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23:赤領国《ルジェア》の血涙

問題回。以上。むしろ異常。嫌な予感の君は黙ってブラウザバック! というかそんな輩は最初からこんなクソ小説読みやしないんですよ。選ばれし賢者の皆様お待たせ致しました。どうしてこうなった。

「……アデル、なの? それとも赤領王なのか!?」

「…………どちらでもあり、どちらにもない。我が名は【赤の王(エリク=ロワ)】」


 騎士が名乗るは、彼が構えた【武具】の名。赤の結界の効力で、対話に応じてくれたのか? 結界の効力を鎧の男は知っている?


(そうだとしても、じゃなくても。【防具】の力で何とかしなきゃ……ここを片付けて、早くにーちゃんの加勢に)


 鎧の声はアデルに似ているが、口調は夢で出会った赤領王に近い。前回のような奇襲は使えない。手の内を知られれば、精霊人形を再び出しても使い処が難しい。精々先程のよう僅かな時間稼ぎが関の山。

 指輪の力を引き出すため、対話は必要不可欠だ。距離を稼ぎながら、会話の糸口を探る。


「どうして俺を、狙うんだ……」

「ならば勇者レインよ……王の娘を全員娶るつもりはあるか? 望むなら、側室に好みの民をも与えよう。他領の者でも構わん」

「何それ、そんな……普通に嫌だけど」

「だろう? 良き勇者よ。其方の父と同じ返答だ」


 人の心を一体何だと思っているんだ。知らない人と、それも大勢と結婚しろだなんて頭がおかしい。狂っている。


「勇者ヴォルクは英雄だが、色を好まぬとは足らぬ英雄よ。英雄とはその血を広く与える者であろうに」

「……かーさんを侮辱するなら俺も怒るよ。あんたが半分アデルだとしても」


 弓に番えた矢に込める魔力。掛ける魔法は精霊人形の召喚式! 俺の分身精霊に矢の形を取らせ射る! 矢が鎧を貫いた瞬間に、切り札の魔法を唱える!


「《火炎自爆魔法(フレイムゴート)》!」


 魔力で作った分身を自爆させる。消耗はするけれど、俺の魔力を思いっきり詰めた。鎧の破壊くらい……造作も…………なっ!?


「……っ!」

「今度こそ、捕らえたぞニムロッド。……何で? という顔だな」


 不意に体が宙に浮き上がる。首がギシギシ締め付けられた。俺が背後を取られるなんて。俺が使った手をやり替えされた。


「鏡……魔、法」

「そうだ。《鏡の庭》に入り込むとは愚かだな。鏡に映る数だけ我らはいると思え」


 俺を捕らえた背後の声は、口調も声も赤領王。俺が壊した鎧は赤領王の分身……その一人? 鏡像の数だけ分身を作り出せるだなんて滅茶苦茶だ。その全員が【武具】を持っているだなんて……チート能力も良いところだ。銀色に光る全ての場所に、彼は潜んでいたというのか?


「本当に愚かだ。その素質……その魔力。弓を振り回して遊んでばかりのエルフなどに、勇者の子を任せるべきではなかったのだ。其方の母も実に勿体なかった。其方らが生まれた時から赤領国にあれば、誰より優れた魔術師になれたものを」


 王様は頭がおかしい。勇者の血? そんなもののために、人の心を否定するのか? 誰かを好きな気持ちって、そういうことじゃないだろう!? 恋とか愛って、損得勘定でする物じゃない! 好きだから、好きなんだ。唯、それだけのことなのに!


「~~~~っ、二人を……馬鹿にするな!!」


 辛うじて動く両手で、首を掴む男の腕に魔力を込める。


「《火炎(フレイム)……」


 手から首から熱を伝える。俺の体を燃え上がらせれば、鎧なんか熱くて掴んでいられない。それでも手を放さないって事は……こいつには、実体がないってこと!


(もしかして、このダンジョンは――……)

「無駄な足掻きを。私を壊しても何の意味も……」


 馬鹿なのはお前だ。何のための自爆魔法だと思っているのか。俺を壊すために、決まってるだろう!?


「自爆魔(ゴーt)……》むぐっ!」

「全く君は、本当に。勇者の気質が抜けないね」

「うぐっ……んぐ……」

「考え無しって訳でもないだろうに。君の思い切りの良い勇気は、常に危うさと紙一重。そんな戦い方では君は遅かれ早かれ命を落とす」


 呪文が完成する寸前、俺の口を塞ぐ黒い影! 伸ばされたマリスの影だ。

 人を危険に巻き込む元凶が、俺を無謀と諭す。矛盾はお前もだろマリス! 憎しみを込め、影を伸ばした本体を見る。返り血塗れの男の傍には、瀕死状態の氷結の騎士(ナイト=フロジア)。マリスは、アニュエスの正体を知ってしまった!? 


