25:夢魔の膝枕
“魔王に関われば、お前は必ず命を落とす。だからねダイヤ、お前は戦いで傷ついた人々の……心を救う勇者になりなさい”
不吉な言葉と祝福を、残して師匠は姿を消した。あの人は封印された魔王を倒しに行ったに違いない。体の不自由な師では不可能だ。連れ戻さなきゃ! そう思って私も森の庵を飛び出したものの……師匠を見つけることは出来ず、野垂れ死にそうになった。
「あの赤目……行きましょ、どうせ長くない」
「だな。その内運んでくれるだろ、死んだらさ」
「あの人なんで、倒れてるの? しかも苦しそう。痙攣してるー」
「見ちゃ駄目よ坊や! 闇の魔女なんかと目を合わせたら呪われるっ!」
「悪魔めぇええええ!! あっち行けー!!」
「僕らが追い払ってやる!!」
人の心を救う勇者になれ? 無理難題を押しつけるはやめてよ師匠。私の方が救って欲しいくらいよ。
森の外……ここは赤領国でもないのに、人々は冷たかった。私の目は違うのに。私のこの目があったから、お前達はこうして生きていられるのに。そんな事実を喚いても、きっと信じてもらえない。勇者なんて虚しいものだ。人知れず行った善行、正義は意味がない。自己主張をして恩着せがましく生きていかなきゃ、全ての努力は水泡に帰する。
(くそぉおおお! 長年の森暮らしで腹は丈夫だと思ってたのに!! この私がまさか残飯如きで死にかけるとは。捨てた飯に毒物混ぜた奴でもいんの!? 人間社会の闇めぇええ!! 痛ぇえええええ!! 腹の中で魔王が、魔王が暴れるぅうううう!! 魔王が生まれるぅうううう!! そして私は死ぬぅううう!! 社会的にも、身体的にも精神的にも!!)
もういっそ、あの時の彼のように。私が魔王になってしまおうか。些細なことでも積み重なれば、人は本当にくだらない理由で世界を見限る。本物の勇者でも、現れないことには――……
「大丈夫、ですか?」
私は我が目を疑った。まるでヴォルク様のよう。私が全てを諦めかけた瞬間に、勇者様は現れた。今度の勇者様は痩せ細った少女の姿。剣も盾も持ってはいない。不審者レベル99気味の私のためにエクソシストでも呼ばれたかと思いきや、それは私を人間のように扱った。
「きゃっ! その毒は……!! 診せてください!! 貴女怪我までしてるじゃないですか!!」
(それはさっき、勇者ごっこの糞ガキ共に経験値稼ぎされた打撲と骨折ね……)
路銀が尽きて飢えた私がやった残飯漁り。まだ腐っていない食料を見つけた天国から地獄まで真っ逆さまに落ちるのは、僅か数時間後のこと。少女の手から発せられる回復魔法によって、走馬灯は逆戻り。ヴォルク様と重なって見えた少女を見上げると、彼とは似ても似付かない。
白いウィンプルと黒のベール……修道女? 布の下から覗くのは、淡い金……? いや、白銀の髪。前髪を垂らしたシスターなんて珍しい。ウィンプルも普通のシスターよりも心持ち長く、顔を隠す意図が有るようだ。髪も僅かに見える肌も、全体的に色素が薄い。白化で皮膚病を患っているのか?
