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第二十三話 因果と天災

 龍獄の森で出会った少女エリアと共にサファイア・アイドラゴンを討伐した俺は、エリアの提案で住処にお邪魔することになった。


 エリアが住んでいる家は、出会った湖から少し離れたところにある二葉湖(にようこ)とエリアが呼んでいる、雪だるまのような形をした湖の近くにあるらしい。


 木々が全体的に大きい龍獄の森は、日が沈み始めると思った以上に辺りが暗くなっていくようだ。


 「そういえば、この森。龍獄の森と呼ばれている割に龍種系に全然会わないんだけど、どうしてだ?」

 「それはこの森も”天災”に襲われたからだよ」


 「天災?」

 「うん」


 前方を歩くエリアが頷く。


 「”天災”ヘブンドラゴン。この森の領主である”ヘルニクスアルニス”の国王によって名付けられたその龍は、世界各地に出没しては甚大な被害を与えてたの」


 「だから天災か」

 「そういう事」


 俺はその甚大な被害と聞いて、1つ事件を思い出した。


 「もしかしてその被害って大移動か?」

 「ヘブンドラゴンが現れた事で発生した大移動は全国で40ヶ所以上よ。その中にクリスが知ってる大移動もあるかもね」


 大移動とはアトランタルの塔の第一層が初めて攻略された時に発生した、モンスター達の異常行動の事だ。


 「ヘブンドラゴンの圧倒的な強さを察知したモンスター達は、今まで住んでいた地域を離れ、ちりじりになった。その結果、移動先や経路にあった村や小さな町は討伐の戦場となり。ヘブンドラゴンが初めて観測された3年前と比べて20ヶ所の村や町が無くなったわね」


 俺の住んでいたエクサリス村もその1つだろう。

 あの時はヘブンドラゴンなんてモンスターは居なかったけど、移動してきたモンスターの中にいた、マッスルベアーやワイバーンと戦って師匠も戦死した。


 「そのヘブンドラゴンってどんな特徴を持ってるんだ?」

 「そうねぇ、私も直接見たわけじゃないから、見たことがあるお父さんから聞いた情報によると――」


 天災ヘブンドラゴンの主な特徴は以下の通りだ。

 ・目が6つあって、左右に3つずつ一直線に並んでいる。

 ・身体の部位ごとに属性が違う。

 ・全身が黒い鱗で覆われている。


 「黒い鱗か」

 もしコイツがセームベルの村を襲った黒龍なら、ヘブンドラゴンは俺の師匠の仇でもあり、セームベルの仇でもあるという事だ。


 「そしてこれは個人の問題なんだけど。ヘブンドラゴンは私の仇でもあるの」

 「……エリアも!?」

 エリアの一言につい驚いて声をあげてしまった。


 「”も”ってことはクリスもそうなのね。私が殺されたのはお母さん、クリスは?」

 「俺は師匠が大移動の対応で戦死した」


 「そっか」

 エリアの後ろ姿からはどんな表情をしているのか分からないが、声のトーンが少し下がったのはわかる。


 「まぁ私のお母さんは、突然襲われた訳じゃないんだけどね」

 「どういうことだ?」


 「それはママが”ドラゴンスレイヤー”だったから」

 「ドラゴン……スレイヤー……」


 クレアルの村長が言っていた称号の事だ。


 「ふふ、私達が出会ったのは運命かもね」

 「なんだよ、突然」


 「んーん、なんかそんな気がしただけ。もうすぐお家だよ」

 エリアがそう言うと、ちょうど二葉湖の水面が微かな太陽の光で光って見えた。


 なんやかんやでエリアの暮らしている家にたどり着いたが、辺りが暗くなってきているためハッキリとは見えない。


 「結構大きいな」

 セームベルの家は二階建てで縦長だったが、エリアの家は二階建てだけど、横にも面積が広い。


 呆然とエリアの家を眺めていると、玄関前に立っていたエリアに呼ばれた。


 「クリスー、何してるのー? 早くおいで」

 「あぁ、すぐ行く」

 