「君が自害すれば、いくつかの企みは露と消える。それでも君は一人で戦う英雄じゃない。怒りに囚われ“彼”のことを忘れたのかい?」

(にーちゃん……!? 助けに行かなきゃ……)


 残りの魔力で精霊人形を生み出すが、此方もマリスの影に絡め取られる。


「二者択一。例えどんなに偉大な勇者でも、全てを守れはしなかった。人は誰しも、決断を迫られるものなんだよ」


 勇者であれば、赤領王の怪しい企みを潰した方が良い。でもそのために俺が自爆して、にーちゃんを救うことも諦める? そんなことは出来ない、絶対に。


「【赤の女王(キティ=カルマン)】に誓って。自爆魔法は使わない。だから……にーちゃんを回復しろ」


 精霊人形に俺の意思を発言させる。【赤の女王】が輝いて、俺の体を光が包む。それを見て赤領王が頷くと、マリスも俺の口から影を離した。


「げほっ……げほっ…………はぁ、はぁ」

「実に愉快だねレイン。君の素質は素晴らしい、本当ならもっと君は強いのに。優しさや愛が君をそんなにも弱くしてしまっている。君は首輪の付いた犬だ」


 咳き込む俺に向かって、マリスは愉悦塗れの嘲笑。遊んでいる。何がそんなに面白いのか。共に行動をして彼の人間味を感じ、多少の好感も抱いた気持ちが消え失せた。


「俺は……弱く、ない」


 まだ生きている。敗北しようとした俺を、勝たせようとしたのはお前だぞマリス! 自爆魔法を封じた。死ねないなら。逃げられないなら。俺は諦めない。


「早く、回復をしろ」

「やれやれ、人使いが荒いね【赤の女王】様? 大丈夫さ、ゆっくりとだけど回復するよう魔法は組んである。邪魔をされては困るからしばらくは動けないけどね」

「火炎自爆魔(フレイムゴー)……使えない。一応本当か」

「ははは、信頼されてないねぇ僕は」

「当たり前だろ」


 詠唱をしても体に炎は纏えない。ひとまずにーちゃんの無事は確認できた。


「でも僕が言ったことは本当だよ。君はもっと強くならない限り、大事なものを失い続ける。さぁ、赤の陛下。お姫様の仕度が調いましたよ」

「うげっ……何これ」


 意味深なセリフの後に、マリスが指を鳴らす。それだけで俺の装備が別物になる。純白のドレスにヴェール。花嫁衣装だなんて悪趣味だ。何のつもりだと不満を漏らすと、マリスは笑いすぎて咳き込んでいた。本当に嫌な奴。

 今の着せ替えは詠唱を省いた音魔法? あれって莫大な魔力を使うはずなのに、こんなことに使うなんてマリスは馬鹿だ。


「あっははは! ひっ、ははははは! 最高っ!! その顔最高っ!! げほっごほっ、がほっ!! 君うちの妹相手には恥じらいながらどんな服でも着る癖にっ! まともな女装でそんな顔するの? あはははは! 解ったわかった! 露出が足りないって話? えーとなんだっけ? 新妻に着せたいと評判のエンジェリック・ローズシリーズ? ああ、過激過ぎるセクシャルバイオレンスシリーズとの幻のコラボ商品が出ているね。これ赤領国の領収書付きで転送させよう」


 まともだった花嫁衣装が、際どい衣装に変化する。あっちこっちの布が半透明のスケスケで、下着まで見えてしまう。その下着も布面積は少ないわ、かと思えば首輪やコルセット系の拘束具装備は豊富だわ……。着ている方が恥ずかしくて、いっそ全裸の方が恥ずかしくない。


「はいはいレイン笑って笑って! 記念に一枚撮ってあげるよ。後からロアとマリーに見せたら面白いことになる」

「やーめーろっっ!!」


 俺が怒ってみたところで、マリスは俺の体に影を強く食い込ませ、抵抗の隙を与えない。何度目かの悩殺ポーズをさせられたところで、口でも真っ向勝負でもマリスには勝てないことを受け入れる。今は隙を窺うしか無いか。


「……解ったよ。ちゃんと話聞くから! 聞いてやるけどどーせろくでもない話なんだろ。言う事聞いてやるからこれ脱いで良い? 脱ぎたいからマリスも拘束解いてよ」

「気分が盛り下がるから却下……くくく、だが今からでも遅くはない。私の娘達と結婚するならその服は娘に着せてやっても構わんが?」

「あははははっ!! 王女達と結婚すれば、君が次の赤領王だ、他に気になる者は妾にしても良いだなんてさ。他の勇者が羨ましがる申し出だよレイン? 楽しんじゃったら?」

「そんな羨ましいならお前が引き受けろよな」

「残念ながら僕には声が掛からなくてね、指を咥えて見ていてあげるよ」


 本当にふざけた話だ。人のことを実験動物みたいに扱って! 