「た、……助かりました」
「……あの、今日の所は教会で休んで行ってください。私のは応急処置ですし、もっと詳しい者に診てもらいましょう? 食料も寝床もありますし……もうすぐ空きも出来るので、しばらく滞在してもらっても大丈夫だと思います」
ヨロヨロと起き上がった私を支え、少女は願っても無い提案をしてくれた。それでも、住民達の冷ややかな態度を思い出し、私はそれを断った。
「気持ちだけ、ありがとう。…………私は、赤目なのに。そんなことしたら、そちらに迷惑が掛かります」
「……大丈夫ですよ。ほら……ね?」
少女は何の迷いなく自身のウィンプル、ベールを私へ被せた。美しい白金の髪……目を伏せたまま微笑む姿はさながら聖女。
(勇者、様だ……本物の)
隠したい己の姿を晒しても、人の悪意から私を守ろうとしてくれる。
彼女の優しさに触れた私は、素直に厚意を受け取ることにし、少しの間教会に留まった。
素顔を隠した、優しいシスター。謎の多い彼女は修道院でも教会でも、素顔を隠して生活している。不思議なことに、誰も彼女の名を呼びもしないのだ。
残念ながら、私がそこを去る日まで……名前を教えてくれることはなかった。周りが腫れ物扱いをして、彼女の名前を呼んではいけないかのように。
「……貴女、こんな所にいるの勿体ないわ。その魔法の腕……もっと大きな町に行けば、大勢の人に必要とされるでしょうに」
「そんな、私の腕なんて大したことはありませんから」
「そんなことないわよ。治してもらった傷、……ほら、跡も残っていないんだから! 並のヒーラーだってここまで綺麗に出来ないわ!!」
「ありがとうございます。……でもお礼を言いたいのは私の方なんですよ」
こんな場所でも住み慣れた家。離れることが寂しかったと彼女は言った。私がやって来たことで、出発が遅れた? 慌てて謝罪する私に、顔を上げるよう彼女は笑う。
「最後に貴女のような人に出会えて良かったです。こんな私でも、誰かの役に立てるんだって……勇気が出ました」
「最後……? えっと、還俗してご結婚、とかなのかしら? それなら、おめでとうございます」
「ふふふ、ありがとうございます。そうですね、そんなようなものかもしれません」
「失礼ですけど、何方まで?」
私も旅の途中だ。お礼も兼ねて彼女の目的地まで護衛しようと提案をした。
「いいえ、遠い場所ですから」
「それじゃ途中まででも! 唯助けてもらうだけなんて私のプライドが許せないの!」
「…………私は、“魔王”の所まで」
「え……?」
少女の回答に、私は絶句。結婚? 魔王と?? いいえおそらく……そうじゃない。差し違える、死への旅へと彼女は言ったのだ。
「ふふふ、驚かせてしまって済みません。今のは最終目的地であって、これから向かうのは……勇者発祥の地。王都で学園に入り、本格的な魔法を学ぼうと思っているんです」
「そう……それじゃ、方向も同じだし……途中まで付き合うわ」
「え! で、でも……」
「いーからいいからっ! ほら、行きましょう!! それで荷物は全部?」
私はあの頃とは違う。ヴォルク様を見送って、訃報を知った非力な子供ではない。私は魔法使い。今の私は戦える。無理矢理掴んだあの子の手。戸惑いがちに、もう片手を乗せられる。両手で私にしがみつく、少女の細腕は震えていた。
「……マリー。マリー=ハーツです。……よろしくお願いします…………キャロットさん」
「何よ堅苦しいわね。恩人にさん付けなんかされたら、私貴女を様付けしたくなっちゃうわマリー様?」
「や、やめてください! それではえっと…………それじゃあ…………」
赤面し、慌てて両手を放した彼女は……ゴシゴシと両眼を袖で拭うのだった。私が初めて見た、彼女の瞳は――……。
「よろしくお願いします、……ロットちゃん」
*
「さぁ、さっさとそこに寝なさい! お前が寝たらミザリーちゃんが夢に入って助けてあげます」
「ミザリー、それ唯のエロいコスプレにしか見えないんだけど、本当にあんた夢に潜り込めるの?」
「勿論♪ そこの先生の時も、この召喚獣と合体して潜り込みましたわ」
さらっと吐かれた天才様の発言。夢魔……分類は確か、魔物ではなく“魔族”。
魔物と魔族の違いは、魔王に従う存在か否か。魔物とは、オークのように彼ら自身のコミュニティ・指示系統があり、魔王に忠誠を誓う存在ではない者を言う。しかし人に友好的とは言えない種族が《魔物》。
《魔族》は魔王の手足であり、魔王が目覚めれば彼の意のままに操られる傀儡。魔王が封印されている今は、彼ら自身の意思や自由も存在しているが……それは彼らにとって忌むべき事。魔王復活を望む魔族達は、魔王に支配されて意思や心を失うことを望んでいる。そんな者の召喚主になることは本当に、本当に大変なことなのに!