 小走りに駆け寄ると、エリアが玄関を開ける。


 「ただいまー」

 エリアが声を張って言うと奥の扉が開き、大柄で灰色ヘアーをした和服姿の男性が現れた。


 「エリア、森の中は危険だから出歩くなとあれほど……」

 その男の人は俺と目が合った瞬間固まる。


 「え、エリア。その男は誰だ」

 「あっちの湖で水浴びした時に出会ったの。お父さんが前に言ってた強い人だよ」


 「はじめまして、クリス・レジンスと言います」

 丁寧に頭を下げる。


 「そうか、ようやく連れてきたんだな」

 「ようやくってこの森に立ち入る人なんてほとんど居ないんだから、クリスを逃したら次はいつになることやら」


 「うむ、それもそうだな。クリスと言ったな、私はアルデライト・ユリアルカだ。娘のエリア共々よろしくな」

 「こちらこそよろしくお願いします」




 家に上がると「私は少しクリスくんと話がある、その間夕食の準備を頼む」とアルデライトさんがエリアに声を掛けた。


 エリアは嫌がる様子もなく「わかった」と先に家の奥へと入っていく。


 「じゃあ、クリスくんはこっちへ」

 「はい」


 十畳間というなかなか広い和室に通された俺は、座布団もないのに自然と正座で座ってしまった。

 アルデライトさんは胡座をかいて目の前に座る。


 「さて君は、エリアからどこまで聞いている?」

 「どこまでと言われましても……あ、強い人を連れてきてほしいというのだけは聞きました。それとお母さんの事も少々」


 アルデライトさんは小さくため息を吐いた。

 「まぁ私が話していないのだから当然だな」

 「いや話してないんかい」とツッコミを入れたくなったが、脳内再生で全力のツッコミを入れたためなんとか堪える。


 「ふむ、まず君はこれからどこに向かう予定だ?」

 「俺は今後のために魔法を覚えたくて、マギュラウトに向かってる途中でエリアと会いましたね」


 アルデライトさんは目を瞑り、腕を組んだまま固まってしまった。


 「あの、アルデライトさん?」

 「いや、すまない。ゴホン、単刀直入に言うが、君の旅にエリアを同行させてもらえないだろうか」


 突然の提案に空いた口が塞がらない。

 「俺は別にいいですけど、エリアは何と?」


 アルデライトさんはゆっくりと首を振った。

 「まだそこまで話してない。だが君なら大丈夫だろうと判断した」

 「まだ知り合って30分も経ってませんよ……」


 「なに、エリアが連れてきた。ただそれだけで十分だ。それに娘の目を疑う気はない」

 「ただの親バカじゃないですか」


 ドッと笑い声で部屋が満たされる。


 「久しぶりに笑ったよ、ありがとうクリスくん」

 「いや、笑わせたかった訳じゃないですけど……でもなんで旅に行かせたいんですか?」


 アルデライトさんはゆっくり顔を横に向け、窓の外を見つめる。


 「エリアはな、自分の手で母親の仇を取ろうとしてるんだよ」

 「仇……ですか」


 「あぁ、天災ヘブンドラゴンに挑もうとしてる。だがな今のあの子じゃヘブンドラゴンの足元にも及ばないんだ」

 アルデライトさんが横目でこちらを見ると、何かに気づきこちらを見つめてくる。


 「どうかしたかい、クリスくん」

 「あぁ……いえ、皆仇討ちばかりだなと思って」


 「君も誰かの仇を取りたいのかい?」

 「はい、俺の師匠が間接的ですが、ヘブンドラゴンの影響で戦死したので」


 その瞬間、脳裏にとある記憶が流れ込んできた。


 母親と妹が入った棺。血だらけの服。床に落ちている包丁。焦る大型な男の背中。婚姻届を嬉しそうに見せてくる母親。レストランでの邂逅。祖父母の家。怒鳴り声を遮る布団。若い女性と歩く父親。強く握りしめてくる母親の手。仲良さそうな両親。


