34話 王城へ参る
いよいよ、王城へ参上する日。
屋敷を発つ前、コルネリアは緊張した面持ちで佇んでいた。初めてとなる王への謁見という理由もあるだろう。だが、その前に一仕事。
コルネリアの視線の先にはノーマン様が佇んでいる。
(きっとコルネリアは……贈り物をするのは初めてなのね)
今の彼女には、ノーマン様に贈り物を喜んでもらえるのだろうか、と不安な気持ちがあるに違いない。
そう思い至ると、私は小声で語りかける。
「コルネリア、大丈夫よ」
優しく告げて、そっとコルネリアの背中を押す。そうすれば、彼女は意を決したように口を開く。
「あの……、実はお母さまと一緒にお出掛けしたとき、これを」
コルネリアの言葉に合わせて、ハンスが小さな箱をノーマン様へ差し出す。ノーマン様はそれを受け取ると、ゆっくり開いてみせた。
そこにあるのは輝きを放つブローチ。――あの日、コルネリアと共に訪れた宝飾店で彼女が見つけたものだ。
ノーマン様はブローチを目にすると、ふっと目元を下げた。
「これは――リリーの瞳の色に似ているな」
彼の言葉に、コルネリアは誇らしげに頷く。それとは対照的に、私は顔が熱くなるのを感じた。ノーマン様の柔らかな表情、声音が纏う優しさにあてられたのだ。
ノーマン様はそんな私にも嬉しそうに視線をやった後、身を屈ませてコルネリアと目線を合わせる。
「とても素晴らしい。ありがとう、コルネリア」
「えへへ」
照れた表情をしながらも、嬉しそうに微笑んだコルネリア。そして、大事そうにブローチを手にするノーマン様。この光景は何ものにも代えがたく、尊いものだと感じられる。そんな二人は私を魅了するには十分過ぎた。
すると、ノーマン様は微笑むコルネリアに、こう告げた。
「よし。早速、着けて行こう」
彼の言葉が示すのは王への謁見。正装を身に纏うノーマン様はいかにも厳格な辺境伯であり、彼の胸元を飾る勲章は英雄であることを証明している。そこに、愛娘から贈られた私の瞳の色に似たブローチが加わる。
まさに家族の証だ。結婚の承認を賜るには、これ以上にない証明となる。
ノーマン様はブローチを着けようとするが、手袋をはめているために上手くいかない様子。それを目にしたコルネリアが、はっとした様子で声を上げた。
「あ! わたしが」
「そうか? ありがとう」
大きな体を屈ませて、娘にブローチを着けてもらうノーマン様の表情は照れくさそうだ。その光景はとても微笑ましいもので、出立を見送るために総出となっていた使用人たちも、朗らかな笑顔を浮かべている。
「よし、できた!」
コルネリアの元気の良い声が上がった。彼女の小さな手がそっと離れると、ノーマン様の胸元を飾るブローチが顔を出した。
二人は満足そうに頷き合い、ノーマン様は立ち上がる。そして、コルネリアは私の元へ駆け寄ると、嬉々として語り始める。
「あのね、お父さま。実は――」
コルネリアはちらり、と私へ視線を送った。彼女の意図を汲んだ私は小さく頷く。
「えぇ、私も――」
口を開けば、自然と声が弾む。コルネリアも同じ気持ちだったようだ。私とコルネリアは目配せをし合って、くすりと笑い合う。
そこへ侍女が小さな箱を丁寧な所作で運んできた。侍女が箱を開けると、同じブローチが顔を出す。しかし、その中央にはめられている宝石はノーマン様の瞳の色に似たものだ。
私はブローチを受け取り、自らドレスの胸元へ飾った。ブローチを愛でるようにそっと撫でる。そうすれば、あのときのコルネリアの表情を思い出すには十分で――。
私は目を細めながら、語った。
「コルネリアから、ノーマン様とお揃いのブローチをもらいましたの」
「そ、そうか……!」
ノーマン様は照れくさそうに頬をかいたのだった。
髪色でも、瞳の色でも――互いに似た色の宝飾品を身に着ける意味は誰しもが知っているだろう。私とノーマン様は互いに顔を見合わせて、微笑み合った。
すると、コルネリアが声を上げた。
「お父さまとお母さま、ずっと一緒にいて欲しくて」
「コルネリア……」
彼女の言葉に、ノーマン様は思いを込めたような声をもらした。――これまでのコルネリアの胸中を考えると、こみ上げてくるものがあったのだろう。
ノーマン様は柔らかい笑みを浮かべると、再びコルネリアの前に屈んだ。
「そんなコルネリアには、これを。お守りのようなものだ」
彼が手にしていたのは、ケディック家の紋章があしらわれた髪飾りだった。恐らく、代々受け継がれてきた代物なのだろう。髪飾りは、そう思わせるような造形をしていた。
ノーマン様はコルネリアの結われた髪に触れて、髪飾りを着けてやる。
そうして、立ち上がったノーマン様とコルネリアが立ち並ぶ。その光景は私の視線を釘付けにするには十分だ。
(あぁ……二人とも、なんて素敵なのかしら!)
