14 絶体絶命?
リヴィウス様と婚約して、三か月近くが経った。
サリエル殿下の突撃以降は至って平和で、私は相変わらずリヴィウス様にとことん甘やかされる毎日を送っている。
ただ、最近の私は、すこぶる重大な問題を抱えていた。
「リヴィウス先輩への誕生日プレゼント、ですか……?」
ランチの帰りに立ち寄ったトイレの中で、イザベラ様が遠慮がちに聞き返す。
「そうなの。もうすぐ誕生日なんですって。でも、何をあげたらいいのか全然わからなくて……」
目下の課題は、これである。
近々誕生日を迎えるリヴィウス様に、素敵なプレゼントを用意したい。婚約して初めての誕生日だし、心に残るようなものを準備したい。
でも、リヴィウス様に比べたら圧倒的に恋愛経験の少ない私には、プレゼントなんてどうにも難易度の高すぎる問題なのである。まったくもって、妙案が浮かばない。
十分なのは、気合いだけ。
というわけで、いまや親しい友人ともいえるイザベラ様に教えを請おうと思ったのだ。
ちなみに、サプライズなどという高度なスキルを持ち合わせていない私は、早々に白旗を上げてリヴィウス様に直接尋ねてみた。何がほしいかと。
「フェリのくれるものなら、なんだってうれしいよ? 道端の石ころでも蝉の抜け殻でも、一生大事にするからさ」
なんの参考にもならなかった。いや、気持ちはもちろんうれしいのですけど。
当然のことながら、サリエル殿下と婚約していたときにもお互いの誕生日にはプレゼントを贈り合っている。でもあの頃は、文房具とかブックカバーとか、ちょっとがんばって刺繍入りのハンカチとか、今考えてみればさほど面白みも色気もない品々だったな、なんて思う。
まあ、殿下だって似たようなものだったし、学園に入学してからはミリナ様に夢中で私の誕生日なんて多分忘れていただろうから、お互い様といえばお互い様なんだけど。
「確かに、恋愛経験が豊富すぎるリヴィウス先輩ならこれまでにもいろんなプレゼントをもらっているでしょうし、思い悩んでしまうフェリシア様のお気持ちはお察しします」
イザベラ様は難しい顔をしながら、あれこれと考えを巡らせている。
というか、さりげなくハードルを上げてくるのはやめてほしいのですが。
「でも、リヴィウス先輩はフェリシア様がくれるものならなんだって喜ぶと思いますよ? それこそ、その辺に転がっている石をあげても家宝にして一生大事にするんじゃないですか?」
なんでみんな同じことを言うのかしら。
「だからって、石ころをあげるわけにはいかないでしょう?」
「別にいいと思いますけど。あ、そうだ。最近、王都の街におしゃれな雑貨屋ができたらしいんですけど、フェリシア様はご存じですか?」
「雑貨屋?」
「はい。可愛らしい小物とか珍しい輸入雑貨とか、いろいろあるみたいですよ。そこに行って探してみる、というのはどうでしょう? リヴィウス先輩と一緒に行って、選んでもらうというの手もありますし」
「なるほどなるほど」
「あとはですね、私たちのまわりで、今ちょっと流行っているのが婚約者とおそろいのアクセサリーを身につけることなんですよ」
「おそろい? 婚約者同士で?」
「はい。シンプルなペアリングとか、おそろいのピアスとかネックレスとか、一緒にあつらえてプレゼントし合うんです。お互いの瞳の色の石を使ったりすれば、常に一緒って感じがして素敵じゃないですか?」
話しながら、ぽわんと頬を染めるイザベラ様が、大変可愛らしい。
そんな頼れる後輩から的確なアドバイスをもらった私は、早速教えてもらった雑貨屋に行ってみることにした。
ひとまず中を覗いてみて、どんな感じか確かめてから、リヴィウス様と一緒に行ってみてもいいかもしれない、と思ったのだ。
行こうとしたらリヴィウス様に呼び止められて、「俺も行く!」とひとしきり騒いでいたけれど、お父様に実務のノウハウについてレクチャーを受ける約束があったとかで、泣く泣く諦めることにしたらしい。
「レクチャーよりも、フェリと出かけるほうが百倍大事なのに」
「そんなこと言ってたら、お父様に怒られますよ?」
「怒られてもいい。フェリと離れたくない」
「すぐに帰ってきますから」
ふふ、と小さく笑うと、リヴィウス様が困ったような顔をして「ますます離れがたいだろ」なんてため息をつく。
「くれぐれも、気をつけてね。知らない人についてっちゃダメだよ」
「はいはい」
「知ってる人にもついてっちゃダメだよ」
「なんですかそれは」
そんなしょうもないやり取りのあと、私は侍女を連れて目当ての雑貨屋を訪れた。
狭い路地の先にあった雑貨屋は思いの外こじんまりとしていたけど、今話題沸騰中ということもあってずいぶんと混み合っていた。
イザベラ様が教えてくれた通り、人目を引く一風変わった雑貨からおしゃれ小物まで多種多様な商品が取り揃えてあって、眺めるだけでも十分楽しめる。
アクセサリーの類いも目移りするほどたくさん置いてあって、リヴィウス様が私の瞳の色と同じローズクォーツのピアスを身につけているところなんかを不意に想像してしまう。ほとばしる色気に一人で悶絶していたら、侍女の姿が見えないことに気がついた。
「あら……?」
店内をあちこち探してみたけれど、多くの客で混み合うせいか、なかなか見つからない。
慌てて店を出て、辺りをきょろきょろと見回してみる。
でも薄暗い路地はひっそりとしていて、侍女がいるような気配はない。
やっぱりまだ店内かもしれない、と思いながら戻ろうとしたところで、急に後ろから腕を掴まれた。
「え――!?」
そのまま口を塞がれ、問答無用で引きずられ、あっという間に狭い路地の行き止まりまで連れ込まれる。
「大人しくしろ」
顔を上げると、見るからにガラの悪い三人の男が私の前に立ちはだかっていた。
布のようなもので目から下を覆い隠しているせいか、表情はほとんど読み取れない。でも明らかに、目が血走っている。こ、怖い。
大声を出して助けを呼びたいけど、こんな狭い路地の隅っこに誰かが都合よく来てくれる気がしない。
何より身体が震えて、うまく声が出せない。
「な、なにを――?」
ようやくそれだけ絞り出すと、真ん中の男が吐き捨てるように言った。
「金を出せ」
「お金……?」
「早くしろ」
いや、お金なんて、今持ってないし。全部侍女に持たせちゃったんですけど。
なんて言っても、多分見逃してはくれない。
お金どころか金目の物など何一つ持っていないとわかったら、どうなるか、何をされるかわからない。
最悪の場合、身体を傷つけられるだけじゃなく、命の危険だって――――
突然我が身に襲いかかった絶体絶命のピンチを自覚して、ぞわりと背筋に冷たいものが走った瞬間だった。
「そこで何をしている!?」
男たちの背後、路地の入口のほうからいきなり鋭い声がした。
男たちは焦ったように振り返り、「ちくしょう、見つかったか!?」「逃げろ!」とか言いながら、一目散に声の主の脇を走り去る。
……た、助かったの……?
倒れ込んだままの私は、恐怖と安堵で身動き一つできない。
そんな私のほうへと駆け寄ってきたのは、なんとも思いがけない人物だった。
「フェリシアだったのか!? 大丈夫か!?」
「……え、殿下……?」




