24:魔妃の試練
ゆっくりと、身体の痛みは引いていく。マリスに正体を知られてしまうとか言う衝撃的な出来事に、俺の思考は止まっていたが……傷が癒えるまで間、落ち着くための猶予はあった。
(……このダンジョンは、夢の世界)
こんな物は全て夢だ。身体の痛みを切り離せ。全ては錯覚、すぐにでも立ち上がり戦うことは出来るはず。言い聞かせ、言い聞かせ……ようやく戦意を取り戻したところで、レインを取り巻く環境に……俺は再び突っ伏した。意識も遠のくのは出血のためか? 夢の中でまた夢に囚われる? 見たくない物から逃れるためか? 逃げてはならない。繰り返し念じてみるが、どうして瞳が開かない? そんなにも俺はショックだったのか? 俺やマリーやキャロット以外に信を置く彼を見るのが。
(ああ、そうだ! ショックだとも!! 見たくなかった、あんなレインは)
俺にとってレインは。血の繋がりこそないが、家族に等しい存在だ。パーティの中で最も近しい相手でもある。親族だからと簡単に、ロアに引き渡せないよう……彼を弟のよう、或いは愛娘のよう大切に思っている。
そんなレインが、この度めでたく一児の父兼母になったとか。しかもお相手は、その一児自身である。
(そんな話認められるかっっ!!!! なんという悪夢だこれはっ!!)
夢魔法で交わって、夢と現を錯覚させて両性化した彼一人の力で人の身体を作らせる? が未遂で終わった物の、結果的には大差ない。相手は人造人間で? 身体欲しさにレインの優しさに付け込み婚前交渉のでき婚だと! お父さんはそんなの絶対認めないぞレイン!! 第一お前はマリーが好きだったんじゃないのか!? そんなぽっと出の男に絆されるなどふしだらな……そこまで考え言葉に詰まる。全く同じ状況に、俺も覚えがあったのだ。
(そもそもレインは……俺を助けるために、自爆魔法を取り止めた)
俺が認めたくない状況を、生み出したのは俺自身の弱さじゃないか。俺が守ると言ったのに、助けられもしなかった。
それでも助けたい。必要とされたい。助けなければと言う気持ち。俺はもう必要ないのではという不安。レインの心が何処にあれども、彼を支える【武具】使いが傍に居る。レインもアデルを信頼している。家族と思っていたのは、俺だけじゃないのかと。そう思うと、酷く寂しい。竜もレインもいないなら、俺は本当に……一人になる。
(レインは決断した――……俺は、何も選べなかった)
俺“が”レインに守られた。何度も彼に助けられた癖に、肝心な時に何も出来なかった。レインがあの場を脱したのは彼の機転と覚悟のため。俺がしてやれたことは何もなかった。無力だ、無念だ。それを身体の所為にするか? 男であったなら、竜化して戦えたと。
多くに手を伸ばした結果、俺には何も残らない。仕えた主も大事な仲間も、この身に宿した竜さえも。
いや、一つだけ。残された物――……【魔妃の防具】。俺の枷となった呪いの鎧。
(俺は何をすればいい? どうしたら、俺を認めてくれるんだ)
レインはアデルとの戦いに勝利し【防具】を継承した。ならばこの場にいる他の【武具】使い……俺はマリスに勝たなければいけないのか? また夢に囚われている俺が、マリスに勝つだって? 出来るものか。傷を癒やすため身体が眠りを欲している。意思で抗うにも限界だ。いよいよ俺は幻聴を聞く。
“コントにーちゃん”
そう呼ばれるのが好きだ。レインに兄と呼ばれること。今や俺にとっては当たり前の呼ばれ方。俺も彼も家族を失っている。日常を欲する心が互いの中にあったのだろう。俺の家に来てから、レインは以前よりも柔らかく笑うようになった。そんなレインの表情を見るのが俺は嬉しかったんだ。
俺に兄弟は居ない。生前の母を知らない。この姿になった時、コントの妹を名乗れなかったのはそんな理由。何処かに俺の兄弟が存在したとして、彼らは俺に似ることはない。父と俺は似ていないから。
*
雄竜を宿す家は男に、雌竜を宿す家は女に契約と竜は受け継がれる。ラクトナイト家が継ぐ竜は雄竜であるため、娘が生まれようとも彼女達は竜を宿すことが出来ない。俺の誕生は多くに待ち望まれたものではあるが、それを幸福と呼び変えて良いかは解らない。
例えばそう。父との思い出、その大半は……剣を通じての記憶。言葉よりも剣を交わした数がおそらく多い。僅かな会話さえ、剣を振り合っての間が殆ど。
「良いかコント。お前は決して死んではならぬ、お前には次代へ契約を繋ぐ責務がある」
「はい、父上!」
「だがっ!」