「……魔物じゃなくて、魔族と契約してるだなんて。あんたの存在自体が夢だわ。よく許可取れたわね」
「そこは天才ミザリーちゃんに掛かればちょちょいのちょいです♪」
召喚獣は基本的には魔物や精霊が用いられるが、私の腐川さんのよう……契約が成立すれば、どんな者でも召喚獣化は可能。唯、高位の存在や世界を跨いだ相手はリスクが高いし交渉も難しい。契約成立後も《世界結界》の力で、召喚ゲート通過時に能力制限がかけられる、もしくは召喚自体をブロックされることもある。
「し、……信じられない。違法契約じゃなくて!? 城もギルドあんたに甘過ぎじゃないの!?」
「そこはTwin Beloteの強みですわ♥」
「《世界結界》の抜け穴使ってるんだから……国際許可も降りてる訳ね。何それ怖い」
《世界結界》は大魔法使いパドラクスンが、世界の狭間に張った強固な結界にして異界間条約の礎。パドラクスンは魔法社会の倫理と秩序を自らの魔法だけで構築した凄い存在。何千年後の世界を、召喚魔法の功罪を彼は知っていたかのよう。
否、彼は未来を知っていた。魔王が誕生すること、魔王を倒すためには召喚魔法が必要なこと……時に結界をすり抜けさせて招きたい力があることも彼は知っていた。故に最も弱い国の王に、秘密の魔法……召喚獣に結界を潜らせる方法を伝授した。
その後はお察し、第一次召喚魔法時代に突入……。弱い国は自国のために秘密の魔法使いまくりで手に負えない召喚獣を山ほど喚び出して大荒れに荒れた時代。魔王誕生の前に血で血を洗う人間達の魔法大戦があったのだ。後に魔王という共通の敵を得たことで、召喚獣協定を結び、召喚獣規約を設けた。
この恐ろしさ、お分かり頂けるであろうか? 世界の存亡に関わる厄災を防ぐために作られた……審査がこの上なく厳しい《国際召喚獣規約》の特例許可を、ミザリーは受けているのだ。
魔族を召喚獣にするための問題は大きく二つ。一つは魔族自身を説得する難しさ、もう一つが……契約を世界に認めて貰うこと。魔族との契約は《国際召喚獣規約》により、届け出が必要だ。国際的ともなればアリュエットのコネだけではどうにもならない。
「そこはミザリーちゃんの発想力と耐久力ですの。許可が簡単に下りないなら別の方法を提案すれば良いだけ。この魔方陣が目に入らないです?」
ミザリーが腹部に浮かび上がらせた魔方陣。この女、召喚獣との合体のため……自分自身を召喚ゲートにする技術を発明していた。
世界結界を通さずに、異世界と自分の身体を直通させるとは。パドラクスン大先生もびっくりだ。未来予知すら出来た大魔法使いを出し抜く辺り、ミザリーは将来的にパドラクスンと肩を並べるまでの存在にもなり得る。
「ま、いいですけど。ミザリーちゃんはこの召喚特許で特例許可を手に入れましたわ。私がこの召喚技術を誰にも教えないことが条件ですわね」
「はぁ、本当よくやるわ。【国際召喚獣協会】相手に脅しで交渉押し通した訳でしょ? ……時間制限縛りもなし? 魔方陣の中しか動けない縛りもなし?」
「通常通り。私の魔力がある限り幾らでも」
改めてミザリーを恐ろしいと思う。腐術で隙を突くことは出来ても、才能では私は逆立ちしてもミザリーには敵わない。少しは追い付いた気がしていたから、やっぱりショック。私は今も、この女の足下にも及ばない。
(だから、悔しかった。腐術だけは……負けたくなかった。こいつ等に)
私があの世界で最初に手に入れて。私が広めた物なのに。私の手から離れていって、また私は……魔法と同じ思いを味わうのか。
(私じゃ…………腐術のパドラクスンにはなれなかったのね)
私自身の才能はたかが知れていて。私の不運が私に恐るべき力を与えた。誘惑の声が常に私の後ろをついて回る。“あの時”だって。一人でTwin Beloteと戦うことになったなら。アリュエットを殺すため……私はこの目の魔力を解放することも選んだだろう。だけど、マリーが……コントが、レインがいてくれたから。私は私に踏み留まれた。
“ロットちゃん!”
