11 メロメロにしたい
「え……?」
まさか会話を聞かれていたとは思わなかったのだろう。
リヴィウス様の顔は、心なしか色を失っている。
「聞いてたの……?」
「はい。実は偶然、そこの空き教室にいたものですから」
「マジで!? ……もしかして、それで俺とイザベラのことを疑って……?」
「端的に言えば、そういうことです」
今となってはすべて誤解だったとわかったわけで、責めるつもりはまったくないのだけれど。
リヴィウス様は「はぁ~っ……!」なんて盛大なため息をついたかと思うと、いきなり立ち上がって私の前に跪いた。
「ごめん! マジでごめん!! 誤解させるようなことをして、ほんとにごめん!!!」
「え? あ、いえ……」
「もちろん俺たちはそういう関係じゃないし、イザベラの婚約者はパウルスだし、疑われるようなことは何もないんだけど!! でもあそこだけ聞いたら、確かに誤解すると思う!! だからごめん!!」
「いえ、もう――」
「俺、絶対絶対フェリに嫌な思いはさせないって決めていたのに! 大事に大事に甘やかして、俺以外のことなんか一ミリも考えられなくなるくらいメロメロにするつもりだったのに! まさかこんな痛恨のミスでフェリの信用を失うところだったなんて、自分が許せないんだけど!!」
必要以上に慌てふためき、今すぐ土下座しそうな勢いのリヴィウス様に、ちょっと唖然としてしまう。
というか、「メロメロにするつもりだった」なんて、いったい何を画策していたんですかこの人は。
「あ、あの、リヴィウス様」
強張った私の声に、リヴィウス様は生気を失ったような顔をそろそろと上げた。
「私のほうこそ、勝手に誤解して勝手に傷ついて、ひどいことを言ってしまいました。ごめんなさい」
「え……?」
「あなたの話を聞く前に、裏切られたと決めつけてしまいました。あなたはずっと、私のことを一番に考えてくれていたのに、不誠実だの嘘つきだのと――」
「フェ、フェリは何も悪くない! あいつらの言う通り、もっと早く話していればよかったんだよ! でも、なかなか踏ん切りがつかなくて……」
そう言ったリヴィウス様は、そのままへなへなと地べたに座り込んでしまう。
「……なぜ、踏ん切りがつかなかったのですか?」
「あいつらもさっき言っていただろう? マテウスと従妹の関係があれからどうなったのか、まだわからなかったからだよ。婚約解消から一年以上も経っていて、もしかしたら従妹は実家に帰ったかもしれないし、距離の近さが改善されたかもしれない。そこがわからないのに破談に追い込もうとするのは、なんかフェアじゃない気がして……」
「……そうかもしれませんね」
「それに、マテウスの裏事情をフェリに教えたら、結果的にアトルム公爵が俺にあれこれ融通を利かせてくれていることもバレちゃうだろ?」
「……もしかして、バレたら困る『秘密』って……」
「俺とアトルム公爵が裏でつながってることだよ。せっかくこっそり手を貸してくれているのに、フェリにバレたら公爵にも迷惑がかかるかもしれないと思ってさ……」
消え入りそうな声で答えるリヴィウス様に、私はなんだか、笑みがこぼれてしまう。
「あなたって、見かけによらずというか噂に反してというか、意外に真面目なのですね」
「え……?」
「誠実すぎるというか、やけに律儀というか」
「……えっと、それって褒めてるの……?」
「これ以上ないくらい、褒めてます」
にっこり微笑むと、リヴィウス様は恥ずかしそうに頬を染めながら「そ、そりゃ、どうも」とつぶやく。
「では、『俺たちの関係を下手に勘ぐられても困る』という言葉は、どういう意味だったのですか?」
