37話 英雄が打ち明ける秘密
* * *
殿下との謁見を終えた後、外はすっかり夕暮れに包まれていた。
屋敷に戻ると、私はノーマン様に感謝の言葉を告げた。彼の粋な計らいで、殿下と再会できたのだから。
「ノーマン様、本日はありがとうございました。とても……久しぶりに、殿下にお会いできて……胸がいっぱいで」
「いいや。君が喜んでくれたのなら、よかった」
ノーマン様は笑みをたたえて、そう告げた。その次には、隣に佇むコルネリアへ優しい視線を向ける。
「それはそうと、気に入られてしまったな。コルネリア」
「うぅ……、でもお父さま。わたし、殿下に恥ずかしいところばかり、お見せしてしまったの……」
恥ずかしそうに俯くコルネリア。しかし、ノーマン様の言う通り――殿下は大層、コルネリアを気に入ったご様子だった。
もともと、賢いコルネリアだ。まだ幼いがために、今日は振る舞いに年相応の可愛らしさが垣間見えた。けれど、これからの成長を見据えれば、聡明な殿下が気に入るのも至極当然のことなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ノーマン様の豪快な笑い声が聞こえて来た。
「はっはっは! それもある種、勉強になったな」
「もう! 笑い事じゃありません!」
コルネリアは憤慨した様子で、声を荒げる。けれど、それすらも可愛らしいと思えるほどに、和やかな雰囲気に包まれていた。
◇
こうして会話をしながら、簡単に身支度を終えた私たち。談話室で椅子に腰かけながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
すると、ノーマン様は私とコルネリアを気遣うようなに声を掛けた。
「さて、今日は疲れただろう。もう寝てしまいなさい」
その言葉に、頷くコルネリア。謁見を終えて、緊張の糸が切れたのだろう。隠し切れない疲労と眠気が顔に出ていた。
コルネリアは寝ぼけまなこを懸命に擦っている。ゆっくりと開かれた口からこぼれたのは、欠伸を我慢したような声だった。
「おやすみなさい」
「えぇ、おやすみコルネリア」
夜の挨拶を交わした後、侍女と共に自室へ向かうコルネリアの背中を見送った。
彼女を見送った後、私も部屋へ戻ろうと立ち上がる。
「では、ノーマン様。そろそろ、私も――」
そこまで言葉を口にして、ふと気付いたこと。
(あら……?)
抱いた違和感は私の胸に残る。目にしたノーマン様の表情が、憂いを帯びていたから――。
ノーマン様は私の様子を窺うような視線を送っている。それはどこか、迷い子のよう。私はただ、彼が口を開くのを待つだけで――。
わずかに時間が過ぎる。そうして、ゆっくりと告げられたのは、意を決したような声音だった。
「リリー。その……後で少し、話でもどうだろうか? 夜にでも、またここで」
「えぇ、喜んで」
答えは決まっていた。私はノーマン様のおずおずとした様子を気にする素振りも見せず、いつものように振る舞った。――きっと、こうした方が彼の不安な気持ちを少しでも和らげられる。そう確信していた。
「支度を終えましたら、伺いますわね」
私は微笑みながら、そう告げた。
◇
それから――身支度を終えて、再び足を運んだのは談話室。
約束通り、そこにはノーマン様が椅子に腰かけていた。そんな彼の傍らに控えているのはハンスだ。二人の表情はいつになく真剣だった。
ノーマン様はそっと声を掛ける。
「ハンス、人払いを」
「かしこまりました」
ハンスは一礼すると、談話室から出て行った。おそらく、私たちの話を他の誰にも聞かれないよう目を光らせるのだろう。
(きっと、それだけ大事なお話なのね)
重々しい空気の中、ノーマン様はそんな緊張感を和らげるように私の名を優しく呼んだ。
「リリー」
「はい」
「君には知っておいて欲しいことがある」
彼の言葉の重さ。それはこれから告げられることの重大さを物語っているようだった。椅子に腰かけ、前に組まれた手は僅か震えていて、それだけで彼の心の重圧を窺い知るには十分だ。
私は椅子に腰かけることなく、ノーマン様の前まで足を進める。そして、震える彼の手を取った。はっと、弾かれたように私を見やるノーマン様は驚いた表情を浮かべている。
私は眉を下げて、そっと告げた。
「その前に……、一緒に座りませんか?」
「あ、あぁ……」
ノーマン様は自身の手が震えていたことに気付いたのだろう。困ったように眉を下げながら、無理やり笑ってみせたのだった。
私たちはソファーに腰かける。互いに、体を少しだけ向かい合うようにして寄せた。
ノーマン様は小さく息を吸うと、意を決したように言葉を口にした。
「これはただ……私が君に嘘をつきたくないだけだ。私自身が楽になるための――」
そこで言葉を切ると、淡い紫色の瞳が不安で揺れる。
「それでも聞いてくれるか?」
「もちろんです」
私がそう告げると、ノーマン様は「ありがとう」と小さな声で告げた。たったそれだけの短い言葉。けれど、彼の決意と私への気持ちは伝わった。
一呼吸置いた後、ノーマン様が告げたのは――。
「コルネリアのことだ」
「……」
「君も、察していることがあるのだろう」
無言の肯定。ノーマン様の手に力が入る。私は咄嗟に、彼の手に自分の手を添えた。
それから、続けられる言葉。
「私とコルネリアに、血縁関係はない」
私はただ黙って、彼の言葉に耳を傾けていた。
ついこの間だったら、予想外の言葉だと驚いたことだろう。しかし、今では驚くことでもない。
――狩猟大会で狙われたコルネリア。ルシアンが語っていた、現在、市政に広がる噂のこと。
それが根も葉もない、ただの悪意ある噂であれと願っていた。いや、ただの噂であるように振る舞うことが正解なのだろう。いわゆる、ノーマン様の「弱み」を握りたい派閥がいることは分かり切っていた。
英雄、歴戦の騎士。その失脚を狙うのは、厳しい自然にも耐えうる領地の豊かさか。それとも、英雄と称される彼を貶めたときの優越感への期待や虚栄心が勝っているのだろうか。
考えてしまった貴族というものの醜さに、私は唇をきつく結んだ。
けれど、ノーマン様は告げた秘密とは裏腹に、穏やかな表情でその次の言葉を紡ぐ。
「だが、私はあの子を――私の娘だと、胸を張って言える」
「えぇ」
不思議と、彼の言葉を耳にした途端。私の中にくすぶった怒りは収まってしまった。今更、おかしなことを仰るものだと、私はくすりと笑みを溢す。
そんな私に、ノーマン様は呆気に取られたような表情を浮かべていた。
「……驚かないのか?」
「私とコルネリアが、そうだからです。それでも、今では家族ですわ」
告げた言葉。――辺境入りしてから、コルネリアと共に過ごした時間と関係を思い返せば、胸に宿るのは温かな光だった。
きっと、それはノーマン様も同じはずだから。