耳に残る、あの子の声。異界に落ちた辛さは、あの子が隣にいないこと。あの子に再会するまでは、私は本当に…………Twin Beloteを殺すつもりでいたのよ。
“良かった……本当に。ロットちゃんが無事で……”
私なんかのために泣いてくれるマリーを見ると、心が揺らぐ気がした。私が罪を犯しても、この子は同じ顔を向けてくれるだろうかと。
見ず知らずの私なんかのために。マリーはいつもそう。彼女の博愛は多くの者に向けられるべきなのに、借りを返したくらいであんなに懐かれるなんて気が引ける。でも嬉しい。欠陥品の魔法使いであった私が、彼女を守り戦えること。マリーの存在が、欠陥品で不要品の私を勇者にしてくれた。
例えばそう、こんな風に。ミザリー達と組んでいた頃……彼女らの存在からのプレッシャーに押し潰されていた私。この目に封じた魔の力。悪しき力を引き出せば、私はミザリーを打ち負かせる力が手に入る。忌まわしい体質も、才能の一つ。そう割り切れればどんなに良いか。
力に溺れてしまえば、魔に落ちる。あの人のような勇者になんてなれない。私は誰も助けられない。そんな風に私が落ち込む時はいつだって、マリーが“助けさせてくれた”。私を勇者でいさせてくれた。
(だから私は…………)
憧れの勇者様や偉大な大魔法使いみたいにはなれなくても。せめて……マリーを。仲間を助ける勇者でいたい。彼女がいたから、私は勇者になれたんだ!
「……キャロット?」
「ミザリー、あんた凄いわ。それは認める。認めた上でお願いするわ」
頭を切り替えろ。自分に言い聞かせ、優先事項を確認する。私の恨み辛み妬みは、マリーの救出に当然劣る。心を抑え誠意を込めて彼女に頭を下げた。ミザリーにこんなことをするのは初めてだ。彼女は私の惨めな姿を見て、マリスのように大喜び。
「仕方ないですねー! お前みたいなニンジン女に褒められても別に何とも思いませんけどぉ、今日は気分が良いので特別にー、ふふふふ♪」
笑うミザリーの影もニッコリ笑う。影が笑う!? 黒い影の中にに光る目と開いた口がある。その影がミザリーの体を一瞬で覆い被さり包み込みっ……彼女の体に溶け込んでいく。
ミザリーは猫魔獣と普段は合体しているが、他にも召喚獣を常時召喚していた!? 衣装が替わったのは夢魔の力を僅かに取り入れただけ。今のミザリーは、影と完全に合体し、体からは影がなくなる代わりに尖った耳や鋭い牙、頭と背には黒い翼が現れる。
「か、影魔法!?」
「きゃっ♥ マリス様とお揃いですの♪」
ミザリーめ。マリスに近付くため奴の得意魔法まで手を出したか。ミザリーは夢魔を自分の影に宿らせていた。恐るべし。不慮の事故とは言え、この女ガチで異界に魔族連れ込んじゃったじゃないの。パドラクスン大先生もご立腹よこれ……
「本体は向こうなの?」
「本体も何も。魔族とやり合ったことないんですぅ? 魔王から力を分けられ生み出されたのが魔族ですもの、魔王を裏切れば魔族は体を失いますわ」
魔族と契約自体がイレギュラーな話だし、そんな話は初耳だ。
「残るのは心と意思、精神体です」
身体を失った魔族の精神体は、下級魔族ならば数秒から数分、中級で数日~数ヶ月。上級で数年~数十年は存在可能。完全に滅んでしまう前に、新たな肉体を奴らは欲する。魔王の呪縛を逃れたことで、交渉可能な召喚獣になり得る……というのがミザリーの説明だった。それでも“精神分離”のように、肉体を完全に乗っ取られてしまう危険性を孕んでいる。
「魔族に支配されないとお墨付きが出たからミザリーちゃんは、こうして合体所持の常時召喚が許されたのですわ!」
理に適っている。どうしようもない性格破綻性悪女……もとい、強靱な精神力。体に魔族を宿しても支配されない保証……。けれどもし。ミザリーのようではない……力を欲した能無しが魔族に身体を明け渡したなら。精神体になった、魔王を裏切ったというのは建前で、……魔族のスパイが人に成り代わることを目的としていたら。マリスが陥れられた件から察するに、城の内部……国の中枢にもそういった輩が入り込んでいると思われる。もしかしたら……ギルドにも。
(それならミザリーに許可を出した理由は何? 私の思い違い? 考えすぎ……?)
