33話 いざ、王都散策!
そうして、私とコルネリアはハンスが用意した衣装に意気揚々と袖を通す。
着替えたコルネリアは、綺麗な一回転を披露した。彼女の動きに合わせて、スカートの裾がふわりと揺れた。
コルネリアは自信満々に、腰に手を当ててポーズを決める。
「これでどう見ても商家の娘でしょう? ね、お母さま!」
「とっても可愛いわ!」
私の嬉々とした声に、ハンスが呆れたような表情を浮かべたのは気にしないでおこう。かく言う私も商家夫人、といった衣装に身を包んでいる。これで身元を隠すには十分だろう。
私はコルネリアと手を繋ぎ、声を上げた。
「それでは、行って参りますわ!」
護衛をひとり連れ、私たちは王都の街へくり出した。
◇
コルネリアが自らの足で買いに行きたいもの。それは本だった。――剣術指南書、領地経営学、他にも他国の文化が書かれたもの。
本を見てまわるコルネリアの表情は、とても生き生きしている。
「あっちには言語学辞書が……! とても面白い……!」
感嘆の声をもらす彼女は才能を予見させるには十分だ。私は密かに、思考を巡らせる。
(確かに、辺境では流通しないものが多いわね……。交易路の開拓や、本の保存方法をもっと――)
思いふけっていると、コルネリアが声を上げた。
「ねぇ、お母さま! 王都には本当に色々な物や情報があるのね……!」
「ええ。そうね」
嬉しそうに語る彼女に、私は目を細める。
(きっと、コルネリアの将来を決めるには、たくさんの経験が必要になるのね……)
私の胸の内を占めたのは、そんな思いだった。
◇
コルネリアと共に、王都を散策した後。最後に立ち寄ったのは宝飾店だった。コルネリアたっての希望だ。
護衛を外で待たせ、私は店内を見て回るコルネリアに付き添った。彼女は真剣な表情を浮かべている。
(コルネリアは何を探しているのかしら……。ここは何も聞かない方が良さそうね……)
そう思い至ると、私は店内に展示されている品々へ視線を向けた。煌びやかな宝飾品の数々、ネックレスやブレスレット、イヤリング。貴族であれば、誰しも喜びそうな品だ。
贈り物や嗜好品として選ぶ。そういった光景を思い浮かべることができる。
しかし、私も、コルネリアもそちらには目もくれない。そこでふと、私の目を引いたのは――。
(これは――)
装飾が施されたペンだ。持ち手は握りやすよう加工され、その上の装飾部分には青い小さな石がはめ込まれている。どうやらこの宝飾店は身に着ける宝飾品だけでなく、様々な分野を開拓しているようだ。
すると、私の食指が動いたと見たのだろう。店主と思しき人物が意気揚々と声を掛けてきた。
「これはお目が高い。こちらは、英雄と称されるケディック辺境伯が治める領地で採掘される宝石です。それをあしらった上等な品にございます」
「まぁ」
私は感嘆の声を漏らした。その声を好感触だと判断したのだろう。店主は徐々に熱弁を振るい始めた。
「辺境は冬になれば雪と氷で閉ざされる土地。採掘可能な時期も短く、希少性が非常に高いものなのです! 小振りですが、十分に価値がありましょう」
「そうですの?」
私はぎこちなく返事をする他なかった。――この場は彼の話に合わせた方がよさそう。
まさか店主も、辺境伯の愛娘と妻になる婚約者が来店しているなど、夢にも思わないだろう。ちょっとした嘘をついてしまったことに、少しだけ罪悪感を抱いて顔の表情が強張る。
すると、私の表情を目にした店主は、途端に慌てはじめた。どうやら、私が興味を失ったと勘違いをしたようだ。
「あ、いえ……! ペンとしても書き心地は最高です……!」
店主は言葉を詰まらせながら、そう語った。そんな彼の反応に、私は愛想笑いを浮かべていた。
そこでもう一度、じっとペンを見つめる。