重い一撃を受け止める。激しい猛攻、防ぐばかりで精一杯。反撃の隙を見い出せない俺を薙ぎ払い、父は容赦無く弾き飛ばした。
「逃げてもならぬ! 臆するな!! 戦い、打ち勝ち生き延びよ!! 臆病者に竜は起こせぬ!!」
父は陛下の命で家を空け、戦いに趣くことばかり。時折帰っては、こうして俺の腕試し。勝てぬまま、また仕事で家を去って行く。
(強くなれば。早く後を継げば――……)
俺が完全に竜を引き継げば、父は御役御免。もっとこれまでとは違う親子の会話が出来ると思った。飢えていたのだ。普通の家族というものに。
使用人達でさえ、温かな繋がりを持っている。横目で眺める度、身分を生まれを枷に感じた。
(もっと、もっと強くなれば……!)
あの人は褒めてくれる。よくやったと。お前は自慢の息子だと、抱き締めてくれるだろう。くだらない。そんな馬鹿げた幻想のため、我武者羅に剣を振るった。
父から一本取れるようにならなければ、後継者として認められない。俺の内には既に竜の体があるが、竜の精神は……先代である父から継ぐまで宿せない。そして竜を目覚めさせるために必要な物はもう一つ。それが、竜の“魂”だ。それが三つが揃って竜を呼び起こし初めて、俺は契約を継いだことになる。
「よくやった、コント。……まさかこんなに早くやられるとは。私が父を、お前の祖父から一本取った時より三年早い。これでラクトナイト家も安泰だ」
「ち、父上……」
「それで? 竜はお前に何と言っている?」
父を打ち負かし、契約を受け継ぐ。その目標を遂げた時、……俺には何も聞こえなかった。肉体と精神を得ても、俺の竜は目覚めなかったのだ。あの時俺は咄嗟に何を答えただろう。幼い俺は、真実を話せば失望されると思った。初めて父に褒められた俺は、喜ぶ父を裏切ることが出来なかった。
「…………城へ行き、新たな王にお仕えせよと」
「おお! 彼奴め、もう後継者選びに加わりたいか! では参内の手筈を整えておこう!」
意気揚々と出かける父を見送って、残された俺は母の肖像画へ……黙して悩みを打ち明ける。
(母上……僕は。貴女は…………家の道具、なのですか?)
竜を宿した子を産むことは、多くの場合命を落とす。子供は竜の姿で生まれて、生後一年ほどで徐々に人の姿へと変わる。竜の子は、人の身体には大き過ぎて不完全なまま生まれ出る。母体を失った一年間は魔術や錬金術を使って生命維持に努めさせる。……出産の過程で俺の母も焼け死んだ。
母体を守るためには、花嫁選びも重要だ。竜化魔法か変身魔法の使い手か……同じ境遇の同族ならば或いは。しかし由緒ある貴族の家が、そんな相手は娶らない。第一、竜を継ぐ者同士は婚姻が許されない。選定者が減ってしまう。
だから竜の家に嫁ぐことは、死を受け入れることに等しい。家の誇りや名誉のために、契約のため贄を捧げた汚れた家名。愛する人を見つけても、死んでくれと言わねばならない。いいや、或いは。
「今日の夕飯やけに豪華ね、どうしたの?」
「坊ちゃまが契約を継いだそうよ。だから料理長も張り切ってご馳走作ったのに、……坊ちゃま全然手を付けなくて。それで賄いに回って来たらしいの。有り難く頂きましょ」
「旦那様、坊ちゃまを残してまたお仕事なの?」
「お仕事……ねぇ。今から? こんな時間に? もう日も暮れたって言うのに」
「どうせ外に作った女と逢い引きでしょ。坊ちゃまも独り立ちして後は好き放題やれるってもんよきっと。旦那様、お出かけ前に鼻の下伸ばして鼻歌歌ってらしたわよ」
「滅多なことをお言いでないよ! こんな所坊ちゃまに聞かれたら大変だ!! 二度とその話をするんじゃないよあんた達!」
噂話はよく聞こえる。聞きたくないことほど、耳は拾ってしまうもの。通路での使用人の立ち話……それは真実だと思う。最初は由緒正しい適当な相手と結婚をする。彼女の死後、後妻として本当に愛した女を娶る。これで全てが安泰だ。厄介者の竜を宿した俺以外は。
(竜よ…………きっと父にも、お前の声は聞こえていなかったのだな)
最初は聞こえていた? 最初から聞こえなかった? どちらにせよ同じ事、契約など名ばかりだ。竜に認められる程の資質を俺達は失っている。今の陛下だって、本当に竜に選ばれたか怪しい。あんな父だ。偉大に見えた背中……負かしたことで、目が覚めた。父は竜ではなく、性根の腐った人間だ。そんな父達が選んだ王…………金に目が眩み、選定者共が偽りの王を選んだ可能性もある。
(なぁ、竜よ。……家を出ようか。何処へ行きたい?)