「ぶつくさ言ってないでさっさと寝るっ! 必殺《夢魔の膝枕》!」
口に出してしまっていたか。私の言葉に怒ったミザリーが、私に膝蹴りをかます! 何しやがるこのクソアマなんて吐き出す力も瞬時に消える。これが夢魔の力か? 疲れ切った心身はあっという間に眠りの底まで引き摺り込まれてしまった。
*
「ここが……マリーの夢の中? 真っ暗じゃないの」
「妙ですぅ……他の人の夢はもっと、色々あったのに……しかも何ですのこれぇ!」
ミザリーと共に入り込んだ夢の世界は、四方八方黒一色。耳障りな声が響く空間。よくよく聞けば私たちが使う言葉だが、声はゆがみくぐもった物に、耳鳴りのよう高音と共に発せられる物……聞いていて不快になるような騒音ばかり。彼らの言葉は私にも聞き覚えのあるもの、ないものが入り混じる。
「こんな場所、半日と居たら頭がおかしくなりそうよ」
「半日どころか十分だってごめんですの……お前、何か知らないんです?」
マリーがこんな悪夢を見る理由。思い当たる節は――……
「……ミザリー。あんた、【七瞳の道化】って聞いたことない?」
「七瞳の、道化――……?」
「アデルやマリス達のような立場を言うらしいのよ。魔王討伐という条件で、王族に戻れる……王家の子、みたいな?」
「…………七瞳は、そんなんじゃない」
「え……?」
「その名の通り、七色に。いえそれ以上に。七瞳は、如何様にも瞳の色を変えられる者」
ミザリーの神妙な声は、少々気味が悪い。いつも巫山戯た奴なのに、……今日は何度かそんな声を聞いている。
ミザリーと私は同系統の魔職。ミザリーに読めて私が読めない本は、入手難易が極端に高いか、表には隠されコネがなければ知れない代物だ。最近の情報は解らないが、以前から文献に載る情報であれば、赤領国出身の私が知らないはずがない。
「あんた、それを何処で……ギルド情報?」
「ミステリアスな美少女って魅力的じゃありません?」
私も知らなかった【七瞳】を彼女は知っていたのは偶然か? Twin Beloteなら何か情報を与えられているかと訊ねてみたが、この様子……彼女自身に深く関わる事柄という印象を受ける。
ミザリーの召喚合体は一時的な水晶封印とも言えるのか? 彼女の目が魔物の目に変わる理由は、魔違病に近しく思えるが。
「ふぅん、随分と詳しいのね…………そう言えば、あんたも変わった目をしてるわよね、ミザリー。あんたがマリスに惚れ込んでるのって、そういう理由もあったりするの?」
「私のマリス様への思いはお前には関係のないことですわ」
自らの出自を語ろうとはせず、ミザリーは目の前のことに集中しろと言い聞かせて来た。
「目の色を自在に変えられるってだけで、なんでそんなことになるのかしら。似た境遇の者が【七瞳】になっている辺り、それは……偶発的なこととは信じがたいわ」
その瞳には意味がある。それはマリスのように、人為的な方法で埋め込まれたものだろう。私の推測を、ミザリーは間接的に肯定した。
「水晶病の目は、稀に【七瞳】へと変化する。その目は魔を封じ、押さえ込む。【武具】を扱う上で必要不可欠……って聞いたことがありますわ。でもどうして今それを?」
「マリーが詳し過ぎたのよ。あんたみたいにね……当事者でもない限り、知らないようなことを」
「何が言いたいんですの、キャロット」
「これはマリーの夢じゃない。夢ではあっても現実よ。ここは、過去のマリーの……現なんだわ」
私の言葉を受け、応えたのはミザリーではなかった。パチパチパチと乾いた拍手が、雑音を打ち破り……黒の世界により深き闇を映し出す。早乙女の形をした影は、嬉しそうに微笑んだ。影には口だけ開いていて、白い歯を見せケタケタ笑う。
「流石はダイヤお姉様。やはり私の判断は正しかった」
「あんたも支離滅裂な奴ねぇ。クルクル回しすぎて手のひらもげ落ちるんじゃないの? その調子で首もぐるんぐるん回してくれると助かるのだけれど」
早乙女が目覚めなかったのは、マリーの夢に入り込んでいたから。
「……っと。んなことよりさっさとマリーと本を返しなさいよ。あんたをどうにかしないと先生みんなも目覚めないことは解ったわ」
「そう言われて素直に従う女に見えますか?」
「見えないわねぇ。くそっ、夢属性め。いつもの腐属性取引で釣れないのって本当参るわ」