 激しい頭痛に襲われた俺は、森中に響くほど大きな悲鳴をあげて気を失ってしまった。




 『ん、んー』

 『あ、やっと起きた。おはよお兄ちゃん』


 『ん?あかりか……なにしてんの?』

 『何ってこれ触って分からない?』


 あかりは俺の手を持ち上げ、頭のすぐ隣に置いた。

 手が置かれた場所は、ぷにっとしていてずっと触っていたくなる魅力がある。


 しばらく摩ったり揉んだりしていると、あかりが何か我慢してるように見えた。

 ようやく意識がハッキリしてきた俺は、すぐに触っていたものから手を離し、起き上がる。


 どうやら俺はソファの上で寝ていたらしい。

 しかし俺が頭を置いていたのはあかりの膝の上だった。


 『クッションを枕にして寝たはずなんだけど?』

 『ふふん!私が代わりました! んで膝枕の感想は?』


 『言わせんのかよ。まぁ良かったよ』

 『やった。これからも使っていいからね妹の膝枕』


 『妹じゃなくて義妹(いもうと)だろ』

 『同じじゃない?』


 『同じだったらお互い異性として見ないだろ』

 『あははは、それもそうね』




 「……リス。ク……ス。クリス、大丈夫?」

 「んー? エリア、か?」


 「エリアだけど、大丈夫? 随分魘されてたみたいだけど」

 「そうだったのか、迷惑かけたな……うわっ」


 俺が起き上がろうとした瞬間エリアに腕を引っ張られ、再び横になってしまった。


 「まだ横になってていいよ」

 「いや、良くないだろ。さすがに出会って間のない子に膝枕なんて」


 「私がいいって言ってるの! 黙って聞きなさい、嫌だったらそもそもしてないし!」

 「うっ、わかったよ」


 「聞き分けがいいわね、よしよーし」

 「こら、頭を撫でるな」

 俺は右手で頭を撫でるエリアの腕を掴んだ。


 「え? 頭撫でられるの嫌い?」

 「いや、嫌いじゃねぇけど……恥ずかしいっつーか」

 俺は恥ずかしくて顔を横に向けた。


 「ちょっ、急に動かないで。くすぐったい」

 「あ、すまん」


 俺は体ごと仰向けに直し、見上げるとそこにはエリアの顔が見える。

 「あれ? エリア髪結んでるのか」

 「そうだよ、料理する時邪魔だからね。どう可愛い?」


 そういえばアイツも髪長くて、料理する時ポニテにしてたっけ。


 ズキッと頭痛がしたが軽いものだったので、エリアには気付かれなかった。


 「よっ……と」

 俺が身体を起こすと「大丈夫?」とエリアが声をかけてくる。


 「あぁ、もう大丈夫だ」

 「そう、なら良かった」


 「アルデライトさんは?」

 「リビングで待ってると思う。クリスが急に倒れるから、慌てて私を呼びに来たのよ? まだ料理の途中だったし」


 「マジでごめん。でも正直目が覚めたらエリアの膝枕でよかったよ。おっさんの膝枕だったら嫌すぎる」

 「あはははは、確かにそうかもね」


 エリアと共にリビングに戻ると、アルデライトさんが壁沿いに置かれたソファで寛いでいた。


 「アルデライトさん」

 「おぉ、クリスくん。大丈夫かね」


 「はい、ご心配をおかけしました」

 深々と頭を下げる。


 「大丈夫ならそれでいいんだ、私も心配したがそれ以上にエリアが心配していたからな」

 「エリアが?」

 なんとなくエリアの方を見ると黙々と料理の続きをしていたが、よく見ると頬が赤く染まっていた。


 「ありがと、心配してくれて」

 「心配なんかしてないし」


 その後もエリアは黙々と料理を続けた。


 「エリア、何か手伝うことある?」

 「え、手伝ってくれるの!」


 エリアは目を輝かせながらこちらを見つめる。


 「何もしない訳にはいかないし」

 「ありがと、お父さん料理だけは全然ダメダメだからさ」


 「そ、そうなんだ」

 チラッとアルデライトさんの方を見るが、腕を組んで目を瞑ったまま微動だにしない。


 「じゃあクリスはね。このレシピ見ながらでいいから、ドラゴンテールの照り焼きを作ってほしいかな。下処理はしてあるからこの特製タレとこっちのお肉使って」


 「わかった」

 エリアからレシピを受け取り、サラッと見ていく。


 調理法は一般的な鳥の照り焼きをあまり変わらなかった。

 強いて挙げるなら火耐性が高いドラゴンテールは、常に強火で焼くのと時間が掛かるということぐらいだ。


 エリアは隣で鍋に火をかけている。


 「エリアは何作ってんだ?」

 「ドラゴンの卵スープだよ」


 「ドラゴンか」

 「うん、今日のはウイングドラゴンの卵よ。砂糖が無くても最初から甘みが強い卵なの」


 「へぇ」

 さすが龍獄の森、食事までドラゴンが食卓に並ぶな。


 その後俺とエリアはお互い助け合いながら夕食の準備を進めるのだった。

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