私は咄嗟に口元を両手で覆った。感極まって、口にしてしまいそうになった言葉を心の中で叫ぶ。
すると――。
「お母さまも素敵ですよ!」
「リリー、とてもよく似合っている」
コルネリアとノーマン様が勢いよく口にした言葉。
(二人とも、私の心を読んだのかしら……?)
そう思ってしまうほど、息ぴったりだった。
「よし、それでは参ろうか」
ノーマン様の言葉を合図に、屋敷の扉は開かれた――。
* * *
王城に到着するや否や、私とノーマン様はコルネリアの表情が強張っていることに気付く。
(無理もないわ……)
私は安心させるように、コルネリアの手をそっと握った。ぎゅっ……と、握り返された手の力が、彼女の緊張を表しているかのように思えた。
ノーマン様は、そんな僅かなやり取りを見ていたようだ。優しい声音で、コルネリアに語り掛ける。
「王は寛大な方だ。緊張しなくても大丈夫だ」
「はい、お父さま」
「それに、コルネリアに会えることを楽しみにしておられたからな」
ノーマン様は交わされた約束を思い出したかのように微笑む。――彼の言葉に間違いはないだろう。私の記憶にある王も、同じなのだから。きっと、お変わりないはずだ。
そうして、城内をある程度進んだとき、ノーマン様が足を止めた。彼は私とコルネリアを振り返ると口を開く。
「先に私は少し、宰相殿と話をしてくる。何かあれば使いを。ハンスもいるから、問題はないと思うが……」
「分かりましたわ」
私は頷き、ノーマン様と視線を交わす。――宰相殿。その言葉だけで察することがある。私にできることは、コルネリアと共にノーマン様を待つこと。
私は後ろに控えていたハンスへ視線を向ける。すると、彼は一礼し、口を開いた。
「この先にサロンがございます。そこへ、ご案内するようにと仰せつかっておりますゆえ」
「えぇ」
彼の言葉に返事をし、私はコルネリアを連れて歩み出した。遠ざかるノーマン様の姿。彼はしばらくの間、その場に佇んで、私たちを見送っていた。
◇
ハンスの案内の元、私とコルネリアは城内を行く。コルネリアは初めて目にする場所で、色々なものに興味を惹かれている様子だ。
「お母さま、あそこは何?」
「居館といって、文官たちが勤める場所ですの」
「お母さまは、どちらにいらしたの?」
「私が所属していた警備部隊は、もう少し離れの――」
弾んだ声で会話が続く。好奇心に溢れたコルネリアの問いに答えるのはとても楽しい。
再びこうして、王城を訪れることになるとは不思議なものだ。
そう考えていると――。
「リリー……? リリーじゃないか!?」
唐突に、私の名を呼ぶ声が広い廊下に反響した――。私は、その不快さに眉をひそめたのだった。