 愉快犯マリスの目的は相変わらず不明瞭。それでも赤領王の目的ははっきりして来た。俺が産むか産ませるか――……。俺の血を赤領国に継がせたい。それは俺の父親、勇者ヴォルクの血に何らかの意味があるかららしい。

 ここでそれじゃあ娘さん紹介してよって嘘でも言えば……隙は生まれるだろうけど。見え透いた嘘ではマリスを欺せない。ダイヤねーちゃんくらい、ぶっ飛んだ事をしないと。


(……大丈夫、分の悪い賭けじゃない)


 すぅっと俺は深く息を吸い込み、答えを叩き付けてやる。


「何回言われよーと俺の気持ちは変らない。そんな話っ、誰が引き受けるかっ!」


 ヴォルクが赤領王の申し出を断ることが出来たのならば、赤領王は説得が通じる相手のはずだ。俺は思ったとおりの言葉で王と向き合えば良い。


「あんたの娘さんだって! 好きでもない奴とそんなの可哀想だ!!」

「なるほど。“好き”だったら、問題ないんだね?」


 笑いを止めたマリスの言葉。急な真顔を見せられ感じたのは恐怖。マリスの心が読めない。突然別の生き物に……無感動な頃のアデルによく似ている。それ以上マリスの目を見ていることが出来なくて、視線を赤領王へと動かせば……彼は満足げに頷いていた。


「それでこそ、ヴォルクの忘れ形見よ。ならば仕方ない。その血をもらい受けるため、其方に《水晶器》となって貰おうぞ」


 王の言葉に、俺を拘束する影をマリスが【白の王(ブラン=クロード)】で切り離す。斬られた影は鏡の光を受けて……別の形に。俺を縛る影は抱き留めた男の腕へと変わる。影を使った移動魔法か。男の纏う鎧も武具も、赤領王と同じ。せめて敵意をぶつけようと視線を上げる。見上げた先……彼には兜がなく、目に飛び込んだのは悲しげな顔のアデル。


「やれ、“アデル”! 惚れ薬の効果でも、一時は愛した男が相手なら……嬉しかろう? 其方には次代の勇者を産んで貰う!」

「…………御意」

「ひぇっ!?」


 御意じゃないよ!! 何でそんな命令従うの!? ちょっと待って! 何この状況!? ねーちゃんの本みたいな展開なんだけどこれ現実!? 俺にはマリーねーちゃんっていう大好きな人がいるのに、どうしてアデルに組み敷かれてるんですかね!? 思わず思考の口調もおかしくなるよ!! 「ほら、お前のはしたない姿を見てご覧?」「嫌っ、鏡に映った俺が見てるぅう!」展開ですよねこれ。ダイヤねーちゃんの本で見たところだ!!

 見たどころか鏡が見てるどころか、隣国の王様といけ好かないマリスと、向こうで倒れたままのにーちゃんまで見てるんですけどこれ。

 恥ずかしさの余り、脳味噌が沸騰しそうだ。羞恥心の吊り橋効果でアデルにドキドキしてるみたいじゃないか! なんだよこれ……まだ惚れ薬の効果が残っているのか!? あれは、夢だったのに。


「……姫。目を閉じて、眠っているだけで良い。赤領国のため、どうか……ずっと眠り続けて欲しい」

(…………アデ、ル?)


 俺の目を覆ったアデルの大きな手。俺の頬へと触れた水滴……これは彼の涙?

 涙のことが気になり過ぎて、その後されたキスには何も感じる余裕がなくて。口移しで魔力を奪われている? 注がれている? どちらかもう解らない。頭がぼんやりして来るんだ。


(どうして、泣いて……?)


 アデルはゴーレムで、心がない存在で。本体はゴーレム鋼の鎧、肉体を持たない。目に映る人としての姿は幻で。心も身体もない彼は、精神だけの存在? そんな彼が泣いたのか? 主の命令に従いながら、俺を見て……泣いたのか?