しぶといと言うか、死にたがりのくせに……何度撃退してもすぐ復活するこの謎なポジティブさは何なのかしら。全く以てあきれてしまう。早乙女は常に、自分に主人公補正があると信じているような振る舞いをする。最終的に勝つのは自分だと心の底から信じているような……絶対の自信? 本気でメンタルブレイクさせるつもりの精神攻撃を行っていた私は、自信を喪失気味である。
「……っち。今ならこの私とそこのキュートセクシーなミザリーちゃんが男体化して壁ドンとか顎クイッとかしてあげてもいいけどどう? ほーれ見て御覧なさいよあれ。あのミザリーの過激な衣装。男になったらやばくない? インキュバス的絶倫セクシー美少年とかどう? 私は割とありだと思うんだけど。出会って秒でインスタントに襲ってくれるわよ絶対多分もしかして」
「ち、ちょっと腐れ毒ニンジン!! 男ミザリーちゃんの純潔をなんだと思っておりますの!? 私、男体化したらどちらの初めてもマリス様が良いですわ!!」
「……いいわねそれ。今度オフセットで頂戴。言い値で買うわ! ってそんな話じゃないわよね!? それは後ほどじっくり話を聞かせてもらうことにするけれど!」
私とミザリーのやりとりに、早乙女の影は半ば呆れ……それでも感心の言葉を吐いた。
「本当に、流石です。憧憬、不快、苛立ち……嫉妬、虚無。ふふふ、貴女くらいのものですよ。恋以外の、様々な感情を私に与えてくれるのは。ですから貴女はもう要らない。だって、貴女を消すのは勿体ない。世界がつまらなくなってしまう。……そうだ、コント様の体で貴女を攻略するのも面白そう」
「憧憬だか童貞だか知らないけどやめてよ薄ら寒い」
早乙女の煽り耐性はそこまで高くはないが、自己完結型。勝手に話を進ませる。そうやって私に憧れたり失望したり褒め称えたり。どうにも情緒が不安定所かねじ切れてショートいる女だ。会話が成り立たないのは私とミザリーだけの責任でもないだろう。
「そうです! コント様でやるからにはマリス様一筋でお願いします!! 心が広いミザリーちゃん、録画してくれたらノーカウントにしてやりますわ!!」
「ややこしくなるからあんたは黙ってて」
「な、……んだとてめぇ!! このミザリー様を利用するだけ利用して都合の良い女みたいにポイするなんて!! ちょっと………………マリス様みたい」
私からの適当な対応を受け、何故かミザリーが頬を赤らめ黙り込む。ツッコミを入れたい気持ちはあったが、それ以上に時間が惜しいので放置することにした。
「早乙女。あんたがマリーの夢に巣くったのは、私を脅迫するつもりなのよね? だけどあんたはもう私の体を欲しくない。その上でどんな取引をお望み?」
「……貴女と私は似ているから」
「似ている……? 私とあんたが?」
「私は貴女のことが解る。だから私を貴女は解る。それを覚えていて欲しいだけです」
「…………意味がわからないわ」
「私が支配する夢の世界で、私の本質に。私の悪意に気付けたのは貴女だけ。だから貴女には解るんですよ、ダイヤお姉様」
教える教えないでなく、私なら夢を終わらせる方法を知っていると早乙女は言う。しかしそれでは困るのだ。夢を終わらせてもマリーが見つからないのでは意味がない。
「嫌でも忘れられそうにないわよ、あんたのことは。それで? マリーは何処へやったの?」
「それを言いたいのは私の方です。【青の王】は彼女に奪われた。……いえ、王に彼女が浚われたと言うべきですか?」
「【青の王】……」
「どう思いますか? あの【武具】は本当に存在するのか。しないなら、夢を支配する私が全ての犯人。しかしもし、あれが実在するのなら。どこから何処までが私の仕業なのでしょうね?」
先生は、未だ夢に囚われている。ミザリーでも起こせない。目覚められないのは、そのくらい深く夢に囚われているから。……とういうことは、先生の認識は真実ではないのだ。術者の思惑に未だ踊らされている。私とミザリーが説得したところで、本人が納得しなければ夢は終わらない。現実の夢と同じよ。本人が夢見ることを諦めない限り、人は目覚めることは出来ない。オチやミザリーの力を使っても、出来るのは手助けまでだ。
「……そうね、あんたが破滅思想で魔王じみていることは肯定してあげる。もしかしたら、本物の魔王の方があんたよりまともかもしれない」
