12 有言実行の色気だだ漏れ男
その後。
クレド子爵令息やディエス伯爵令嬢をはじめとする善意の協力者たちが縦横無尽に暗躍したこともあり、ベラトル伯爵令息とその従妹の現状はすぐ明らかになった。
結論として、あの二人の関係は何も変わっていなかったらしい。
ベラトル伯爵令息の従妹は相変わらず伯爵家で悠々と生活していたし、病弱という話のわりには案外健康そうで、しかも二人の距離感はやっぱり異常に近かった。
どうやらベラトル伯爵令息――もう長ったらしくて鬱陶しいのでマテウス様と呼ぶことにするけど――のほうも、本当は従妹のことを憎からず思っていたらしい。
ちなみに、この従妹という人は、とある商会の娘なんだとか。
兄がいるから跡取り娘というわけではなく、病弱を理由にまともな教育を受けてこなかったことで次男であるマテウス様が爵位を継げないことを知らず、マテウス様と結婚できれば自分も貴族になれる、と思い込んでいたというから驚きである。
クレド子爵令嬢との婚約が決まったとき、マテウス様は自分と婚約者とこの従妹の『三人』で仲よくやっていきたいと本気で思っていたらしい。何をどうやったらそんな無茶苦茶な考えに行きつくのか甚だ疑問ではあるけれど、とにかく彼はその願いが実現するよう画策した。
ところが、あっけなく破談に至ったことで、これは慎重を期すべき案件だと今更ながらに気づいたマテウス様。
その後は婚約解消の傷を引きずっていると見せかけてこっそり従妹との邪な愛を育み、詳しい内情を知るクレド子爵令嬢の卒業を待ちながら、虎視眈々と理想的な婿入り先を探していたらしい。
そんなとき公になった、私とサリエル殿下の婚約解消。
我が家の権勢と財産に目がくらんだマテウス様は、両親を説き伏せて堂々と釣書を送ってきた。
その結果が、あの顔合わせだったというわけだ。
ちなみにマテウス様は、クレド子爵令嬢の弟がすべての事情を知っているとは思っていなかったらしい。だから元婚約者が卒業してしまえば、従妹のことも婚約解消の理由も、知る者は誰もいないと高を括っていたようである。
でも、クレド子爵令息や善意の協力者のみなさんのおかげで、マテウス様の魂胆はものの見事に暴かれてしまった。
それに、べラトル伯爵家に関するお父様の調査でも、マテウス様と従妹とのただれた関係がきっちりと指摘されることになった。
そんなわけで、私とマテウス様との婚約の話は、あっさりご破算となったのである。
マテウス様は、それからどうなったのか?
歪な願望を抱き、同居する従妹とただならぬ関係にあった彼と婚約を結びたい、なんて稀有な貴族家などあるはずもない。
最終的には、彼が最も望まなかったであろう結末――従妹と別れ、隣国の年老いた未亡人のもとへ何番目かの夫として婿入りする――を迎えることになるのだけど。
それは、もう少し先の話である。
◇・◇・◇
私とリヴィウス様との婚約が正式に決まって、一週間が経った。
「おはよう、フェリシア」
朝食の場に向かうと、すでに席に着いていたリヴィウス様が満面の笑顔を見せる。
「おはようございます……」
この状況にどうにも慣れない私とは対照的に、なぜか上機嫌なお父様も「フェリシアが寝坊なんて、珍しいな」とか言いながら悠長に笑っている。
い、いや、だって……!!
まさかこんなに早く、リヴィウス様と公爵邸で一緒に暮らすようになるなんて思わないじゃないの……!!
婚約が決まり、両家の初顔合わせの席で、なんとリヴィウス様は「どうせ婿入りするのですし、早めに公爵家に入って実務的なノウハウを覚えたいのですが」なんてとんでもないことを言い出した。
ラケルタ伯爵家のみなさんは三男坊の大胆不敵な申し出に狼狽し、全員右往左往していたけれど、お父様は至って涼しい顔で「殊勝な心がけに感心しましたぞ」とか言いながら、その申し出をすんなり受け入れた。
でもあれは、絶対事前に二人で示し合わせた三文芝居に違いないのよ……!!