「現でも……、貴方と旅が…………したかった。共に世界を巡り……もっと心を、感情を。俺に、教えて欲しかった」


 何かを伝えたいと思うのに、睡魔に襲われ喋れない。眠っちゃ駄目だ……眠ったら、お終いだ。自分に言い聞かせる内に、夢と現の狭間。意識はあるのに傍には誰の姿も見えない。俺の姿も消えている。


(魔法書庫で、見た記憶の感じに似てる……)


 何処かで扉が開いたのか? 《鏡の庭》に誰かの夢が……記憶が俺に流れ込む。


*


「女の子はアリス、男の子はアデル。ふふふ……きっとあの方のように誇り高い子になりますわ」


 女性が膨らんだ腹を撫で、間も無く生まれるであろう我が子を慈しむ。


「まぁ! 奥様ったら!! 王子でなければ困ります! 王子がお生まれになればこんな暮らしもお別れです! 魔法の才に恵まれれば貴女の御子が王となることだってありますよ! 陛下は奥様にあれだけ熱を上げていらっしゃる! 貴女が正妃となれるのです!」


 側室なのか。外に作った愛人か? 部屋は簡素、女の身なりも町娘と変わらない。赤領国は通い婚なのだろうか? 話を聞く内解ったが、妃は子を産むまで城に召し上げられるか解らない。


「この鎧! 陛下の愛の証でしょう!? 生まれる前からこんな高価な鎧!! いつか御子がりっぱな殿方となった時、身を守ってくださるようにと!! それ程までに、奥様は期待されているのです!!」


 子供の誕生祝い? 生まれる前から男が生まれる前提で送られた鎧。壁に飾られたそれは、貧しい住まいを守る守護神のよう佇んでは異彩を放つ。


「それでも自由はなくなるでしょう? 王となること、自由に生きること。どちらが幸せか……貴女は解って? 私は…………解らないわ。あの方は……悲しい目をしている。王の責務は辛いもの」

「姫であれば、そうですね。好きな道へは進めるでしょう。王の娘として恵まれた一生を…………ですが、王子でなければ困るのです」


 使用人はどちらでも良いと言わんばかりの妃を咎める。けれども彼女はくすくすと、少女のように笑うだけ。実際にまだ若い。少女と呼べる年齢であるのかも。


「今は危険な時代ですが、この赤領国に生まれるこの子は幸せです。あの方が……ルジェアの【赤い盾】がこの子をきっと守って下さる。元気に生まれてくれればそれ以上は望まない。それ以上を望んだら、罰が当たるというものですよ」

「奥方様、お逃げください! 魔王軍が【盾】まで迫っております!!」


 室内に飛び込んで来たのは血相を変えた兵士。身分の低い女性なのか? 妃の住まいは赤領国の結界【盾】から近い場所にあるらしい。


「大丈夫よ、【盾】はみんなを守って――……」

「……時間が無い。早く城へ連れて行くんだよ!!」


 使用人は兵士を急かし、妃を追い立て城まで向かわせる。彼女を迎えたのは愛する王ではなく、冷たい目をした魔術師達だった。


「……あの、乱暴は止して下さい。この子に何かがあったら…………」

「早く台座に固定しろ」

「やめて下さい! この子はまだ、産まれるには早すぎるわ!!」

「時間が無いのだ。結界が……破壊された。早急に次の王子が必要だ! あの無能! まだ王子を一人も産ませられていない!! 城には王子が一人もいないのだ!!」

「何を、言っているの? まだ結界は十年は保つって聞いたばかりよ」

「先程結界が破られた」


 縛り付けられた妃の顔は、残酷な言葉によって絶望に染め上げられた。


「嘘……」

「お前には今すぐ王子を産んで貰う。水晶器でホムンクルス化させれば、確実に男も生まれる、知識を詰め込められる! お前達急げ! 魔力を注げ!! 時間魔法で成長を促進させろ!」

「水晶……? キャアああああアアアアアア!!」


 魔術師の一人が妃を覗き込むと、妃の腹が潰れる! いや、腹の子供が《水晶》に封印されてしまった!?