お前が契約をしたのは、こんな腐った人間達を見るためではないだろう? だからお前は目を閉じて耳を塞いでいるのだ。お前が見たいものを俺が見せてやる。俺に声を聞かせてくれ。俺は……寂しいんだ。俺の存在は、機械的なものでしかないのなら。王を選ぶための装置でしかないのなら。俺の心も、俺の意思も……世の中には全く不要なものだろう?
お前もそうだ。名ばかりの存在になっている。家名に箔を付けるため、保証書めいた存在に貶められている。そんなことはあんまりだ。心を閉ざして当然だ。
どれだけの時を、どれだけの代を……お前は蔑ろにされて来た? 俺よりずっと長い間、どんなに辛いことだろう。俺には解らない。想像も付かない。だから、教えてくれ。お前の痛みを、お前の辛さを。お前が俺に、俺がお前になるために。
(それならきっと、寂しくない)
あの時流れた涙は、俺のためかお前のためか。泣いたのはどちらだったのか。初めて声が聞こえたのは、涙が流れた後だった。
「……そうか、それが…………お前の、名か」
最初に知ったのはお前の名だった。それから沢山のことを俺はお前に教わった。俺の両親の事、俺達が何故王を選ぶのか、何故お前が俺の先祖と契約したのか。世界からは多くの同胞が滅び、神たる竜はラクトナイト同様、契約を行う者が僅かに残るのみ。現存する者の多くは大型蜥蜴モンスターであり、神たる竜ではない。
「誓うよ、お前の器として。俺はお前に恥じない勇者になると。王を選び、王を支え……お前と全てを終わらせよう」
先祖とお前が恐れた未来を打ち破り、契約を果たし……お前に自由を与える。もう何代も眠ったままのお前を目覚めさせた俺なら出来る、信じていたさ。
だが絶望は、大きく俺の前へと立ち塞がって……幾つもの痛みを齎すばかり。あの人を討っても終わらなかった。俺の代で全てを果たせるだろうか。焦燥感が募るまま、心は勝手に感情を内へと招く。どうせ不幸にするだけだ。誰かを愛したりなどするものか。
そう気取っていた俺にも……好きな人が出来た。だが俺の背負う名は、その人を決して幸せにはしない。全てを終わらせられたなら、その時心を伝えようか。いや、その日まで。あいつが誰かを想うようになったらどうしよう。
俺が迷う度、竜は言う。そうなる前に使命を果たせと。その日が来るまで離れない仲間はいるだろうと。
(あいつはいつも、俺の想像を覆す)
考えたこともなかった。こんな呪いは。魔法で男に変身する魔女なんて。この俺を呪って女にする奴なんて。そうかそれなら。もし俺が終わらせられなくとも、死ぬのは俺という道もあるのだな。そう思うと少しだけ胸の痞えが下りた。そんな矢先に、再び殿下は現れた。出会った日のよう、横暴に……存在感を見せつけて。
死ぬのが俺であるならば、次代の竜を産むのが俺ならば。相手が男になった女である必然性はない。とは言えたかだか数日で。人の心は変わるのか? 心とは肉体に依存する物なのか? 俺は誰を想っている? キャロットへの想い。殿下への想い。どちらも名前がわからなくなる。唯々苦しい。悩みを打ち明ける最も近しい友……竜も今は眠っている。
(俺は……どうすればいい?)