先生が見ている、抱いている早乙女梦華の人物像は、虚像であり虚構。【七瞳】のように、見える事実が異なっている。そこに気付かせるため、早乙女は……【七瞳】であるマリーの夢に逃げ込んだのだ。
「私の見解はこうよ。あんたは私達を見ていた。羨んだ……違う。あんたは気に入らなかったの。私とアリュエットのこと。あんたは契約の本で盗み見ていた。私とあんたがやり合って、あの時のように歩み寄るなんて嫌って訳よね? 血で血を洗いたいんでしょう? とことん私と、あんたは潰し合いたいのよ」
早乙女は、私やコントの立場を奪いたいのではない。気に入らないから壊したいのだ。それは憂さ晴らしのように。或いは暇つぶしのように。彼女は現を生きてすらいない。安全な場所から一方的に手を加えられるなら、どんな事でもするだろう。マリスと同等の存在になりたいのも、二人で世界を滅ぼしたいから。早乙女がマリスに惚れたのは……自分とマリスが同じだと思ったから。同じだから……嫌いな自分を脱ぎ捨てれば、無条件に愛してもらえると信じたのだ。大嫌いな自分を、自分によく似た大好きな人に。
「残念だけど……マリスと、あんたは違うわ。だから体を奪っても……あんたは私にも、コントにもなれない。なったところで、マリスは貴女を見たりしないわ」
それが解っているから……彼女は世界を夢で覆い尽くそうとした。自らが支配できる領域で塗り替えようとした。そんな芸当、唯の小娘には出来ない。ケチな魔物の力でも無理。と言うことは…………
「あのオグレスも産物、だけど……【青の王】は実在する。この異界イケブクロにね」
「【武具】も私の夢だとは思わないんですね、ダイヤお姉様?」
「ええ、思わないわ」
異世界《不明界群》には魔法元素がなく、《不明界群》に属する異界イケブクロの人々は魔力を持たない。しかし早乙女達は異界人を眠らせた。魔王の力を封じた【武具】でもなければ為し得ない。
さしずめこうだ。【武具】が揃わないように、パドラクスン大先生が異世界《不明界群》に持ち込んだ。ヴォルク様の時代に魔王が完全復活出来なかったのも、【武具】が足りていなかったから。
「あんたは偶然、それを見つけてしまった。そして……【武具】に利用されたのよ」
「利用された? 違いますね。私が【武具】を利用したんです。私は完全犯罪を行っています。私が現の法で裁かれることはありません」
【武具】に言われるがまま、人を眠らせて衰弱死させる。家族や親しい人が居ない、発見が遅れるような相手を選び……殺す。【武具】は人の命を魔力に変換し、力を蓄えた。愛しい故郷へ帰るため。魔王復活のため、結界を越える事が目的か? 【青の王】はこの馬鹿に、お前を魔王にしてやると嘯いたのだ。
「皆さんを目覚めさせるのは簡単なことですよ、お姉様。現で眠っている私を殺せば良いんです。簡単なことですよね? あなた方は勇者なのですから。正義の名の下に、無力な女の子を殺せば良い!!」
ミザリーですら動揺した早乙女の過激な発言。これまでと打って変わって静かになった私を彼女は不審がる。
「キャロット……? その目!」
「それでこそ、ダイヤお姉様。なんて、冷たい目。美しい……やめてくださいよ、また貴女の体が欲しくなっちゃう」
赤く光った私の目。目にした二人は震え上がった。恐怖と同時に、別の心で。
「……それを、魔王のせいと決め付けないで。これは私の選択よ。私が魔王となる時は、そいつが……あんたが、世界が私の仲間の敵となる時よ」
「ふふふ……でも貴女は、本当の私の顔を知らない。見つけられっこありません。現で出会ったことはないのですから」
「マリーのためなら、あんたを殺す。どんな手を使っても、どんな姿をしていても……必ず見つけ出して殺す」
敵意を向けられても尚、早乙女の声は喜びに満ちている。
「それも難しいですね。お姫様自身が、それを望んでいませんから。そうですよね、マリー様?」
「!?」
私を背後から抱きしめる腕がある。その手は早乙女同様、真っ黒な影。目なんて飾りだ。触れられた瞬間に気が付いた。これは、マリーだ。
「……ロット、ちゃん」
そろそろまとめなのですが、風呂敷が思っていたより広がっておりました。
気楽に書けるのがこのシリーズの利点です。
徐々にシリアスから不穏な感じに引きずり込みたいです。それを打ち破るパワーが彼らにありますように。