 魔術師達は《水晶病(クラルクランク)》の魔術師に、魔力を集め注ぎ込み……瞳の中の胎児を成長させる。両目にそれぞれ一人ずつ……人の形が出来て行く。


「ご苦労、《封印解除》だ」


 一番偉い魔術師が、冷たくそう宣言すると……《水晶病者(クラルハイター)》は剣を胸へと突き刺し自害した。その直後、妃の腹が膨れ上がって破裂! 《水晶病者》が死ぬと、封印された者は元の場所へと戻る……!? 赤ん坊以上に大きく成長した子が腹に戻ればどうなるか。妃の絶叫と痛ましい姿に俺は、夢の中にはない目と耳を覆いたくなった。


「貴様等っ! 何をしているっ!!」


 魔術師達の独断だった。若い王は何も知らされず、知らせを受け駆けつけた時……彼が目にしたのは、最愛の妃の亡骸と……我が子の成れの果てたる人工生命体。


「王子、お前は一番深い眠りについて結界を張れ!」

「解りました」


 王子は体に魔方陣を浮かび上がらせる。魔方陣が輝く間に彼の姿は痩せ衰えて、血も肉も骨も……全てを吸い取られ、血の一滴残らない。床に残った残骸は醜く……こんな現実認められるものか。愛した妻との別離、愛しい我が子の短過ぎる生に王は涙した。


「無能な王め。何故目覚めた? 貴様が何度も目覚めたせいで、【盾】は滅びた! 王子の死も妃の死も、全ては貴様の責任だ!!」

(ルジェアの……血涙)


 赤領国の【赤い盾】は、王子という人柱で作られた結界。結界が綻ぶまでの平和な時間。王の眠りが結界に力を与える。結界の寿命が迫ったら、城に集めた王子を殺し結界を張り直す。次期国王と認められた王子のみ、結界の任を免れる。そんなシステムなのだろう。

 赤領国が亡命者を受け入れなかったのは、犠牲で成り立つ結界の……強度を維持したかったから。新しい素材。代わりの王子が生まれるまでは、非情に振る舞うしか術がない。


(幾ら王子様だからって……酷い)


 国のため、民のため。犠牲となることを強いられている。あの妃を本当に愛していたのだろう。我が子の誕生に立ち会いたいため、王の眠りは浅くなり……結界の寿命を削り、王子の死を招く。


(アデル王子は死んでいる。俺が出会ったアデルは……ゴーレム)


 我が子を忘れられずに作り出したゴーレムが、あのアデル? それなら赤領王が守りたいのは――……国じゃない。


*


《体が欲しい、自由が欲しい――……! これは望んだ“命令”じゃないか!》

《嫌だ、嫌だっ!! 傷付けたくない、嫌われたくない。例え全てが嘘であっても!》


 言うなれば葛藤。矛盾する大きな感情を受け、俺は目を覚ます。


(…………夢?)


 泣いていたのか。俺の目を塞ぐアデルの手から戸惑いの感情が流れ込む。俺の涙に触れて、赤領王の命令を実行出来ずに彼は固まっていた。


「何をしている!! 早くやるんだ出来損ない!! その程度で子など出来るものか!! 想像させよ! 創造させよ!! 本物の、完璧な肉体のために……早く勇者の血を奪え!!」


 赤領王の怒声によって、伝わる感情が悲しみへと変わる。命令を遂行することがゴーレムの存在理由。アデルは苦しんでいる。従いたくない命令に従うこと、従いたいのに従えないこと。

 アデルは不思議なゴーレムだ。結界として死んだ王子の物らしき、心が彼には宿っている。それでも父王は彼をアデルと認めない。彼らは、新しい肉体を作るまでの仮初めの器。魂を留めるための檻。彼が纏うゴーレム鎧は、彼から自由を遠ざける牢獄だ。


「アデル…………」


 瞼を覆う彼の手を労るよう、優しく撫でる。大丈夫だと伝えるように。


「……レイン?」


 怖々と手を退けたアデルに笑いかけ、俺は自ら目を閉じる。


「ほぅ、その気になって来たな。半端物さえ魅了するとはっはっは! 出来損ないでもああしていればなかなか映える。私の若い頃にそっくりじゃ!」

「へぇ、その話詳しく聞きたいな。一献どうです陛下?」

「おお、気が利くのぅ灰の騎士」


 薄目を開けるとアデルが赤面して硬直している。俺の様子に周りが囃し立て、酒の肴にし始める。アデルが恥ずかしがっているからやめてあげて。俺は外野を無視し、アデルの頬へと手で触れる。此方に集中しろと。


「……俺を助けてくれるなら、俺がお前を必ず助ける。俺の魂を。俺の体を。血も肉も、俺の全部をお前にあげる。この【赤の女王(キティ=カルマン)】に誓って」

「ひ……姫」

(き、キスぐらいが何だ! さっきもやった! そ、それ以上だって…………生きてる限り、負けじゃない!! やれるもんならやってみろ。何があっても俺は。俺は、勇者……っ、レイン様だっ!!)