これ以上悩むことも、傷つくこともない。眠りは強い誘惑となる。このままずっと眠っていれば楽になれる。意識の奥底へ深く深く沈んで行こう。挫けた心に誘惑を、弾く力は残っていない。
《本当にそれでいいの?》
すぐ傍から声が聞こえた。女性の声だと思う。目を開けても夢の中、真っ暗な空間で俺は身を起こす。身体の痛みは消えていた。
(そうだ、【魔妃の防具】は……魔法防御に優れている)
夢魔法……眠りの誘惑は物理攻撃ではない。俺が屈し掛けた時、鎧の力が防いでくれた? 皮肉なことだ。何もかも失った俺に残された呪いの装備が俺を守った。
「……何故、俺と対話をする気になった? 俺はまだ、試練を越えていない」
《私はずっと貴方に話しかけて来た。この瞬間に、貴方が聞こえるようになっただけ》
「俺が……? 何か変わったとでも言うのか?」
《貴方は愛より使命を選べる人。けれど使命よりも友を思える人》
俺の何を知っているのか。鎧は静かな声で俺に語りかけて来る。突き放すような冷たさと、労る慈愛の眼差しを感じさせる不思議な声だ。矛盾めいた彼女の意思が、俺の迷いと噛み合って……言葉が聞こえるようになったのだと俺は解釈してみる。
《では愛と友ならどうします? 騎士よ。貴方はきっと、選ばないことを選ぶ》
暗闇に【防具】が映し出した幻影は、魔書によって映し出された光景だ。キャロットを殺そうとする殿下。あの記憶と違う所は、勇者ヴォルクが現れないこと。勇者の代わりに俺があの場へ行かなければならないこと。
けれど二度も、俺は殿下を殺したくない。キャロットを死なせたくない。俺に出来る事は、彼女を庇い代わりに殺されるという選択だ。
《言った通りになりました。愛する人と大事な友のどちらか一人しか救えないなら、貴方は自分自身を殺す……偉大な勇者と同じよう》
俺が殺される寸前に二人の幻は消えて、元の暗闇に俺だけが立ち尽くす。響くのは鎧の冷たく優しい声。
《しかしそうすることにより、貴方はもう一人の大事な友を殺すのです》
(あ……)
そうだ、俺は俺一人で生きているのではない。これまで生にしがみついたのは、共に生きる竜のため。主に友に仲間……、大事な人に順位など付けられないのに、その場その場で感情のまま、己の正義に身体を明け渡した結果、大切な人を蔑ろにしてしまう。殿下を手に掛けた時から俺は、何も変わらない。どんなに大事にしたつもりでも、同じ状況に陥れば…………俺はレインを、ダイヤを、マリーを。あの人のように殺してしまうのだ。
(何が愛だ、使命だ……。俺は、己の正義でこの手を汚し……友さえ裏切る男じゃないか)
《それも良いでしょう。貴方が高潔なまま命を落とすなら、そんな貴方を愛した友は喜んで黄泉へと落ちましょう。貴方は高潔であるがため愚か。貴方を愛する人は貴方の愚かさも愛しているのです》
夢では思念も鎧に筒抜けだ。言葉に出すも出さないも、意味を成さない。俺の全てを曝かれている。隠したいことも、全ての過去も彼女は知っているのだろう。
《申し訳ないことにそうですね。貴方と王子様の舐めそれからオークレスリングに薄い本、エルフ少年との一つ屋根下生活までばっちり》
「ぐあぁあああああああああああああああああああああああああ!! 殺せ!! いっそのこと殺してくれ!!」
《なるほど、これがリアル“くっ殺”なるものですか……》
誰だ【魔妃の防具】に要らん知識植え付けた輩は。魔族側をおかしくさせたの絶対人間だ。逆輸入で採用されてるパターンだろうがこれは!