それからすぐに、リヴィウス様は堂々と公爵邸に引っ越してきた。
そして、得意げに「婚約者だから」なんて言いつつ、公然と私の隣をキープするようになっている。
これまでだって、学園の中では四六時中私の侍従のように付き従っていたけれど、今は婚約者として、文字通り朝から晩まで、寝室以外はほぼ一緒の生活。
リヴィウス様史上最強に甘いセリフを臆面もなく吐き続け、隙あらば私に触れようとするし、なんなら抱き寄せようとするし、時折お父様に「リヴィウス、近すぎるぞ」とか注意されてもなんのその。「失礼しました」とか言いながら、どさくさに紛れて私のこめかみにキスしたりして、めげる様子すらない。
もう私の身が持たないんですけど……!!
「大事に大事に甘やかして、俺以外のことなんか一ミリも考えられなくなるくらいメロメロにするって言っただろう?」
「だ、だからって、いろいろやりすぎです!」
「でもまだまだ足りないくらいだし、これからもっともっとすごいことするよ?」
「はい!?」
「だってフェリをとことん甘やかすのは、婚約者である俺だけの特権だし」
私の髪をひと房手に取ったかと思うと、これ見よがしにちゅ、と口づけるリヴィウス様の色気がまあすごい。
そして学園生活のほうも、これまた今までとは少し違ったものになっていた。
「フェリシア様!」
ランチの時間に学園内のカフェへと向かうと、最近見慣れた人たちがにこやかに手を振っている。
「ごきげんよう、みなさん」
「フェリシア様、今日もご一緒してよろしいですか?」
「もちろん――」
「お前たち、まずは俺の許可を取れと言っただろう?」
「だって、リヴィウス先輩に聞くとダメって言うじゃないですか」
「当たり前だ。俺はいつだって、フェリシアと二人きりでいちゃいちゃしたいんだから」
「また恥ずかしげもなく堂々と……」
「『両想い請負人』が両想いになった途端、破廉恥に暴走してるって噂になってますよ、先輩」
そう。
なぜか二年生のあの二人――パウルス様とイザベラ様――に、懐かれてしまったのである。
あれ以降、二人は私の姿を目敏く見つけては、声をかけてくるようになった。
「フェリシア様は、女子生徒みんなの憧れの的なんですよ。アトルム公爵家の令嬢にして次期女公爵であり、美しく聡明で稀代の才媛と名高いフェリシア様とお近づきになれるなんて、感無量です」
素直なイザベラ様は私のことを女神のように崇め、そして姉のように慕ってくれている。
「僕も次期当主として、フェリシア様の一挙手一投足から学ばせてもらうことは多いのです」
本来なら、クレド子爵家はパウルス様のお姉様が跡を継ぐ予定だった。でも新たに婚約した相手が嫡男だったことから他家へ嫁ぐこととなり、子爵家はパウルス様が継ぐことになったのだという。
そして、もう一人。
「確かに、フェリシア嬢は次期当主としても一人の人間としても、見習うべき方ですからね」
「イザベラがフェリシアを褒めるのはまあいいとして、パウルスとガスパルが褒めるのはなんか面白くないんだけど」
「なんでですか」
「フェリシアを取られそうでなんか嫌だ」
「数多の女性と浮名を流してきた君がそんなことを言うなんて、意外に狭量なんですね」
「うるさいよ、ガスパル」
そう、あのガスパル・ルフス子爵その人である。
闇賭博の一件で父親と兄が罪に問われたルフス家は、子爵に降爵ののち次男のガスパル様が跡を継ぐことになった。
その手続きやら何やらで一時期学園を休学していたガスパル様は、無事にすべてが終わって復学を果たすと真っ先に私のところへ挨拶に来たのだ。
「あなたとアトルム公爵には、本当に感謝の言葉もありません」
「あなたの支援を買って出たお父様はともかく、私は何もしていませんよ?」
「そんなことはありません。あなたが僕に会ってくださったことが、すべてのきっかけだったのですから」
享楽に耽る父親と兄の存在は、真面目なガスパル様を長く苦しめてきたらしい。
結果として、その窮状を救うことになった私たちをガスパル様はもはや神のように崇拝し、最近は行動をともにすることも多いのである。
「心配せずとも、僕はアトルム公爵の紹介で婚約が決まっていますからね。君の大事なフェリシア嬢を奪うようなことはしませんよ」
「僕だってイザベラがいるんですから」
「そんなのはわかってるよ。でも嫌なものは嫌だし、俺はいつだってフェリシアを独り占めしたいんだよ」
不機嫌な口調でそう言ったリヴィウス様は、いきなりぎゅっと私を抱き寄せる。
「ちょっ、リヴィウス様!」
「あー、もう早く結婚しちゃいたい」
――――そんな平和(?)な日々も束の間、嵐はまた、前触れもなくやってくるのである。
「フェリシア!!」