「マテウスにバレたら困ると思ったんだよ。パウルスのおかげで婚約解消の詳しい事情がわかったけど、俺とイザベラにつながりがあることがバレたら、イザベラの婚約者であるパウルスから話を聞いたこともバレるだろう? 俺がいろいろと嗅ぎ回ってるってマテウスも薄々気づいているみたいだったからさ。下手したら、べラトル伯爵家からクレド子爵家に圧力がかかるような事態にもなりかねないと思ったんだ」
「あー、そういう……」
思いがけない真っ当な理由に、ちょっと驚いてしまう。
と同時に、あの会話の真意も理由も確かめることなく勝手に勘違いして、馬鹿みたいに落ち込んでいた自分がやっぱり恥ずかしい。
そして、ただひたすらに面目ない。
「フェリ」
冷静さを取り戻したらしいリヴィウス様はようやく立ち上がり、パンパンと砂を払ってベンチの隣に腰かけた。
「だからさ、マテウスとの婚約は、もうちょっと詳しいことがわかってから決めてほしいんだ」
リヴィウス様の目は真剣そのもので、祈るような切実ささえ見え隠れする。
だから私は、からりと言い放った。
「べラトル伯爵令息とは、婚約しませんよ?」
「……え? なんで? もう決めたの?」
「はい」
「いつ?」
「さっきです。クレド子爵令息の話を聞いて、決めました」
「いや、でも、従妹とのことはとっくに反省して、心を入れ替えているかもしれないし……」
「心を入れ替えている人は、本当のことを隠したりしないと思います」
きっぱり言い切ると、リヴィウス様は黙って目を見開く。
「以前の婚約が解消になった理由を尋ねたときに、あの方は真実を話しませんでした。それどころか、都合の悪いことはうまく誤魔化して、同情を引くような物言いまでしたのです。新たな婚約を結ぼうとしている相手に対して、それは誠実な態度といえるのでしょうか?」
「……確かに」
「従妹との今の関係がどうなのか、正直気になるところではあります。でもあの顔合わせのとき、べラトル伯爵令息は従妹の存在に一切触れなかったのですよ? 大事なことを隠すのは嘘をついたも同然ですし、それに――」
「それに?」
続きを促すリヴィウス様の顔を、上目遣いでじっと見つめ返す。
「そ、それに、誰が一番、私のことを大事に想ってくれて、誠実に接してくれていたのかが、ようやくわかりましたので……。私はその方を、選ぼうと思います」
しどろもどろになりながらも、どうにかこうにか言い終えた私を見つめるリヴィウス様の視線が、熱い。
「……え、ちょっと待って。それって……」
私の言葉の意図するところに気づいたリヴィウス様は一瞬固まって、それから何やら考え込み、次の瞬間「マママママジで!?」と歓喜の雄叫びを上げる。
「フェ、フェリ、あの、ほんとに……?」
「は、はい。末永く、よろしくお願いします……」
遠回しにとはいえ、勢いに任せて一世一代の告白をしてしまった私は、次第に真っ赤になっていく顔を上げられない。
「……フェリ」
ひと際甘い声が耳元を掠めたかと思うと、リヴィウス様はずずずっと距離を詰めた。
「……触れて、いい?」
「え?」
「抱きしめていい?」
「それは……」
「フェリをこの手で抱きしめたい。やっと手に入れたって、フェリは俺のものだって、実感したい」
「え――?」
まともな返事もできないうちに、私はするりと伸びてきた腕の中に囚われてしまう。
「……フェリ、好きだよ」
「……は、はい……」
「ほんと好き。大好き。フェリさえいてくれればいい。フェリしかいらない。もう絶対絶対放さないから」
「……リヴィウス様……」
「あー、もう、フェリが可愛すぎて、どうにかなりそうなんだけど」
「……はい?」
「あんまり俺を翻弄しないでよ。今すぐフェリの全部がほしくなっちゃうだろ」
「ななななにを言って――!?」
「はは、ほんと可愛い」
そう言うと、リヴィウス様は色気だだ漏れの笑顔でちゅ、と私に口づけた。
……翻弄しているのはどっちだ、と言いたい!!




