13 そうは問屋が卸さない Take2
「フェリシア!!」
なんだかちょっとお久しぶりの声が聞こえたかと思うと、現れたのはまたしてもサリエル殿下だった。
今日も今日とて、ミリナ様の姿は見えない。最近まったく見かけないけど、いったいどうしちゃったんだろう?
「フェリシア! こいつと婚約したって、本当なのか!?」
バタバタと駆けこんできたサリエル殿下は、私たちの前に立つなりひどく尖った視線をリヴィウス様に向けた。
「え、ええ。そうですが」
「君はいったい、何を考えているのだ!? こいつは数えきれないほどの女性と浮名を流してきた、とんでもない遊び人なんだぞ!?」
今回の殿下も、相当怒っていた。キレているといってもいい。
でも、何度も言うけど、なぜ殿下がそこまでキレているのかいまいちよくわからない。
唖然とする私たちに構うことなく、殿下はなおも一方的に鋭い口調で言い募る。
「なぜこんなやつと婚約を結んだのだ!? 君ならもっと、相応しい相手がいたはずなのに! もしかして、何か弱みでも握られたのか!? それとも、そこまで追い詰められていたのか!? だったら僕が父上に頼んで、もっと相応しい相手を探してもらうことだってできたのに……!」
なぜか一人で盛り上がり、勝手に悔しがるサリエル殿下。
一応、と思ってリヴィウス様の顔を盗み見ると、ひどく冷めた目で殿下を見つめていた。あれは怒りをこらえて無の境地でいるか、頭の中で何度も殿下を抹殺する妄想をしているかのどちらかである。どちらにしても、相当やばい。
「殿下」
盛り上がっているところ大変申し訳ございませんが、なんて皮肉はひとまず我慢して、私は感情を込めずに言った。
「リヴィウス様を選んだのは、私の意志です。決して弱みを握られているとか、追い詰められて自棄になったとか、そういうわけではありませんのでご心配なく」
その言葉に、無表情を貫いていたリヴィウス様の顔が一瞬ででれっと緩む。
一方、殿下は眉根を寄せて、わかりやすく不服そうな顔になった。
「フェリシア、目を覚ますんだ。この男はね、何人もの女性をたぶらかしてきた汚らわしい好色漢なんだよ? こいつにとっては君のような純粋で清らかな女性を丸め込んで翻弄するなんて朝飯前だし、いずれは君が裏切られ、ひどく傷つけられるのはわかりきっている。僕はそんな君を見たくないんだよ」
心底私を心配しているといった目をする殿下が、やけに鬱陶しい。
なんかもう、いろいろ余計なお世話です、と言いたいんだけど。というか、真っ先に私を裏切ったのはあなたですよ? と言ってやりたい。
殿下ってここまでわからずやな面倒くさい人だったっけ? などと思いつつ、私は薄い笑みを返した。
「ご心配には及びません。リヴィウス様には確かにいろいろと不名誉な噂がおありでしたが、今後は心を入れ替えるそうですし、婚約の正式な手続きもすでに済んでおりますので」
「そんなの、父上の力で簡単に覆せるよ? フェリシアの窮地なら、僕がいくらでも助けてあげるから」
「別に助けてもらう必要はありません。そもそも窮地じゃないですし、困ってないですし」
「そんなはずはない。こんな男を選ぶなんて、あり得ないよ。とてもまともな判断とは思えない。そうだろう?」
「……はい?」
おいおいおい。
いくら王子とはいえ、その物言いはアウトなのでは……?
反論しようと口を開くより早く、伸びてきたリヴィウス様の腕に腰の辺りをがっちりとホールドされてしまう。
「恐れながら、殿下」
リヴィウス様は私の腰に手を回したまま、胡散くさい笑みを浮かべた。
「なんだ?」
「殿下はいずれ、俺が心変わりするとお思いなのですね?」
「当たり前だ。貴様のような遊び人が、一人の女性で満足するとは到底思えない。どうせすぐにまた別の女性に目移りして、フェリシアを裏切るに決まっている」
「……殿下のように、ですか?」
ふふんとせせら笑うリヴィウス様の一言に、その場に居合わせた全員が凍りついた。
……ど、どうしてこの人は、わざわざ物議を醸すようなことをさらっと言っちゃうの……!?
