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それなら私はこの家を出ます 〜あとは妹に全部任せればいいと思いますね   作者: 野良うさぎ(うさこ)


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18/20

私の帰る場所


「姉様……」


 花純の声は小さかった。


 私は花純を見る。昔のように見下してくる目ではなかった。怒りと嫉妬と不安と、何かよくわからない感情が混ざっている。


 花純は私の妹だ。


 私を生贄にしようとした妹。

 私を落ちこぼれと罵った妹。

 でも、母様に愛されるために必死だった妹。


 私は花純を許せているわけじゃない。

 でも、花純だけが全て悪いわけではないと、今なら少しだけわかる。


「花純、私は母様に呼ばれて来ました。あなたを責めるためではありません」


「……じゃあ、なんでそんな顔で立っていられるんですか」


「え?」


「なんで姉様は、そんな風にまっすぐ立っていられるんですか。私は……私は、うまくできないのに」


 花純の声が少しだけ崩れた。


 その瞬間、西園寺さんが一歩前に出た。


「あの……スミレさん」


 私が花純だった頃の親友。私がスミレに戻ってから、私を蹴った人。


 西園寺さんは唇を震わせていた。


「私、知らなかった。知らなかったからって許されるわけじゃないのはわかってる。でも、私……ずっと花純だと思って、だから……」


 言葉が続かない。

 西園寺さんの目に涙が浮かんでいた。


 私は何も言えなかった。


 謝られても困る。怒りをぶつけても、きっと何も変わらない。私が欲しかったのは、過去への謝罪だけじゃない。


 もう一度、私を傷つけないでほしい。

 ただ、それだけだった。


「スミレ」


 柳小路君が低く呼んだ。


「俺は気づいてた。途中からだけどな。なのに何もできなかった。悪かった」


「私もや。ごめんな、スミレちゃん。わかってたつもりで、何もできんかった」


 石神さんの声は震えていた。


 藤沢君も、長谷君も、下を向いている。

 ロイヤル・ブラッドの面々は、私が花純だった時の友人たちだった。


 そして、スミレに戻った途端、私を見なくなった人たちでもあった。


 周囲の生徒たちの中からも、ざわめきが広がる。


「だからおかしかったんだ」

「中等部の花純様と、今の花純様、全然違うと思ってた」

「待って、なら俺、スミレさんの悪口言ってたんだ」

「私も……」

「私、花純様に助けてもらったことある。あれがスミレ様だったなら……」


 罪悪感。


 周囲から感じる感情は、たぶんそれだった。


 それは、私が花純だった時、みんなと一緒にいたからこそ生まれたものなんだと思う。


 でも、その罪悪感が私を救うわけじゃない。


「……今は、謝罪を受け取れません」


 私はゆっくりと言った。


 声が震えないように、手首の時計に触れる。


「みんなが知らなかったのはわかっています。でも、知らなかったから何をしてもいいわけじゃないと思います。私はスミレになった途端、昨日まで話していた友達から嫌われました。悪口を言われて、蹴られて、叩かれて……それが、結構辛かったんです」


 西園寺さんが泣きそうな顔になる。


 静流様が何か言おうとしたけれど、私は続けた。


「私は初等部の頃からずっと落ちこぼれで、嫌われて、友達なんて誰もいませんでした。花純と入れ替わってから世界が一変したけど、それは花純のものです。誰もスミレを見てくれなかった」


 胸が痛い。

 でも、言葉は止まらなかった。


「だから、私はもう戻りません」


「スミレ、違う。俺は、俺だけは――」


「静流様」


 私は静流様を見た。


 かつて花純として婚約した人。静流様は私のことを愛していたと言う。でも、その愛は私の名前を持っていなかった。


「あなたの婚約者は花純です。私ではありません」


「違う! 俺が愛したのは君だったんだ! 俺はそれに気づいたんだ!」


「今さらです」


 自分でも驚くほど、静かな声だった。


 静流様の顔が歪む。美しい顔が、嫉妬と焦りで崩れていた。


「その男が、極楽寺家が君を洗脳したのか? 君は俺のところに戻れば、前みたいに――」


「前みたいに?」


 私は思わず聞き返した。


「前みたいに、花純として生きるんですか? あなたに愛されるために、花純の日誌を読み返して、花純の癖を真似して、花純として笑うんですか?」


「それは……」


「私はもう、花純にはなりません」


 静流様は黙った。

 花純は俯いている。


 私の胸は痛い。

 でも、前みたいに壊れそうな痛みではない。今の私は一人じゃないから。


 蓮夜様が隣にいる。

 それだけで、私は立っていられる。


「スミレ、俺は本気だ。君を救いたい。俺の父に頼んで、七里ヶ浜家との話もつけた。君が望むなら、次期当主の座だって――」


「望んでいません」


「どうしてだ!」


「私は、極楽寺家へ戻ります」


 そう言った瞬間、周囲の空気が変わった。


 正式な名前ではない。まだ私は七里ヶ浜スミレだ。けれど、今の私が選びたい場所は、もう決まっていた。


「スミレ」


 蓮夜様が小さく私の名前を呼んだ。

 私はそちらを見ない。見たら泣いてしまいそうだったから。


「私はスミレとして生きたいです。花純でも、七里ヶ浜家の道具でもなく、私として」


 静流様の表情が変わった。


 嫉妬。

 怒り。

 そして、捨てられた子供みたいな悲しみ。


「認めない……」


 静流様が呪符を取り出した。


「静流! やめろ!」


 石神さんが叫ぶ。


「認めない!!」


 呪符が光を放った。

 蓮夜様が私の前に出る。


「絶華」


「任せるのじゃ!」


 蓮夜様の肩から現れた絶華君が、龍の鱗のような結界を広げる。


 私たちに向かって飛んできた呪符は、その結界にぶつかり、火花を散らした。


 周囲の生徒たちが悲鳴をあげる。


「龍……?」

「本物の龍なの?」

「極楽寺家は龍を使役しているのか?」


 私は龍の鱗の向こうで、静流様を見ていた。


 もう、彼の言葉で私の心は動かなかった。


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