《……騎士よ、話が逸れました。時間は人の子には有限ですから手短に行きましょう。このままでは貴方は選択肢すら失ってしまう》
暗闇をのたうち回る俺を、鎧が静かに窘める。真面目に話を聞かなければ。何時から俺はこんな風になってしまったのか。気恥ずかしくなり俺はその場で正座をし姿勢を正す。
「すまない、続けてくれ」
《はい、では。……愛とは人の本能です。我々魔が持たぬ物。故に我らが王と妃は離れてしまった》
「……どういうことだ? 魔王と魔妃であろうと二人が思い合ったなら、それは愛であるはずだ」
《いいえ。支配と隷属。搾取と許し。執着と依存……それが我らの世界における愛に近しい繋がりです。王と妃は決して対等ではないのです》
「それを言うなら人間だって……」
《ええ。人は魔に近付いている。本来人が持っていた、愛を見失っているのです。このままでは世界が滅ぶ日もそう遠くはありません。故に我らは作られた。我々防具は【魔妃】の遺志を果たす物。妃の願いのため、我らは王の願いを阻む者……》
「……人が魔に近付くことで、魔にも変化が現れた? 魔妃は人の心を……愛を理解した魔族だったのか?」
《ええ。あの時代に唯一人、愛に目覚めたのがあのお方。故に王との関係に……彼の行う非道な行い全てに彼女は耐えられなくなったのです。愛があれば。他者を思いやる気持ちがあれば出来ない残虐な行為。魔族と王の在り方は、彼女の目に余るものでした》
魔妃が魔王に反旗を翻した理由が愛。人が持つ力が奇跡を引き起こしたとも言える。そんな奇跡を持ってしても、その時代に争いを終らせられなかった。人と魔の間の溝は、地の底まで続いているのだろう。
《初めて王が変わられたのは、我々の先代継承者・勇者ヴォルクとの出会いによって。人の子と瞳を魔違われることで王は人が持つ愛を、勇者は王の深き悲しみを知りました》
【魔妃】の装備を身に纏う勇者が、武器さえ持たず魔王との対話を望んだ。彼の目を通じて人の世の醜さを見た。醜い世界を生きながら、愛を失わない彼らに魔王は夢を見た。
【魔妃】の愛をようやく理解して、勇者を通じ人を愛しかけた魔王。彼に絶望を教えたのは……魔に魅入られた人間。人が悪に走ることを、本来誰より喜ぶべき魔王が深く深く傷ついた。人の持つ心の美しさを愛した魔王は、人の心の醜さを嫌った。
鎧が語る話は、俺も心が痛む。話に出て来る魔王の顔を、マリスで想像してしまい……余計に辛いと思うのだ。
「魔王が滅ぼしたいのは……性根の腐った人間、醜い世界そのものなのだな」
この世界の全てが守るに値するとは、俺にも素直に思えない。今日の世界を、魔族を作り出したのは……人が抱える悪なのだ。
《長くなりましたが……【魔妃】の力を引き出すには、愛が必要です。貴方は愛を捨てようとするために、長らく私の声を聞こうとしなかったのです》
「あ、愛……!?」
《あなた方人間が持つ愛という言葉には、様々な意味がある。気恥ずかしく思うのもそのため。されど貴方が大切な人を思う気持ちもまた、その名は愛と呼べるもの。忠誠も友情も恋心も。貴方の全ての悩みも苦しみも、……結局の所愛からはじまるものでしょう》
俺が赤面する中で、鎧は選択を投げかける。恐らくそれが、防具試練の始まりか。
《さぁ、教えて下さい……白の騎士。貴方にとって、愛とは一体何ですか?》
レインも同じ試練を越えたのか。ならば彼が選んだ答えは何だ? 敵対するアデルを……許した? 理解した? 受け入れた……? 違う、“知ろうとした”。全ては“知る”ための過程。自分が傷ついても、相手を知って理解すること。レインの愛は、“知る”ことだ。アデルが人間でないことも、マリーの異常行動も、キャロットの腐れ趣味も……俺の弱さも。レインは知って、受け入れる。愛が無ければ出来ない、許せないこと。何を勝手に、俺が不要と決め付けていたのか。俺も魔王と同じだった。愛を理解できない人間だった。
「俺の愛は――……」
今なら解る。答えられるはずだ。きっとそれが、力に変わる。
曲作り、絵作業の後だったので、小説脳に頭切り替えるのに時間が掛かりました。難産。やっと書けました。
せんせー! 作者がーまーたそうやって主要キャラの親思い付きで殺してますーー
告げ口駄目、絶対。