 早くやれよと顔に掛かったアデルの長い髪を引く。ああもうじれったい! ぐいと顔を持ち上げて、俺からアデルにキスをした。


「おーおー! 若い二人はいいのぅー!! お熱いのぉー!!」

「あっははは! 最高!! 最高だよレイン!! あーあ、ロアにも見せてやりたかった!! 見たかい? 見てた? あっはははー!! 最高だよコントのあの顔っ!! 大事なレインのファースト&セカンドキスが、どこぞの男に取られるなんて傑作傑作!!」


 マリスの奴、手叩いて面白がるな! 泣くほどウケるな!! 他人のキスを見るのがそんなに楽しいか!! 後にーちゃんも無言で泣くのやめて。そんな傷ついた顔されると無性に心がが痛くなるから。

 余韻に浸ることなく、アデルとは互いに気まずく目を逸らす。再び視線が合った時、アデルはもう悲しい目をしていない。


「……俺のこと、助けてくれる?」

「はい、全身全霊に賭けて!」


 俺を抱えて立つアデル。構えた【武具】を向けるのは……彼にとっての創造主! 赤領王その人だ!

 命令に反し行為を止めた。アデルの様子が変わったことを不審がった赤領王。彼は自身の変化にも遅れて気付く。自身とアデルの鎧に大きな亀裂が入ったことに。赤領王は酒杯を落とし狼狽える。


「き、貴様っ……我が騎士に何をしたっ!」

「【赤の王(グラナ=レナート)】……」


 アデルが【武具】を呼ぶ、新しく授けられた名で。

 命名を受け【赤の王(エリク=ロワ)】は輝き、【武具】は姿を変える。斧の頭部は槍状に長く伸びたハルバード。その先端は貫くだけが芸じゃない! 槍は魔力製、力を注ぐ限りすぐに再生。頭部を離れ弾丸のよう撃ち出された魔槍は、鎧の隙間に深々と突き刺さり――…… 


「……爆ぜろ!」

「グァアアアアアアアアアアアアアぁああああああああっっ!!!!」


 アデルの声で魔槍は爆発! 内側からの衝撃に鎧は砕け……赤領王を守る物は無くなった。王の鎧が砕けた後に、アデルの鎧も砕け散る。鏡に映る無数の鎧も同様に……砕けて姿を消した。オリジナルの鎧が砕け、ゴーレムとしての役目を終えたのだ。それはアデルの自由を意味する。


「赤領王。俺は――……貴方の騎士ではない」


 処刑人のよう、アデルは王の傍らに立つ。【赤の王】を突き付けられた赤領王――……彼は爆発を受け尚無傷――……しかし夢の時より窶れ衰えた姿。アデルの離反に怒り、唯一残った兜を掲げて呪文を叫ぶ。


「……良かろう《מת》! 余を裏切る騎士など要らぬ!」


 赤領国は文字を消さずに呪文だけでゴーレムを殺す術を発明していた。赤領王の呪文を受けた、ゴーレム兜は砕けて崩れてなくなった。あれがアデル達ゴーレムのオリジナル。


「《鏡の庭》で余が敗れるなど……起こり得ぬ!」


 オリジナルが壊れればアデルも消滅する。一秒、二秒――……何秒経ってもアデルは王に凶器を向けたまま。眼前の騎士は本体(からだ)を失った今も影を持つ。不可解だろう。自身の領域で起きた出来事に、赤領王は子供のように脅え戸惑う。


「わ、我が手に戻れ【赤の王(エリク=ロワ)】!!」


 王が幾ら名を呼べど【武具】はその手に返らない。アデルと王が鏡のように向かい合っても……赤領王の手には何も映らなかった。


「新たに姫より授かりし、我が名は【赤の王(グラナ=レナート)】! 俺も……【武具】も、もはや貴方の物ではない」

「約束通りアデルには俺をあげたよ……ゴーレムだからアデルはあんたから逃れられなかった。だからアデルに俺の精霊人形をあげた」


 俺は一体しか精霊人形を作れない。その一体をアデルにあげたから、これまでのよう俺自身の分身は作り出せなくなるだろう。

 【赤の女王】は契約により真価を発揮する。約束が守る力に変わる。俺に出来ないことも【赤の女王】には出来る。精霊人形の様にすぐに壊れて消えないように、俺の血肉と魂の一部をアデルに渡した。だから唯の分身じゃない。魔力を深く結びつけ……俺が死なない限りアデルも死なない一心同体。一人の自由な存在として、アデルを赤領国の呪縛から解放したんだ。