不敬スレスレの(いや、もうギリアウトかもしれない)セリフに、サリエル殿下は一瞬で目を剝いた。
「き、貴様――!」
「ああ、でもご安心ください。俺は殿下と違ってフェリシアひと筋ですし、フェリシアが好きすぎてほかの女性に目移りしている暇などありませんからね。フェリシアにメロメロで翻弄されているのは、むしろ俺のほうなのですよ」
恥ずかしげもなくそう言ったかと思うと、リヴィウス様は流れるような仕草で私のこめかみにキスを落とす。
「ちょっ、リヴィウス様……!」
「ごめん。フェリが可愛くて、つい」
「もう……!」
私たちのしょうもないやり取りを目の当たりにしたサリエル殿下は、なぜか衝撃を受けたように呆然と立ち尽くす。
と、そのときだった。
「サリエル様!」
後ろからひと際甲高い声がして、振り向くと殿下のお相手であるミリナ様がバタバタと走り込んできたのだ。
満を持しての登場である。
「もう、私を置いていかないでくださいよぉ……!」
ちょっとすねたような甘えた声で、ミリナ様は殿下の腕にすがりつく。
「今日は中庭でランチを食べるって、約束してたじゃないですか! 忘れたんですかぁ?」
「あ、いや……」
「あれ? フェリシア様、お久しぶりですぅ」
まるで、今初めて気づきました、とでも言いたげな、邪気のない笑顔を見せるミリナ様。最初から気づいていたくせに、とは思うけど、私も「お元気そうですね、ミリナ様」と微笑む。
「そういえば、フェリシア様はご婚約が決まったのですよね? おめでとうございまーす」
「……ありがとうございます」
「お相手の方って、見目はいいけど女遊びの激しいちゃらんぽらんな人なんですよね? 大丈夫なんですか? 浮気とかされちゃったら、どうするんですか?」
心配する素振りを見せながら、ミリナ様は言外に『殿下に捨てられた挙句、どうしようもない相手と婚約する羽目になるなんてかわいそう』という嘲笑を滲ませる。
この人は、はじめからこうだった。
無邪気さを装って殿下を魅了し、まんまとその心を奪うとところ構わず自慢げに仲睦まじさを見せつける。いやらしく口角を上げながら、優越感を誇示する視線を何度向けられたことか。
ただ、さすがのミリナ様も、『見目はいいけど女遊びの激しいちゃらんぽらんな人』が目の前にいるとは思わなかったらしい。
視界の端で、リヴィウス様がとてつもなく悪い顔をする。
「フェリ、こちらの令嬢は……?」
私の腰に腕を回したまま、リヴィウス様はわざとらしく首を傾げた。
「……ミリナ・フォンス子爵令嬢です」
「ああ、彼女が君から殿下を奪ってくれた令嬢ってわけか」
「え?」
「だったら、感謝しないといけないよね。彼女のおかげで、俺は最愛のフェリを手に入れることができたんだからさ」
リヴィウス様はそう言って、ミリナ様に一撃必殺のこぼれるような笑顔を見せた。
「どうも。『見目はいいけど女遊びの激しいちゃらんぽらんな人』ことフェリシア・アトルム公爵令嬢の婚約者、リヴィウス・ラケルタです」
リヴィウス様が繰り出した『必殺レディキラー・スマイル』に、ミリナ様は一瞬見惚れてしまったらしい。
ポーッとした次の瞬間、本人を前にして堂々と侮辱するという失態を冒したことに気づいて、はっきりと狼狽える。
「あ、あの、私――!」
「あー、いいのいいの。君の言ったことは、事実だからさ。でも俺、浮気はしないよ?」
言いながら、明らかに意地の悪い視線をサリエル殿下に向けるリヴィウス様。
居たたまれなくなった殿下は気まずそうに目を泳がせて、苛立たしげに踵を返す。
「ミリナ、行こう」
「え? ちょ、ちょっと待ってください! サリエル様ぁ!」
逃げるように去っていく二人の背中を眺めながら、そういえば殿下の婚約はいつ発表されるのだろう、なんてどうでもいいことを考えていた。




