↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それなら私はこの家を出ます 〜あとは妹に全部任せればいいと思いますね   作者: 野良うさぎ(うさこ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/20

二人で



「スミレ。話をしよう」


 改札の前に立っている蓮夜様は、静かにそう言った。


 怒鳴られると思っていた。責められると思っていた。勝手なことをするなと叱られても仕方ないと思っていた。


 けれど、蓮夜様は怒鳴らなかった。


 その静けさが、逆に胸に刺さった。


「……私は、行かなければいけません」


「なぜ」


「私が戻らないと、七里ヶ浜家が極楽寺家を攻めるかもしれません。花純も……母様に何をされるかわからないと」


「だから一人で戻るのか」


「はい」


 声は震えていた。

 でも、私は目を逸らさなかった。


「私が戻れば、誰も傷つかないかもしれません。蓮夜様も、誠士郎さんも、エリさんも、街の人たちも。私一人で済むなら、それが一番――」


「それは違う」


 蓮夜様の声が、少しだけ強くなった。


「スミレ一人が傷つくことを、誰も傷つかないとは言わない」


 胸が痛くなった。


「でも、私は慣れています。母様に怒られることも、命令されることも、傷つくことも。だから――」


「慣れているから傷ついていい、という理屈はない」


 蓮夜様は一歩近づいた。

 私は逃げなかった。


「スミレは、極楽寺家に来た。俺は君を預かった。俺の家で暮らしている。なら、君を一人で敵地に向かわせるような真似はしない」


「でも、私はただの居候で……」


「違う」


 蓮夜様ははっきりと言った。


「スミレは俺の婚約者であり、家族だ」


 家族。


 その言葉に、呼吸が止まりそうになった。


 七里ヶ浜家で、私は家族という言葉を何度聞いただろう。同じ家族。同じ両親。なのに、私は納屋みたいな部屋で一人だった。兄様も、父様も、母様も、私を家族として見たことがなかった。


 でも、蓮夜様は言った。

 家族だと。


「……そんな風に言われたら、行けなくなってしまいます」


「そう言っている」


「ずるいです」


「そうかもしれない」


 蓮夜様は少しだけ困ったように笑った。


「だが、俺は君を引き止めたい。君が台場に行くと言うなら、俺も行く」


「蓮夜様も……?」


「ああ。極楽寺家当主として、七里ヶ浜麗華に会う。婚約者を返せと言われたなら、こちらも正式に返答するべきだ」


「危険です」


「承知している」


「母様は、本当に強いんです」


「それも承知している」


「それでも、来てくださるのですか」


「行く。スミレが一人で行くより、ずっとましだ」


 その言葉に、目の奥が熱くなった。


 泣きたくない。

 でも、泣きそうだった。


「……ごめんなさい」


「謝るなら、まず戻ってきてからだ」


「戻ってきてから?」


「そうだ。鎌倉へ戻る。その前提で台場へ行く」


 蓮夜様は手を差し出した。


「一人で行くな。行くなら、一緒に行こう」


 私はその手を見つめた。

 四年前、台場で繋いだ手。昨日も、今日も、私を支えてくれた手。


 私はゆっくりと、その手を取った。


「……はい。お願いします」


「こちらこそ」


 蓮夜様の手は温かかった。



 ***



 電車を乗り継ぎ、私たちは台場へ向かった。


 夜の車内は人が少ない。窓に映る自分の顔が、少しだけ大人びて見えた。私は鎌倉異能学園の制服を着ている。七里ヶ浜家の令嬢でも、花純の偽物でもなく、極楽寺家の婚約者として台場へ向かっている。


 不思議な感覚だった。


「台場は懐かしいか」


「はい。懐かしいです。でも、少し怖いです」


「怖いなら、怖いと言えばいい」


「……怖いです」


「分かった」


 蓮夜様はそれ以上、何も言わなかった。ただ、手を離さずにいてくれた。


 電車の窓の外に、夜の海が見えた。遠くに観覧車の光が滲んでいる。


「あの時、観覧車に乗りましたね」


「ああ。よく覚えている」


「私も覚えています。あの時、すごく楽しかったです」


「色々終わったら、また乗ろう」


「……はい」


 色々終わったら。


 その言葉が、胸の奥に小さな灯りをともした。


「ふむ……懐かしい匂いじゃ。儂の故郷の匂いがするのう」


 膝の上に、ふわりと絶華君が現れた。


「絶華君」


「ここの異能術師は嫌な気配がするのじゃ。スミレ、少し膝を借りるのじゃ」


 絶華君は私の膝の上に座り、ぎゅっと服を掴んだ。龍なのに、少し怯えているように見える。


「大丈夫です。私も怖いので、一緒ですね」


「儂は怖くなどない。少し警戒しているだけじゃ」


「はい」


 私は絶華君の背中をそっと撫でた。

 絶華君は少しだけ気持ちよさそうに目を細める。


「絶華、姿を隠す準備はしておけ。台場では龍の存在は目立つ」


「わかっておる。蓮夜は心配性じゃのう」


「お前が不用意だからだ」


 二人のやり取りを見て、少しだけ笑ってしまった。


 こんな状況なのに、心が少し落ち着く。やっぱり、私は一人じゃない。


 台場駅に着く頃には、夜も更けていた。


「今日は学園へ行かない。まず休む」


「でも、母様が……」


「明日の朝、こちらから出向く。疲れたまま会う相手ではない」


 蓮夜様は近くのホテルを手配してくれた。高層階の部屋で、窓から台場の夜景が見えた。私は落ち着かなかったけれど、蓮夜様は当たり前のように、私が休めるように準備してくれた。


「部屋は一つだが、ベッドは二つある。ゆっくり休んでくれ。休む方が大事だ」


「でも……」


「明日は七里ヶ浜麗華に会う。今夜は眠れなくても、横になって目を閉じろ」


 私は頷いた。


 布団に入っても、なかなか眠れなかった。

 台場の夜景が窓の外に光っている。ここは私が生まれ育った街だ。逃げたかった街。戻りたくなかった街。


 でも、明日私はこの街で、初めて自分の意思を口にするかもしれない。


 怖い。


 でも、逃げたくない。


 手首の時計に触れる。

 時は止まらずに進んでいる。


 私も、進まなければならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。