(これをコルネリアに贈りたいわ。護身用の短剣も考えたのだけれど……きっと、こちらの方が――)
そんな思いが胸の内に浮かんで来る。
私は想像する。このペンを握って机に向かうコルネリアを。きっと彼女の手にも馴染むはず。それに、彼女の知的好奇心を満たす助けをしてくれるだろう。
そうと決まれば、私の口から出る言葉は決まっていた。
「こちらを頂けるかしら?」
「かしこまりました……! ありがとうございます!」
私は店主にこっそりと、贈り物だと告げることを忘れない。
店の奥に消えて行く店主を見送りながら、私は想像する。綺麗に包装されたこのペンを受け取るコルネリア。それを思い描くだけで胸が躍った。きっとコルネリアは喜んでくれる――、そんな思いが私の胸を満たしたのだった。
◇
買い物を終えた私は意気揚々と残った時間を堪能することにした。すると、コルネリアがちらちらと私を見ていることに気付く。
私は彼女の元へ足を進めると、そっと尋ねた。
「コルネリア、どうかしましたか?」
「お母さま!」
元気よく私を呼んだコルネリアは、目の前のショーケースを丁寧な所作で示したのだ。彼女は目を輝かせながら語り始める。
「見て下さい! このブローチ、お父さまとお母さまの色みたい」
私は視線をショーケースに移した。そこには鮮やかな輝きを放つ紫色とヘーゼルの色。コルネリアの言葉に通り、私とノーマン様の瞳の色と似ている。
それに気付き、私は感嘆の声を上げた。
「まぁ、本当ね……!」
宝飾品に明るくない私はどういった名前の宝石なのか見当もつかない。しかし、コルネリアが嬉しそうに語るだけの代物だった。宝石を取り巻くように繊細な装飾がさらに目を引く。
私はふと想像する。ノーマン様の胸元を飾る、このブローチを。
コルネリアも同じ光景を想像したのだろう。彼女は強く頷き、そっと口を開く。
「お父さまにプレゼントして……」
コルネリアが探していたのは、ノーマン様への贈り物だったのだ。私は目を輝かせて、声を上げた。
「とっても素敵な贈り物だわ」
「えへへ」
私の言葉に、照れくさそうに笑うコルネリアはとても可愛らしい。――愛娘から贈られた、このブローチはどんな勲章より価値があるものになるだろう。
すると、コルネリアは店員にブローチをふたつ、包むようにお願いしていた。ひとつはノーマン様に。あと、もうひとつは――?
コルネリアの胸温まる子ども心に、すっかり心を奪われていた私は、思考からすっかり抜け落ちていたことがあった。そのため目の前の光景に、きょとん、と首を傾げてしまった。
コルネリアはそんな私を見つめて、にんまりと笑ってみせた。
「こっちの色はお母さまに、です!」
「え……?」
突然のことに、私は間の抜けた声を上げたのだった。呆気に取られる私の手を、コルネリアは握った。
「わたしからの贈り物です! 二人にはずっと一緒にいて欲しくて。そんな願いを込めた、お揃いのブローチです」
「コルネリア……」
彼女からの告白は、私の胸を打つ。私が口にした彼女の名はとても愛しく、大切に思えた。
そうして、店員が確認のためにブローチを持ってきてくれた。贈り物として、綺麗な小箱に入れられたブローチ。それを目の前にして、私はコルネリアと手を繋ぐ。
(不思議……。宝石なんてあれほど興味がなかったものなのに。コルネリアから贈られたものだと思うと、とっても特別なものに見えるわ)
殿方からの贈り物でも、宝飾品に興味がなかった私。しかし、この贈り物は私の心を温かくするには十分で――。
「ありがとう、コルネリア」
告げた感謝の言葉は嬉しさのあまり、少し涙声になってしまった。
(娘に先を越されてしまうなんて――)
今度は私が彼女に贈り物をする番だ。――そう意気込んで、宝飾店を後にしたのだった。




