18 ブレない愛情
一週間後。
「なんか緊張するんだけど」
いつもは余裕綽々のリヴィウス様が、珍しくそわそわと落ち着かない。
「フェリはさすがだね。慣れてるって感じで」
「そんなことはないですよ。しょっちゅう王城に来ていたのは子どもの頃の話ですし、こういう形でミカエル殿下にお会いするのは久しぶりですし」
そう。
私たちは事の顛末について詳しい説明を受けるべく、王城に呼び出されていた。
実は、先程謁見の間にて、『王家からの正式な謝罪』を受けたばかりでもある。
サリエル殿下の一方的な婚約解消と再婚約の申し出についてはもちろんのこと、捜査の結果、私の襲撃事件はやはりサリエル殿下の策略だったことが判明したのだ。
陛下の心からの謝罪に、お父様は終始仏頂面を崩さなかった。
それでもお父様との関係修復を図りたい国王夫妻はそのままお父様を引き止め、ミカエル殿下から「折り入って話がしたい」と呼び止められた私とリヴィウス様のほうは、改めて王城の応接室へと通されていた。
「それにしても、サリエル殿下があそこまで愚かだとは思いませんでした」
ため息交じりにつぶやくと、リヴィウス様も「だよね」と肩をすくめる。
あのときミリナ様が学園の廊下で叫んだ通り、殿下とミリナ様にはわりと早い段階から体の関係があったらしい。
何を考えてそんなことになったのかは知らないけれど(多分欲望と衝動に従っただけなのだろうけど)、そうした裏事情もあって浅ましくもミリナ様にのめり込んだサリエル殿下は、これが運命の恋だと信じて陛下を説得し、私との婚約を解消するに至ったという。
ところが、私がリヴィウス様に言い寄られているのを見て、初めて私への想いを自覚したらしいサリエル殿下。
「あいつにとっては、フェリシア嬢がほかの令息に気を許していること自体、青天の霹靂だったみたいだよ。何があってもフェリシア嬢の一番は自分だと信じて疑わなかったのに、ラケルタ伯爵令息が常に寄り添う姿を頻繁に目にするようになった。それがどうにも受け入れ難くて、自分が本当に愛しているのはフェリシア嬢だと気づいたらしい」
ミカエル殿下は謁見の間でそんなふうに説明していたけど、恋愛初心者の私にはいまいちよくわからない。
「自分にとって一番都合のいいおもちゃがなくなったことに焦って、どうにか取り戻そうと躍起になった、としか思えないのですけど」
「相変わらず、フェリはサリエル殿下に辛辣だよね」
苦笑するリヴィウス様を見返しながら、私は『本当の愛』について考える。
サリエル殿下の想いは、結局自分本位なものでしかない。
私を放置したままミリナ様に夢中になって、私の置かれている状況など深く考えもせず一方的に婚約を解消して、挙句の果てにはやっぱり私のほうがいいなんて言い出して、私の気持ちを無視したまま取り戻そうとする。
それって、本当に愛しているといえるのだろうか。
どんなときでも私のことを一番に考え、私の想いを尊重し、ひたすら大事に大事に私を甘やかすリヴィウス様の愛情とは、比べるべくもない。
そんな自分本位なサリエル殿下が私との再婚約を目論んで、計画したのがあの強盗未遂事件だったというわけだ。
私たちが騎士団本部に行ったあと、話はすぐにミカエル殿下の耳に入ったらしい。王族が実は事件の首謀者かもしれない事態に、このままサリエル殿下を野放しにできないと判断したミカエル殿下は急いで学園へと赴いた。
でも、廊下で繰り広げられていた低劣な言い争いを目の当たりにして、時すでに遅し、と思い知ったらしい。
ちなみに、事件の犯人と目された三人の令息たちもまた、それぞれ騎士団で事情を聞かれることになった。そもそもあれは殿下に持ちかけられた茶番であり、多少私を手荒に扱ったものの実際には何一つ奪っていないこともあって、令息たちにはさほど罪の意識がなかったんだとか。
とはいえ、罪は罪。
公爵令嬢を脅して、金品を奪おうとしたのである。いくら殿下に頼まれたとはいえ、不問に付すわけがない。
令息たちはこのあと、自分の生家からそれぞれ厳しい処分を受けることになっているという。
三人の供述からすべては殿下の指図だったこともあっさり公になってしまい、予想通り王家の面目は丸潰れ。自分の私利私欲のために馬鹿げた騒動を引き起こしたサリエル殿下は、王国の端にあるさびれた王領に幽閉されることが決まったらしい。
「もちろん、ミリナ嬢も一緒にね」
しばらくしてから応接室に颯爽と現れたミカエル殿下は、「さっきの補足説明」と称して更なる追加情報を教えてくれた。
「王族が、庶子とはいえ貴族令嬢の純潔を奪ったんだ。責任を取らないという選択肢はないだろう?」
