ってくれたんですよ……! フェリシア様だって、私たちのことを許してくれたから婚約解消に応じてくれたと思っていたのに……! どうして今更、サリエル様を奪い返そうとするのですか!?」
まるで演技派女優さながらに、よよと泣き崩れるミリナ様。
なんかもう、ツッコミどころが多すぎて、何をどう反論すればいいのやら。思い込みが激しいせいか、私の話など一切耳に入っていないらしい。
ほんと、ため息しか出ないんですけど。
どうしたものかと思いあぐねる私に、リヴィウス様はおどけたような笑顔を見せてあっけらかんと言い放った。
「そんなの、ただ単に殿下が心変わりしただけでしょ」
「……え?」
「フェリシアとの婚約を解消するくらいだから、君のことはほんとに好きだったんだと思うけどさ。なんでだか、急に冷めちゃったんじゃないの?」
「そんなわけはありません! サリエル様は、この気持ちに嘘はないと言ってくださいました! でも近頃は、なぜかとても思い詰めた表情をされるようになって……。きっと、私たちの仲睦まじさに嫉妬したフェリシア様が、サリエル様を奪い返そうとあの手この手で誘惑したに決まってます!」
「それこそあり得ないよ。さっきフェリシアも言っていただろう? こっちは殿下との再婚約の話を断ったんだ。フェリシアとアトルム公爵家が選んだのは殿下じゃなくて俺なんだから、殿下を誘惑する理由がないよ」
「でも、サリエル様は――!」
「ミリナ!!」
急に前方から声がして、顔を向けるとサリエル殿下が鬼のような形相で近づいてくるのが見えた。
今回も、どういうわけかだいぶご立腹でいらっしゃる。
「君は、こんなところで何をしているんだ!?」
突然現れたサリエル殿下は、大方の予想に反してミリナ様を責め立てた。
「フェリシアに難癖をつけるなんて、身の程知らずも甚だしい! たかが子爵令嬢の分際で、由緒正しい公爵家の令嬢に楯突くなど思い上がりも大概にしたまえ……!」
「え……?」
恐らく、そんなことを言われたのは初めてなのだろう。ミリナ様は面食らって、ぽかんとしている。
私たちだって居並ぶ生徒たちだって、ちょっと予想外な展開にただただ目を丸くするしかない。
なんか、殿下の態度がこれまでと違いすぎるんですが……?
「サ、サリエル様……?」
「いい加減、フェリシアを困らせるのはやめるんだ! 令嬢らしからぬ稚拙な物言いなんかして、見苦しいとは思わないのか!?」
「……見苦しい……?」
その一言で、ミリナ様の顔色がさっと変わった。
そして、耳を刺すような金切り声を上げて抗議する。
「み、見苦しいなんて、ひどいじゃないですか!? 今までは、私が何をしてもそんなこと言わなかったのに! ありのままのミリナが可愛いよって言ってくれたのに!」
「そ、それは――!」
「だいたい、最近のサリエル様はおかしいです! あんなにも私だけを愛している、私だけが愛おしいって何度も何度も言っていたくせに、今になってフェリシア様の顔色を窺うようになるなんて! 私と生涯をともにしたいから、陛下を説得してフェリシア様との婚約も解消して、臣籍降下の算段もつけてくれたんじゃないんですか!?」
その瞬間、辺りは当然のようにざわつき出した。
そりゃそうだ。
だって、殿下の臣籍降下の話はまだ公式発表されていないのだから。もしかしたら、という噂話はあっても、すべては憶測にすぎない。
それを、ミリナ様が学園の廊下のど真ん中で声高らかに宣言してしまったのだ。
殿下の顔が青ざめるのも、無理はない。
「ミ、ミリナ、余計なことを言うんじゃない!」
「余計なことってなんですか!? 本当のことですよね!?」
「本当のことでも、今ここで言っていいこととそうでないことの区別くらいはつくだろう!? どうして君は、そんなに浅慮で無神経なんだ!? 少しはフェリシアを見習ったらどうだ!?」
「またフェリシア、フェリシアって! あの人がなんだって言うんですか!? サリエル様は、フェリシア様より私を選んでくれたんじゃないんですか!?」
「じ、事情が変わったんだよ! 王族の僕には、やっぱり公爵令嬢たるフェリシアのほうが――」
「ひ、ひどい! 私はサリエル様に全部差し出したのに! 純潔まで捧げたのに……!!」
……え……?
なんか今、聞いてはいけないことを耳にしてしまったような……!!
私は咄嗟に、リヴィウス様と顔を見合わせた。
確認するように目で問うと、さすがのリヴィウス様も硬い表情で首肯する。
そ、それって、つまりは――。
「まったく、派手にやらかしてくれたねえ」
今度は後方から唐突な声がして、振り返るとそこにいたのは、なんと王太子ミカエル殿下だった。
「で、殿下――!」
「いいよ、いいよ。これは非公式なものだから。みんな、楽にして」
臣下の礼を取ろうとした私やリヴィウス様、その他大勢のギャラリーに向かって、ミカエル殿下が屈託のない笑顔を見せる。
「愚弟を回収しにきたんだけど、一歩遅かったようだね」
そう言って、ミカエル殿下はサリエル殿下の前に立った。
「どうして、兄上がここに……?」
「陛下から、今すぐお前を王城に連れ帰るようにとの命を受けたんだよ」
「なぜですか……?」
「今はお前がとある重大な案件にかかわっている可能性があるから、としか言えないが」
「重大な案件……?」
なんのことやらまったくピンときていないサリエル殿下を尻目に、ミカエル殿下は真剣なまなざしを私に向ける。
「フェリシア嬢」
「は、はい」
「婚約解消の件も含めて、いずれ王家から正式な謝罪の場を設けるから。そのつもりでいて」
「え? 謝罪、ですか……?」
聞き返す私の言葉には答えず、ミカエル殿下は連れてきた護衛にサリエル殿下の回収を命じている。
そうしてサリエル殿下は、あっという間に強制連行されてしまったのだった。
ついでに、ミリナ様も。
次回、最終話です……!