「精霊人形だと……!? 魂のある精霊人形など聞いたことも無い!」

「……“水晶器製ホムンクルス”。レインは通常の《水晶病者(クラルハイター)》よりも遙かに大きな《水晶器》。夢魔法で彼一人の力で子供を作らせる。それが貴方の計画だったね」


 マリスの呟きに赤領王は目を目を見開いて、アデルを唯々唖然と眺める。


「ええ、あれは精霊人形ではない。おめでとうございます、赤の陛下。望み通りホムンクルスが生まれましたよ。生まれ持った知識は……貴方への忠誠ではないようだけれど」

「馬鹿な……夢魔法はまだ、完成しておらぬ!! 水晶器で作った子ならば、――……奴は、何処に居る!?」


 マリスは落ち着きのない王を笑って、酒を一口また煽る。


「《水晶封印》――……《水晶器》と《霊魂》。魔法書庫で君はアデルの一部を内に封じた。だからこんなことしなくても、条件は揃っていたんですよ」

「灰の騎士っ……貴様ぁああああ!! 余を謀ったのか!?」


 マリスの言っていることはよく分からない。解ったのは、俺もアデルも赤領王も……彼の娯楽であったことだけ。


「はははは、ご冗談を! 陛下、僕は貴方の敵ではありませんよ。味方でもありませんが。貴方の敵は彼方です。僕に構いながらあしらえるほど、英雄の子は弱くない」


 マリスの立ち位置は本当に謎。強い者に靡くように見えるが、その時からかえる相手を弄り倒すのが目的のよう。その標的が今や赤領王、それなら今は……俺の敵ではないつもり。心底面白がっている。俺の起死回生の手にも驚かない辺り、何処までが嫌がらせだったのか。


「アデル…………本当に、お前なのか? 余の…………私のことが解るか?」

「俺は姫の慈愛により、命を分け与えられた。私の父はもはや貴方ではない! レインが私の創造主(親)だ!」


 入国時に吐いた嘘がこうして返って来るんだから嘘って怖いなぁ。ロアとにーちゃん……自分より大きな子供がどうのこうのって話。俺より背丈がずっと高いアデルの親になってしまうだなんて。

 心が読めるようになったアデルは本当に素直で嘘がない。ここまで素直な心をぶつけられるのは初めてで、毎秒隠さず好き好き言われ続けたら……俺も参ってしまう。怖い怖い。こんなことが続くなら。いつか、もう一つの嘘まで本当になるんじゃないかなんて……一瞬考えてしまう。ちょっとドキドキしてしまうのは、惚れ薬の後遺症なんだよきっと。だって俺の体は、元に戻ったのだから。


(そうだ、元に戻った)


 アデルの器を作る過程で、俺の呪いは消滅した。本来の目的達成のため、折衷案を提示する必要があるか。コントにーちゃんを元に戻して、今回の事件の黒幕を探すこと。出来る事なら一国を敵に回す事態は避けたい。【赤の女王】をチラつかせ、王に約束を取り付けようと考える。


「……色々あったけどさ。呪って貰って助かったよ、王様。俺も元に戻ったし……アデルに体をあげられたのも半分は呪いのお陰だし。間接的には……王様も、親父みたいなもんだし落ち込まないで? 肉もパーツも増えてたからさ」


 アデルにすっかり嫌われてしまった赤領王が哀れに思えて、ついつい慰めてしまう。あんな記憶を見た後だと、この人も魔王の被害者なんだよなと感じてしまって憎めない。


(アデルは覚えていないのかな)


 それじゃあ俺が見た記憶は誰の物……? 水晶封印というもので、俺が吸い取ってしまったのは……アデルの一部だけじゃないのか?


(そう言えば……あの夢には)

「えー、つまりそこの赤の騎士は、君の女部位の肉から受肉を」


 俺の思考を遮るように、マリスがちょっかいを出して来る。何なんだこの人は。無視を決め込んでも俺の耳元に影を伸ばして、邪魔を続ける。アデルに凄まれてもやめない辺り、良い度胸というか……ある意味勇者なんだよなこの人。


「世の中には切り落とされた男根から女神が生まれる神話もあるし、削がれた胸その他諸々から男が生まれても不思議はないね、うん」

「アデル、マリスの相手をお願い。王様とは俺が話を付けるから」

「しかし姫」

「大丈夫。困ったらちゃんとアデルを呼ぶよ、約束する」

「……御意!」


 鏡魔法と影魔法。この場の勝負はマリスが不利か。俺のお願いにアデルが応戦すると、マリスはすぐに降参し鏡の中に閉じ込められる。鏡魔法ってそんな使い方も出来るのか。……なんて感心している暇は無い! 赤領王へと向き直ると……王様は玉座で放心していた。アデルのことが余程ショックだったのか。