「でも、ミリナ嬢はともかく、サリエル殿下のほうにはすでにミリナ嬢への愛情など残っていないのではないですか?」
リヴィウス様のもっともな問いにも、ミカエル殿下は動じる様子がない。
「多分そうだと思うけど、関係ないよ。それだけのことをしたんだから、責任は取ってもらう」
ほどなく二人は揃って学園を退学し、意に沿わぬ結婚を強いられたうえで、王都から遠く離れた王領に幽閉されることとなる。
愛情の欠片もない、冷え切った結婚生活が延々と続く未来を、二人はまだ知る由もない。
「ところで」
弟の行く末などさほど気にする様子もないミカエル殿下は、ソファに悠然と座りながらからりとした声で言った。
「二人に来てもらったのは、折り入ってラケルタ伯爵令息に頼みがあるからなんだ」
「……え? 俺ですか?」
いきなり名指しされたリヴィウス様は、怪訝な顔を隠さない。でもミカエル殿下は一向に構うことなく、話を続ける。
「私はね、フェリシア嬢の強盗未遂事件に関する君の情報収集力を高く評価しているんだよ。聞けば、君にはかなり幅広いコネクションがあって、フェリシア嬢の婚約者候補たちに関する情報も瞬く間に集めたそうじゃないか」
「……はあ、まあ……」
「その並外れた人脈作りのスキルと卓越した情報収集力を、私の側近として使う気はないかな?」
「……え?」
突拍子もない申し出に、リヴィウス様は驚きのあまり言葉を失った。
「実はね、ここだけの話、陛下はサリエルが引き起こした騒動の責任を取って、じきに退位するんだよ」
唐突に爆弾発言を投げ込まれ、私たちは反射的に顔を見合わせる。
そ、そんな超重要機密事項、あっさり暴露しないでいただきたい……!
慌てる私たちのことなどやっぱりお構いなしで、ミカエル殿下は楽しそうに笑う。
「陛下が退位すれば、王太子たる私が即位することになる。そうしたら君は、国王の側近ということになるんだけど。どうだろう、引き受けてくれないかな?」
「お断りします」
即答だった。
あまりにも即答すぎて、殿下の目が点になっている。
「……え? 断るの? もうちょっと悩んだりしないの?」
「しませんね」
「理由を聞いても?」
「フェリシアのそばにいたいので」
けろりと言い切るリヴィウス様に、今度は殿下が怪訝な顔をする。
「国王の側近は、名誉ある立場だよ? 次期女公爵たるフェリシア嬢の隣に立つのに、相応しい役職だと思うけど?」
「殿下の側近になどなったら、フェリシアと一緒にいる時間が減るじゃないですか。名誉も役職も、俺にとっては無用の長物。フェリシアの夫という立場があれば、それで十分なので」
「ほんとにいいの? 何度も言うけど、国王の側近だよ? 断る者なんか、そうそういないんだよ?」
「では俺が、その第一号ってことで」
「……ずいぶんとブレないんだねえ……」
「褒め言葉として受け取っておきます」
そう言って、リヴィウス様はいつも通りのドヤ顔を決める。
帰りの馬車の中で、口を開こうとした私をリヴィウス様はひょい、と自分の膝の上に乗せた。
「な、なんですかいきなり」
「だって、フェリが可愛すぎてさ」
それ、理由になってなくない?
と思いつつ、私の腰にがっしりと巻きつくリヴィウス様の腕を解く気にはならない。
「側近の話、断ってよかったんですか?」
リヴィウス様の顔を見下ろすと、案の定、はは、と笑って「もちろん」と答える。
「さっきも言っただろう? これ以上、フェリとの時間を減らしたくないんだよ」
「……四六時中一緒じゃないですか」
「全然足りないよ。寝るときは一緒じゃないし」
「あ、当たり前でしょう!」
咄嗟に応えると、リヴィウス様は「あーもう、フェリが可愛すぎてつらい……!」とか言いながら、私の腰に回した腕の力を一層強める。
「それにしても、悩まなすぎだと思いますけど」
「なんで? 俺にとってはフェリが最優先だし。悩むまでもないことだけど」
さらりと答えるリヴィウス様。
そのブレない圧倒的な愛情に、私は全面降伏するしかない。
「……リヴィウス様、大好きです」
「え、なに? どうしたの?」
「リヴィウス様に愛されてるんだなって心から実感できて――――あっ、え?」
気づいたら、私はゆっくりと馬車の座席に押し倒されていた。
見上げたリヴィウス様の青い瞳に、甘やかな熱が宿る。
「リ、リヴィウス様?」
「やっぱり俺たちもサリエル殿下を見習って、既成事実を作っちゃわない?」
「つ、作っちゃいません!!!」
色気だだ漏れの麗しい顔がふふ、と笑うから、私はそろそろ逃げ切れないことを悟るしかなかった。
……危うし、私の貞操……!!
これにて完結です!
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!