「赤の王様……こういう方法じゃなくてさ。赤領国が困っていて、俺が勇者として力になれることがあるなら話を聞くよ」

「やめろ……余を哀れむな。そのような目を、私へ向けるな!!」

「貴方が生き返らせたいのは…………奥さんなんだろ?」

「……!?」


 反応した。正解か。右目と左目、水晶器。俺が見た記憶の中では、ホムンクルスは二体生まれた。

 ……ホムンクルスは本来小人のように小さな体。あの魔術師は、ホムンクルスにゴーレムの製法を応用した。王子はもう一人と、母親の血肉を奪い……体の体積を増殖、青年の姿で生まれ落ちた。だから“残骸”。王女のホムンクルスは、不要な物だけが残された。母も娘も結界となる王子の犠牲となった。


(王様は、魔術師達とアデルを…………もしかしたら、赤領国を憎んでる。この人が甦らせたかったのは――……アデルじゃなくて、奥さんなんだ)


 愛ってそんなに激しい気持ち? 俺にはまだよく解らない。誰かを自分を傷付けてでも叶えたい、強い願い。そんな覚悟をしても何も叶わないなら、この世に救いなんて希望なんて何処にもない。


「俺を誘き寄せるためだけに、にーちゃんねーちゃん達を狙ったなら……それは許せないけど。あんたがそんな顔をしていることが、良かったって思えないよ」


 これ以上、誰かが傷つかないように。その前に助けるのが勇者なんだ。手を差し出すことを恐れるな。掴んだ腕が刃に変わろうと、笑って引っ張り上げてみろ!


「やめてくれ……私には、そんな言葉を掛けられる、資格がない」

「夢で見たんだ。貴方が大事な人を失った日のことを」


 赤領王の心が読めない。強烈な罪悪感が蓋をする、心の底を覆い隠した防衛結界。俺が伸ばした手に彼自身で触れてくれるまで……彼の心は俺には見えない。無理矢理掴んでも駄目だ。応えてくれるまで俺はその場で待ち続ける。


「……教えてよ、もっと。貴方の言葉でその人を。思い出の場所、思い出の物。何でも良い。その人が残した言葉なら――……俺は貴方に届けられるよ」

「そんなもの……もはや何も」

「あるよ、俺の目の前に。貴方が彼女の思い出だ」


 触れただろう、抱き締めただろう。最期の時も貴方はきっと。

 縋るよう掴まれた手は震え、赤領王は泣いていた。俺は読み取る、感じ取る。“彼女”が遺した気持ちと言葉を。


《“許さない”》

「……!?」


 聞こえた女性の声と光景に、俺の顔は青ざめる。赤領王は俺の表情に……全てを諦めたよう笑う。


「…………やはり、あれは私を恨んでいたか」

「ええと、その……」

「妻の魂は……呼び戻せなかった。だが私の記憶があれば――……ホムンクルスに妻との思い出を知識として植え付ければ、あれが帰って来ると…………私は信じていたのだ」


 悔恨めいた王の声。それを笑うのは、鏡の中の者。封じられてもマリスは相も変わらず人を小馬鹿にした笑みを続ける。


「失敗なんかじゃない。貴方は素晴らしい物を作られた。そうだろ、【赤の王(ルネ=グラナート)】?」


 マリスの宣言により、鏡の中の【赤の王(グラナ=レナート)】が怪しく光る。そして、鏡に映るアデルの姿も変わってしまう!


(お、女の人!?)


 鏡に映るアデルと目の前にいる彼を、俺は混乱しながら交互に眺める。長く柔らかな金髪……鏡の中の女性はアデルに似ているけれど、赤い瞳のアデルと違い……彼女は両目とも真っ黒で。彼女が手にした【武具】もそう。


「このダンジョンの真の主は、彼女だよ。良い名前をありがとう、レイン?」

色イメージ+人名で【武具】は命名していて。今回はレナトゥスとガーネットが由来です。鏡なので反転させました。


今回の内容? プロット時からは想像も付きませんでした。そもそもその頃はアデルも赤領国もいなかった。これがあるから執筆はやめられないぜ。

レイン争奪戦がまさかマリー、ロア、コントを抜きんでてポッと出のアデルが独走気味になるなんて。

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